第453話 森の中の魔法と剣術訓練
合宿2日目、今日はふたつの部がそれぞれに分かれて、森の中で訓練を行う。
姉ちゃんの部は、野営を行っている湖畔から南に入った方向へ向かう。
去年は湖畔沿いに西へと行ったようだが、こちらの方向の先には水の妖精の森を囲む迷い霧があるので、そちら方面には行かないようにして貰う。
尤も、湖畔を南から西へと行っても、迷い霧まで10キロメートル近くはあるので、さすがにそこまでは森の中を探索と訓練をしながら行かないだろうけどね。
現在地から2キロほど南に行くと、ナイア湖から西へ流れる川があるそうだ。
この川は王都中央圏の南側を西へと続いて行く。
それほど大きな川ではないそうで、ナイア湖から流れ出す森の中では小川程度らしいが、姉ちゃんの部は午前中はそこを目指す予定にしている。
一方で総合武術部は、昨年と同じ北方向に行こうと思っている。ただしこちらも足は伸ばさない。
北方向へ2キロ、そしてそこから東へ6キロほど行くと、地下拠点建設現場へと至る。
なので、俺たちの部はこの北へ2キロの地点までを限界として訓練を行う予定だ。
こういったナイアの森の中の位置関係については、妖精の森を再建した際にあらためてブルーノさん、ティモさんが足で調査し、クロウちゃんが上空から確認した地理情報をもとに作成した地図で把握している。
ふたつの部が森の中のどこで訓練するかも、姉ちゃんとレイヴンの皆とは相談済みだ。
姉ちゃんの部には昨年と同様にブルーノさんが帯同し、今回はオネルさんも付き添う。
そしてうちの部には、エステルちゃんとジェルさん、ティモさんだね。
クロウちゃんは基本的に空を飛んで地上を監視し、何か不測の事態が起こった場合の通信の中継を行う偵察機ですな。
訓練は午前の部と午後の部の2回に分け、昼食を摂りに野営地に戻ってから午後は行く方向を入替える。
これも、遠くまで足を伸ばしてしまわない方策のひとつにしている訳だ。
「それじゃ、行って来るね」と朝食後、姉ちゃんの部は元気に出発して行った。
それじゃ俺たちも出発しましょうかね。
野営地には結界を施し、万が一に誰か人間や獣などが近づいても入れないようにしておく。
結界を初めて見るソフィちゃんとカシュくんはとても吃驚していたが、特殊な魔法ということで誤摩化しておいた。
湖畔から北方向へ入る獣道は昨年も辿ったルートだ。先導役はティモさんと俺、部員たちを挟んで殿にエステルちゃんとジェルさんが付く。
ティモさんも俺も、ファータの腰鉈で蔓などを払いながら進む。
この辺りは極めて安全な森なので、大型の獣に出会うことはまずない。
ましてや拠点建設現場にアルさんがいるので、あそこ辺りから西へは近づいて来ないだろう。
去年は単独のファングボアが現れて部員たちに狩って貰ったが、今年はそういう突発的な経験も難しいかもね。
「ソフィちゃん、大丈夫かな?」
「はいっ、快調です。森歩きは楽しいです」
「そうかそうか、良かった良かった。カシュはビビってないよな」
「少しもビビってなんかいませんよ、部長」
「何かあった場合に、直ぐ近くの女子を護るのは男子の仕事だからな」
「お、おう」
俺とティモさんの後ろには、初めてナイアの森に入るソフィちゃんとカシュくんが歩いている。
ソフィちゃんからは楽しそうな雰囲気が背中に伝わり、カシュくんからは多少緊張している感じが伝わって来る。
うちの部でのビビり1号はライくんで、2号はカシュくんだよな。基本的にうちの部員は、女子の方が大胆だ。
30分ほど進んで、昨年も来た少し開けた空間のある場所に到着した。様子は昨年と変わっていないね。
「よーし到着。小休止をして、ここを拠点に訓練を行う」
「あー、ここかぁ」
