第454話 攻守を替えて訓練
エステルちゃんの女子グループの攻撃では、結局こちらの男子グループのカシュくんがヴィオちゃんのアイススパイクを胴体に受けて退場。
ソフィちゃんが俺の木剣をコツンと当てられて既に退場となっているので、1年生ふたりが退場となったところで審判役のジェルさんから攻防の終了が宣告された。
ブルクくんはルアちゃんと木剣を打合って防いでいた。一方でライくんはカシュくんが退場したことで、たったひとりで森の中からの3人の魔法攻撃に対抗せざるを得ず、もうへとへとになっていた。
俺は、ソフィちゃんを退場させた時点で攻防からは手を引いている。
「ザックはなんで途中から休んでるんだよ」
「そうですよ。退場は、まだひとりずつだったじゃないですかぁ」
「いやいや、休んでた訳じゃなくて、様子を見てたのでありますよ」
「様子を見てたって」
「これは別に試合とかじゃなく、訓練ですからな」
「まあ、そうだけどよ」
魔法を撃っていた女子グループの3人が森の中から姿を現した。
それでは少し休憩と次の作戦打合せを挟みながら、攻守の入れ替えですな。
「ザック部長は、魔法を木剣で斬って消すのは禁止だからね」
「です、よ。普通の人間が出来ないこと、しないでください、です」
「でも、あんなことが可能なんですね」
「あれって、あたしにも出来るものなのかな」
いやあ、失敬失敬。集中攻撃を受けたもので、ついね。
ルアちゃんは教えてほしいと期待の目で俺を見たが、うーむ、教えて簡単に出来るものじゃないからなぁ。
取りあえず、他の者でも可能かどうか研究してみると答えておいた。
「三方からの魔法とダガー攻撃は、陽動でしたね」
「うん、僕もてっきり5人を二手に分けて来るかと思ったけど、違ったなぁ」
「そうなのか? ぜんぜんわからなかったよ」
「上からルアちゃんが降って来て、下からソフィちゃんを突っ込ませたよね。あの不意打ちをザックが防がなかったら、僕はやられてた」
「そうなんですね、ブルク先輩。こっちは魔法攻撃に対抗するのが精一杯で」
さて今度は、男子グループが森の中から攻撃なのだが、まずは皆に作戦を考えて貰う。
ティモさんと俺はアドバイスのみだが、これだけは条件として言っておこうかな。
「今度は僕も魔法で攻撃するよ。と言うか、魔法だけにしとく。それも石礫だけね」
「あれかぁ。ザックがこっちグループで良かったぜ」
「あの攻撃は痛いからね」
「そうなんですか?」
「すると、カシュだけ経験しないことになるよな」
「そうか。じゃ、あとでカシュにも撃とう」
「や、やめてくださいよ。男子グループで仲良くしましょうよ」
部員3人が意見を出し合った結果、ブルクとそれから今度はカシュくんも木剣で攻撃する。
やはり剣は、ふたり欲しいからだ。
森の中から魔法を撃つのはライくんとティモさん、そして俺だ。
基本は女子グループの攻撃と同じ。魔法で陽動して、剣術が突っ込む。
ただルアちゃんみたいに、木の上から跳び降りながらの木剣攻撃がふたりは出来なさそうなので、魔法の方で立体的に攻撃する。
つまり、ライくんが雷魔法のライトニングつまり電撃を撃ち、ティモさんが木の上からウィンドカッターで牽制、俺は動いて石礫攻撃だね。
「それでは、男子グループは森に入って。女子グループは守りを」
ジェルさんの声が掛かり、俺たちは森の中に入って行った。
「よし、それじゃライはここからライトニングな」
「おうし」
「ブルクとカシュは、相手の様子を見ながら位置を決めて、突っ込むタイミングを測れ」
「わかった」「はい」
「それじゃティモさん」
「承知」
