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第436話 姉ちゃんにあげる刀を選ぶ

 アン母さんとアビー姉ちゃんを伴って行った今回のファータの里への旅は、俺とエステルちゃんが許嫁いいなづけに決まったご挨拶という目的だったし、特に大きな問題や突発的な事件もなく無事に終えることが出来た。

 ファータの里では結果的に、ひとつ段階を越えて婚約披露ということになっちゃったけどね。


 なので、グリフィン子爵家として特に事後協議をする案件もなく、リガニア地方の動静などについてはミルカさんが報告をしている。

 あと旅の様子や里での出来事、里長さとおさであるエーリッキ爺ちゃんたちと交わした内容などは、母さんが詳しく話している筈だ。


 それでも旅での出来事を父さんとヴァニー姉さんが聞きたがるので、昨日に帰ってからは食事の席などで俺たちが順を追って代わる代わる話す。

 姉さんは「わたしも行きたかったわ」と、とても羨ましそうだった。

 ヴァニー姉さんもいちど、ファータの里に連れて行きたいよね。あ、もちろん父さんもだよ。



 その夜、俺は自分の部屋で少々悩んでいた。

 何を悩んでいるかって? 今日の午後にアビー姉ちゃんに約束してしまった、前世の世界から持って来た刀を1本あげる件ですよ。


「ザックさまは、何を悩んでるんですか? もう諦めて、えいやって、どれを差し上げるか決めちゃいましょ」

「カァカァ」


「そうは言ってもなぁ……」

「差し上げて良さそうなのを、少し出してみたらどうです?」

「カァカァ」

「そうかなぁ……」


 まあ少しぐらい、出すだけは出してみてもいいか。

 それで俺は、ベッドの上に無限インベントリから刀を出して並べて行く。


 大典太光世おおてんたみつよ2尺1寸8分、童子切安綱どうじきりやすつな2尺6寸5分、大包平おおかねひら2尺9寸4分5厘、三日月宗近みかづきむねちか2尺6寸4分、鬼丸国綱おにまるくにつな2尺5寸8分、大般若長光だいはんにゃながみつ2尺4寸3分、不動国行ふどうくにゆき1尺9寸3分5厘、骨喰藤四郎ほねばみとうしろう1尺9寸4分、九字兼定くじかねさだ2尺4寸5分……。


「ふぉー」

「カァー」


 エステルちゃんが目をまん丸に見開き、俺が次々に出してベッドの上に並べる名刀、宝刀の数々を驚いて見つめる。


「い、いったい、何本あるんですかぁー」

「うーん、わからない。全部だと5、60本ぐらい?」

「…………」


 取りあえず十数本出したところで、それぞれを眺める。どれもいい刀だよなぁ。

 1本1本刀袋から取り出し、鞘から抜いて掲げ、刀身の状態を見る。

 無限インベントリに納めている分には、手入れをしなくても悪くなることはないので安心だ。

 以前に出して振るったものについては、こっそりとひとりで手入れをしているけどね。



「それで、この中からアビー姉さまに差し上げるものを選ぶんですか?」

「いや。これらはどれも、誰にもあげられないものばかりで……」

「ふぇー」

「カァー」


「じゃあ、どうして出したんですかぁ」

「えーと、あげちゃいけないのを、まず確認してから」

「それにしては、1本1本時間をかけて、うっとり見てましたぁ」

「カァ」


 この世界では分からないかも知れないけど、日本刀というのは最強の刀剣であると同時に類い稀なる美術品でもあるのですよ。

 こうしてまとめて見るのも久し振りだし、ついつい堪能してしまいましたけどね。


「それより、姉ちゃんにあげる刀選びだったよな」

「そうですよぅ」

「カァ」


 えーと、姉ちゃんの身長はエステルちゃんとほぼ同じだからと、彼女を立たせてみる。

 160センチより少し高いぐらいか。162センチということにしておきましょう。

 俺の前世にいた世界のその頃の男性の平均身長と、あまり変わらないんじゃないかな。当時はもう少し低いか。


 そうすると、定寸を目安にすればいいか。

 俺がいた少し後の時代に、刀の定寸とされたのは刀長が2尺3寸5分だそうだから、70センチ強というところですな。大般若長光だいはんにゃながみつ九字兼定くじかねさだより少し短い感じだね。


