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第452話 姉ちゃんとオネルさん、ジェルさんの模範試合

 アビー姉ちゃんとオネルさんの模範稽古は、姉ちゃんが猛然と突っ込み間合いを詰めてからの激烈な打ち合いで始まった。

 こういう闘い方の場合の姉ちゃんは手数が多く、また早い。

 そして、その野性の身体能力を活かし、縦横無尽に動く。

 しかしオネルさんは、冷静にそれを捌いて行った。


 なにせ、姉ちゃんが5歳で騎士団見習いの稽古に加わって剣術の稽古を始めた当時から、先輩としてその稽古の面倒を見て来たのがオネルさんなのだ。

 姉ちゃんが初めて木剣を握って以来、長く剣を合わせ、オネルさんが見習いを卒業して騎士団に入団してからも、姉ちゃんは暇を見つけては騎士団に行ってオネルさんたちと訓練をしていた。


 学院に入学しその頻度は減ったものの、昨年からは王都でまた機会があれば剣を合わせている。



「アビゲイルさま、強くなりましたね。でもわたしも、強くなってますよ」

「うふふ、もうそろそろ追いつかないとだよね」


 いったん離れお互いに構え直したふたりはそう言葉を交わすと、それを合図にするように双方が前に素早く出て間合いに入り、また激烈な打ち合いを繰り返す。


 ふたりが口に出した言葉の通り、姉ちゃんはここ最近でまたいちだんと強くなり、そしてオネルさんも着実に強くなっている。

 剣術の技量でオネルさんに追いつこうとし、身体能力では姉ちゃんが上まわる。

 一方でオネルさんは経験を重ね、またジェルさんという高みにいる先輩と日々鍛錬を重ねることで、もうひとつ上へと行こうとしている。


 姉ちゃんが前後左右に素早く動きながら間合いの狭間で木剣を繰り出し、オネルさんはその動きと剣の軌道を見切りながら合わせ躱し、そして自らも木剣を繰り出す。

 そのスリリングな攻防を何度も何度も繰り返し、そしてふたりはまた少し離れ構え直した。


 そのとき、姉ちゃんとオネルさんは頷き合ったように見えた。

 そしてふたりは合わせるかのように強く踏み出し、間合いに入ったと同時に互いに剣を振った。


「そこまで」


 審判役を務めていたジェルさんの声が掛かる。

 ほぼ相打ちになるかと見えたが、木剣が打合わされた瞬間に姉ちゃんが続けて突きを出し、その彼女の手首をオネルさんが体を捻りながら打ったのだ。

 真剣ならばかなり斬られたかも知れない。ジェルさんはそう判断して立ち合い止めた。


 しかし姉ちゃんの木剣の剣先も、オネルさんの胴を少し突いているいる筈だ。

 相打ちと言えば相打ちかも知れない。


 姉ちゃんとオネルさんは離れて互いに礼をした。

 模範試合なので勝敗を審判が宣告することはない。本人たち、そして観戦する者たちが判断すれば良いのだ。

 姉ちゃんの立ち合いとしては、いつもと比べ縦横無尽に派手に動くものではなかったが、その激しさは見ているこちらに伝わった。



「少し休憩されますか?」

「いや、続けてでお願いします」


「あ、ちょっと待ってください」


 次に模範稽古の相手をするジェルさんが少し休憩するかと姉ちゃんに問うたが、彼女は直ぐにやると言った。

 しかしそこで、エステルちゃんが姉ちゃんのところに走って行って、オネルさんに打たれた手首に回復魔法を掛けてあげた。


「ありがとう、エステルちゃん」

「そこを痛めてると、あとから腫れて来て動かなくなるかもですからね」

「うん。もう大丈夫そうだよ」


 そうして姉ちゃんとジェルさんは木剣を構えて向かい合う。

 ふたりは暫く動かなかった。


 先ほどオネルさんを相手にした時とは違い、姉ちゃんは慎重だった。

 やがてじりじりと前に出て間合いを詰める。

 そしてここぞとばかりに打って出た。ガンガンガンと何合か剣を繰り出す。


 ジェルさんは姉ちゃんの力量をあらためて確かめるかのように、それを受け続けた。

