第462話 総合戦技大会での模範試合計画
秋学期が始まって2日目の3時限目は、フィロメナ先生の剣術学中級(2)だ。
ヴィオちゃんとライくんもこの講義を受講しているが、俺の場合はフィロメナ先生の助手みたいなものですね。
素振りなどは他の2年生に混ざって一緒にやるが、先生が剣の技などを教える際には俺が先生の相手をする。
要するに型稽古の相手ですな。時には俺が型をやってみせ、先生が受けたりする。
あとは打ち込み稽古の指導と、まあやることはだいたい決まっている。
剣術学中級(2)の講義が終わると俺だけ残って、今度はフィロメナ先生を扱くパーソナルトレーニングの時間なのだが、今日は出来ないと彼女が言った。
「どうしたんですか? 秋学期はもういいんですか。それとも、辛くなったとか? 勘弁してほしいとか? 降参とか?」
「ち、違うわよ。降参なんてしないから。そうじゃなくて、今日はこれから学院長室に行くの」
「ああ、そうなんですね。ご苦労さまです。行ってらっしゃい」
「あなたも行くのよ」
「へ? 僕もですか?」
「さあ、着替えたら行くわよ」
どうやらこれは総合戦技大会のことだなと、俺はピンと来た。昨日のホームルームで、教授たちが何か考えているとクリスティアン先生がちらっと言ってたからね。
教授棟にある学院長室は久し振りだ。
昨年は何回かこの部屋に呼ばれて来ることがあったが、そう言えば今年は1回も来ていないな。
それだけ、去年よりも今年は平和な学院生活を送れているということか。
フィロメナ先生に連れられて部屋に入ると、魔法学と剣術学の教授たちが揃っていた。
学院長室には、応接兼小規模の会議も出来るテーブルと椅子が備えられていて、学院長以下6人が既に席に着いている。
「学院長、御無沙汰しています」
「いらっしゃい、ザックくん。さあ座って座って。フィロメナも」
オイリ学院長は上機嫌で俺たちを迎え入れ、ウィルフレッドの爺さん先生とフィランダーおっさん先生はニカニカ笑っている。
これは良からぬことを考えているな。新しいことを検討しているとクリスティアン先生が言っていたから、今年もまた審判を頼むとか以上のことだろうな。
「揃ったわね。それじゃ、お願いします。フィランとウィルフレッド先生からかしらー」
「それじゃ、俺から提案説明をするぞ。捕捉があったら、あとでウィルフレッド先生にお願いする」
学院長からフィランと呼ばれて、フィランダー先生はちっという顔をしたが、直ぐに気を取り直して話を始めた。
提案説明か。学院長に提案するということかな。
「今年も学院祭と総合戦技大会の季節がやって来た。既に学院生たちは準備に入っていることだと思う。昨年を振り返って見れば、特に総合戦技大会は重大な事故もなく、大きな盛り上がりで実施することが出来た。これは我々教授側からの願いに応えて、審判を務めてくれたザックの貢献によるところも大きい。あらためて、剣術学と魔法学の教授からお礼を言わせてくれ」
そこで6人の教授たちと学院長は、俺の方を向いて頭を下げた。
これはますます怪しい。審判に加えて、絶対に別のお願いごとを言って来る。
「それでだ。今年の総合戦技大会でも、ザックには審判を務めて貰いたいのだが」
「だが?」
俺は思わず、口から声を出してしまった。フィランダー先生はその俺の声に、ちょっとぴくっとする。
「あー、その、なんだ。昨年の大会のあと、一部の学院生たちやその他などから、どうしてザックは試合に出ないんだという声があってな。剣術学や魔法学の講義や課外部とかでザックと接触のある学院生は、それなりに納得しているようなのだが、ザックの力を知らない者たちも大勢いるからな」
まあ、学院には1学年120名、4学年で合計480名の学院生がいるからね。
いくら俺が剣術学と魔法学の両方の特待生だと言っても、それでなぜ試合に出場しないんだと思う人たちもいるのだろう。
「それに、特待生というのは、どんな実力をもって特待生になっているのか、という疑問を持つ者もいるらしいのじゃ」
「俺らは学院で普段接触しているから、何の疑問も持たないのだけどよ。そう考えて声に出す者もいる訳だ」
