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第450話 今年も元気に合同合宿に出発します

 夏の合同合宿に出発する朝、屋敷には2台の馬車がスタンバイし、部員たちが集まって来るのを待っていた。

 うちから行くのは俺とアビー姉ちゃんにエステルちゃん、そして教官兼護衛のジェルさん、オネルさん、ブルーノさん、ティモさんにクロウちゃんだ。


 拠点建設現場に行っていたオネルさんとティモさんは昨日に戻って来て、レンタル予約をしていた馬車を借出して来ている。

 それから、アルポさんとエルノさんも仕事をひと段落させて帰って来ており、合宿中にアデーレさんと少年少女4人だけになってしまう屋敷を護る。

 入れ替わりに、ミルカさんが見張り役として拠点建設現場に行ってくれた。


 玄関前の馬車寄せで出発の準備をしていると、部員たちがやって来た。

 あ、姉ちゃんの部の1年生のビビりちゃんも一緒に来てるね。え、あ、そうか、ヴィヴィアちゃんね。


「やあ、おはよう。全員揃ってるね。ビビりちゃん、じゃなかった、ヴィヴィアちゃん。ようこそ、いらっしゃい」

「ザック、あんたその呼び方、ちょっと気に入ってるでしょ」

「失礼ですから、もう言い直しはダメですよ、ザックさま」

「へい」


「あ、あの、お邪魔します。じゃなかった、アビー部長、ザカリー部長、よろしくお願いします」

「うん、ヴィヴィアちゃん、よろしくね。ここまで迷わなかった?」

「はい、ザカリー部長。学院を出るところで、カシュパルくんに会ったので、連れて来て貰いました」

「おお、うちのカシュがね。そうですかそうですか」


「学院の門で会って、行くところが同じなんだから、一緒に来るのは普通じゃないですか」

「ふむふむ、普通ですか、普通ですね、そうですねそうですね」


 そこでカシュくんが顔を赤くして、慌てて口を挟まなくても良いのですぞ。


「あの、ザカリーさま、全員が揃われたのなら、そろそろ出発しますぞ」

「あ、はい、ジェルさん、すみません」



 女子たちはうちの馬車に乗り込み、俺たち男子の4人は借りて来た馬車に乗る。クロウちゃんはこっちに乗るんだね。あっちは女子が多過ぎるって? なるほどね。カァ。

 それぞれの馬車の御者役はブルーノさんとティモさんが務めてくれ、ジェルさんとオネルさんが騎乗で護衛だ。

 大型馬車が2台に騎馬の護衛がふたりなのは少々寂しいが、今回は仕方がないだろう。


「皆さま、行ってらっしゃいませ」


 うちの少年少女組の4人が揃って出発を見送ってくれる。

 俺は馬車の窓から手を振ってそれに応え、女子たちの馬車に続いてこちらも動き出した。


「なあカシュ、ヴィヴィアちゃんてどんな子なんだ?」

「なんで僕に聞くんですか、ライ先輩は。どんな子かなんて、知らないですよ」

「たしか、騎士の家の娘さんだよね、カシュ」

「だから、ブルク先輩もどうして僕に聞くんですか。ええ、そうみたいですよ。イェンからそう聞きました」


 カシュくんが名前を出したイェンくんとは、姉ちゃんの部に入ったもうひとりの1年生の男子だ。正しくはイェンスとかいう名前で、やはり騎士爵家の息子さんだったかな。

 カシュくんは同じ騎士爵家の息子同士、交流があるんだね。


 ヴィヴィアちゃんも騎士爵家の娘さんだとすると、姉ちゃんの部の部員たちは、姉ちゃん以外は全員が騎士の子息子女なんだな。

 やっぱり、強化剣術をやろうとするのは、そういった出身ということも関係するのだろうか。姉ちゃんは別として。


「どこの貴族領の騎士の娘さんなのかね、カシュ」

「だ、か、ら、ザック部長もどうして僕に聞くかなぁ。直接彼女に聞いてくださいよ」

「はっはっは」


 顔を真っ赤に口を尖らせてそういうカシュくんを見て、2年生の3人は大笑いだ。