「去年はここで、いろいろ辛い目に遭わされたわよね」
「え、そうなんですか?」
「なーにを言っておるですか。ぜんぜん普通の訓練でありますよ」
「ザックの普通は、一般の普通と違うからね」
去年はここで、森の中からの魔法に対抗する訓練。そして森林の中での剣術の打ち込み。更には近くに来たファングボアを狩ったんだよな。
今回俺が考えているメニューは、部員をふたつのグループに分けての攻守を入替えて行う魔法と剣術の複合訓練だ。
と言うのも、昨年は魔法の初心者と剣術の初心者が混ざった部員構成だったのだけど、2年生になった彼らは初心者からは脱却している。
まあ、相変わらずヴィオちゃんとライくんは剣術が下手だけど。でも去年よりはかなり上達した。
それに加えて、魔法と剣術がバランス良く上手なソフィちゃん。魔法が上手く剣術も頑張っているカシュくんが入ったからね。
それで部員たちをふたつに分け、片方が森に入って魔法と剣術で攻撃し、もう片方がこの開けた空間で守るというゲーム的な訓練を考えた訳だ。
小休止中に俺はその説明をしながら、グループ分けを発表する。
なおグループリーダーは、剣術と魔法が両方出来るエステルちゃんとティモさんに務めて貰う。
「理解しましたかな。それではグループ分けを発表しますよ。まず、エステルちゃんグループはカロちゃん」
「はい、です。えへへ」
「ルアちゃん」
「よしっ」
「ヴィオちゃん」
「はーい」
「ソフィちゃん」
「はいっ」
呼ばれたみんなは元気よく手を挙げる。
「おい、ザック、人数と構成的におかしくないか」
「要するに、女子部員が全員だよね」
「次にティモさんグループです」
「おいっ、聞かなくてもわかるぜ」
「ブルクとライとカシュ」
「お、おう」
「それに僕であります」
「えー、ザック部長も入るの?」
「僕だって部員でありますからな。人数もこれで合うでしょ」
「それは、そうだけどさ」
「ザックがこっちなら、いいか」
ジェルさんには監視と審判役をやって貰う。怪我などがあった場合は即座に訓練を止め、俺とエステルちゃんで治療にあたる予定だ。
あと、森の中なので火魔法は禁止ね。
それで、ふたつのグループに分かれて簡単に作戦会議を行い、訓練の開始だ。まずは攻め手がエステルちゃんグループだね。
中立な審判役と言いながら、向うを見るとジェルさんが何故か女子たちの作戦会議に混ざっている。
「2年生はわかっていると思うけど、森の中からの魔法攻撃には慌てないことだ」
「おうよ。去年は酷い目にあったぜ」
「ザックの石礫は痛かったな」
ライくんとブルクくんが、昨年どんな攻撃を受けたかをカシュくんに説明している。
「それで、向こうの魔法攻撃は、ヴィオちゃんが氷、カロちゃんが水、エステルちゃんが風だ。おそらく火のルアちゃんは火魔法が禁止だから剣術で、ソフィちゃんも同じく火だから剣術で来る可能性が高いね」
エステルちゃんはもっと強烈な魔法攻撃が可能だが、もちろんそんなものは使わないだろう。
こちらの男子グループの魔法は、ライくんが風と雷魔法、ブルクくんは僅かに土魔法を使うことが出来るが石弾攻撃ぐらい。そしてカシュくんが水と氷だ。
ティモさんはもちろん風魔法で、俺は? 何でもありですな。
「あと、エステル嬢さまのダガー撃ちには気をつけてください」
「そうだね。木製のダガーを用意している筈だけど、それでもまともに当たると怪我をする」
「ひえっ」
「昨年にも見たかと思いますが、こういうのです」と、ティモさんが木製の訓練用ダガーを出して皆に見せてくれた。
「おそらく、身体に当たるようには撃たないと思いますよ」と、ティモさんは言っていたけどね。
