第441話 拡大レイヴンミーティング、そして出発
8月8日の王都への出発の前日、騎士団の会議室を借りてレイヴンミーティング、いや拡大レイヴンミーティングを行った。
と言うのも、まず今回はダレルさんが一緒なので彼が出席し、地下拠点建設が調査探索部の管轄になっているのでミルカさんも出席。それからアビー姉ちゃんも出たいというので、彼女も顔を出している。
地下拠点建設の件については、休暇で不在だったジェルさんとオネルさん以外は、全員既に承知しているので、今日のミーティングの主題のひとつは彼女たちふたりに説明することだった。
ファータの里から帰って来てから、休暇の間は顔を合わせていなかったジェルさん、オネルさん、ライナさんにアビー姉ちゃんとエステルちゃんの女子組が5人揃ったので、わちゃわちゃと騒がしい。
休暇中の出来事なんかを話しているみたいだけど、そろそろミーティングを始めますよ。
「ということで、説明は以上だよ。何か質問はありますか? ジェルさん、オネルさん」
先日の確認打合せを経て、ダレルさんたちが修正を終えた平面図が会議テーブルに広げられ、俺がざっと説明を行った。
地下拠点を建設すること自体はジェルさんとオネルさんも承知してはいたが、その規模が想像を超えて大きかったようで、ふたりは揃って目を丸くしている。
「あ、はい、概要は理解いたしました。こんなに大規模とは……。ちょっと予想以上で、かなり吃驚しております」
「凄いです。これを、わたしたちだけで作っちゃうんですね。ダレルさんがいらしてたから、どうしてかなって思ってましたけど、納得しました」
「うん。今回の建設計画は、ダレルさんが全面的に参加してくれるから出来る。この図面も、ダレルさんが中心になって作ってくれたんだよ」
「ほぉー」
ふたりは、どうしてダレルさんがここに? と初めは不思議そうな顔をしていたが、これで納得したようだ。
「それで、どのような日程になるのでしょうな?」
「うん。まだあくまで予定だけど、それを今からご説明します」
俺はテーブルの上にもう1枚、何も書かれていない大きな白い紙を広げて、明日の8月8日から9日、10日と8月の日にちを書いて行く。それから、9月の日にちも書き加えた。
「まず、ダレルさんの予定だけど、明日は僕らと一緒に出発して、10日に王都屋敷に到着だね。翌日から計画の実行を始めて、今のところ9月の10日ぐらいまでは王都にいてくれる。それでいいよね、ダレルさん」
「はい、9月の11日か12日には王都を出て、14日までに帰って来られれば大丈夫です、坊ちゃん」
「この、ダレルさんがいてくれる約1ヶ月の間に、だいたいの地下造成工事は終えてしまう予定だ。そんな感じでいいよね、ライナさん」
「いいわよー。でも、その期間は、ダレルさんとわたしはフルで作業が出来るけど、ザカリーさまは、9月に入ったら学院だから出来ないわよねー。あと、合宿もあるでしょ。それからアルさんよね。アルさんには、出来たらわたしたちと同じく、フル参加をお願い出来るのかしらー」
「そうだな、夏合宿を今年も予定しておられたな」
「そうですよ。同じナイアの森ですしね」
はいはい。その件は、もうエステルちゃんに叱られて考えておりますので。
「夏合宿の予定はあとで話すとして、まずアルさんだけど、シルフェ様との相談やニュムペ様のところに行って、ご了解をいただかないといけないから、僕らの王都到着に合わせてアルさんと来ていただけるよう、シルフェ様にお願いするつもりだ。今日、このミーティングが終わったら、クロウちゃんにお手紙を届けて貰います」
「カァ」
もうシルフェ様宛のお手紙は書いてあるから、このあとクロウちゃんに妖精の森まで飛んで貰う予定だ。
クロウちゃんは、風の精霊のお姉さんたちから甘やかして貰える妖精の森に行くのが大好きだよね。
「これは、あくまでシルフェ様とアルさんが、僕らに合わせて来てくれるとしてだけど、早ければ到着の翌日、9日にはダレルさんとナイアの森に行って予定地を現地確認。その足でニュムペ様の妖精の森をお伺いしてご相談。ということにしたいんだ」
「その時に、砦跡地に建設現場用の野営地も、作ってしまおうと思っていやす」