 からかってごめんな、カシュくん。カァカァ。クロウちゃんが、そのぐらいにしといてあげなよと言っていた。




 王都のフォルス大門を出て、朝の田園風景の中を馬車は快調に走る。


 うちの馬車よりは乗り心地は多少落ちるが、それでも良い馬車を借りて来て貰っているので快適だ。

 この世界の馬車は既に車輪の懸架装置に板バネが装着されていて、昔よりはずいぶんと乗り心地が改善されているそうだ。

 前の世界で馬車に板バネが用いられたのは15世紀の半ばだと、前に物知りクロウのクロウちゃんに教えて貰ったことがある。


「カシュは、王都の外に出たことはあるの?」

「帰省以外でですか? えー、そう言えばないですよ。だいたい、休日に寮から出たのは、いちど商業街に行ったのと、あとは部長の屋敷に行った時だけだなぁ」

「そうすると、こっちの方に行くのは初めてか」

「そうですね」


 馬車はフォルス大門を出て、南に向かう街道を走っている。

 ここから10キロメートルほど走ると近郊の小村を経て、南東方向のナイアの森へと至る道に入る。

 昨年の夏合宿に行った時にはその小村で休憩をしたのだが、村長やら何やらが警戒して出て来て面倒くさいので、それ以来、途中休憩はその村から暫く行った何もない場所で取るようにしている。


「でも、この辺はのどかで平和そうですよね」

「そうだね。カシュの地元のエイデン伯爵領とは、やっぱり違う?」

「そうですねぇ。うちの領都は国境が近いし、ルア先輩のケルボの町の方は大森林の側ですしね」


「やっぱり国境が近いと、なんとなく緊張している感じがあるよな。うちの方もそうだけど」

「ああそうか。ブルクのとこも、国境がある辺境伯領だしなぁ」

「うちの領都は国境から少し離れてるし、戦争が終わって以来、大きな出来事もなくて平和だって。でもカシュのとこは、リガニア地方との国境だからさ。やっぱり物騒なのかな」


「そうですねぇ。リガニア紛争も、始まってからもう5年ですか。領内で直接、戦争がどうのこうのは無いんですけど、山賊とか荒くれの傭兵部隊とかが、流れ込んで来たりしますからね」

「ついこの前まで、王都周辺を荒し回っていて捕まった盗賊団も、傭兵崩れの連中だって聞いたよな。なあ、ザック」


 うん、それ知ってる。山賊も傭兵崩れの盗賊団も両方とも。誰が壊滅させたのかも。


「あー、そうみたいだよね」


 クロウちゃんは俺の膝の上で知らんぷりして、居眠りしている。狸寝入り、じゃなくてカラス寝入りですか。


「でも、捕まって処刑されたのはほんの何人かで、盗賊団の主力はどこかの誰かが壊滅させたんじゃないか、って噂を聞いたよ。ねえ、ザック。もの凄く強い、どこかの誰かの一団がしたらしいとかさ」

「ほぉー、そうでありましたか、ブルク」


 ブルクくんは、何か探るような目で俺を見ながらそんなことを言う。知ってるけど、知りませんよ。



「でも、王都との行き帰りでいつも思うんだけど、ザックのとこの領内は平和だよね」

「へぇー、そうなんだ。北の方の貴族領でも、ずいぶんと違うんだな」

「それはライ先輩、ザック部長のところのグリフィン子爵領は別格なんですよ。ねえ、ブルク先輩」


「なにせ、騎士団も冒険者も、北辺じゃ一番だからね。と言うか、王国で一番かな。グリフィン子爵領では、誰も悪いことなんか出来ないよ。ねえ、ザック」

「そ、そうかなぁ」


「そうですよ。騎士団が強いっていうのは、ジェルさんたちを見れば納得しますし。それに、腕に自信のある冒険者はみんな、グリフィニアの冒険者ギルドに行っちゃうって聞きましたよ。そう言えば、ブルーノさんとライナさんて、元は冒険者なんでしょ」

「うん、そうだよ」


「元は冒険者も何も、ブルーノさんは元は王国一の冒険者パーティの一員で、ライナさんは少女時代から土魔法の天才冒険者だったって、うちの領の冒険者に聞いたことがあるよ。ねぇ、ザック」


