第43話 オネルヴァさんの騎士見習い卒業試合に指名される
こうして俺はエステルちゃんを相手に、剣の力をこの身体に蘇らせるために、毎日の稽古を続けている。
もちろん、騎士団での騎士見習いの子たちとの稽古にも、手を抜くことなく励んでるよ。
騎士見習いは8人なんだけど、あれから少しメンバーが変わることになったんだ。
と言うのも、俺が5歳で稽古に参加させて貰ったとき、いちばん年長で12歳だったオネルヴァお姉さまは、3年経って今年15歳。あと、その次の獅子人の男の子イェルゲンくんは同じく14歳。
つまり騎士見習いを卒業する年齢。
オネルヴァさんは、ますます美人で頼りがいのあるお姉さまに磨きがかかり、一方でイェルゲンくんは獣人族の獅子人ということもあって、すっかり逞しい若者になった。
騎士見習いは、あくまで騎士を目指す少年少女たちのエリート教育の場で、ここを卒業した者がすべて騎士になれる訳ではないんだよね。
この次の段階が従騎士なんだけど、うちのグリフィン子爵騎士団はそれほど大きな規模ではないから、現在の人数は12名ほどと狭き門だ。
定員制ではないから、認められれば抜擢される可能性はあるんだけどね。
ということでオネルヴァさんは去年の暮れから、そしてイェルゲンくんは今年から、経験を積むために従士となって騎士団に出仕することになる。
これは本人の希望や意思次第で、もし従士になるのを望まない場合は、他の職業を選ぶとか自分の家に戻るなどの道を選ぶことになる。
オネルヴァさんはうちの騎士団所属の騎士爵の娘さんで、騎士爵は基本的には一代爵位だから、どうしても自分が騎士になる道を進みたいのだそうだ。彼女は頭もいいし、なにしろ剣術に優れているしね。
一方イェルゲンくんは、一般から騎士見習いに抜擢されたんだけど、持ち前の負けん気とオネルヴァさんへのライバル心もあってか、従士になる道を選んだ。
彼なら、例えば冒険者になっても結構、活躍できるんじゃないかと思うけど。
それで去年の秋のことなんだけど、オネルヴァさんの卒業記念に最後の試合稽古を行うことになった。
対戦相手を自由に選んでいいと言われた彼女は、何を思ったのか俺を相手に選んだんだよ。
俺ももうそのときには、というかあのアストラル大森林での特別訓練の一件以来、試合稽古にも参加させて貰っていたし、あれこれ言わずに気持ちよく引き受けました。
オネルヴァさんは最年長で俺は最年少だから、ほとんど真面に剣を合わせたことがなかったというのもある。
「ザカリー様とはいちど、きちんと剣を合わせてみたかったんです。お受けいただいて、ありがとうございます」
「いえいえいえ、ありがとうございますって、それは僕の方だよ。でも、騎士見習い最後の試合稽古の相手がイェルゲンくんとかじゃなくて、こんなちびっ子の僕でいいの?」
「イェルゲンとはいつもやってますから。ザカリー様とはこの先、剣を合わせる機会がないかも知れませんし」
「そうですか。うん、わかった。精一杯やるよ」
「ありがとうございます」
オネルヴァさんは、うちに所属する騎士爵家の娘さんだから、とても礼儀正しい。それに俺が5歳で稽古に参加した時から、いつもあれこれ面倒を見てくれたんだよね。
だからお姉さまの卒業を祝うためにも、ちゃんと精一杯やりましょう。
オネルヴァさんと試合稽古をするにあたって、俺は当日に審判をすることになった指導騎士のメルヴィンさんに、ひとつお願いをした。
それは、俺が稽古でいつも手にしているショートソードの木剣ではなく、ロングソードの木剣を使わせて欲しいということだ。
つまり片手剣ではなく両手剣で、というお願い。
オネルヴァさんは以前からロングソードの訓練を重ねているし、おそらく異存はないと思う。
メルヴィン騎士は「うーん」と唸って、騎士団長に相談すると去って行った。
家令のウォルターさんと双璧で、いつも俺のことでは何か企んでるクレイグ騎士団長なら、ぜったいOKだよ、と思っていたら、案の定すんなり許可が下りた。もちろんオネルヴァさんも了解した。
オネルヴァさんの騎士見習い卒業記念試合稽古の当日。
騎士団訓練場には騎士見習いの子たちや姉さんたちはもちろん、多くの騎士、従騎士、従士のみなさんが観戦に集まっていた。
そしてクレイグ騎士団長、ネイサン副騎士団長、更にはヴィンス父さんもウォルターさんを伴って観戦に来ていたのだった。
おいおいおい、ちょっと大袈裟じゃないのー。騎士団は、仕事のある人以外、ほとんど来てるんじゃない?
オネルヴァさんの卒業記念だけど、言ってみればひとりの騎士見習い少女だ。いったい何を期待しているのかなぁ。
騎士団での訓練時には、いつもは侍女本来のお仕事をしているエステルちゃんも、式神のクロウちゃんを抱いて俺のお世話係で来ている。
「ザックさまぁ、こんなに観戦する方々がたくさんいるんですから、無茶なこととか変なこととか、しないでくださいよ」
と、エステルちゃんが俺の耳元で小声でそういう。
オネルヴァさんが俺を指名してくれたんだ。精一杯やるよ。
そして俺は、騎士団の訓練用でいちばん刀長が短かったロングソードの木剣を手に、試合稽古の場に出る。
今日の装備は、あのアストラル大森林で身につけていたブリガンダインの革鎧だ。あのときより少し背が伸びているので調整してある。
オネルヴァさんも同じブリガンダインの革鎧を着用している。
胸部の裏側に金属片を打ち付けて強度を高めてあるので、多少の木剣の打ち合いでも、致命的な怪我をすることはないだろうという配慮だ。
さていよいよ試合稽古の開始だ。
ふたりがそれぞれロングソードの木剣を握り、構える。
オネルヴァさんは剣先を高く、柄を握った両手を顔の右横に、つまり八相の構えだ。そして俺は剣を正面に、剣先を相手の眼に向けて正眼に構える。
「それではこれより、オネルヴァ騎士見習いの卒業を記念して試合稽古を行う。オネルヴァ騎士見習い、そしてザカリー様、よろしいですかな」
観戦している人たちから「うぉーっ!!」という声が上がる。
なに盛り上がってるんすか。騎士団のみなさんは基本的に脳筋連中が多いので、こういった試合が好きなのだろうけどさぁ。
「オネルヴァ、頑張れー! 思い切って行けー!」
あ、これは騎士見習いの子たちの声だ。イェルゲンくんの大きな声に、姉さんたちも声を合わせる。
なにオネルヴァさんだけ応援してるんすか。俺の方がちっちゃい子なんすよ。
いやいや、精神を集中させよう。ここで気を乱しては、オネルヴァさんに失礼だ。
俺は前世で闘っていたときのように、雑念を払い周囲の不要な音を遮断し、闘気を高める。
おそらく俺の身体をキ素力が循環し始めているだろうが、まあ今日はいいだろう。
眼の前のオネルヴァさんを見ると、八相の構えを揺るぎもさせず、同じく闘気を高めているのが分かる。
ふと、以前に冒険者ギルドで相対したニックさんの同じ構え姿が頭に浮かぶが、オネルヴァさんはそれよりも冷静で澄んだ構えだ。落ち着いているな。
「それでは、始めっ!」
審判役のメルヴィン騎士の声が響く。観戦する人たちの声が消える。
さあ、精一杯闘いましょうか。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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