第42話 エステルちゃんを剣術稽古に巻き込む
初めて魔獣、神獣との遭遇を体験してからこれまでの3年間、俺はあらためて気持ちを新たに剣術の稽古に取組んでいた。
身体の成長は5歳から8歳へと随分しっかりとしてきたとはいえ、まだまだ子どもの肉体であるのは否めない。
まあそれは仕方ないので、成長を促す身体づくりは毎日続けている。
どんなに冴えた技が使えたとしても、体幹や負荷をかける筋肉ができていないと、その技を活かすことなどできない。
それは5歳で魔獣カプロスと闘ってみて痛感した。
たぶんアビー姉ちゃんが騎士団長のクレイグさんに教わっているだろう、キ素力を活かした剣術や肉体の強化、強靭化も、それこそ身体の基礎がある程度できてこそのものだ。
ましてや人相手ならまだしも、何十倍いや何百倍かも知れない強靭な肉体を持つ魔獣が、更にキ素力を使って攻撃してくるのだから。
ただ俺はあれから、身体づくりとともに、前世で培った剣の力や技を現在の身体に移植する作業を加速させることにした。
まずは自分の肉体と剣の技で充分に闘えるようになること。それが先決だからだ。
そこで俺は、騎士見習いの子たちと行っている騎士団での稽古とは別に、ひとりで続けている稽古に積極的にエステルちゃんを巻き込むことにした。
なにせアストラル大森林での一件で、エステルちゃんには転生や能力のことを少しだけ白状させられちゃったからね。もう巻き込むしかない。
エステルちゃんは、精霊族のファータ人という種族の特性や探索の仕事柄、魔獣相手に見せた風魔法を活かした小型のダガー撃ちとか、影が薄くなる、じゃなかった気配を薄くするとかが得意らしいけど、接近戦もできない訳じゃない。
彼女の本来の得物は、いつも腰の後ろに隠して装備しているダガー。
そこで俺は、それをちょっと借りることにした。
「ねえねえエステルちゃん。エステルちゃんの愛用のダガーってどんなの? 見てみたいなー」
「え、わたしのダガーですか? んと、見るだけならいいですけど」
と、腰の後ろから鞘ごとダガーを出して俺にみせる。
「ねえねえ、これ重さってどのくらいかな? 重たいのかな?」
「ダガーだから重たくはないですよ」
「ホント? ちょっと持ってみていい? 鞘から抜かないからさー」
「ぜーったい、抜いちゃダメですよ。って、あんなカタナを持ってるザックさまが抜かないって信用できませんけど。でもダメですよ、はいどうぞ。って、あーこら、どこ行くんですかぁ。早いっ! クロウちゃん追いかけてぇ」
俺は鞘に納まっているダガーを手に持つと、ぴゅーっと走って行って隠れた。
よしよし、それでは早速。
シンディーちゃんに送ったアマラ様のお護り飾りを作製して以来、俺はコピー品を作る「写し」の能力の応用をいろいろ試みてきた。
そして、形や重さなどはそのままに、まったく違う材質のものとしてコピー作製するのにも成功している。そして今回はそれを行う。
エステルちゃんのダガーを鞘から抜き、解析。キ素力を集約して作製。
はい、できました、形を少しデフォルメして、重さを同じぐらいに調整した本赤樫風の木製ダガー。
完全コピーじゃなくて、劣化材質にしたコピーだから早いね。
ちょうどそこに、俺を捜して見つけた体で、クロウちゃんが飛んで来て頭の上に乗り「カァ、カァ」と鳴く。
「クロウちゃん、見つけましたか? よくやりました」
「カァ」
エステルちゃんが慌てて走って来た。
「もうザックさまは、どうしていきなり走って行くんですかぁ」
「ちょっとこっそりダガーを抜いてみたくて」
「いきなり逃げて、こっそりとかじゃないですよ。抜くならわたしの前で抜いてください」
「だって、エステルちゃんが怒ると思ってさ。はい、返します」
「もう、ザックさまは変なことばっかり」
翌日の午後、いつもひとり剣術稽古をしている裏庭園の奥の空き地。
「ザックさまは剣術のお稽古ですか? わたしが見てますね」
「いや、今日はエステルちゃんとするんだよ。はい、これあげる」
俺は、昨日作製した本赤樫風木製ダガーを無限インベントリから出す。
「うわっ、いきなりっ。て、わたしがいただけるんですか?」
「うん、持ってみて」
「あれ? これ木でできたダガーですね。なんだか手にすごく馴染みますぅ」
「でしょでしょ」
「カァカァ」
「まるで自分のダガーと同じみたいですぅ」
「でしょでしょ」
「カァカァ」
「て、これどうしたんですかぁ?」
「うん、エステルちゃんにあげようと思って、僕が作ったんだよ」
「そういえば、昨日わたしのダガーを持って逃げて……そしたら今日」
エステルちゃんは木製ダガーを握って上下に振りながら、なんだかぶつぶつ言いながら考えていた。
「そんなことより今日は、エステルちゃんはそれを使って、僕と打込み稽古をしようよ」
「打込み稽古ですか? 結局、模擬戦闘ってことですよね。うーんと、木剣ならいいんでしょうね」
これまで俺の稽古を見学していただけのエステルちゃんも、実際に手を合わせるのに興味がすごくあるようだ。
「わかりました。お願いします」
エステルちゃんはあっと言う間に屋敷に戻り、上だけ軽装の革鎧で下はあのスポーツレギンスみたいな衣装に着替えて来た。うーむ、お尻がぷりっと……いかんいかん。
そして木製ダガーを右手に握ったエステルちゃんと向かい合う。
俺はとりあえず、騎士団での稽古でも使っているショートソードの木剣だ。
「お互い、魔法とかそんなのは無しね。純粋に剣術だけだよ」
「ザックさまも変な能力とかダメですよ」
そう言うと同時に、エステルちゃんは前を向いたまま後ろに跳躍して距離を取った。
彼女は本気を出すと、とにかく動きが俊敏で速い。
ここからおそらく動きに変化をつけながら、ダガーの短い間合いまで飛び込んで来るのだろう。
いいでしょ。後の先は取らずに、まずは受けます。
エステルちゃんは右、左と変則的にステップを踏みながら機を伺う。
そして俺の左手方向にステップを踏んだとき、間髪を入れずに俊速で飛び込んで木製ダガーを突き刺すように振るう。
俺はそれを下から払い、続けて右上から袈裟に木剣を振り下ろす。
それをすぐに戻した木製ダガーでガンと受け返すと、同時に大きく後ろに跳んでまた距離を取った。
「やりますね、ザックさま」
「エステルちゃんもなかなか速いね」
左右からその都度、変化の動きを取りながら間合いに踏み込むエステルちゃん。その思わぬ方向から繰り出されるダガーに剣を合わせ、弾き、また離れ、を何合も繰返す。
俺は足の踏み込みと重心移動だけで、ほとんど移動はせず、今回は受けて合わせ反撃することに集中する。
でも、いいね。ようやく剣の稽古をしている感触が、前世から戻って来たようだよ。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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