ははん、ははん、ははん。何となくだけど、少しだけ構図が見えて来た気がするぞ。
普段、学院で接触していない者で、昨年の総合戦技大会を観戦した者で、声がわりと大きい者で、先生が言うところのその他の者とかだよな、きっと。
俺はちらっとオイリ学院長を見た。彼女は俺の視線に気が付いて、慌てて目を逸らす。
「そこで、ここにいる教授たちで検討した結果、模範試合を行ったらどうか、ということになった」
「模範試合ですか?」
どうもこのところ、模範試合づいているよな。夏合宿でアビー姉ちゃんとジェルさん、オネルさんとの模範試合。そしてレイヴンでの3対2の変則的な模範訓練も行った。
「その模範試合に僕が出るとして、魔法と剣術のチーム戦ですよね。どんなチームでどの相手と」
「まあ待て。それをこれから説明するから、聞いてくれ。ここに、剣術学と魔法学の教授が6人いる訳だ。そこにザックも加わって7人。人数が半端だから、イラリ先生にも加わって貰って8人。この8人をふたつのチームに分けて、模範試合をしたらどうかという提案だ」
神話と歴史学の教授で、オイリ学院長の叔父さんでもあるエルフのイラリ先生は、学院の教授になる前は長くエルフ族の冒険者たちの師匠を務め、俺たち総合武術部の顧問もして貰っている。
昨年春学期中の第一次地下洞窟探査でも案内役をして一緒に闘ったし、総合戦技大会では一部の試合で臨時の審判も務めている。
エルフ族の元冒険者として剣術と魔法の両方に巧みで、総合戦技大会の模範試合を行う一員としては実力的に申し分ないだろう。
「ふーむ、なるほど」
「なあどうだ、ザック。面白そうだろ」
「そうじゃぞ。総合戦技大会という大舞台で闘えるのじゃ。わしも久し振りに燃えるわい」
テーブルの席に着いている教授たちの顔を見回すと、皆がみな、うんうんと頷いている。
フィロメナ先生などは「やったー」と思わず口に出して、隣に座っているジュディス先生と何やらコソコソ小声で話していた。
皆さんやる気ですか。先生たちが皆、凄くやりたそうなのでは、俺がこの提案を潰すのは悪いよな。
「ふーむ。理由や動機に、少し気に喰わない臭いを感じないでもないですけど、まあ僕のためと言うよりも、見に来てくれている観客や学院生のためなら、やりましょうか」
「おお、そうか。やって貰えるか。よしよし」
「さすがはザカリーじゃぞ」
このおっさんと爺さんは調子いいな。このふたりは置いておいて、フィロメナ先生とジュディス先生は、よしっと小さくガッツポーズをしているし、クリスティアン先生とディルク先生も静かに燃えて来たようだ。
「それで、イラリ先生にも了解は貰ってるんですよね」
「おうよ。喜んで参加すると、快諾して貰ってるぞ」
「それからチーム分けはどうするんですか? あと、審判役とか」
「チーム分けはのう、ちと難しい。まずは、わしとフィランダーが分かれてキャプテン役なのは決めたのじゃが、あとの分配がの」
「剣術と魔法を配分しなくちゃいかんし、何よりもザックが、俺の方かウィルフレッド先生の方か、どちらのチームに入るのかを決めるのがな」
そうだよね。確かにチーム分けはちょっと難しい。
剣術が3人に魔法が3人。イラリ先生は剣術と魔法の両方が出来て、もちろん俺もそうだ。
「はいはいはいっ! 発言いいですか?」
「なんだ? フィロメナ。いいぞ」
チーム分けの難しさを皆が頭に浮かべて沈黙が訪れた中で、フィロメナ先生が勢いよく手を挙げて発言を求めた。
「えーとですね。ジュディとわたしは、この学院の教授になって3年目。つまり、まだまだ新人教授です」
フィロメナ先生とジュディス先生は、学院の教授になって3年目なのか。つまり俺が入学する前の年に教授に就任した訳だ。
20歳になるかならないかで教授になったらしいって以前にどこかで聞いたことがあるから、そうすると意外にうちのジェルさんたちと年齢は同じぐらいなのかもね。
ちなみに俺のクラスの担任でもあるクリスティアン先生は、教授になる前はどこかの領主貴族の騎士団に魔導士として所属していたそうで、教授に就任してからは10年以上が経っていると、これは本人からちらっと聞いた話だ。