 俺は記憶と考えを巡らせて、無限インベントリの中から1本の刀を取り出す。

 拵えはシンプルなものだ。鞘から引き抜くと、先反りだが反りの少ない鎬造りで、時代的にはそれ程古いものではない。


 銘は名の知れたものではないが、俺がいた頃より少し前の備前長船の刀工の作ですね。出来はかなり良く、もちろん数打ち物ではない。

 サイズ的には打ち刀で、2尺3寸といったところだろうか。

 宝刀のような美麗さを持ち合わせてはいなくとも、実用性に溢れた逸品と言えるだろう。

 うん、これがいいんじゃないかな。



「それですか」

「うん。これを姉ちゃんに進呈しよう」

「カァ」


「あの、ちょっとわたしも持ってみても、いいかしら」

「うん、いいよ」


 エステルちゃんがそう言うので、いったん鞘に納めてから彼女に渡す。

 それを恐る恐る手にしたエステルちゃんは、まずは重さを確かめるようにしていた。


「ゆっくりと引き抜いて」

「あ、はい」


 エステルちゃんが俺の刀を手にするのはこれが初めてなのだが、そうとは思えないほどに馴染んだ感じでするりと刀を引き抜いた。

 そして先ほどまで俺がやっていたように、刃先を上に立てて目の前に掲げる。


「思ったほど重たくはないんですね」

「エステルちゃんのショートソードと、同じくらいじゃないかな」


 1キログラム弱というところだろうか。こちらの世界の剣の方がだいたいにおいて重いので、エステルちゃんが使っているショートソードとそれほど違わないと思う。


「そんな感じですね」と言ったあと、その刀を両手で持って掲げながら目を瞑り、何かを唱えている。

「ザックさまから、アビー姉さまに。あなたは今度は、アビー姉さまをお護りください。わたしからもお願いします」と聞こえて来た気がする。

 何だかシルフェ様みたいな甘い香りとそよ風が、俺の部屋の中を流れていた。




 翌早朝、朝食の前に俺はひとりダレルさんの作業小屋に行った。

 ダレルさんは屋敷の中にも自分の部屋があるのだが、昔から大抵はこの作業小屋で寝泊まりをしている。


「ダレルさん、起きてる?」

「起きてますよ。その声は、ザカリー坊ちゃまではないですかな。入ってくだされ」

「おはよう、ダレルさん。朝早くからゴメン」


 こんなに朝早くダレルさんに会いに来たのは、少々頼み事があったからだ。


「ファータの里からの無事のお帰りで、ようございました」

「うん。これ、ダレルさんにお土産。もし良かったら」

「おやこれは、ファータの腰鉈こしなたではないですか。これを私に?」


 ダレルさんもファータの腰鉈こしなたのことは良く知っている。

 アルポさんとエルノさんが来た時に彼らの得物を見ているし、一緒に大森林に狩りに行っているからね。

 今回、里長さとおさ屋敷にあったものを、また何本かいただいて来た。


「ザカリー坊ちゃまが私なんぞにお土産とは、これは何か頼み事ですな」

「へへへ、わかっちゃった?」


「それで、何を拵えれば良いのですかな。土魔法で出来るものなら、ご自分で作れるでしょうから、そうじゃないもので?」

「さすがはダレルさん。話が早いや」


 ことあるごとに何かを作ってくれと、ダレルさんにはお願いしている。それはクリスマスツリーだったり、遊び用迷路の垣根だったり、この世界的には突拍子も無いものだったりする。

