第434話 ファータの里を出立して帰路につきます
その日の夕方は、エルク狩りに行っていたアビー姉ちゃんたちが3頭もの大物を仕留めて来たので、案の定、鹿肉バーベキューの大宴会となる。
それに明日には俺たちが帰途につくということもあって、お別れ会でもあった。
鹿肉バーベキューをたらふく食べ、飲んで歌い騒ぎ、最後には里の衆からまた魔法を何か見せてくれとせがまれて、まずはライナさんが即興で土魔法の人形劇を披露する。
今回は広場で宴会に参加する200人もの人たちに見せるために、小型のものではなくて人の大きさの半分ぐらいのサイズの土人形を何体も出して動かす。
終いにはアルさんと俺も参加させられて、3人が土人形を操って戦闘シーンを繰り広げた。
どうやら、昨年暮れの王都の地下洞窟でのレヴァナントとの闘いをイメージしたものらしいが、俺がスケルトンやレヴァナントの騎士を操り、ライナさんとアルさんがレイヴンらしき人形で俺のスケルトンやレヴァナントを次々に撃破するというのは、まあご愛嬌です。
最後は俺が、上空に火魔法で色とりどりの花火を打ち上げて宴会のお開きとした。
夏の夜はやっぱり花火ですよね。ノータイムの連続打ちがまだ難しく、どうしても単発打ちになってしまうのだが、エステルちゃんとライナさんに教え込んで練習させて、今度はスターマインが打ち上げられるようにしよう。
「それで、ザックさまは今日、何をしてたんですか?」
「いや、それがさ」
里長屋敷に引揚げ、エステルちゃんのお部屋で、アルさんの宝物庫からいただいて来た刀のことでアルさんから話があったことや、里の祭祀の社に行ってアマラ様とヨムヘル様にお会いすることになった話をする。
俺やシルフェ様たちの意外な午後の行動に、エステルちゃんも吃驚したようだ。
「そうすると、あのカタナは、やっぱり神様のお道具だったんですね」
「そうなるね。叢星、またの名はむらほしの刀って言うそうだよ」
「へぇー、そうせい、ですか」
「それで、普段は目に見えるような力は無いみたいなんだけど、ヨムヘル様がおっしゃるには、不死を断つことの出来る刀なんだそうだ」
「不死を断つ、ですか。なんだか凄いですね」
「そうじゃなくても何でも斬れるらしい。それで果たして、不死を断つ力があるのかどうなのかなんて、分からないよね」
「死なない人なんて、そこら辺にいませんものね」
「カァカァ」
「え、なになに物知りクロウのクロウちゃん。むらほしの刀って名前と、不死を断つってところが気になる?」
物知りカラスなんだけど、カラスって言うと何故か機嫌が悪くなるので、咄嗟に微妙な呼び方になってしまった。
それはまあいいとして、どういうことでしょうか。
「カァ、カァカァ」
「まず、俺が手に入れた出どころが、ドラゴンの宝物庫であったことか。前の世界の神話を思い出せ? オロチとドラゴン、体内と宝物庫の違いはあるにしてもって」
ああ、ヤマタノオロチ神話ですか。天叢雲剣だね。
スサノオがヤマタノオロチを退治して、その体内から見つけ出したのが天叢雲剣だ。
その後、アマテラスに献上され、やがてニニギに授けられて再び地上に降りる。
後にはヤマトタケルに託されて、草薙の劔となった。
「カァカァ、カァ」
「それからもうひとつ、不死を断つ剣で有名なのは、ペルセウスが遣ったヘルメス神のハルパーか。ふーむ」
ギリシャ神話に登場するハルパーは、鍛冶の神であるヘパイトスが鍛えたもので、アダマント製の湾曲刀のため、アダマスの鎌とも呼ばれている。
半神で英雄のペルセウスは、見たものを石に変えてしまうというゴルゴーン三姉妹のひとりメデゥーサを退治するために、神であるヘルメスからハルパーを授けられ、その首を刈り取ったという。
このハルパーこそが、不死を断つ武器だったという訳だ。
「ザックさまとクロウちゃんは、何のお話ですかぁ」
「あ、いや。僕がいた前の世界の、神の剣の話なんだけどさ」
「やっぱり、神様の剣があったんですね」
