第447話 トンネルが開通しました
工事を開始してから3日目、明日には俺とアルさんが担当しているトンネルを開通させる予定だ。
野営を始めた翌日に、俺は肝心なことを忘れているのに気がついた。
地下を行くトンネルと地下拠点。灯りをどうするかですね。
この世界の暮らしでは、夜には未だにほぼ火を灯して過ごす。もちろん電気なんかありませんよ。前世に俺がいた16世紀を考えていただきたい。
16世紀と言えばルネサンス期、大航海時代。俺のいた国では戦国時代ですよね。
地下で火の灯りを多く灯すと酸欠になり易いし、二酸化炭素も排出される。
空気の取り入れと換気をもっと工夫しないといけないかな。1000メートルもあるトンネルはどうしよう。
ライナさんとジェルさんが用意してくれた朝食を食べながらそんなことを考えていると、「どうしたんですか、ザカリーさま。何か考えごとでも?」とジェルさんが聞いて来た。
「いや、トンネルと地下拠点の灯りをどうしようかと思って」
「ああ、地下だから尚更、暗いのはいやよねー。立て籠ったら気分が沈んじゃうわよー」
「火灯りを多めに灯せば、良いのではないですか?」
「空気がさ」
「空気孔を多めに空けようとは思っていましたが、坊ちゃん」
「そうなんだけどね。トンネルはどうしようかと思って」
二酸化炭素が低いところに溜まって酸欠を起こす可能性とかは、理解し辛いだろうな。
汚水汚物の処理施設に強制的に空気を送る工夫を、シルフェ様が考えてくれるって言ってたから、それをトンネルにもお願いするかなぁ。
「なんじゃ、そんなことかいの。ザックさまたちは、わしの棲み処で見ましたじゃろうに」
「うん? アルさんち?」
「ほれ、宝物庫じゃよ」
ああ、あそこはキラキラとても明るくて、自然発光する壁の岩だけじゃなくて永久発光の魔導具がたくさんあるって言ってたよな。
「ああ、あれか」
「じつは、あそこで使っていない魔導具が山ほどありますのじゃ。あれを差し上げましょうぞ」
「永久発光の魔導具とか、言ってたわよねー。あれをいただけるの? アルさん」
「なんと、永久発光の魔導具なるものがあるのですか」
「それは凄いですな」
ミルカさんやダレルさんたちが吃驚している。いちおう彼らファータの人たちには、アルさんの洞穴の話は内緒だから、話を広げないように。
「トンネルが開通する前に、ちょこっと取って来ましょうぞ。今日の夜にでも良いですかな」
「おお、アルさん、ありがとう。何からなにまで助かるよ」
「いやいや、その程度はなんでもないことじゃて。あの宝物庫にある物なら、何でもザックさまに差し上げますぞ」
ということがあって、昨日の夜に夕食のあとドラゴンの姿に戻ったアルさんは、自分の棲み処に向けて飛んで行った。
そして夜中に、野営テントにドラゴニュートの姿で静かに戻って来た。
ちなみにふたつある男性用テントは、ファータの4人でひとつ、俺とブルーノさん、ダレルさんにアルさんでひとつを使ってます。
それで朝起きてみると、アルさんも起き出して来てバッグをひとつ俺に渡してくれた。
これってマジックバッグじゃないの。アルさんはいくつ所有してるんだか。
「中身を確認してくだされ」と言うのでバッグの中に手を入れてみると、「永久発光の魔導具」という名前が頭の中に浮かんだ。
それでバッグから取り出してみると、えーといったいいくつ持って来たんですかね。
10個ほど取り出してみて更にバッグの中に手を入れても、まだ入っていることが分かる。
「100個は入れて来ましたぞ」
「ええー、そんなに持ってたの?」
「ほれ、規模の大きな遺跡に行けば、100や200は軽く手に入りますからの。うちにはまだまだありますのじゃ」
さいですか。どこかの古代遺跡で、根こそぎ魔道具類を回収して来た訳ですな。
ブラックドラゴンと言うより、スカベンジャードラゴンとお呼びしましょう。
それで、取りあえず100個ほど持って来て、このマジックバッグごといただけるのだそうだ。
永久発光の魔導具100個も凄いが、マジックバッグもこれでアルさんからふたつ、シルフェ様からひとついただいて、3つになっちゃいました。
