第459話 地下拠点基本工事が終わりました
再び地下拠点建設工事に加わって4日間、俺はトイレと下水設備と汚水汚物処理施設を完成させました。
ほぼひとりで行う作業だから、結構大変だったんだよ。
尤も処理施設の掘削と空間構築は、アルさんが手伝ってくれたので助かった。
まずトイレだが、本当は宿泊区画には各部屋にとも思ったのだけど、ひとり部屋とふたり部屋を合わせて30室もあるので、それは断念した。
それに部屋は広めに取ってあるとしても、トイレを付けちゃうと狭くなるからね。
なので共用トイレを設置する。
これは先に夏合宿の野営地に造った経験が活きました。
取りあえずの収容人数が最大50人だが、男女用とも10基ずつの個室を設置した。
他の皆は、それほどいらないのではと言っていたけど、トイレの順番待ちとかはなるべく無い方がいいでしょ。
ただし男女とも個室のみだ。男子の小用便器は、トイレの構造が複雑になってしまうので止めました。
トイレは簡易な水洗式で、先の野営地のものと違ってこちらは紐を引っ張れば水を流せるようになっている。個室の天井裏に、水を溜められ紐を引っ張ると傾いて大量の水が流れる器が取付けられていて、それが便器を洗い流す。
これは、下水管を詰まらせること無く汚物を流す必要があったからだ。
それぞれの器に溜める水は水魔法で出すことも考えたのだが、それだと水魔法の出来る者を常時置いておかなければならないので、ニュムペ様にお願いして地下水脈からの水を使えるようにしていただいた。
地下拠点で使用する飲料水、生活用水はすべて地下からの水で賄える。
ニュムペ様のお力で、地下拠点施設の上部に造った大型の貯水槽まで、地下の帯水層から水が常時、途切れることなく汲み上げられるようにしていただいた。
真性の水の精霊様の力が及ぶ、この拠点ならではですな。
そして貯水槽を満杯にし余った水は、再び地下深くに流されて大地に返される。
この清浄な水の循環設備は、ニュムペ様の監修のもとで俺とアルさんで造り上げた。
これによって、多くの水を使う浴室などの水回り設備が設置出来ることになり、トイレには広い洗面室を造り、そしてそれに繋げて男女用それぞれの浴室も造った。
浴室で使用する温水については、湯沸し釜の設備を購入してそれで沸かす予定だ。
なお、作戦区画にもこの共用トイレと洗面所の小型版を設置してある。
下水については、この水回り設備と厨房から下水管を引き、汚水汚物は居住区画から少し離れた位置に造った処理施設まで流す。
処理施設は、ばっ気による有機物分解を行う一次処理、及び火魔法を用いた乾燥処理を行う深い処理槽を備えた部屋を二ヶ所造った。
下水はこのふたつの処理槽に流れ込んで溜められ、処理槽の底近くにシルフェ様の風の石で流される強い風をパイプで送り込んで、ばっ気処理を行う。
どのぐらいの時間で一次処理が行われるのか俺にも分からないが、クロウちゃんは「カァカァ」えーと、「数日あれば大丈夫じゃない」と言っていた。
まあこれは、使われ始めて様子を見れば分かって来るだろうけど、当面はそれほど大量の汚水汚物は出ないのでね。
処理槽の部屋を二ヶ所造ったのは、両方に下水を溜めて一次処理を行いつつ、定期的に片方ずつ火魔法で乾燥処理を行い運び出すためだ。
この二次処理が済んで出た灰は、更に別の貯蔵用の穴に貯めておき、肥料などに活用する予定だ。
それから、この処理施設への空気の供給と排気の設備の作成と同時に、既にダレルさんたちが造っていた地下拠点全区画の空気の循環設備に、シルフェ様の風の石を設置して行く。
空気の取り入れ口と排気口は、雨水やゴミが入らないようにして地上に数カ所造られた。
こうして基本のインフラ廻りの設置も終え、アルポさんとエルノさんが製作と設置を担当していた各部屋のドアなどの木製設備の取付けも完了した。
最後に、アルポさんとエルノさんがいちばん最初に製作していた頑丈な両開きの大扉を、前室区画の正面玄関に取付ける。
これはふたりの爺さんの力作で、打ち壊し用の大型の槌で打っても、多少の魔法攻撃を受けてもびくともしないと彼らは保証した。