 でもダレルさんはいつも、そんな俺のお願いに嫌な顔をせずに付き合ってくれるんだよね。



「で、何を作ればいいんですか、坊ちゃん」

巻藁まきわらなんだけど」

「まきわら??」


 巻藁は、竹を芯にして藁を編んだもので巻いて荒縄で固く縛って作るよね。

 藁は多少編んでおかないと、斬った時にバラバラに飛び散ってしまう。

 前々世の時代では畳表を使って作られることが多いそうだが、実際には稲藁ではないので斬り応えが異なるらしい。

 この世界には芯にする竹はあるけど、稲藁が手近に存在しないから麦藁で代用だろうか。

 その辺のことの相談も含めて、ダレルさんにざっと説明する。


「つまり、そのカタナという剣の試し斬りに使うって訳ですか」


 俺はこの後で姉ちゃんに進呈する刀と叢星そうせいも出して、ダレルさんに見せる。

 ちなみにダレルさんは、この屋敷で俺の無限インベントリのことを何となく知っている、数少ないひとりだ。


「ふむふむ、片刃の細剣ですか。どちらも斬れ味が良さそうですが、こちらの真っ直ぐな方は、輝きというか煌めきが尋常ではありませんね」


 ダレルさんは、元はブルーノさんとパーティを組んでいた冒険者で、土魔法の達人であり大斧使いでもある。なのでもちろん、刃物系の武器にも詳しい。


「このカタナ自身の斬れ味だけで、簡単に斬れてしまってはいかんし、と言って、まったく斬れないようでもいかん。だから藁ですか。しかし固く巻かないと、人間の胴体を斬るようにはスッパリと行きません。少し湿らせた方がいいかもですな」


「うんうん、さすがはダレルさんだ。ある程度の技能を持った剣士が、スパッと両断する。こう斜めからやいばが入って、だね」

「ザカリー坊ちゃんなら、土で作っても斬れるでしょうに」


「いや、それが。僕も斬るけど、これはアビー姉ちゃんにやらせようと思ってね」

「アビゲイル様に。ははぁ、なるほどなるほど」


 ダレルさんが何に納得してなるほどと言ったのかは分からないが、巻藁製作のだいたいのイメージは合ったようだ。

 材料はあるので、直ぐに取り掛かってくれるという。

 出来上がったら魔法訓練場に持って来て貰うようお願いして、彼の作業小屋を後にした。




「あなたたちは、旅から帰って来たばかりなのに、毎日剣術の稽古って、本当に熱心よね」

「えへへ。こうして稽古をすればするほど、ご飯が美味しくなるのよ、母さん」


 それは間違いではない部分もあるけど、特に姉ちゃんの場合は、だよ。

 それでは食後のひと休みと装備に着替えた後は、魔法訓練場に集合ですよ。


 今日の午前は、フォルくんとユディちゃんはお仕事があるので、魔法訓練場に行くのは俺とエステルちゃん、それにアビー姉ちゃんの3人だけだ。もちろん、クロウちゃんもいるけどね。


 着替えて頭の上にクロウちゃんを乗せて行くと、既に姉ちゃんとエステルちゃんが木剣を振って素振りをしていた。


「ザック、遅い。先に始めてたからね」


 姉ちゃんが素振りをしながらそんなことを言う。待ちきれなかったみたいだね。

 エステルちゃんは吹き出しそうになりながら木剣を振っているが、俺がなかなか部屋から出て来ないうちに姉ちゃんに引っ張られて来たのだろう。

 仕方が無いので、俺も軽く準備運動のストレッチをしてから素振りを始める。


 そうしているうちに、ダレルさんが荷車に巻藁を積んで魔法訓練場にやって来た。

 素振りもそろそろいい頃合いなので、終わりにしてダレルさんのところに向かう。


「あれ、ダレルさんはどうしたの?」

「またザックさまが、何かお願いしたんですね?」

「まあ、坊ちゃんに頼まれたんですが。それでどの辺に設置しますかな」


「ねえ何を設置するの? ザック」

「巻藁でありますな」

「巻藁??」


「この辺りがいいですかね」

「うん、そうだね。何本作ってくれたの?」

「10本ありますよ」

「おお、そいつは凄い」


「ねえ、巻藁って何よ」

「それは設置してから説明するのであります」


 ねえねえと煩い姉ちゃんと、なんとなく呆れているエステルちゃんを放っておいて、俺とダレルさんは土魔法でフィールドに10本の巻藁を設置して行った。


 さあ出来ましたかね。それではそろそろ、ご説明しましょうか。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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