ティモさんは音も立てずに樹上へと跳び上がって消えた。いつもながら見事だよね。
そろそろいいかな。女子グループが森の中に注意を向けながら守りを固めたのを見て、俺は攻撃開始の合図をライくんに送る。
バリバリバリと電撃が飛んだ。威力は抑えてあるが、まともに当たれば痺れる。
「これ、ライくんよ。集中攻撃で対抗してっ」と、ヴィオちゃんの叫ぶ声が聞こえる。
直ぐにアクアスプラッシュ、ウィンドカッター、アイススパイクが続けざまに飛んで来る。
「ひぇー、俺に集中攻撃かよ。ザック、ティモさーん」
先ほどの守りでも、最後はライくんが魔法の集中攻撃を浴びていたが、まあ良い経験ですな。情けない声でこっちを呼ばないように。
すると、樹上からティモさんのウィンドカッターが放たれた。しかも木の枝を飛び移りながらの連続した移動攻撃だ。
もちろんティモさんがちゃんと狙えば、エステルちゃん以外の女子全員には命中させてしまえるので、主に足元への牽制だけだ。
それでも女子グループは浮き足立ってしまい、魔法が途切れた。
「ウィンドカッターは移動しながらの牽制だから、ライトニングに集中」
「はいっ」
エステルちゃんが落ち着いて指示を出す。それで、再びライくんに目掛けて集中攻撃が始まる。
それじゃそろそろ、俺も参加しましょうかね。
やることは昨年の夏合宿の時と同じだ。女子グループが守っている開けた場所の周囲を、森の中を走り周りながら四方八方から複数の石礫をバラバラと撃つ。
威力は抑えてあるが、数は多い。それからこれは牽制ではありませんよ。身体に当たります。
「きゃー」「痛い、痛い」「あちこちから来ますー」
「ザックさまよ。威力は大したことないから、怯まないで」
怯むなと言うエステルちゃん自身は、避けたり跳び上がって躱したりしながら、まったく当たっていない。
ルアちゃんも木剣でなんとか防ごうとしているが、あとの3人は顔や頭に当たらないようにするのが精一杯だ。
そこに、ブルクくんとカシュくんが、ほぼ同時に木剣を振りかざして飛び込んだ。
まずはふたりで、ルアちゃんを潰してしまおうという狙いのようだ。
しかしルアちゃんも反撃に出る。
カシュくんの木剣を大きく弾き、続けて来たブルクくんの木剣をしっかりと受ける。
そこにソフィちゃんも参戦し、彼女とカシュくん。そしてまたしても、先ほどと攻守を入替えたルアちゃんとブルクくんの攻防となった。
俺はそれを見て、主にそのふた組の立ち合いに向けて石礫を撃って行きますよ。
「つー、いたたたぁー」
「いたい、いたい、いたい」
カシュくんとソフィちゃんが木剣を打合いながら悲鳴を上げるが、止めてあげませんよ。
ブルクくんとルアちゃんは闘いながら無言で相談したように、石礫がなるべく飛んで来ない位置に移動しながら闘っている。
一方で魔法を撃つ3人は、石礫が自分たちにあまり飛んで来なくなったので、森の中のライくん目掛けて集中攻撃を続けている。
「よーし、それまで。攻撃やめ、やめ。ザカリーさま、やめです。わたしにも当たりますから」
ジェルさんの攻撃やめの声が掛かった。
アクアスプラッシュが当たって水びたしになり、アイススパイクもいくつか掠めたらしく、へとへとのライくんを俺が引きずって森の中から開けた空間へと出た。
ティモさんも涼しい顔で樹上からストンと降りて来る。
一方で、木剣で闘いながら石礫攻撃を浴びたソフィちゃんとカシュくんは、もう疲れてボロボロになってふたりで座り込んでいる。
ルアちゃんとブルクくんもかなり当たったようだが、途中からうまく逃げていたよね。
誰も大きな怪我はしていないようだが、回復魔法を掛けましょう。