 そんな打ち込み稽古のような攻めと受けがはっきりとした攻防が暫く続き、やがて姉ちゃんが後ろに跳んで離れる。


 そして、木剣を頭の上に載せるように振りかぶりながら一気に前に出て、間合いに入った刹那に鋭い剣を振り下ろした。

 ガキーン。木剣が木剣を打つ鋭い音がナイア湖畔に鳴り響く。

 後の先を取ったジェルさんが、一撃で姉ちゃんの木剣を打ち落とした音だった。


「はぁーっ。やっぱり、ジェル姉さんにはまだ敵わないや」


 極度の緊張から解き放たれたかのように姉ちゃんは大きく息を吐き出し、そう言いながら打ち落とされた木剣を拾う。

 そして少し離れて互いに礼をした。




 模範試合を行った3人が、観戦していた俺たちのところにゆっくり歩いて来る。


「どうだった、ザック」

「いい闘いだったよ。オネルさんとは、姉ちゃんがもっと動いていたら違う展開になったかもだけど。さっきの相打ちは、姉ちゃんの剣の伸びが少し足らないな。だけど手首を打たれてはダメだ。姉ちゃんが、腹を大きく抉る突きを出せていたならともかく、あの場合、相手の装備に阻まれている間に手首を落とされると、もう闘えない。ジェルさんとの立ち合いは、そうだな、強者の一撃をいかに見切るか。真剣での斬り合いなら、剣を打ち落とされたあと、姉ちゃんの首は飛んでいる」


「ザックは、厳しいなぁ。そうだよね。木剣を握っていても、真剣での闘いを意識しないとだよね」

「わたしもザカリーさまのお言葉で、反省しなくちゃです。辛うじてアビゲイルさまの手首は打てましたけど、あのぐらいでは浅くて、真剣だったらこちらのお腹を抉られていたでしょう」


 オネルさんもそう言い、それから姉ちゃんと先ほどの立ち合いを振り返りながら話し合っていた。



「ジェルさん、姉ちゃんはどう?」

「そうですな。オネルとは、ほぼ互角ぐらいまでには近づいて来ていますな。あとは経験でしょう。わたしも、いつものようにもっと動かれていたら、どうしようかと考えていたのですがね」


 まあ俺もジェルさんと同じ意見だね。いまの模範試合では、特にジェルさんとの対戦の時には、姉ちゃん自身が天性の動きをかなり抑えていた。

 純粋に剣術の力量を試したかったというのもあるだろうし、ジェルさんの強さを体感したかったということもあったのかも知れない。


 姉ちゃんがその野性の力を発揮すれば、オネルさんとはおそらく互角、ジェルさんに対してはもっと翻弄出来ただろうね。



 観戦していた部員たちも、それぞれに感想を話し合っていた。

 皆が、皆なりに思うこともあったのだろうね。何しろ、アビー姉ちゃんは現在の学院生で剣術が最強というのは誰しも認識しているところだ。あ、俺は員数外です。

 勝敗だけを求めない模範試合とはいえ、それでも結果としてはこうなった。


「ザカリーさん。真剣を意識して木剣を握るというのは、なかなか難しいものでありますな。勉強になりました」

「そうですね、エイディさん。だけど、ジェルさんやオネルさんみたいな剣の本職は、木剣と真剣の違いなんて無いんですよ。木剣での試合が目的じゃないですからね」


「そうですか、そうでありますね。われらも、学院を出てそれぞれが騎士団などに入れば、木剣試合などは関係ないのでありますな」

「まったく関係が無い訳じゃないけど、木剣試合はあくまで、剣術を鍛錬する過程でしかないということかな」


 エイディさんが俺のところに来てそう話しかけ、いつしかハンスさんとジョジーさんの3年生が集まってその会話を聞いていた。その後ろではブルクくんたちも耳を傾けている。

 ブルクくんとかは違うけど、どこかの騎士爵の子息子女である彼らは、学院を卒業すればやがて自領の騎士団に入団する可能性が強いだろう。


 騎士団に入れば、程度の差はあるとしても実戦のための訓練を日々行い、それから実際に人を斬る可能性のある仕事に就くのだ。

 領主貴族の二女ではあるけど、そういった学院での剣術とは違うその先に足を踏み出そうとしている姉ちゃんの模範試合は、彼らにそんなことを思い起こさせたのかも知れないね。




