第455話 恒例の試合稽古で対抗戦
夏の合同合宿もあっという間に3日目の最終日となった。
昨日の午後は結局、森の中の小川のほとりで大半を過ごし、ハイキングのようになってしまった。
いちおう、木立の中での剣術の打ち込み訓練はしたけどね。あとは周辺の散策とか、暑いので小川の流れに足を入れて水遊びとかさ。
エステルちゃんは、「これでいいんですよ」と言っていた。
ジェルさんは初め何か言いたそうな顔をしていたけど、それでも一緒に女子たちと小川に入って楽しそうだった。
男子組はティモさんに付き添われて周辺を散策し、薬草などを見つけて喜んでいたからまあいいか。
そして3日目の本日は、予定通りふたつの部の対抗戦形式で試合稽古を行いますよ。
対戦の組み合わせについては、アビー姉ちゃんと既に打合わせ済みだったが、昨晩のミーティングで部員たちの希望も聞いて調整した。
結局はカシュくん対イェンくん、ソフィちゃん対ヴィヴィアちゃんの1年生同士。
それから昨年に引き続きカロちゃんとロルくんが対戦し、ライくんとジョジーさん、ヴィオちゃんとハンスさん、ブルクくんとエイディさん。
そして、ルアちゃんとアビー姉ちゃんが対戦することになった。
1年生はカシュくんとイェンくんが初顔合わせだけど、ソフィちゃんとヴィヴィアちゃんは春学期の課外部剣術対抗戦の再戦だね。これはふたりが強く希望した。
あとの対戦は、ジョジーさんとハンスさんが入れ替わったぐらいで、結局は昨年の夏合宿と同じ組み合せになってしまった。
カロちゃんは昨年にロルくんに負けているので再戦を希望し、ブルクくんはエイディさんとの再戦を強く望んだ。
ルアちゃんと姉ちゃんも再戦だけど、予定通りだしね。
えーと、ライくんとヴィオちゃんの相手をしていただけるジョジーさんとハンスさん、本当にすみません。軽い運動のつもりでお願いします。
今回はぜんぶで7戦、課外部剣術対抗戦の時のような対戦時間縛りはないので、とことん闘っても良しとした。訓練の一貫だからね。
フィールドも森の中に入らなければ、どのように移動しても良い。もちろん湖の中は無理だけど。
それで予定としては、午前の部と午後の部に分けるつもりだ。
まずは全員で素振りを行い、身体をほぐしてからだね。
朝食を摂ってから素振りを始めようとしたら、ミルカさんが馬に乗ってひょっこり姿を現した。
先ほどまで拠点建設現場にいた筈だから、そこから馬に乗ってナイアの森をぐるりと廻り、湖畔に至る通常の道に出て王都方面から来たように装ったという訳だ。
「ザカリー様、おはようございます。やってますね」
「おはよう、ミルカさん。ご苦労さま」
部員たちは、ジェルさんとオネルさんの指導のもとに素振りを始めている。
エステルちゃんも部員たちに混ざり、ブルーノさんとティモさんはいちおう見張りということで離れている。
クロウちゃんは、今日は1日中全員がこの湖畔にいるので、のんびりと上空のそれほど高くないところを旋回して飛んでいた。
「あっちは、どうですか?」
「ええ順調ですよ。今更ですが、アルさんの存在が大きいです。まさに魔法ですよね。みるみる地下に空間が広がって、もう居住区画も掘り終わりました」
アルさんが棲む洞穴を見たら、ミルカさんは驚くだろうな。
その地下空間の巨大さと言ったら、今回の地下拠点などとは比べ物にならない。
そのうち、ミルカさんにもアルさんの洞穴の存在を教えてもいいかな。
「こちらも順調のようで、なによりです。あそこで木剣を振っている方たちが、アビゲイル様の課外部の部員の皆さんですね。なかなか逞しそうだ」
「うん。全員が、どこかの騎士爵の息子さん娘さんなんだよね」
「ほうほう、それはそれは。ザカリー様の方には貴族の子息子女が多くて、アビゲイル様の方は騎士のお子さん方というのも、なかなか面白いですね。なるほどなるほど」
ミルカさんはこの点について妙に感心していた。
姉ちゃんの部は特殊な剣術が専門だし、まあうちの方は魔法と両方だからそうなっちゃうよね。