俺が全員に一気に掛け、エステルちゃんもソフィちゃんとカシュくんに集中的に掛けてあげていた。
「ザック部長ぉ、僕は味方ですよね」
「いやいやカシュ、突っ込んで行けば当然に当たるから。ブルクにも当たっていたでしょ」
「ちらちら見てたら、ふたりはうまく逃げてた気がしますよー」
「そうですよぉ。なんだか、こっちにたくさん飛んで来た気がします」
「いやいやソフィちゃん、そんなことはないと思うんだけどなぁ」
「あれって、総合武術部の夏の洗礼ね」
「ぜったいわざと、当ててました、です」
顔や頭部には当てないようにしていたから、いちおう配慮はしてるんですよ。
あと、3人の魔法反撃にひとりで対抗していたライくん、疲労で言葉が出てませんよ。
こうして合宿2日目の午前の部を終え、野営地へと戻る。
程なくして姉ちゃんの部も戻って来て、クロウちゃんも空から下りて来た。
彼はどうやらふたつ部がそれぞれ大丈夫そうと見て、拠点建設現場にも行っていたらしい。
午後は目的地を入替えて、俺たちは姉ちゃんたちが午前中に行っていた川の流れる南方向を目指す。
そうして、お互いが訓練の様子を話ながら昼食をいただいた。
「どんなところなの? ティモさん」
「森の中を小川が流れていて、長閑で美しい景色の場所ですよ」
「へぇー、それは楽しみだな」
「森の中の小川ですか。楽しみです」
「あのぉ、ザック部長。午後はそこでどんな訓練ですか?」
隊列は午前と同じだ、先頭を俺とティモさんが進み、その直ぐ後ろにソフィちゃんとカシュくんが続いている。最後尾はエステルちゃんとジェルさんだね。
「午後の訓練メニューか。そうだなぁ、少し打ち込み稽古をして、それから、そんなに奇麗な場所なら周辺を散策してみようか」
「森の中の散策ですね。それ、賛成です。楽しみ」
ソフィちゃんは、午前の訓練で浴びた石礫攻撃の痛みなどすっかり忘れたようで、楽しそうに声を上げた。
「普通の打ち込み稽古に、普通の散策ですよね、ザック部長」
「カシュは何を心配してるの? 普通ですよ普通」
「ホントかなぁ」
カシュくんの方は、ヴィオちゃんが言うところの総合武術部の夏の洗礼に酷く参ったようだ。
まあ誰でも、森の中で四方八方から飛んで来る小石の雨を浴びたくはないよね。
やがて、ティモさんに先導して貰ったので思った以上に早く、その小川が流れる場所に到着した。
森の木立の中をナイア湖からの小川が流れ、清らかな水面がキラキラ夏の午後の陽射しに輝いている。
この小川にまで、ニュムペ様の清浄さが伝わって来ているようだね。
小川と言っても、川幅は5メートルほどあるだろうか。深さはそれほどないようで、流れる透明な水の中に川底が見えている。
静まり返った森林の中を、水が流れるさらさらという音だけが響き、心まで洗われるようだ。
「やだー、気持ちいいとこよー」
「すごく、キレイなとこ、です」
「見て見て、小さな魚が泳いでるよ」
「ホントです。お水がとても美しいです」
「ねえねえ、少し休憩よね。休憩するわよね部長。いいですよね、エステルさん」
「そうですね。とても気持ちのいいところですから休憩しましょうか、ザックさま。お菓子も出しましょうかね」
「やったー」
ああ、そうなりますよね。この環境じゃ気分はハイキングですよね。
むさい男が多い姉ちゃんの部は、午前中にここでどう過ごして訓練したのかな。
姉ちゃんはともかくとして、ヴィヴィアちゃんはこっちに混ぜてあげればと、俺は思わないでもなかった。
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