「そうだね。それでお願いします、ブルーノさん」
建設現場に常時何人かが滞在するので野営地は必要だが、この辺はうちの騎士団にとってはお手の物だ。
「それで、翌10日からは建設工事に入りたいんだ。ただ、ひとつポイントになるのは、姉ちゃんと僕の課外部が合同で、今年も行う夏合宿の件でありますな」
話しながら予定を書き込んでいるテーブルの上のスケジュール表の、18日から21日の期間に線を引いて、俺は夏合宿と書いた。
「姉ちゃんと相談して、今のところこの日程で夏合宿を行いたいと思っている。それでいいよね、姉ちゃん」
「こちらはそれでおっけーよ」
「この4日間は昨年と同じく、レイヴンの皆にも手伝ってほしいんだけど、工事を中断する訳にはいかないから、ライナさんは参加なしでお願いします。もちろん、ダレルさんとアルさんもだけどね」
「いいわー。あの子たちの訓練を見られないのは残念だけど、今回は工事優先よね」
「それで、注意したいのは、部員たちに絶対に工事を悟られないこと。今回の計画は、グリフィン子爵家の極秘中の極秘だからね。なので、工事現場の近くに部員たちが迷い込まないように、監視をお願いします」
「わかりました。これは、ふたつの部が分かれて森の中に入った場合、わたしどももふたつに分かれて、付いて行く必要があるということですな」
「うん、森の中での剣術の訓練ということで、お願い」
「了解です、アビゲイルさま」
「あと、馬車をもう1台、借りる手配をしないといけないですね。アビゲイルさまの方は、去年と同じで部員の方が?」
「こっちはこっちで手配させるよ、オネルさん。でも、今年は1年生の女の子部員がひとり増えたから、その子だけむさい男どもと一緒なのは可哀想なので、ザックの部の女の子と一緒はダメかな」
うちもひとりソフィちゃんが増えてるから、女の子はその子を加えて5人。姉ちゃんとエステルちゃんも加えると7人か。うちの馬車なら大型だから、ちょっと窮屈だけど大丈夫かな。
俺はうちの部の男子3人と一緒だね。
「姉ちゃんも入れて7人で乗ることになるけど、いいかな。女の子7人なら大丈夫だよね、ブルーノさん」
「大丈夫でやすよ。少々窮屈なのは、我慢していただくことになりやすが」
「それでいいわよ。じゃあ、当日の朝に屋敷に連れて来るね」
「野営道具一式は、こちらの準備で良いですかな? 建設現場の野営道具とは別に、あらかじめ準備をしておかねばなりませんな」
「そうだね。足りるかな」
「道具の数は問題ありません。それは良いのですけど、準備の効率化をはかるため、今回の運搬はすべてマジックバッグを使いたいと思うのですが、これは部員の方たちに見られても構わないでしょうか」
ジェルさんの言うことは尤もだ。最初に建設現場にも野営地を作らないといけないし、騎士団分隊の倉庫に仕舞ってある道具類の準備は効率化したい。
「マジックバッグは、これまで通りライナさんとティモさんがそれぞれ管理して、ライナさんの方に建設現場関係、ティモさんの方には合宿関係って感じで分けたらどうかな。それで、ひとつだけなら部員たちに見られても仕方がない。口止めはするけどね」
「ザカリーさまが、ふたつもマジックバッグをお持ちになっている、そんな噂が王都や貴族の間に広まると厄介ですからな。せめて、ひとつだけにしておきましょう」
「じゃあ、ダレルさんの道具類は、わたしが預かってる方に入れちゃってー」
「おお、それは便利ですな。あとでお願いしますよ、ライナちゃん」
「あとは、地下拠点に入れる設備関係や備品、家具類なんかの準備だね」
「はい。いまリストを作ってますから、アビー姉さまとジェルさんとオネルさんにも見て貰って、王都に行ったらまずは最少限で発注します。と言っても、結構な量にはなりそうですけど」
「了解だよ、エステルちゃん」
「了解しました、エステルさま」
そちらはエステルちゃんに任せました。
それから皆に質問や意見を出して貰って、細かいことでもいま解決可能な問題は出来るだけ潰していく。
中でも問題となったのは、建設工事の見張り要員についてだった。