ミルカさんと話していたら素振りも終わり、ジェルさんとオネルさん、そしてエステルちゃんが近づいて来た。
「これはミルカさん、お疲れさまです。それでザカリーさま、小休止を入れて試合稽古を始めてもよろしいですかな」
「うんいいよ」
「では」と言って、ジェルさんとオネルさんは部員たちのところに走って行った。
「エステルも、皆さんに混ざって素振りをしていると、ぜんぜん見分けがつかないな」
「いやですよぅ、叔父さん。姪にお世辞を言っても、何も出ませんからね」
いや実際、エステルちゃんは相変わらず見た目が15歳ぐらいなので、ミルカさんの言う通り学院生に混ざっていると何の違和感もないんだよね。
子爵館でとか他に誰かがいると、ミルカさんはエステルちゃんに対して主家の者に対する態度を取るようになっているが、俺と3人だと叔父と姪の砕けた会話をする。
「あそうだ、甘露のチカラ水ジュース、まだありますよねザックさま」
「うん、あるよ」
「あっちで冷やしてるのが減って来ましたから、補充するので出してくださいな」
「はいはい」
試合稽古が始まるので、エステルちゃんは俺が収納している予備の甘露のチカラ水ジュースを取りに来たのか。
無限インベントリから出したそれを抱えて、彼女は仮設の冷蔵庫の方へ走って行った。
「エステルも、楽しそうで何よりです」
「部員たちの世話を、良くしてくれてますよ」
「旦那さまのお友だちのお世話ですからね」
「旦那さまって」
「はっはっは」
試合稽古が始まったので、ミルカさんと側に行って観戦する。
初戦のカシュくん対イェンくんは、試合稽古の対戦相手としてはお互いに初めてだったが、いい手合いだった。
うちの部に入って、あらためて剣術に本腰を入れているカシュくん。一方で基礎は出来ていて、学院に入学してからエイディさんたちに日々鍛えられているイェンくん。
どちらも一歩も引かず、長い打ち合いを続けて、結果的には辛うじてカシュくんが勝った。
先の課外部剣術対抗戦では1勝も上げられなかったカシュくんだが、対戦相手と剣を合わせる強い気持ちとそれを支える体力がだいぶついて来たようだな。
勝敗の差はほんの僅かで、悔しがるイェンくんと再戦を約束し合っていた。
2戦目は再戦となるソフィちゃんとヴィヴィアちゃんだ。
先の剣術対抗戦ではソフィちゃんが勝ったんだよね。あの時点での実力はソフィちゃんの方が上だった。
そして、審判を務めるオネルさんの「はじめ」の声と同時に、再びヴィヴィアちゃんが激しい打ち合いを挑んで行った。
この前の対戦では、相手の話をちゃんと聞いて受け止めるように、暫く受けに徹していたソフィちゃんだったが、今回は仲良く会話をし、また議論をするようにお互いが前に出て打合い始める。
うんうん、ヴィヴィアちゃんと仲良くなったのもあるけだろうけど、ソフィちゃんは自分から同年代の誰かと積極的に関われるようになって来たよね。
激しく打合い、そして引いて体勢を立て直し、またお互いが前に出て激しく打合う。
前回はヴィヴィアちゃんのスタミナが問題だったけど、あれからかなり体力もついたようだ。
長い長い攻防が続き、そして終にはソフィちゃんの鋭い突きがヴィヴィアちゃんの胴に入って後ろに転倒させた。
エステルちゃんが慌てて駆け寄って行って、回復魔法を施してあげている。
それから直ぐに、大丈夫と言うように両手で大きな丸を作った。
「ザカリー様はあの1年生たちに、だいぶ目をかけていらっしゃるようですね。特にあのソフィさんですか、なかなか剣の筋が良い。たしか魔法も優れているとか」
「うん、どっちも頑張っているからね。それに、カシュの方も魔法がいいんだ」
「ほう、ふたりとも剣術と魔法ですか。男子の方はエイデン伯爵家の騎士のご長男で、ソフィさんはグスマン伯爵家のお嬢様でしたか」
さすがはうちの調査探索部副部長のミルカさん。部員たちのことも良く把握している。
ミルカさんは特にソフィちゃんの才能に気がついたようで、「伯爵家のお嬢様で置いておくのは勿体ない」と口に出していた。俺もそう思うよね。