ミルカさんにちらっと話したら、この世界の軍事バランスが大きく変わってしまいますとか大袈裟なことを言うので、この3つめのマジックバッグは調査探索部に貸与しようかな。
それで、明日の午前にはトンネルを開通させる予定で、今日は最終部分を掘り進めると同時にトンネル内の整備もほとんど終わらせてしまう。
王都屋敷で留守番をしながら、備品発注作業などをしているエステルちゃんたちも呼ぼうと、クロウちゃんに屋敷まで飛んで貰った。
あと数メートルで開通というところまで掘り進めると、空間検知・空間把握の能力を発動させて地下拠点側を探査する。
うん、開通まであと3メートル。向うに馬車寄せの大きな空間があるのが分かる。
アルさんも空間魔法で探査しながら掘っているので、方向も深さもぴったりだ。
仕上げ作業としては、トンネルの途中途中で地上に通じる空気孔を空け、地上部分では雨水やゴミ、小動物などが入らないように処理をする。
屋根を付けて空気は横から取り入れるようにし、取り入れ口に金網細工を貼りました。
エステルちゃんたちは良く、俺が使いもしないものを大量に持っていて、歩く雑貨店とか言っているけど、ほら、こういう時に役に立つんですよ。
それからアルさんに持って来て貰った永久発光の魔導具を、壁に取付けて行く。
トンネル内はそれほど明るくする必要がないので、25メートル間隔で40個ばかりを設置した。
まだ大きな縦穴が空いていて、いまは陽の光が入って来ている馬車寄せ空間にも後で設置しておきましょうかね。
ダレルさんとライナさんの方の作業もだいぶ進んで来ているので、あちらにも作業用に何個か置いて来た。
この永久発光の魔導具は、他の魔導具やシルフェ様の霧の石と同様にキ素力を流してあげると発動し始める。
進入路のスロープからトンネルに入って直ぐには設置しないが、夜間には外に光が漏れる可能性があるので、トンネルの入口を塞いでしまう大きな扉の製作をアルポさんとダレルさんにお願いしてある。
それも午後には出来て来たのでマジックバッグに収納して運び、ふたりと相談しながら取付けた。
幅3.5メートル、高さ4メートルのトンネル入口を塞ぐ両開きの木製大扉。鍛冶仕事も出来るふたりの爺さんが、野営地の横に設営した仮設工房で大きくて丈夫な蝶番も作成した。
現場でのサイズ調整が終わり、アルさんが空間魔法で大扉を立て、アルポさんとエルノさんが持って来ていた梯子に昇って蝶番を取付けた。
両開きの大扉は、外からは鍵を取付けて閉められるようになっており、内側からは横木で閂が掛けられるかたちになっている。
この大扉設置作業は、周辺を警戒していたジェルさんとブルーノさんも近づいて来て見守っていた。
「見事なものでやすなあ」
「これで滅多に入れないし、中の灯りも漏れないということか」
出来上がると、俺たち作業側の4人はそれぞれ固く握手を交わし、入口側の完成を喜びあった。
翌日午前、朝早くにティモさんが馬を飛ばして屋敷に戻り、エステルちゃんたちを迎えに行った。
屋敷で留守番をしているオネルさんも馬車の御者役は出来るが、騎馬の護衛がいなくなってしまうのでティモさんが戻ったのだ。
トンネル内でアルさんと最後の仕上げと点検作業をしていると、クロウちゃんが飛んで来てエステルちゃんやシルフェ様たちが到着したと言う。
こちらも準備がほぼ終了したので、それでは開通式の準備をしましょうか。
トンネルの入口を経由してぐるりと廻ると、拠点の工事現場まで2キロメートルの距離があるのだが、じつは地下の土を挟んで僅か3メートルの位置に俺たちはいるんだよね。
なので、そろそろ良い頃かなと念話で呼び掛けてみる。
「(エステルちゃん、エステルちゃん、聞こえますか、エステルちゃん)」
「(あ、ザックさまだ。聞こえてますよ。直ぐ近くにいるみたいに、とても良くきこえますぅ)」
いや、直ぐ近くにいるんですよ。
念話が届いて明瞭に会話が出来る距離は、せいぜいが百メートルほどなのだが、彼女たちが地下に下りていたとしたら3メートルの近さにいるからね。
「(みんな地下に下りて来てるかな?)」
「(はい、先ほどこちらに到着して、直ぐに地下に下りましたぁ。さっきクロウちゃんが飛んで行きましたけど)」