 うーん。ブルクくんは隣領の準男爵家の息子さんだし、お父さんのベンヤミン・オーレンドルフ準男爵はうちの父さんと知り合いだからなぁ。

 なので彼は、グリフィン子爵領の事情は良く知っているんだよね。

 それにしても、なんだか探るような目で俺を見るのはやめましょうね。



 馬車は分かれ道にある小村を通過し、途中休憩を入れてナイアの森を目指す。

 休憩場所で馬車を降りて来た女子7人は賑やかだったなぁ。クロウちゃんが、さすがにあっちの馬車には乗らないと言ったのは良く分かりますよ。カァ。


 休憩場所で少し馬を休めたあと、オネルさんが先行して走って行った。

 これは事前に打合せ済みの行動で、エイディさんたち姉ちゃんの部の部員たちが先に着いていた場合、勝手に森に入っていないかを確認し、入らないようにするためだ。

 湖畔から拠点建設現場までは5キロメートル以上離れているので心配はないが、それでも念のためにね。


 休憩を終えて更に10キロメートルほど進み、道は森へと入る。

 拠点建設現場の方へと森の端を巡って行く脇道への入口は、いまは隠されているので側を通り抜けても見つけにくい。

 そこを過ぎて暫く森林の中を進み、やがてナイア湖畔へと到着した。


 馬車が停車し、「着きやしたよ」という御者台のブルーノさんの声が掛かる。

 俺の膝の上でカラス寝入りをしていたクロウちゃんは、その声を聞いて「カァ」とひと声鳴くと馬車の窓から空へと飛び出して行った。


「着いたね。さあ降りよう」

「着いた、着いた」

「意外と早かったですね」

「さあ、合宿の始まりだね」


 俺たち男子4人は馬車から降り、うちの馬車からも女子たち7人が賑やかに降りて来た。

 すると、直ぐ近くにエイディさんたちが固まって待っていてくれていた。


「お疲れさまであります、ザカリーさん、アビー部長。皆さんもお疲れさま」

「やあ、エイディさん。今年もよろしくお願いします」

「みんな、無事に到着してたわね」

「ええ、部長。我らもつい先ほど着いて、いま馬車を帰すところでありますよ」


 そう言えば馬車がもう1台停まっていて、オレたちと入れ替わりに湖畔から出て行くところだった。

 あの馬車に、エイディさんたち男子部員が5名乗って来た訳ですね。

 わりとガタイの良い彼らに混ざって、ヴィヴィアちゃんが女子ひとりで乗って来たとしたら、姉ちゃんが言う通りかなり厳しかっただろうな。


 それでは、馬車と馬の世話をジェルさんたちが終えたら、全員が集まって挨拶しましょうか。




「今日から、総合武術部と強化剣術研究部の夏休み合同合宿を始めるわよ。ここは王都に近いと言っても、深い森の中だからね。安全に充分心掛けて、自分勝手な行動はしないようにね。あと、ジェルさんたち指導教官の言うことには必ず従うこと。いいかしら。それじゃみんな、3泊4日の合宿、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 最上級生の姉ちゃんが代表してひと言挨拶し、エステルちゃんとジェルさん、オネルさん、ブルーノさん、ティモさんをあらためて紹介する。

 ヴィヴィアちゃんは出発時に屋敷で挨拶を交わしているから、はじめましてはイェンくんだけかな。


「1年生のイェンス・ホルムです、であります。イェンと呼んでください、であります」

「うん、よろしくね」


 なんだか昨年のロルくんを思い出すなぁ。ああいった話し方とか、男子部員の伝統にしようとしてるんですかね。俺もときどき口から出るけど。


 そのロルくんは、何故だか顔を火照らせながらチラチラとカロちゃんの方を見てるよね。

 その恥ずかしそうな感じも今更だからね、ロルくん。

 一方でイェンくんの方は、ずらりと並ぶうちの女子部員たちやエステルちゃん、ジェルさん、オネルさんとかをぽーっと眺めている。

 その横でヴィヴィアちゃんが、しょうがないなぁまったくという表情をしていた。



「ザカリーさま、まずは野営の準備を済ましてしまいますが」

「うん、そうしようか。おーい、野営の準備を始めますぞ。みんなはうちの教官たちの指示に従って手伝ってくれ」

「はーい」「おう」「了解であります」


「こっちに炊飯場を設営しますよ。女の子たちは集まって」

「はーい、エステルさん」

「わぁ、楽しそうです」


「それでは男子たちは、いまテントを出すので、設営を手伝ってください」

「わかりましたであります」


「えーと、僕は」

「ザカリーさまは、ライナ姉さんがいないので、トイレをちょちょいと」

「あ、そうだね、オネルさん」


 いつも土魔法で仮設トイレを設営してくれるライナさんが今回はいないから、俺が造らないとですよね。

 もしかして、初めて野営準備の仕事を許可して貰ったんじゃないか。

 これは、張り切ってトイレづくりをしないとですよ。


「普通でいいですからね、普通で」

「へーい」



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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