「ねえミルカさん、王国の南の方って細剣が一般的なの?」
「一般的と言いますか、主に貴族の護身用ですね。ああ、ソフィさんですね」
今回の合宿では念のために真剣をそれぞれ持参するように言ってあるが、ソフィちゃんが持って来たのは、持ち手の柄に美しい装飾の付いた両刃の片手細剣だった。
それに加えて、同じく装飾付きのロングダガーも持参している。
そのふたつの剣を見せて貰ったのだが、両刃の片手細剣は要するにレイピアだよね。
何でも右手にレイピア、左手にロングダガーを持って、ダガーで相手の攻撃を防ぎながらレイピアで突き刺すという戦法を用いるそうだ。
学院では皆と同じように両手剣の木剣で剣術の練習をしているが、幼い頃から剣術の家庭教師にはこの細剣の遣い方と両方を教えて貰っていたそうだ。
そんな話をミルカさんとしていると、3戦目のカロちゃんとロルくんの試合稽古が始まった。
このふたりも、昨年の夏合宿以来の再戦だ。
あの時には、カロちゃんが果敢にも突っ込んで行ったのだが、ロルくんが冷静に受けて結局は彼の勝利だったんだよな。
あれからふたりとも強くなった。
ロルくんはこの1年で体格もずいぶんとしっかりしてきて、攻撃に重量感が増している。
一方のカロちゃんは、緩急を織り交ぜた攻撃が出来るようになって来ており、リズムを変化させて良く動けるようになった。
同じ初心者から始めたライくんとヴィオちゃんの魔法少年魔法少女を、剣術では既に追い越してしまったよね。
そんなふたりが1年振りに向かい合った。
「よろしく、カロちゃん」
「お互い、手加減なし、ですよ」
「う、うん、わかった」
剣術は手加減なしの対等かもだけど、それ以外ではどう考えてもカロちゃんの方が強そうだよなぁ。
ふたりはゆるゆると近づいて行くが、間合いに入る寸前でカロちゃんがリズム良く動き出した。
そのカロちゃんが攻めて来るのを待つように、ロルくんはそこで構え直して迎え撃つ体勢だ。
軽快なフットワークで動きながら、カロちゃんがジャブを打ち、ヒットアンドアウェイで攻撃を仕掛ける。
インファイトのファイタータイプのロルくんに対して、アウトファイトで挑むボクサータイプのカロちゃんというところかな。
1年前にはカロちゃんもこのように動けず、トリッキーを狙ったけど結局は単調になってしまった突っ込みから、捕らえられて防戦一方になり、最後に胴を打たれちゃったんだよね。
しかしこの1年、それ以上に動きの激しいルアちゃんとよく組んで稽古を続けて来た。
それに彼女は身体づくりの訓練の甲斐もあって、身体能力やスタミナが遥かに増している。
受けて立つロルくんを翻弄するように動き続け、ヒットアンドアウェイで長時間攻めていたカロちゃんは、結局はロルくんに捕らえられることなく蝶のように舞い動き、終には相手の腕先に木剣を叩き込むことに成功した。
「そこまで。カロちゃんの勝ち」
この試合の審判のジェルさんの宣告を聞いて、カロちゃんはようやく動きを止め、ぜいぜいと肩で息をするとその場にへたり込んだ。
彼女としても、そろそろ体力の限界が近づいていたのかも知れない。それほどに長い時間の闘いだった。
エステルちゃんや他の女子たちがカロちゃんに駆け寄る。
一方で腕先を打たれたロルくんは、上手く攻防を続けたものの決め手を出せずに終わってしまった。
その彼が、打たれたところをもう一方の手でさすっている。
俺はロルくんに近寄り、彼の腕先の具合を診て軽く回復魔法を施す。まあ問題はないけどね。
「なかなか、捕まえられなかったなぁ」
「あ、ありがとう、ザックさん。捕まえようとしたら、直ぐに逃げられちゃって」
「そろそろ捕まえようぜ」
「え? あー、ええ。僕もそうしたいんだけど」
彼はそう答えながら顔を赤くした。
まあ頑張れ、ロルくん。まだ2年半もありますよ。俺はロルくんを応援しているからね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




