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第437話 巻藁試し斬り

 魔法訓練場に10本の巻藁を設置し終わった。ダレルさん、ありがとうございます。


「私も少し見学していていいですかね、ザカリー坊ちゃん」

「うん、もちろんいいよ」


 ダレルさんは持って来ていた道具類などを荷車に乗せて片付けると、アビー姉ちゃんとエステルちゃんが様子を眺めていたところへと行った。

 その姉ちゃんたちはこれから何が始まるのかと待っている。

 それでフィールドに立てられた10本の巻藁を確認して、俺も3人のところに近づいて行った。


「ねえねえ、それであれは何? どうするの? ねえねえ」


 姉ちゃんは煩いですよ。いま説明しますから、大人しくしていなさい。

 魔法訓練場には、休憩が出来るように椅子やテーブルが置かれてある。

 俺はそのテーブルの上に、1本の刀を置いた。昨晩に選んだあの無銘の刀だね。



「姉ちゃん、こっちに来て」

「なになに。あ、それは」


 刀は刀袋に入れてある。その刀袋も柄は無くシンプルではあるが、藍染の美しいものだ。

 結わえてあった紐を解き、そして刀を取り出す。


「この刀を姉ちゃんに差し上げます。拵えは素朴ですが良く鍛えられたもので、斬れ味は僕が保証します」


 そう言って、俺はその刀を姉ちゃんに手渡した。


「あ、あっ。え、えー、い、いいの?」


 あなたは発声練習ですか。いいんですよ。あげるって決めたんだから。


「良かったですね、アビー姉さま」

「カァカァ」

「う、うん」


 成り行きでこの様子を見守るダレルさんも、微笑ましいものを見るように笑顔を浮かべている。

 姉ちゃんは両手で鞘に納められた刀を持って、それをじっと見つめていた。



「ザック、ありがとう。大切にするよ。アルさんから剣を貰った時も凄く嬉しかったし吃驚したけど、これはなんだか違う感じでとても嬉しい。なんでなんだろ。なんか違うんだ。うまく言えないんだけど」


「いいんだよ、姉ちゃん。ほら、僕がちっちゃい時、姉ちゃんに木剣を貰っただろ。ずいぶんと時間が経っちゃったけど、あの時のお礼だと思って」

「ザック……」


 姉ちゃんの目からは涙が溢れて来て、それが頬を伝わって流れる。

 最近は姉ちゃんが泣くところを滅多に見ないけど、本来はとても泣き虫なんだよね。

 両手で刀を持ったままヒクヒク泣いているそんな姉ちゃんを見て、なんだか懐かしく温かい気持ちになってくる。

 エステルちゃんが直ぐにハンカチを出して、涙を拭いてあげていた。


「うちの作業小屋の裏の空き地でやってましたね」

「あー、あの空き地、懐かしいです」


 既に剣術の稽古を始めていた姉ちゃんに頼んで木剣を持って来て貰って、ダレルさんの作業小屋の裏手にある空き地で稽古を始めたんだよな。あれは3歳の時だったか。

 誰にも見つからないようにって思っていたけど、結局は屋敷の皆にバレていた。

 それから、エステルちゃんと初めて会ったのも、あの空き地だったよね。



「それじゃ姉ちゃん、その刀を抜いてみてよ。剣に慣れてる姉ちゃんだから、基本的な注意ごとは言わない。ただし、普通の剣より細くて片刃だけど、たぶん剣よりも鋭くて良く斬れるから気をつけてね。じゃあ、まずはゆっくりと鞘から引き抜いて」

「うん、わかったわ」


 姉ちゃんがゆっくりゆっくり、鞘から刀を抜いて行く。

 刃物扱い自体には慣れているから怖れたりすることはないが、それでも初めて手にする刀剣を慎重に扱おうとしていた。


「ふぅ」と姉ちゃんの口から吐息が漏れる。

 そして右手にその刀を持って、斜めにかざす。


「意外と軽いんだ」

「うん。姉ちゃんが振りやすいぐらいの、重さと長さのものを選んだからね」

「これって、片手剣? あ、剣じゃないのか」

「基本は両手扱い。でも片手でも扱える。慣れれば左右の手で二刀扱いも可能だ」


 俺はそう言って、エステルちゃんの顔を見た。

 ショートソードの二刀流と言えばエステルちゃんだからね。彼女もふんふんと頷いている。


 それで俺は姉ちゃんに、両手でのつかの握り方を教える。


 ちなみに前々世の剣道などでは、竹刀を持つ場合両手を離して右手は鍔近く、左手は柄頭つかがしら辺りを握るようだが、俺がいた前世で刀を握る際は皆がみな必ずしもこのような握り方ではない。