「そうだな、それで何なんだ?」
「その、つまりですね。新人教授であるわたしたちは、なのでザックくんと組むべきだと思います」
「なにぃ」
フィロメナ先生の隣でジュディス先生も、うんうんと大きく頷いている。
先ほどから小声でふたりで話していたのは、このことだろう。
そこからは、クリスティアン先生とディルク先生も加わって議論が始まった。
新人教授だから俺と同じチームに入るというのは、その理屈が分からない。そんなことは関係なくクジ引きとかにするべきだ。だいたい、フィランダー先生とウィルフレッド先生のどちらのチームなんだ。云々かんぬん。
この教授たちの議論を、オイリ学院長は静かに黙って聞いている。特に議論を止めたり裁定したりするつもりはないようだ。
しかしこれじゃ、埒が明かないよな。うるさいし。
パンと俺は手を叩いた。ほんの僅かにキ素力を乗せて拡声の力を使っているので、叩かれた音が大きい。
口々に何かを話していた教授たちが全員、その音に驚いて一瞬で口を閉ざして俺を見た。
「あー、驚かせたらごめんなさい。でもこれじゃ埒が明きませんので、僕から逆に提案させて貰います。いいですか?」
「お、おう」
「良いですじゃ」
「うん、ザックくんからの提案ね。お願いするわー」
「まず、フィロメナ先生とジュディス先生の希望は分かりました」
「やったー」
「お静かに。それで、先生方の議論内容も良くわかります。それで、それらを踏まえ、まずチーム分けとしては、フィランダー先生とウィルフレッド先生が分かれてそれぞれキャプテンをするのを、やめて貰います」
「なんだとぉ」
「どういうことなのじゃ、ザカリー」
「まあぜんぶ聞いてください。僕が、おふたりのどちらのチームに入るかで揉めてますよね。だからどちらかではなく、どちらにも入りません。それから僕は、ご希望通りフィロメナ先生とジュディス先生と同じチームになります」
「うん? どういうことだ?」
「僕とフィロメナ先生とジュディス先生のチームは、この3人だけ。そして、フィランダー先生とウィルフレッド先生、クリスティアン先生、ディルク先生、それにイラリ先生の5人のチームと対戦します」
「ええーっ」
一瞬の静寂のあと、爆発するように全員が口々に何かを言い出した。
でも、俺はもう決めましたよ。これで行きます。
「はいはーい、静かにして。うふふ、ザックくんからの提案、面白いわ。フィロちゃんとジュディちゃんの希望は叶えてるし、フィランとウィルフレッド先生のどちらかにも偏らない。それにザックくんの方に不利な、3対5なんていうハンディもある。わたしは賛成しますよー」
「しかし学院長」
「これは模範試合なんでしょ。だったら、ザックくんの実力を出して貰えて、模範になるいい組み合わせじゃない。そう思うでしょ、ウィルフレッド先生」
「そ、そう言われると、そうじゃな」
「フィロメナとジュディスはいいのか? 3対5だぞ」
「やります。3対5でも大丈夫よ」
「わたしもやります。そのぐらい、なんともないわ」
「そうか。ふたりがいいのなら、これでやるか。よおしわかった。ウィルフレッド先生もいいですかな?」
「仕方がない、良いじゃろ。それで決まりならば、わしらは勝つのみじゃ」
「クリスティアンとディルクもいいか?」
「いいでしょう。面白いです」
「もちろん」
「あと審判役なんだが」
「ああ、それはうちの騎士団で引き受けますよ。学院長や部長教授たちとも面識があるし」
「おお、彼女らに頼めるか。こちらからお願いしようと思っていたところだ」
そういう訳で、俺は教授たちと一緒に総合戦技大会での模範試合を行うことになった。
楽しみと言えばとても楽しみなのだが、勢いで提案した3対5の変則試合は、フィロメナ先生とジュディス先生には悪かったかな。
というか、試合中はふたりに結構な負担になりそうだから、ここはひとつお姉さん先生たちの特訓でもしましょうかね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




