第461話 学院の秋学期が始まりました
9月1日は、セルティア王立学院の夏休みが終わって秋学期が始まる初日。
俺は早朝に起きて早めの朝食後、学院へと走った。
今日は1時限目の講義の前に臨時のホームルームがある。
アビー姉ちゃんは昨日のうちに学院に戻っていて、「ザックも一緒に行く?」と言っていたのだが、俺は当日の朝に学院に戻るのが習慣になっちゃっているんだよね。
「クラスのみなさん、おはようございます」
「おはようございます」
「まだ暑いとはいえ、季節はもう秋の入口。今日から秋学期ですよ。さあ良い季節の始まりです。みんなで元気に行きましょう」
「ザックくん、なんだか調子いいよね」
「何かいいことでもあったのか」
「そこんとこどうなの? カロちゃん」
「はいそこ、ザワザワしない。まずはクリスティアン先生、お願いします」
クリスティアン先生からは、昨年と同様に学院祭の話があった。
10月の3日から5日間、学院を挙げてのお祭り。そして恒例のクラス対抗総合戦技大会もある。
「昨年はみんな頑張ったな。その、なんだ、あのカフェは評判が良かったし、総合戦技大会も頑張った。今年もよろしく頼むな」
「その、なんだ、あのカフェ、じゃないですよ先生。魔法侍女カフェでーす」
「ハハハハ」
「今年もザックくんは出られないんですかー?」
「ザックが出れば、ぶっちぎり優勝なのにな」
「だから出ちゃいけないんでしょ」
「やっぱり審判なんですかー? 先生」
「まあ、そうだな。ザカリーには申し訳ないと思ってるんだが、また審判をお願いする予定だ」
「えー」
クラスの皆は口々に不満を言ってくれたが、まあ俺はそうだなと思っている。
昨年の総合戦技大会で審判を手伝いながら見ていて思ったのだが、俺が出て直ぐに勝とうと思えば、高速で走り回って相手チームの魔法攻撃を避け、順番にコツンコツンと木剣を当てて行けばそれで終わりそうだ。
それじゃ、観戦してくれている大観衆に申し訳ないよね。盛り上がらないだろうし。
ああいった大会は、ギリギリの攻防が見られるのが面白い。
「みんなの不満もわかるんだが、納得してくれ。その代わりと言ってはなんだが、教授たちの方で検討していることもあってだな……」
「検討していることってなんですか、先生」
「あー、それはまだ言えないんだが、またあらためて、ザカリーとは相談させてほしい」
またよからぬことを考えているな。きっと、あの剣術学のおっさん部長と魔法学の爺さん部長だろうな。学院長も一枚噛んでいるのかな。
まあ、話があったら対処するしかないけど。
「それでは、昨年同様、クラスの出し物と戦技大会の出場メンバーだね。それについて、みんなの意見は?」
「出場メンバーは去年と同じでいいと思いますー」
「さんせーい」
「それでザックくんが決めてくださいー」
「さんせーい」
はいはい、そうですよね。総合戦技大会は俺に丸投げですよね。
昨年の出場メンバーであるヴィオちゃん、カロちゃん、ペルちゃんにライくんとバルくんは、仕方ないなぁという顔をしている。
自分たちが嫌と言っても、ほかに候補がいないしね。
「クラスの出し物は、去年と同じでもいいような気もするけど、少し考えたいわよね」
「そうね、ヴィオちゃん。ちょっと検討して、いい案が出なかったら魔法侍女カフェかな」
「そうしましょ。さんせーい」
「さんせーい」
「男子もそれでいい?」
「お、おうよ」
「ザックくんもいいかしら」
「はいであります」
そっちはヴィオちゃんたちに丸投げします。と言うか、女子に決めて貰わないと、彼女らに快く参加して貰えませんのであります。
「じゃあ、次のホームルームまでに、みんな考えて来ること。いいわね?」
「はーい」
次のホームルームは通常日程で5日後だ。また魔法侍女カフェみたいなものになった場合に備えて、俺は新メニューでも考えておくかな。
「それではー、残った時間を利用して、カロちゃん」
「はい、カロ、です。グリフィニアの最新動向をお伝えします」
「待ってましたー」
グリフィニアの最新動向って大袈裟だな。要するに、俺の夏休みの動向だよね。
「この夏、ザックさまとエステルさまが、わりと長めのご旅行に行かれて、グリフィニアを不在にしていたことがわかりました、です。後日の取材によりますと、アナスタシアさまとアビゲイルさまも同行されていたそうで、どうやらエステルさまのご実家に、ご挨拶の旅行だったとのことのよう、です」
「そうなんだー」
「許嫁が決まった件のご挨拶よね」
「アナスタシアさまが行かれたってことは、正式なものね」
「ご実家って、どちらなのかしら」
「凄く遠いところとか、外国とかの噂もあるわよね」
「そこんとこの取材は?」
「それが、グリフィニアでも誰も知らなくて……。知っていると思われる関係者は、グリフィニアのお偉い方々、ですし……」
「えーっ」
そこで一斉に俺の顔を見ないこと。国外のリガニア地方にあるファータの隠れ里なんて、言える訳がないでしょ。
おそらく、カロちゃんのお父さんで商業ギルド長のグエルリーノさんあたりが、ウォルターさんとかにそれとなく聞いたのだけど、教えて貰えなかったんだろうな。
「よーし、そこまで。貴族家には、口外出来ないことがあるものだ。そろそろホームルームの時間も終わるぞ」
「ありがとうございます、クリスティアン先生。ということで、本日のホームルームはこれで終了します」