でもクロウちゃん、天叢雲剣はその名の通り両刃の剣らしいし、ハルパーに至っては鎌みたいな湾曲刀とされてるからね。
それにこの叢星は、明らかに人間の鍛冶が鍛えたものだって、ヨムヘル様も言っていたんだよな。
「カァ、カァ」
「そういうことじゃないの?」
「カァカァ、カァ」
「何故、叢星という名で、不死を断つ武器なのか。なぜドラゴンを経由して神様から託されたのか、そういうところを見なきゃいけないという訳ですか」
クロウちゃんの言うことは、なんとなく分かるようで、もうひとつ奥底にある真の部分が俺にはまだ理解出来なかった。
「さあさ、難しいお話はまたにして、クロウちゃんももうおネムでしょ。ザックさまも明日の朝に出発ですから、そろそろお休みにならないと」
そうなんだ。明日はファータの里での滞在を終えて、グリフィニアに向けて出立する。
クロウちゃんには、ラウモで待機してくれている調査探索部のアッツォさんたちに手紙を届けて、俺たち一行の帰途予定を報せて貰わないといけないんだよね。
翌朝、朝食をいただいて直ぐにクロウちゃんは飛んで行った。
俺たちも出発の準備をする。今回の旅はマジックバッグがふたつあるので、本当に助かっている。
「エーリッキ爺ちゃん、カーリ婆ちゃん、今回もお世話になりました」
「なに言っとるんじゃ。何度も言うように、ここはザック様の里じゃて、お礼など言う必要はないわ」
「また来るのよ。待ってますからね。ほら、お爺さんも笑顔で送り出してあげないと」
エーリッキ爺ちゃんは少々機嫌が悪い。
昨晩も、もっといろと言っていたが、5日か6日そこらの滞在で帰るのが気に喰わないのだ。
「また来るよ、エーリッキ爺ちゃん。それに、もし王都屋敷に来ることがあったら歓迎するしさ」
「むむむ、考えておくわい。そうじゃ、来年も来るのじゃぞ。わかったか、エステル」
「うふふ、来年ね。はいはい、わかりましたよ」
それからアン母さんとアビー姉ちゃんもお礼を言い、母さんはふたりと何か話をしていた。
母さんはそうそう来られないから、昨晩の宴会の時にも隋分と話をしていたな。
それから、エーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃんはシルフェ様たちの前に行く。
シルフェ様たちも俺たちの出発に合わせて帰るそうだ。
どうやら来た時と同じく、アルさんが精霊さんふたりを乗せて一緒に風の精霊の妖精の森に行くらしい。
「アルはなるべく連れ出しておかないと、またあの洞穴で引きこもりになっちゃうから」
「何十年も外に出なかったこともありましたけど、最近は良く外に出るようになりました」
シルフェ様とシフォニナさんがそんなことを言っていた。
そのお三方の前でエーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃんは跪き、あらためて今回の来訪のお礼と再度のご来訪の願いを申し上げていたようだ。
「いつでもわたしたちは、ファータの人たちとこの里を見護っていますからね」
まあ、ときどき覗きに来ているようだし、他の配下の精霊さんにも見に来させていたりするらしいから、要するに今回みたいに姿を現すかどうかなんだよね。
「それじゃ、アルポさん、エルノさん。また後日、王都屋敷で」
「8月は10日頃ですな。先に戻って、お迎えするようにいたしますで」
「わしらは直ぐにでも、行っておっていいのですがな」
「まあその辺は任せるよ。ただ、ほら、あっちにいるお爺ちゃんの機嫌を損ねないように」
「里長ですかいの。たしかに」
「王都屋敷勤めを他の誰かに交替させるとか言い出すと、敵いませんからな」
アルポさんとエルノさんには王都屋敷の鍵のスペアを預けているので、まあいつでも行けるのだが、いちおうはファータの受託仕事になっているからね。
なので、あまり勝手をさせる訳にもいかない。