「(クロウちゃんなら、こっちにいるよ)」
「(カァ)」
「(それじゃそろそろ、トンネルを開通させますよー。みんな、開通予定の場所に集まってるかな)」
「(待ち遠しいわ。ザックさん)」
「(ダレルさんがここだって教えていただいた場所に、みなさん集まりました)」
「(大丈夫ですよぉ、ザックさま)」
シルフェ様とシフォニナさんの念話も聞こえたから、全員が集まったみたいですね。
それではアルさん、行きましょうか。
アルさんが最後の3メートルを一気に掘り始め、俺がすかさず、硬化ブロックの積み上げ工事を始める。
「あと、ひと魔法で穴が空きますぞ」
「了解。ちょっと待って。壁工事をいま終わらせるから」
そして俺が合図を出すと、最後の最後でアルさんが幅3.5メートル、高さ4メートルの穴をスコンと一気に空けて、同時に出た土を空間魔法で俺がいる背後に飛ばした。
俺は俺で永久発光の魔導具をふたつほど発動させて、トンネル内を明るく照らす。
クロウちゃんが飛んで行き、開通して初めてトンネルをくぐり抜け、向こう側にいるエステルちゃんの胸に飛び込んだ。
俺とアルさんはその後をゆっくり歩いて行く。
開通の様子を見守っていた皆は、言葉も無く口を開いたり、大きく目を見開いたりしている。
「トンネルが無事に開通しましたー」
俺が大きくそう声を上げて宣言すると、皆は一瞬はっとして、それから「うぉー」「やったー」と口々に歓声を上げた。
そして全員が拍手で俺とアルさんを迎えてくれる。
「凄い、凄い、凄いよザック。土の壁に一瞬でおっきな穴が空いて、光が眩しくて、クロウちゃんが飛んで来て、そしてザックとアルさんが光の中からゆっくり現れて。わたし、なんだか感動しちゃったよ」
アビー姉ちゃんが興奮した口振りでそう早口に話して、ちょっと目をうるうるさせている。
その隣でエステルちゃんが無言で涙を流していて、それから俺に近づいて顔を俺の胸に埋めた。
えっ、そんなに感動しちゃったの? 今回はそれほど心配させる要素はなかったと思うけど、開通のシーンがなかなか良かったのかな。
彼女は人知れずに、工事の作業をする俺のことを心配していたのかも知れない。
それから全員が俺とアルさんの周りに集まって来て、口々に良かった、素晴らしかったと言ってくれた。
オネルさんもなんだか興奮して、姉ちゃんと同じように「凄い、凄い」を連発している。
エステルちゃんや姉ちゃん、オネルさんは、工事開始前に王都屋敷に戻って工事の様子をまったく見ていなかったから、余計に興奮してしまったのだろうね。
暫くしてようやく場が落ち着いて来たので、皆をその場で待たせて俺とアルさんで最後に空けた穴の仕上げを済ませてしまう。
仕上げが終了したら、全員で歩いて行ってトンネルの渡り初めですよ。
「ザックさん、素晴らしい出来ですよ。アルも良くやりました」
「美しいトンネルですね。まるで古代遺跡の中を歩いているみたいですよね、おひいさま」
「そう言われるとそうよね。昔に、似たような地下回廊を通ったことがある気もするわ。でもこんなに長くて、真っ直ぐの美しい地下回廊は初めて」
やっぱりシルフェ様とシフォニナさんもそういう感想なんですね。
おそらく生まれて初めての経験だろう、トンネルの渡り初めをする皆も、ゆっくりと歩きながら口々に感想を言い合っている。
永久発光の魔導具が灯す、強くも弱くもない不思議な光量の灯りの下をこうしてあらためて歩くと、我ながらに何故か神秘的な感覚にもなってくるよね。
「ここから少しだけ傾斜が強くなるよ」
そこまではほとんど角度を感じない緩やかな昇りだったが、俺が示した地点から12パーセントの傾斜となり、スロープの始点まではあと50メートルだ。
昨日に取付けた大扉は開け放たれているので、外からの陽光がトンネルの中に入って来る。
トンネルを抜け出てスロープを昇り、地上へと到着した。
先頭を歩いていた俺は皆を振り返る。
皆は俺の方を見て、それから誰からともなくまた手を叩き始める。そしてその拍手の音は、静かなナイアの森に響いて行くのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