「ザカリー様やアル殿の魔法だと、破られてしまいますがな。はっはっは」
「しかしそうそう、そんな攻撃は来ませんでしょうて。うわっはっは」
まあ、アルさんクラスの攻撃は人間には出来ませんよ。それにアルさんが黒ブレス攻撃をしたら、この地下拠点など一瞬で壊滅する。
そして大扉の取り付けが終わると、工事のいちばん当初に空けて出入りに使用していた縦穴を塞いだ。
そこは馬車寄せ空間の一角なので、柱と梁で支えた硬化ブロックによる天井を張り、更にその上に土を載せて硬化させ、そして地上から埋め戻す。
もちろんこの世界に荷重や構造計算などないのだが、アルさんが「これで、わしが地上で跳びはねても大丈夫じゃ」と言っていたから、まあ大丈夫なのだろう。
この縦穴を塞ぐ替わりに、作戦区画から直接地上に上がれる階段が造られている。
またそれとは別に、水の精霊の妖精の森まで地下を歩いて行けるトンネルも掘る予定だが、なかなかの距離があるのでそこまではまだ着手していない。
こうして、地下拠点の基本工事はおおよそ完成した。
現状は注文している設備、備品類が一切入っていないので、どの部屋もガランとしている。
唯一、馬小屋だけは、アルポさんとエルノさんが木材で作成した仕切りや飼葉桶などの設備が設置されているけどね。
それから、工事や見張りに現在携わっている野営メンバーだけで、ささやかな打ち上げを行った。
ダレルさん、ライナさん、アルさん、俺の土魔法工事メンバーに、アルポさんとエルノさんの木材金属加工メンバー。そして、ミルカさん、ジェルさん、ブルーノさん、ティモさんとクロウちゃんの、見張りとお手伝いメンバーだね。
皆で夕食の準備をして、俺が無限インベントリからワインを出す。まずは、お疲れさまの乾杯だ。
この野営地や仮設した木材加工場と鍛冶場は撤収する予定だから、こことも今日でお別れだね。
特にダレルさん、ライナさん、アルさんの3人は、15日間をこの野営地で寝泊まりし、ずっと工事に携わって来たので、それぞれが感慨深げの様子だった。
そして本日は、基本工事の完成披露と見学会。
王都屋敷からは全員が来る予定で、ニュムペ様たち水の精霊さんもご招待した。
おそらく言わなくてもユニコーンのアルケタスくんが来そうなので、彼とお父上のアッタロスさんだけなら来てもいいよと、ご招待に加えておいた。
野営地で朝食も終え皆でのんびりしていると、地上の森の中の道をうちの馬車がやって来る。
昨晩、打ち上げが終わったあとにティモさんが屋敷に戻ってくれていて、御者台には彼とそれからフォルくんが助手で座っている。
そして騎馬は3頭。オネルさんと、なんとエステルちゃんとアビー姉ちゃんも騎馬でやって来た。
馬車の後ろには、昨晩にティモさんが乗って行った馬が繋がれている。
「ふたりも騎乗で来たんだ」
「大丈夫でしたか? アビゲイルさま、エステルさま」
まあエステルちゃんは、ファータの里での修業時代から馬には乗り馴れているし、姉ちゃんも騎士団で馬の扱いは充分に訓練している。
「アビー姉さまが、黒影だけお出掛けして、青影と栗影が留守番じゃ可哀想だって」
「それに、わたしらが馬で行けば、馬車が窮屈にならないでしょ」
「まあ、馬だけ残しておくよりはと思いまして」
俺が騎乗する馬は黒影と呼んでいるが、それに合わせて彼女が乗って来た青鹿毛の馬は青影、姉ちゃんが乗る栗毛の馬を栗影と呼んでいる。
オネルさんが言うように、今日は全員がお出掛けだからね。それで、昨晩にティモさんが乗って帰った馬も馬車に繋いで来たのか。
その馬車からユディちゃんとシモーネちゃんが真っ先に飛び出て来て、シルフェ様とシフォニナさんが優雅に降り、そして最後にアデーレさんとエディットちゃんがゆっくりと降りて来た。
これで、うちの王都屋敷の全員が、すべての馬も含めてこのナイアの森に勢揃いした。
慣れない馬車で、少し疲れた顔をしているアデーレさんとエディットちゃんを休ませながら、皆でわいわい話していると、空に上がっていたクロウちゃんからニュムペ様たちが来たという連絡が入り、そして彼も空から下りて来た。
「ようこそいらっしゃいました、ニュムペ様、みなさん」