俺たちの予定としては、今日7月18日にここファータの里を出発して、23日にはグリフィニアに帰着する。
それからそれほど日を置かずに、8月の8日には王都に戻るためにグリフィニアを出るというスケジュールだ。
8月の後半には、今年も総合武術部と姉ちゃんの部の夏休み合同合宿も控えているしね。
里長屋敷を出ると、門前には数多くの里の衆が控えていた。
今回はシルフェ様もお帰りになるので、里の全員がお見送りすると昨晩の宴会で盛り上がっていたね。
それで俺たちを先頭に、その後ろに200人もの里の衆がぞろぞろ従って、里の入口まで歩いて行く。
馬車や馬は、そこでミルカさんやティモさんとアルポさん、エルノさんが先行して用意していてくれることになっている。
「それでは、また来ますね。あ、いや、また帰って来ます。皆さん、ありがとうございました」
里の全員を前にして俺とエステルちゃんが並んで頭を下げ、母さんと姉ちゃん、そしてレイヴンの皆も頭を下げる。
アルポさんとエルノさんも何故かこちら側に混ざっているのは、まあ良しとしてください。
「今回は突然来たのに、皆さんに温かく迎えていただいて、本当にありがとう。また機会を見て来させていただきますね。でも、わたしたち風の精霊は、いつもあなたたちファータの直ぐ側におりますから」
シルフェ様の言葉に、今度は見送る里の衆の全員が深く頭を下げる。
夏の暑さを和らげる爽やかな風が、全員の間を通り抜けて行ったようだ。
俺たちは馬車や馬には乗らずに、里を囲む霧の中に入って行く。
振り向くと里の人たちが手を振り続け、ずっと見送ってくれている。そしてその姿は霧の向うに見えなくなって行った。
「そろそろいいですかいの」
「大丈夫そうだね」
いまジェルさんたちが引いているのはファータの里で飼っている馬なので、うちの馬と違ってアルさんが側にいると怯えてしまう。
そこで彼は少し離れて歩いていたのだが、霧を抜けたところでドラゴンの姿に戻り、シルフェ様たちを乗せる段取りだ。
それに、さすがに里の人たちの目の前でドラゴンに変化する訳にはいかないからね。
大丈夫だと思うが、念のために馬はレイヴンの皆に見ていて貰い、少し離れて開けた空間のありそうなところにミルカさんに案内して貰う。
「では、また王都屋敷でね。ザックさんたちの合宿とやらは、8月の後半だったかしら」
「ええ、そうですね。10日には王都に戻って、たぶん17日とか18日ぐらいから3泊ぐらいですかね。そんな感じだよね、姉ちゃん」
「そうね」
「わかったわ。では、アンさん、ミルカさんもまたお会いしましょうね」
「はい。グリフィニアでもお待ちしておりますわ」
「ヴィンスさんとヴァニーちゃんにもよろしくね」
「ありがとうございます」
アルさんがブラックドラゴンの姿に戻り、その背中にシルフェ様とシフォニナさんがフワフワ飛んで行って、ちょこんと座った。
あのふたりは風になって飛べるので、別にアルさんに乗って行く必要はないのだが、楽と言えば楽なんだろうね。
そして、音も無くアルさんはふわりと浮かび、そしてぐんぐんと速度を増しながら上昇すると、あっと言う間に大空へと消えて行った。
それを見送りながらニコニコ手を振るエステルちゃんの横で、母さんと姉ちゃんも手を振りながらも何故か顔が強ばっている。
きっと、自分たちがあの背中に乗ったことを思い出したのだろうね。
「それじゃ、僕たちも出発しようか」
「はいっ、元気に行きましょう。ね、お母さま、アビー姉さま」
「え、ええ、そうね、元気にね」
「そ、そうだね」
アルさんのドラゴン姿を何度か見ている筈のミルカさんも、やはり目の前で見ると緊張するのか無言だったが、俺たちを先ほどの場所まで引率してくれる。
帰りの旅はミルカさんも同行してくれる予定だ。
それでは帰路の4泊5日、エステルちゃんではないが、元気に行きましょうか。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