 刀の持ち方は「手の内」と呼ばれるように、これは各人が各様に工夫するもので、鍔近くで両手を寄せて握る剣士も多かった。

 俺の場合もどちらかと言うと寄せぎみな感じだね。



「それじゃ振ってみようか。普通の両手剣と違って、刃が片方だから気をつけてね。そうだな、俺がまずやって見せるか」


 それで俺は、無限インベントリから姉ちゃんに進呈したものとほぼ同じ長さの大般若長光だいはんにゃながみつ2尺4寸3分を出す。

 昨日と同じように腰のベルトに鞘を差して佩き、するりと大般若を抜く。

 そして体幹の動きに気をつけながら、上段からの振り下ろし、袈裟での振り下ろしと、いくつかの型をやって見せる。


「じゃあ、姉ちゃんもやってみて。あ、鞘はテーブルに置いておいていいからね」

「わかった、やってみる」


 姉ちゃんは俺がやった型を身体の記憶に留めながら、それを再現するように刀を振り始めた。

 幼い頃から剣を振っている野性の肉体感覚を持った姉ちゃんだから、振って行くうちに何となく様になり始める。


「あのあの、ザックさま」

「うん、どうしたの、エステルちゃん」

「あのあの、わたしもやってみたいですぅ」


 姉ちゃんが刀を振っているのを見ているうちに、エステルちゃんはどうやらムズムズしてきたようだ。

 それはそうだよね。俺の前世なら言ってみれば武芸百般、剣術、弓矢、ダガー撃ち、体術から魔法に至るまでを幼少期から鍛錬して来てこなす彼女だ。大人しく見学していられる筈がない。


 そこで俺は、姉ちゃんにあげたものと同じような刀を出して渡す。


「これを貸すから、エステルちゃんもやってみたら」

「はい、お借りします」


 それから暫くは3人で刀を振り続けた。

 テーブルのあるところでは、ダレルさんが椅子に腰掛けて俺たちを見守ってくれている。

 ちらっとそちらを見ると、テーブルの上にいるクロウちゃんと何だか話しているみたいだけど、ダレルさんもクロウちゃんと話が出来たんだっけ。



「よぉし、やめっ」


 ずいぶんと刀を振ったね。ふたりともだいぶ慣れて来たようだ。

 それでは本日のメインイベント、巻藁の試し斬りをしてみましょうかね。


 アビー姉ちゃんとエステルちゃんは刀を振り終えて、ふたりで何やらわちゃわちゃ話している。

 それぞれが手にしている刀を比べてもいるようだ。

 エステルちゃんに貸したものは、姉ちゃんにあげた刀と同じ備前長船の刀工の作で、2本が一緒に献上されて来たもの。

 サイズもつくりもほぼ同じで、言ってみれば兄弟姉妹の刀だな。


「ねえザック、この2本のカタナって良く似てるよね」

「おお、姉ちゃんはいいところに気が付きましたな。これは言わば、姉妹の刀ですな。作られたところも、おそらく作者も同じ」


「ふーん、そうなんだ。姉妹の刀なのね。そしたらさ、いまエステルちゃんが持っているのは、エステルちゃんにあげちゃえばいいんじゃない」

「姉さま。わたしは借りただけだから」


「だって、姉妹のカタナなんでしょ。その一方をわたしが貰っても、もう一方はザックが仕舞い込んじゃって、どうせ使わないよ。だったら、エステルちゃんが貰った方がいいよね。わたしたちは姉妹なんだし、だからカタナも姉妹でさ」

「アビー姉さま」


 なるほど、そういう理屈ね。と言うか、姉妹の刀って俺が言ったら目が輝いたから、そういうのをエステルちゃんと一緒に持つことで、ふたりだけの何かの繋がりが増えるって思ったのかもね。


「そうだなぁ。じゃあ、その刀はエステルちゃんにあげるか。僕はそれでいいよ」

「ザックさま、いいんですか?」

「姉ちゃんが言うように、姉妹の刀で妹の方が遣われなかったら、可哀想だしね」

「わかりましたぁ。ありがとう、ザックさま」


 エステルちゃんは思いっきりの笑顔になって、ふんふんふんと上機嫌でその刀を高く掲げる。良く斬れる真剣なんだから、ここで振り回すんじゃありませんよ。



「さあて、では巻藁だ」

「あれを斬るんだよね、ザック」


 そうですよ。いくら剣術を長年鍛錬して来たとは言え、まだ手にしたばかりで慣れない真剣の刀を持って相対する訳にはいかないし、といってどう斬れるものなのかは知りたいでしょ。


 そこで俺たち3人は巻藁が設置された場所に行き、ダレルさんも付いて来る。クロウちゃんは、ダレルさんの頭の上に止まってますね。

 この屋敷でいちばん背の高いダレルさんの頭の上だから、見晴らしもいちばんだよね。


 ダレルさんに作って貰った巻藁は、かなり太めにして貰った。

 刀自体の斬れ味だけで細い巻藁を斬っても、この世界ではあまり役に立たないからね。


「まずは僕がやって見せよう」


 ひとつの巻藁の前に進み、間合いを測って俺は自然体から少し腰を落として構える。

 まずは刀を立てて八相。それからゆっくりと、刀を持ち上げ過ぎないよう頭の上に持って行く。


 体幹を安定させ、気息を整え、むんと袈裟に振り下ろす。

 巻藁の中央部やや上を斜め右上から大般若長光だいはんにゃながみつやいばが高速で通り抜けた。

 更に俺は、返す刀で下から斜めに斬り上げる。

 そして霞の構えで静止させ暫し殘心の後、刀を鞘に納める。

 上下から斜めに二度斬られた巻藁は3つに分かれ、上の部分ふたつが崩れて落ちた。


「おぉーっ」

「凄いっ」

「ほぉー」

「カァ」


 息を詰めて見守っていた3人と1羽の口から、思わず声が漏れる。


「さすがですね。素晴らしかったです、ザカリー坊ちゃん」

「うん、ありがとう、ダレルさん。なかなかいい巻藁だよ」

「そいつは良かったです」


 さて、そこで口を開けたままのお嬢さんふたり。次はあなたたちの番ですよ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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