第448話 地下拠点工事、第一段階が終了しました
トンネルが開通し、渡り初めも終えたあと、馬車と騎馬による試走も行った。
地下拠点側も、馬車寄せ空間とそれに隣接する馬車庫、馬小屋がほぼ出来ている。
それで走行の確認も含めて、御者台にはブルーノさんとティモさんのふたりが座り、ジェルさん、オネルさんにミルカさんも騎乗して従った。
馬車には俺とエステルちゃん、アビー姉ちゃんにシルフェ様とシフォニナさんも乗ってみる。
進入路からスロープをゆっくりと慎重に下り、トンネルの中に入ると車内は薄暗くなった。
「走り具合はどうかな? ブルーノさん」
「このぐらいの明るさがあれば、問題ないでやすよ。馬も落ち着いていやす」
それほど幅員が広くないトンネル内を走らせた時に、馬が怖じ気づかないか少々心配したのだが、杞憂だったようだ。
ジェルさんたちの騎馬の方も問題無さそうだ。うちの馬たちは、ちょっとやそっとじゃ動じないからね。
無事に地下の馬車寄せ空間まで到着し、試しにいったん馬車庫と馬小屋に納める作業をしてから、再びトンネルを通って今度は傾斜を昇る具合を試しに馬車と騎馬は走って行った。
俺たちはここで降りて、そのまま地上に上がります。
昼食は、エステルちゃんが屋敷で用意して持って来てくれた。
野営地でそれをいただきながら、現在の進捗状況や今後のスケジュールの確認を行う。
俺がここで作業が出来るのがまずは今日明日で、明後日には屋敷に部員たちが来るから明日の夕方には帰る予定だ。
トンネルも無事に開通したので、今日の午後からはアルさんと拠点工事の方にまわりたい。
ダレルさんとライナさんの方は、前室区画の全体をほぼ掘り終えていた。
現在は上部を支える柱が立っている、ひとつの広い空間だね。
当初は部屋を区切る壁部分を掘り残して硬化させながら、それぞれの部屋をひとつずつ掘って造ることも考えたそうだが、俺が考案した硬化ブロックで後から部屋壁として区切り、柱と一体化させる方式にした。
つまり、部屋をひとつひとつ掘って造って行くのではなく、まずは区画の大きな空間を造って後から部屋を区割りして造って行くやり方だね。
それでダレルさんとライナさんは、引き続き前室区画の内部工事を行い、俺とアルさんは作戦区画に取り掛かることにした。
俺の考えとしては、今日の午後から明日の夕方までにかけて、作戦区画全体の空間を一気に造ってしまおうと思っている。
「エステルちゃんたちはどうする?」
「今日の午後過ぎにマッティオさんが屋敷にいらっしゃるので、アビー姉さまと一緒に会う予定なんです」
「まずは、第一弾の発注をするつもりだよ」
ソルディーニ商会王都支店長のマッティオさんだね。
今回は大型発注になるので、話せる範囲でマッティオさんに説明をして第一次発注を行うそうだ。
予算のこともあるので、それの見積も出して貰って発注し、日にちを置いて第二弾、第三弾と発注していく。
いちどに発注して、大がかりで多様な物品の購入をグリフィン子爵家がしているという噂などが、王都でやたらに流れないように配慮したいとエステルちゃんは言った。
尤も、情報活動に長けた王都の商業ギルドあたりには、なんらかの察知がされそうだけどね。
「わたしたちは、いちど妖精の森に帰るわ」
「おひいさまに、風の石を作って貰います」
「風の石、ですか?」
シルフェ様とシフォニナさんは、今日これからニュムペ様の水の精霊屋敷に顔を出し、そのあと自分の風の精霊の妖精の森に戻るのだと言う。
風の石って? 名前からして想像は出来るけど。
「まあ、霧の石と似たようなものね。霧の石は霧を出し続けてその場所に留めるけど、風の石はその周囲の空気を動かして、風を起こし続けるのよ」
ああ、なるほどです。それで地下に空気を送り込む訳ですね。
「地上のどこかに風の流し口を作っていただいて、そこにおひいさまの風の石を取付ければ、地下に風が流れて行きます。ザックさまがお造りになろうとしている、その汚い物を処理する施設用と、それとは別に地下のお部屋用に何ヶ所か。そんな感じで考えていますけど」
シフォニナさんが、おふたりで考えていただいたことを説明してくれた。
