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第457話 風の石

 今年の夏の合同合宿も終わり、野営地を撤収して帰路につく。

 俺が造った公衆トイレももちろん壊して更地にしましたよ。汚水汚物を溜めた深い穴も、念のために聖なる光魔法で浄化をかけてちゃんと埋めました。

 トイレ関係はすべて俺独りで片付けました。誰も手伝えないしさ。


 今回はエイディさんたちが予約していた迎えの馬車が来るまで皆で待ち、彼らを送り出してからこちらも出発する。



「カァカァ」

「ザックさま、あっち。見てください」

「え、なに?」


 ナイア湖の方を見ると、湖の中の遠くから上半身だけ身体を出した女性の姿が見える。

 えーと、ふたりいるな。俺とエステルちゃんが振り返って見ているのに気がついたのか、大きく手を振っている。

 ニュムペ様の側近のネオラさんと若い水の精霊さんだね。

 ネオラさんはもともとこのナイア湖に棲んでいたし、様子を見がてら見送りに来てくれたのかな。


 エイディさんたちの乗る馬車が出発して行くのを見送っていたアビー姉ちゃんにもこっそり教えて、3人でネオラさんたちに手を振ると、水の精霊さんのふたりはまた手を振って水の中に潜って行った。


「ザック部長たちは何してるんですか?」

「湖に何かあったの?」


 ソフィちゃんとヴィオちゃんが湖に向かって手を振る俺たちの様子に気がついて、こちらを向いて聞いて来た。


「いやあ、ナイア湖に別れを告げておったのでありますよ」

「えと、今年もありがとう、ってご挨拶していたんです」

「そ、そんな感じかな」

「カァ」


「ふーん」

「そうなんですか。じゃあわたしも、手を振ってお礼を言っておきます」


「あー、それは喜ぶかな、ソフィちゃん」

「喜ぶんですか?」

「誰が?」

「ナイア湖が」


 結局、全員がナイア湖に向かって並んで手を振り、なんとなく察したジェルさんが「一礼もしておきましょう」と声を掛けて、揃って頭を下げた。

 皆が頭を下げている時に、それに応えるように湖の沖の方で何かがポチャンと跳ねた気がする。




 2台の馬車を連ねて王都に戻り、まずは学院に寄ってカシュくんとヴィヴィアちゃんを降ろす。

 それから一般の屋敷街にあるソルディーニ家の王都別宅でカロちゃんを降ろし、ルアちゃんのアマディ準男爵家、ブルクくんのオーレンドルフ準男爵家、ライくんのモンタネール男爵家、ソフィちゃんのグスマン伯爵家、最後にヴィオちゃんのセリュジエ伯爵家と廻って、皆を降ろして行った。


 今年は人数が増えたので、少々時間が掛かりました。

 ライくんの男爵家あたりまでは門の前でただ降ろせばいいんだけど、伯爵家だと門番に声を掛けて出迎えさせないといけないからね。貴族のお姫様だし。


 午前中いっぱいの時間をかけて王都の内リンクの中を廻り、俺はうちの馬車に乗り換えてカラになったレンタル馬車はティモさんが返しに行き、それでようやく自分の屋敷に辿り着いた。