「えーっ」
秋学期初日の4時限目が終了し、総合武術部は部室に部員が全員集まった。
今日は練習はなしで、夏合宿の反省会とこれからの練習方針のミーティングだね。
「秋学期初日、お疲れさまでありましたな。ソフィちゃんとカシュくんは、学院モードにちゃんと戻れたかな」
「ザック部長、なんとか戻れてるよ」
「はい、戻れましたであります」
「ソフィちゃん、その言い方はやめようね」
「それは、アビーさまのとこの、男子部員の話し方、ですよ」
「えーと、まずは夏合宿の反省会だ。みんなからは、何か反省することはあるかな?」
「まず、部長からは何か無いの?」
「僕から? うーんと、2日目のグループ戦は面白かったな。僕も参加できたし」
「確かに面白いと言えば面白かったな。魔法は僕が集中攻撃を受けてた気がするけどさ」
「あたしたちは、奇襲が失敗して悔しかった」
「まあそれは、ザックがこっちに入ってたから仕方ないよ。ザックがいなかったら、ソフィちゃんにやられてたな」
「そのあとの、魔法攻撃を木剣で斬って消したのが変、です」
「そうよ、あれは反則よ。あんなの誰も出来ないわ」
「えー、反則じゃないと思うけどな。あれは、姉ちゃんたちがやってる強化剣術とかの応用みたいなものですよ」
「そうなの?」
「つまり、木剣にキ素力を纏わせて、魔法に対抗したってことか?」
「おお、ブルク。察しがいいね。まあ、そういうこと」
「理屈はなんとなくわかるけどよ、木剣に攻撃魔法を打ち消すぐらいの強いキ素力を纏わす。それで高速で飛んで来る魔法を斬る。そんなこと、普通は出来ないぜ」
「ライがもっと剣術が上手ければなぁ。教えないこともないんだけどさ」
「う、うるさい」
「僕やルアちゃんなら、鍛錬すれば出来るのかな。でも、キ素力的に無理だな」
「うん、そうかも。あたし、出来る気がしないよ」
「ヴィオちゃんやライぐらいの魔法が出来れば。でも、ふたりとも剣術が下手だから無理か」
「う、うるさい」
「うるさいわよ、ブルクくん。結局、誰も出来そうもないでしょ」
「いやいや、そんなことはないのでありますぞ。ソフィちゃんは可能性があるし、カシュはもの凄く鍛錬すれば、もしかして。あと、カロちゃんかな」
「え、そうなんですか?」
「もの凄く鍛錬すれば……」
「わたし? です?」
まあ、いちばん可能性があるのはソフィちゃんだね。でも、その前に学ぶべきことは多い。
「あと、2戦目はやっぱりザックの石礫で終わったな」
「すっかり、うちの部の恒例行事よね」
「洗礼儀式とも言う」
「あれ、もの凄く痛かったですよー」
「僕は味方だったじゃないですか」
「いやカシュ。ふたりが木剣を合わせてるのに、ソフィちゃんだけ狙うのは難しいし、変でしょ」
「変じゃないし、ザック部長ならそのぐらい出来るでしょうが」
「カシュ、あれは洗礼儀式だ。君だけそれを受けなかったら、おかしいだろ」
「そうですけど、ライ先輩。横殴りの小石の雨を受けるのが洗礼って。それに、木剣で打合ってるから逃げられないし」
「ブルク先輩とルア先輩は、うまく逃げてました」
「そこが経験と言うものだね、ソフィちゃん」
「予想はしてたからさ」
あとは、剣術の試合稽古の反省や課題を各自から話して貰った。
今回は、1年生対決は2戦で2勝だし、カロちゃんもロルくんに勝ったから、結果としては良かったよね。
エイディさんたち3年生は凄く強くなっているし、アビー姉ちゃんは学院生レベルとはもう別次元なので、あとがすべて負けたのは仕方がないな。
「夏合宿の反省会は、こんなところかな。ヴィオ副部長から何かある?」
「うん、これからの訓練方針にも関係すると思うけど、総合戦技大会のこと」
「総合戦技大会ですか?」
「クラス対抗で、魔法と剣術のチーム戦ってのですよね」
「そうそう、ホームルームで学院祭のことと一緒に話があったでしょ」
「はい。今朝、担任の先生からありました」
「ソフィちゃんもカシュくんも、クラスの選抜メンバーになるわよね?」
「えと、まだわからないんですけど。クラスで話し合って決めるって」
「僕のクラスもそうです」
「先輩たちは出場するんですか?」
「全員そうよ。部長以外はね」
「え、ザック部長は出ないんですか??」
「まあそこのところは、いろいろあるのでありますが。それよりもソフィちゃんとカシュ」
「はい?」
「君たちは、絶対にクラス選抜の選手になりなさい。というか、率先して立候補するのです」
「はあ」
「そして学年で勝ち残って、2年生のクラスに挑むのであります」
「えーと」
総合戦技大会の対戦の仕組みを、まだ良く理解していないふたりに説明してあげた。
つまり、学年内でトーナメント戦を行い、それで勝った学年優勝と2位のチームが、4学年が参加する無差別戦で闘って総合優勝を争うのだ。
無差別戦では必ず、1年生の1位チームが2年生の2位と、1年生の2位が2年生の1位と対戦することになる。
「なので、無差別戦で待っておりますぞ、ソフィちゃん、カシュ」
「待っておりますって、ザック部長は、その、出場しないんですよね」
「うちの部長は、先生たちと審判よ」
「えーっ」
いやあ、秋学期が始まるともう学院祭と総合戦技大会だ。楽しみだなぁ。
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