つまり、汚水汚物の処理施設用に強制的に風を送り込み排気する設備を単独で造り、それとは別に他の区画用に風を送る設備をいくつか造ったらどうかということだ。
「ダレルさん、いまのシフォニナさんのお話でどうかな?」
「それが出来れば、素晴らしいです。まずは、各区画の天井の上に風の通り道を造りましょう。それで、各部屋に天井から空気の出入り口を造ってやればいいですね」
ダレルさんの考えは、地上から風の石で送られて来た空気を直接部屋に流すのではなく、天井を挟んでその上にダレルさんが表現した風の通り道を作って、そこから部屋に流すというものだ。
冬とかに直接的に冷たい外気が流れて来ることを防げるし、場合によっては風を温めればエアコンになるかもだよね。まだそこまでは言わないけど。
それで、その風の石って、霧の石と同様にシルフェ様の魂の欠片を原材料にして作るのでしょうかね。
それを聞いてみると、シルフェ様は「うふふ」と笑っていた。
こうして各自の仕事の確認を終え、それぞれが行動に移る。
シルフェ様とシフォニナさんはニュムペ様の精霊屋敷に向かい、エステルちゃんとアビー姉ちゃんは馬車で屋敷に戻る。
ソルディーニ商会王都支店長のマッティオさんとの商談には、ジェルさんとそれからミルカさんも同席してくれるということで、ふたりは騎馬で護衛がてら屋敷に戻ることになった。
替わりにオネルさんがこちらに残り、ティモさんは御者を務めたあと再びこちらに戻って来る予定だ。
「ザックさまが、たくさんたくさんお働きになっているので、わたし、とても安心したというか、感動しました」
「エステルちゃんはね、この2、3日ずっと心配してたんだよ。ザックが何か無茶をしていないだろうか、それとも作業がうまくいかなくて何か悩んでいないだろうか、とかね」
「姉さま、バラさないでくださいよぅ」
「ザックももう小ちゃい頃とは違うんだから、いつも側で見てなくても大丈夫だよって、ね」
「はい、背も高くなりましたし」
トンネルの開通式の時にエステルちゃんと姉ちゃんがふたりで涙を流していたのは、そんなことも話していたからなんだな。
俺の場合、背が高くなったことはあまり関係ないけどね。
「カァカァ」
「そうですね。クロウちゃんが側に居てくれてますからね」
「カァ、カァ」
「ブルーノさんやダレルさんたちも、居てくれてますよね」
「わたしも居るのよー、クロウちゃん」
「カァ、カァカァ」
「えー、どちらかというとわたしはザカリーさま側で、心配される方なのぉー」
「カァ」
「そうですよ、ライナ姉さん。そのふたりにアルさんも一緒だから、エステルさまは余計に心配されてたんです」
「えー」
「そろそろ、行きましょうかな、エステルさま」
「はい、ジェルさん。マッティオさんが来ちゃいますからね」
考えてみると、王立学院はともかくとして、俺が何かをする際にエステルちゃんが側に居なかったのは5歳の時からでこれが初めてかも知れない。
学院では教授たちや学院生がいて、その中での生活なのでそれほど心配はしていなかったのだろう。
過保護と言えばそうなのかも知れないが、エステルちゃんにすれば小学校に入る前ぐらいの年齢の頃からの俺を、ずっと直ぐ側で世話して来てくれているのだからね。
俺がこの世界の年齢で徐々に成長するにつれて、今回みたいにふたりが離れて何かをするということが増える可能性を、心配しながらも彼女なりに考えているようだ。
同行して屋敷に戻るミルカさんは、女性陣の会話を聞いてにこやかに笑っていた。
よろしくお願いしますね、ミルカ叔父さん。
それぞれが野営地を去って工事作業組は作業を再開する。
ブルーノさんとオネルさん、それからクロウちゃんは、拠点工事現場周辺を巡回して警戒にあたる。
特にオネルさんは、この間、王都屋敷の留守番担当だったので、森の中を歩いて周辺域の把握に務めるそうだ。
さすがにこの西のエリアまでユニコーンたちは来ないと思うけど、オネルさんの場合、危険はまったくないが違った意味で気をつけてくださいよ。
ダレルさんとライナさんは前室区画の部屋づくり、俺とアルさんは作戦区画を掘り進め、アルポさんとエルノさんは馬小屋の設備づくりや、各部屋に取付けるドアなどの製作に取り掛かった。