「はい、お招きに与りましたので、今日は全員で来させていただきました」
ニュムペ様に側近のネオラさん、そして水の精霊の若手3人も顔を揃えてニコニコ挨拶をする。
「ひょっ、ユニコーンさんですっ」
シモーネちゃんが驚いた声を上げた。彼女はまだ幼い風の精霊なので、ユニコーンは知っていても会うのは初めてなんだね。
それ以上に、フォルくん、ユディちゃん、エディットちゃんにアデーレさんは、目を丸くして吃驚している。
彼女たちも精霊さんやドラゴンさんと人外の存在には慣れて来てはいるが、それでもシルフェ様たちは人の姿なので、何となくそう言われてそうなのかなと、実感があまりなかったのだろう。
しかしユニコーンはユニコーンの姿だからね。まさに絵本のなかでしか見たことのない存在が、いま目の前にいる。
「ザックさま、シモーネはユニコーンさんにご挨拶してもいいですか?」
「うん、いいよ、シモーネちゃん。ただし、こっちのおじさんユニコーンはいいけど、隣の若いユニコーンには矢鱈に近づかないように」
「(ひどいなあ、ザカリーさまは。なんで僕には近づかないように、とか言うんすか)」
「(てまえは、おじさんユニコーンでござるか)」
「あー、聞こえてた? ゴメンゴメン。そうだ、アッタロスさんはみんな初めてだよね。紹介をしておきましょう」
アルケタスくんみたいな若いユニコーンに少女を近づけるのは、悪さなどしないとは分かっていても、どうも憚られるからさ。
それからアッタロスさんは、ここまで足を伸ばして来られるようになったんだね。俺が治療した足もだいぶ状態が良さそうだ。
「このふたりは、このナイアの森を護って来たユニコーンの一族で、こちらが頭のアッタロスさん。それから、こっちが息子のアルケタスくんだ。彼らは人の言葉で話すことは出来ないけど、言ってることは普通に理解出来るから、決して悪口は言わないように」
「ヒヒン」
「(悪口とか、平気で言うのはザカリーさまだけっすよ)」
「(これ、アルケタス。ニュムペ様ばかりか、シルフェ様やブラックドラゴン殿もお揃いの御前であるぞ。おまえも言葉遣いには気をつけよ)」
「ブヒヒン」
そうしてアッタロスさんは、シルフェ様とシフォニナさん、そしてアルさんに前足を折って丁寧に挨拶をしていた。
一方でシモーネちゃんは、「シモーネは風の精霊の見習いで、ザックさまとエステルさまの侍女見習いのシモーネです」と、妙な挨拶をしている。
アッタロスさんが返す挨拶に「(はい、よろしくお願いします)」と応じていて、彼女が念話を出来るのはまあ不思議ではない。
だけど、風の精霊の見習いは分かるとして、俺とエステルちゃんの侍女見習いって、そうなの?
シルフェ様とシフォニナさんはただニコニコしているだけだから、そういうことでいいのかな。
うちの皆も初めて会うアッタロスさんがユニコーンの頭と聞いて、丁寧に挨拶する。
「あのあの、ザックさま。ちょっとだけ、ユニコーンさんを触らして貰っていいですか?」
「こら、ユディ」
「だって、毛並みがとてもキレイなんだもん、お兄ちゃん」
「うーむ、そうだなぁ。さすがに頭のアッタロスさんだと失礼だから、そっちのアルケタスくんを触らせて貰うか。ただしこっちから触るのはいいけど、そっちからうちの子たちを触るのは禁ずる、でいいかな? アルケタスくん」
「(禁ずる、でいいかなって、それなんすか。お願いじゃなくて命令っすよね。触るのはぜんぜんいいっすけど。僕からは触りませんよ。なんだか、エステルさまの目が怖いし)」
「アルケタスくんが、いいってさ。触らせて貰いなさい」
「はい」
ユディちゃんがエディットちゃんとシモーネちゃんと手を繋いで、3人でアルケタスくんに近づいて、それから恐る恐るその毛並みを撫でていた。
エステルちゃんの目がそれほど怖いのか、必要以上に緊張しているアルケタスくんが面白い。
さて、皆の挨拶も終わったようだし、そろそろ見学会を始めましょうかね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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