 留守番組に迎えられて屋敷に入ると、ラウンジでシルフェ様とシフォニナさんが寛いでいた。


「お帰りなさい、みんな。合宿は無事に済んだようね」

「ええ、お陰さまでなんとか。シルフェ様たちもお戻りになってたんですね」

「はい、おひいさまを急かせて、昨日に戻ったんですよ」


 シルフェ様とシフォニナさんは、風の石の作成のために自分の妖精の森に戻っていたんだよね。

 それでお昼ご飯をいただいたあと、早速見せて貰う。


「お屋敷の中だとあれだから、外で試してみましょう」

「建物の中では危険ですか?」

「おほほ。ただの風だから、危険というほどじゃないわよ」

「少しばかり強い風が流れるように、おひいさまが調整しましたからね」


 シフォニナさんが部屋からバッグを持って来る。あー、またもやマジックバッグですか。

 これで4つめですよね。


「この中に入れて来たから、これもバッグごと差し上げるわ」

「シルフェ様のところにも、そんなにマジックバッグがあるんですか?」


「ことあるごとにアルから貰うのよ」

「そんなのがいくつも貯まっておりましてね」

「でも、精霊ってバッグとか普段使わないでしょ。それにこのバッグ、おしゃれじゃないし」


 さいですか。確かに風の精霊や水の精霊が、こんな飾り気のないショルダーバッグを持ち歩くとかは、普通はないだろうな。

 尤も、シルフェ様やシフォニナさんは、王都の商業街でエステルちゃんたちと購入した可愛いバッグを持ち歩いている。ニュムペ様もシルフェ様とお揃いのを買ってたな。


 出どころはすべてアルさんだった訳だ。あの爺さんドラゴンは、いったいいくつのマジックバッグを持っているのだろう。

 セルティア王国内には、片手で数えられるぐらいの数のものが僅かにあるのではないかと、以前に聞いたことがある。王家がひとつ、それから有力貴族のいくつかがひとつずつ秘蔵しているらしい。


 それが俺のところには4つ目だ。こうなると、もしどこかに話が漏れたりすれば、何か騒動の種にもなりかねない。

 シルフェ様やアルさんなど人外の方たちは、そんな人間たちの間で起こりそうなことなどまったく考慮にないけどね。



 それはともかくとして、風の石だ。

 バッグの口から中に手を入れると、「風の石、100個」と頭の中に浮かんだ。


 えー、100個ですか。

 霧の石の時には作り過ぎたと言って200個も持って来て、実際に設置したのは50個ほどだから、残りの150個は俺の無限インベントリに収納してある。

 また作り過ぎたんですかね。


「何個必要になるか分からなかったから、取りあえず切りのいいところで100個ね」

「あ、はい」


 確かに何個必要になるかは、実際に効果を確かめてみないと分からなかったので、いくつ必要とかは相談しなかった。

 それで、バッグの中からひとつだけ取り出してみる。


 風の石は、霧の石と大きさはほぼ同じで直径15センチくらいの丸い石だ。かたちは良く似ている。

 霧の石が微かに青味を帯びているものだったが、こちらの風の石の方は青味が強い。


「使い方は同じなんですよね」

「そうよ。いちどキ素力を加えて起動させれば、ずっと風を流し続けるわ」


 アルさんが持って来てくれた永久発光の魔導具も使い方は同じだが、霧の石と風の石はシルフェ様の魂の欠片、彼女が言うところの抜け毛か切った爪みたいなもので出来ている。

 あちらは魔導具で、これは精霊具とでもいうところだろうか。



 皆で屋敷内の訓練場に行き、風の石を試してみることにした。


「これはぜんぶ、ひとつの方向に風が強く流れるように調整してあるわよ。と言っても、暴風とかじゃないから安心して。少し強めの春風って感じかしら」


 フィールドの上にただ置いて起動させても良いのだが、シルフェ様と相談してトンネル状というか長さが2メートルほどのパイプ状のものを土魔法で作り、片方の穴の入口から少し奥に風の石を設置する。