ティモさんも馬車でエステルちゃんと姉ちゃんを送ってから、直ぐに取って返して来るだろう。
そうして、その日の午後から翌日の午後まで作業は順調に進み、俺とアルさんは作戦区画を設置する地下の大空間を掘り終わった。
そこでダレルさんに空間のサイズなどを確認して貰う。
彼は、1ポードずつ目盛りを刻んだ200ポードほどの長いロープを用意していて、それで四角く掘られた空間の幅と奥行きの長さを測って、図面通りかどうかを確認した。
とはいえ、俺は空間把握で、アルさんは空間魔法でそれぞれに計測しながら掘り進めているので、問題はないよね。
「ほとんど図面通りですな。さすがはおふたりだ」
「だってこのふたり、きっと魔法で測りながらやってるのよー。わたしも早く、空間魔法を覚えないとだわー」
まあ俺の場合は、アルさんが使っている空間魔法とはちょっと違うんだけどね。
これで地下空間としては、トンネルからの馬車寄せ周りに馬車庫と馬小屋、前室区画に倉庫、そして作戦区画までが掘り進められたことになる。
特にダレルさんとライナさんが作業を続けて来た前室区画は、部屋の区割りも終わってアルポさんとエルノさんが各部屋にドアを取付け始めている。
ちなみに玄関口の大扉は、設置をいちばん最後にするそうだ。
前室区画の構成は、玄関口を入って直ぐのホールとその一角のラウンジ、個別の部屋になっている応接室がふたつに広めの会議室と警備室、そしてトイレなどだ。
ここは仮に、グリフィン子爵家関係以外の誰かがこの地下拠点を訪れた場合に使用する区画で、またグリフィン子爵家関係以外の者は、この前室区画までしか入れない想定になっている。
内部の壁は、硬化ブロックをそのままにしてあって、アルさんからいただいた永久発光の魔導具の灯りに鈍く黒光りしている。
硬化ブロックを積み上げた壁の仕上げには俺が指導して行ったので、トンネルの内部壁と同じようにきっちりと隙間なく美しく仕上がった。
特にライナさんは、重力可変の手袋を装着しての作業なので、硬化ブロックをいくつも持って、まるでプラスチックか何かで軽量に作られたブロックみたいに、ひょいひょいと積み上げながら土魔法で接着していく。
「ホント、ライナさんて便利なひとだよねー」
「いちばん便利なザカリーさまには、言われたくないわよー」
そんな軽口を叩き合いながら、各部屋の仕上げをあっという間に終わらせてしまった。
そうこうしているうちに、再び屋敷に戻っていたティモさんが作業現場に顔を出した。
「ザカリーさま、お迎えの馬車を持って参りました」
「ああ、もう戻る頃合いかぁ。それじゃ屋敷に帰るかな」
「あとはお任せください、坊ちゃん」
「工事はしっかり進めておきますでな」
「こっちは大丈夫だから、合宿を頑張ってねー。わたしは会えないけど、部員のみんなによろしくねー」
「屋敷のぼうずたちにも、よろしく言ってくだされ」
「わしらも作業をひと段落させて、いちど戻りますでな」
アルポさんが言ったぼうずたちというのは、フォルくんら少年少女組のことだ。
アルポさんとエルノさんも、俺たちが夏合宿で屋敷を出払ってしまう間に、少年少女組のことを考えて屋敷に戻る予定だ。
地上に上がってみると馬車が停まっていて、ジェルさんも来ていてオネルさんと話していた。ジェルさんが単騎で馬車に従い、護衛をしてくれることになる。
馬車の御者はブルーノさんに交替し、ティモさんはここに残る。ブルーノさんもいちども屋敷に帰っていないからね。
あと、クロウちゃんも俺と一緒に屋敷に戻りますよ。
さあて夏合宿が始まると、今年の夏休みも終わりに近づくよな。
地下拠点建設はまだまだ続くけど、これで第一段階は終わったと考えていいだろう。
俺もそろそろ、気持ちを学院モードに戻さないといけない。
そんなことをひとり考えながら、俺はクロウちゃんと馬車に乗り込むのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。
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これで第十一章はひと区切りにしたいと思います。
次回からは第十二章。お話的には今話に連続する内容の予定です。