打ち合せの結果、ライくんとカシュくんにティモさんが加わって、女子グループの魔法攻撃に対抗して魔法で牽制しながら、おそらく飛び込んで来るであろうルアちゃんとソフィちゃんをブルクくんと俺が防ぐことになった。
ちなみに守りでは、俺は魔法をたぶん使わない。俺が防御系の魔法を使っちゃうと、相手からの魔法攻撃はすべて無効化してしまうからね。
「それでは、そろそろよろしいですかな」
ジェルさんの声に、エステルちゃんグループの女子たちが森の中に入って行く。
おそらく誰かを決してひとりだけにはしない筈だから、グループをふたつに分けるぐらいだろう。
そして突っ込んで来るのはルアちゃんとソフィちゃんのふたり。
つまり、このふたりをそれぞれ軸にしたふたつのチームだ。
「来るぞ」
「来ますね」
俺とティモさんが同時に声を出し、お互いに少しずつ離れ分散して守る皆に緊張が走る。
するといきなり、一方向から強烈なアクアスプラッシュが飛んで来た。要するに大量の水だ。
「うわっ」「うぷっ」
ライくんたちが水びたしになって怯む。俺とティモさんはちゃっかり避けてるけどね。
ティモさんがすかさずウィンドカッターを森に撃ち込んで牽制しながら、「ライくんとカシュくんも撃って」と指示する。
「あ、はいっ」
森の中から続けて四連撃のアイススパイクが飛んで来た。先ほどのアクアスプラッシュと同じ方角からだ。
そしてアイススパイクを追いかけるように、再び大量の水が飛んで来る。
ふたつのチームに分かれてないのか。いや、これは陽動だな。
すると魔法が飛んで来た方角より90度左に離れた方向から、エステルちゃんのダガーが地面に撃ち込まれ、更にそれほど間を置かずに後方からも撃ち込まれた。
高速で動きながら撃っている。
身体に当てないようにコントロールされているが、それが男子部員たちの動きを削いでしまう。
ティモさんがダガー撃ちの移動に合わせて、そちらにもウィンドカッターを撃ち放った。
0時の方角から魔法、9時と6時の方角からダガー、すると攻撃がまだない3時の方角からは。
「ブルク、右だ」
「え?」
俺の声とブルクくんの慌てた返事の声と同時に、空からルアちゃんが木剣を構えながらブルクくん目掛けて降って来た。
ブルクくんは辛うじてガツンと木剣を合わせ、なんとか防ぎながら続けて剣を振るう。
ということは今度は地上から。
遅れて森の中から走り込み、ライくんを打とうとしたソフィちゃんの木剣を、素早く俺が体を入れて弾く。
「あ、失敗です」とソフィちゃんが慌てて距離を離した。
そのタイミングで俺に向けて、アイススパイク、ウィンドカッター、アクアスプラッシュの攻撃が飛んで来る。
俺への集中攻撃ですか。ヴィオちゃん、エステルちゃん、カロちゃんの順だな。
そうですか、そうですか。
次々に飛んで来るその3種類の魔法攻撃を、俺はすべて木剣で斬る。
魔法はことごとく木剣で斬られて消え去って行った。
「あ、ずるいー」
「普通、木剣で魔法は斬れません、ですー」
「それ、反則ですよー、ザックさまー」
森の中から3人の声が聞こえて来る。まあ斬るのは、俺に向けて撃たれた魔法だけですよ。
返事をする替わりに、俺はその場からひゅんと高く跳んで、距離を取っていたソフィちゃんの直ぐ目の前に着地すると、担いでいた木剣でコツンと肩を軽く叩いた。
「ひっ」
「ソフィちゃんは退場」
審判役のジェルさんの声がソフィちゃんの退場を告げた。
さて俺はこのぐらいでいいかな。あとは様子を見ましょうかね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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