ナイアの森の特に工事予定地付近には人間が姿を見せることはまず無いし、危険な獣関係はアルさんがいる限り近寄らない。
また、あの森にいる獣ぐらいだったら、うちのメンバーならひとりでも対処が可能だ。
とは言っても、絶対に人間が現れないとは言いきれない。
特に、森の入口近くからのトンネル工事には、見張りが必となる。
そこで見張り要員なのだが、地上で動けるのはジェルさん、オネルさんにブルーノさんとティモさんの4人だ。
あとは上空にクロウちゃんだけど、日中ずっと飛び続けている訳にもいかないよね。
それから、アルポさんとエルノさんもいるけど、彼らには廃材を使った木材加工作業もして貰わないといけない。
「あの、発言しても良いですか。と言いますか、私のことなのですがね」
これまで黙って、皆のやりとりを聞いていたミルカさんがここで始めて口を開いた。
「もちろんだよ、ミルカさん。もっと意見を言って貰ってもいいのに。それで、ミルカさんのことって?」
「いえ、今回の計画は名義上、調査探索部の扱いですからね、私も微力ながらお手伝い出来ればと思いまして」
王都中央圏でのプロジェクトで秘匿性が極めて高いことと、今後の運用や管理、予算の支出も踏まえて、父さんとウォルターさん、クレイグ騎士団長の3人で相談して調査探索部の扱いということになったんだよね。
「うん、ありがとうございます」
「ですので、私も追っかけで王都に参りますので。まあ今のところの予定としては、ダレルさんと同じぐらいのスケジュールで滞在予定とお考えください」
「そうなんだ。了解です」
「それで、見張り要員には、是非に私もお加えいただきたく」
「ああ、そういうことか。こちらは大歓迎だけど、いいの?」
「見張りは、専門家ですよ。ふふふ」
そうだよね。エステルちゃんの叔父さんで、ベテランの探索者で、現在はグリフィン子爵家の調査探索部副部長だ。
またの役職を、俺とエステルちゃんに絡む面倒ごとをお世話する係、兼見張り副部長とも言います。部長はウォルターさんね。
ミルカさんが加わって5人いれば、交替も含めてなんとかなりますか。
こうして拡大レイヴンミーティングもなんとか終わり、クロウちゃんは風の精霊の妖精の森に向けて飛んで行った。
今日はあっちでお泊まりして、帰りは明日だな。
俺たちも朝に出立しちゃうから、ちゃんと追いかけて来るんだよ。カァ。
翌朝、俺たちは王都屋敷に戻るために出発する。
今回は、いつものメンバーに加えてダレルさんが一緒だ。
「頼むな、ザック。ミルカも行くから報告は心配していないが、何かあったらザックからもちゃんと報せてくれよ。アビーはザックと一緒になって、無茶とかするなよ。それから、ダレルさん。ご苦労だが、よろしくお願いする。」
「エステル、ザックとアビーのこと、お願いね。ダレルさんも、お願いします。ザックが無理なこととかお願いしたら、我慢しなくていいので断るなり叱るなりしてくださいね」
父さんも母さんも、言ってることは基本、同じだよね。まあいつものことだから。
「ザック」とヴァニー姉さんが手招きして俺を呼ぶので側に行くと、珍しく小声で話して来る。
「あのね、この秋にでも、ヴィクティムさまが王都にいくかもらしいのよ」
「ヴィクティム様?」
姉さんが名前を出したヴィクティム様とは、辺境伯家長男のヴィクティム・キースリングさんだ。つまり、姉さんのお見合い相手だよね。
「しっ、声を小さく。それでね。彼がもし王都に行ったら、会ってあげてくれないかしら」
「うん、それはもちろんいいけど、と言うか僕も会ってみたいし。でも、どうして姉さんはそれを知ってるの?」
「うふふ、お手紙よ」
父さんたちが呼ぶので、ヴァニー姉さんとの小声の会話はそこまでだった。
お手紙よって、手紙のやり取りをしてるってことだよね。小さな声で俺にだけ言ったってことは、きっと父さんは知らないんだよな。
そうか、姉さんもやるな。
ヴィクティムさんが王都に来るのなら是非会ってみたい。
出発間際にそんなこともありつつ、俺たちは大きなプロジェクトを抱えて王都に向けて出発したのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