「さあ、そろそろ夕食の準備をしますよー。分担をまだ決めてませんけど、今日は女子で準備をしちゃいましょうかねー。女の子たちは集まってくださーい」

「はーい、エステルさん」


 女子部員たちは賑やかにエステルちゃんに従って行った。

 そう言えば料理当番を決めていなかったな。明日は男子にもやって貰わないとだね。


 ふと気が付くと、ブルーノさんとティモさんが戻っていた。クロウちゃんは上空を旋回しているようだ。


「男子たちは自由時間にさせて貰おうかな、エイディさん。あっちで手を出すと女子たちに怒られそうだしね」

「そうでありますな。ではそうしましょう。夜間の焚き火用の薪を集めてから、また釣りがしたい者は、するのもいいでありますな。釣り道具をお借りしても、良いでありましょうか」


「そうだね。ティモさん貸してあげて」

「承知」


 今回は人数も多いので、釣り竿をたくさん持って来ている。すべてブルーノさんとティモさんの手作りだ。

 それでエイディさんは男子たちを集めて、周辺から薪拾いを始める。森の中に勝手に入らないようには言ってある。

 仮に入ってしまった者がいた場合は、上空のクロウちゃんから通信が来るだろう。



「向こうはどうだった?」

「はい、順調でやしたよ。前室区画はほぼ出来上がって、今日は作戦区画の部屋造りに取り掛かっていやした」


 この場にはブルーノさんふたりだけが残ったので、拠点建設工事の様子を聞いた。


「明後日あたりには、ミルカさんがこちらの様子を見に来たいと言っておりやした」

「そうか。明後日は対抗戦で試合稽古をやるから、ちょうどいいよね」

「ライナさんたちも来たがっていやしたけど、今回は諦めるそうでやす」


 ミルカさんひとりなら来てもそれほど問題にならないが、今回はいない筈のライナさんや会ったことのないダレルさん、それにアルさんも現れたら、どうしてどうやって来たということになりそうだしね。

 まあ、今回は諦めて貰うしかないな。


「それで、こちらの訓練の方はどうでやした?」


 ブルーノさんがいつの間にか姿を消していたことには誰も気づいてはいないが、彼がまったく訓練の様子を知らないというのもまずいので、ざっと話をする。

 ブルーノさんは、特に姉ちゃんとオネルさん、ジェルさんとの模範稽古の様子を「ほうほう」と興味深そうに聞いていた。



「部員のみなさんにお見せするというのもあったでやしょうが、それはアビゲイルさまご自身のためでもあったのでやしょうな」

「それって?」


「いやなに、これは自分の勝手な考えでやすが、なんとなくアビゲイルさまは、卒業されたら騎士団にもっとお近くの立場に、ご自身がなられたいんじゃないかと思いやしてね」


 騎士団に近い立場か。姉ちゃんなら充分にあり得るよな。

 王都で学院にいるこの4年間は別としても、5歳で騎士団見習いの剣術稽古に参加をし始めて以来、時間が許す限り騎士団に入り浸っていたし、オネルさんなど当時の先輩や稽古仲間をはじめ騎士団には仲の良い知り合いが多い。

 それに現役の団員たちから、姉ちゃんは慕われているしね。


 でも、騎士団の主家であるグリフィン子爵家の二女が、普通に騎士団に入団するという訳にはいかない。

 組織としては騎士団のトップは騎士団長で、その上に総帥の子爵がいる。つまりヴィンス父さんだね。

 将来、父さんが子爵位から退いた場合は、継承順位として1位の俺が子爵位を引き継ぐことになる。


 その総帥と騎士団長とは別に、主家の娘に相応しい新たな地位の役職を作ったりするのは難しいよな。

 そうすると、新しい騎士爵家を創設してそれに姉ちゃんを就かせるとか? あり得ない話ではないが、でもどうも、それも何だか変だよな。


 頭に浮かんだそんな考えをブルーノさんに話したら、「もっと違う道が、あるかも知れませんでやすよ」と彼は言っていた。

 違う道か、どんな道なんだろうな。そういうことって、当の本人の姉ちゃんは考えていたりするのだろうか。



「ザカリーさん、焚き火の準備をするでありますよ」と、俺を呼ぶエイディさんの声がした。

 ああ夜に備えて焚き火だね。それじゃブルーノさん、俺たちも手伝いましょうかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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