 青味が強い部分を奥に向けたが、この方向に風が流れるのだそうだ。

 あとはキ素力を流して起動させるだけなのだが。


「ところで、いちど起動させたあと、風を止めることは出来るんですよね」

「あ、えーと、どうだったかしら、シフォニナさん」


 おいおい、止め方を作った本人が把握してないのか。それとも忘れちゃったのかな。この精霊様の場合、充分あり得る。


「おひいさまが、風よ止まれって念じればいいんですよ」

「あら、そうだったわ」


 それはそうだろう。なにせ自分の魂の欠片が材料だし、だいたいが風の元締めだし。

 ただ、シルフェ様がいないと風が止められないというのは、注意しておいた方がいいよな。

 何かの要因で風を止めなければならない時に、来て貰わないといけない。

 俺がコントロール出来る方法とかも研究しておかないと、滅多には使えないな。



 霧の石を起動させた時と同じ要領で、土のパイプの中に設置した風の石を起動させた。


「あ、風が出て来ましたよ、ザックさま」

「ほんとだ、ひょー、だんだん強くなって来た」


 パイプの風の出口側で覗き込んでいたエステルちゃんとアビー姉ちゃんが、そう声を上げる。

 姉ちゃんは真正面から覗いていたものだから、彼女の顔に風が当たって髪の毛が後ろに激しくなびき始めた。

 それも徐々に風の勢いが強くなって行くようだ。


 それに反して風の石を置いたこちら側は、それほど激しく風が流れている訳でもない。

 換気扇のプロペラみたいに、強く空気を吸い込んでいるということではないようだ。

「風の石に篭ったおひいさまのお力で、風が増幅されて前に吹いているんです」とシフォニナさんが解説してくれる。

 風の石を作成する時に、どのぐらい増幅させて風を吹かせるかを設定しているようだ。


 俺も風の吹き出し口に行って、その強さを確認してみる。

 うん、扇風機で風の強さを最大にした時よりもう少し強い感じでしょうかね。扇風機の風というのも、俺の記憶から薄れているので確かではないが。

 確かに危険度はないけど、屋内でいきなり吹かすと驚くよな。


「もっと強くしたい時は、同じ方向にふたつ並べて起動させればいいんですよ」

「そうそう、そうだったわ」


 なるほどね。風の増幅装置だから、個数を増やして直列配置すればいい訳ですね。

 汚水汚物処理施設用には2個並べた風の出口を何ヶ所か配置して密閉し、排気口を作ってやれば、自然に有機物分解のばっ気と排気がされるだろう。


 その他の区画では、ポイントポイントで1個レベルの風を流し込んであげて、天井の上の二重構造部分で空気を循環させてあげればいいかな。

 各部屋には、天井にその空気の取り入れ口を設置する。



 屋敷にいた全員が見学に来て、この風の石の起動テストを見て風が吹き出すのを体験した。


「屋敷にもこれを置いたら、風が吹いて涼しいですよね」

「でも、秋とか冬になったら寒いよ、エステルちゃん」

「それに、止めたいと思ったら、その都度、シルフェ様のお手を煩わすことになりますぞ」


「これって、入口の方から入る風も強くなったら、煙とかが吸われるのでしょうかね」

「オネルさん、それって面白いですぅ。厨房とかに付けたら、煙が外に出るわ。ねえアデーレさん」

「そうですね。お魚を焼くときとかは、とても助かりますね」


 人間でも風を止めることが出来るとか、空気の吸い込みを強くするとかは可能なのかな。

 そこんとこ、どうなんでしょうかね?


「そうねえ、吸い込む方も強くするのは出来そうな気もするけど、わたし以外が自由に風を止められるようにするのは、ちょっと考えてみないとだわね」


 シルフェ様はそう言っていたが、俺の方でも考えてみましょうかね。



 シルフェ様に作っていただいた風の石の利用価値が、とても高そうなのが分かった。


 この世界には、風を受けて回る風車は古くからあっても、まだ風を起こすプロペラとかの概念が無いからね。概念と言うより、速く回転させる動力の問題かな。

 前いた世界で初めて、ヘリコプターのコンセプトスケッチを描いたレオナルド・ダ・ヴィンチは、俺が前世で生まれる少し前の15世紀から16世紀に生きた人だったよね。


 まあそれはともかくとして、俺は早速、汚水汚物処理施設と換気設備を作りに地下拠点建設現場に行くことにする。

 とは言っても、先ほどのお昼前にナイア湖畔から屋敷に帰って来たばかりなので、せめて明日の午後にしなさいとエステルちゃんに言われた。


「ジェルさんたちも、ひと晩ぐらいはベッドの上で、ゆっくり寝ていただかないと。ザックさまもですよ」

「はいであります」


 それじゃ明日、午前中はゆっくりして、午後にはまたナイアの森に行くことにしますか。

 夏休みの残り日数は、明日から数えてあと6日間。そろそろ、全体工事の仕上げにかかりましょうかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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