第41話 アン母さんからの魔法アドバイス
アン母さんが「ちょっと疲れたわ」と言って、魔法の稽古は休憩になる。
俺はぜんぜん疲れてないんですけど。
この子爵家専用の魔法訓練場には、ときどきここで天才魔法元少女の母さんが長時間の訓練をすることもあり、お茶を淹れるための設備なども整っている。
エステルちゃんがお茶の準備をし、お菓子も用意してくれる。最近いつもお菓子を持っているよね。
「ザックは、魔法の発動起点って分かるかしら」
「どこから魔法を発動させるか、ってこと?」
「そうね、魔法の発動は必ず起点が必要になる。普通は身体に循環させたキ素の力を集めやすいところ」
「だから、手のひらを前に出したりするんだよね」
「そうそう、どうもザックには必要ないみたいだけど……まぁそれは、今はいいわ。それでその発動起点を、自分の身体から離れたところに設定することもできるのよ」
どうやら、遠隔魔法のことのようだ。
「ただし、自分の身体から離れた場所にまで集約したキ素の力を移して、発動したい魔法のイメージをその離れた起点にまで持って行って、それで発動させないといけない訳よね」
「なんだか、とても難しそうだね」
エステルちゃんも、ウンウンと俺の隣で頷いている。
つまり自分の身体から離れた場所まで電線か燃料パイプを通して、そこまでエネルギーを送り、かつ遠隔でモーターの起動とか点火のスイッチを捻らなければいけない。
それを短時間、あるいは瞬時に行わないと、特に動く相手に対しての攻撃魔法系では意味がなくなる。
だがそれができれば、自分の身体近くから発動した魔法では届かない、乃至は魔法が到達するまでに躱して逃げる相手を、攻撃できる可能性が増える訳だ。
「なんとなく意味が分かったみたいね」
「うん、でも起点を作って発動させるには、キ素を送る力とか制御もスピードも必要だろうから、大変そうだなー」
「そうなのよ。だけどそれができれば、将来あなたには有益よ、きっとね。それから、もしも元々繋がっているものがあったら、理屈から言えばそれを起点にできるわよね」
と言って母さんは、側でお菓子を食べてるクロウちゃんを見て羽根を撫でた。
なるほどね、それが言いたかった訳か。母さんはどこまで見抜いているのかな。
「母さんは、自分から離れた場所に発動起点を作るってできるの?」
「わたしはそうねー、回復魔法ならできるわね」
回復魔法は通常、傷ついた人の患部などに手を近づけ、そこを発動起点として魔法を発動させる。それにより効果的に肉体に作用し修復や回復を促す訳だ。
発動起点が患部から遠く距離があればあるほど、魔法による作用は減衰してしまう。
回復魔法に最も適性が高く得意とするアン母さんは、そのように回復魔法を遠くに飛ばすのではなく、自分から離れた場所にいる怪我人に対して、その人の患部近く、あるいは患部そのものに発動起点を作ることで、最大効果を発揮させることができるのだと言う。
なるほど、天才と呼ばれるわけだ。
これができると、たとえば複数人数の闘いで乱戦となったとき、自分から離れた場所で傷ついている味方だけを、自分が移動したり怪我人を移動させることなく治癒回復することができる。
「それって、誰もができるわけではないんですよね?」
探索のプロでもあるエステルちゃんは、他の回復魔法の使い手を思い浮かべたのだろうか、そう尋ねる。
「そうねぇ。わたし以外にもいるのかも知れないけど、あまり聞いたことはないわね」
「ねぇ、エステルちゃんはできない? 風魔法とかで」
「そうですねー、やってみた事はないですけど、竜巻とかは自分から離れた場所に作れるかもですかねぇ」
「あら、それはいいわね。わたしが手伝うから、それができるようになりましょ」
「えぇ、ぜひお願いします」
「まかせて」
あの、俺の魔法稽古はどうなるんでしょうか。
ただ、母さんから婉曲的にだが、いいアドバイスは貰った。
四大元素の魔法はおそらく普通に発動はできそうなので、自分から離れた位置に発動起点を作り発動させる訓練、そして自分と繋がっているところを起点にして発動させる訓練を、とりあえずの魔法の稽古のテーマとしよう。
それには、俺が持っている空間検知と空間把握の特殊能力が活かせる可能性がある。
「あらあら、お話してたらずいぶん時間が経っちゃったようね。それでザックは、これから魔法の稽古はどういう風にしていきたいの?」
「それなんだけど、母さんが付いて教えてくれる時以外でも、この魔法訓練場で稽古をさせて欲しいんだ」
「この訓練場ね、ええいいわよ。ただしひとつ条件があるわね。わたしがいない時は、エステルさんが必ず付いていること。それなら使ってもいいわ。エステルさんもいいわよね?」
「はい、必ずわたしが一緒にいます。ザックさまをひとりにすると危ないです」
「そうね、変なことされても困るし」
「ザックさまをひとりにすると、すぐ変なことしそうですから」
そうだろうと思いました。
でも今まで剣術の稽古をしていた空き地では、いくら結界を張ったとしても魔法の稽古は危険だから、この魔法訓練場を大手を振って使えるのは収穫だ。
母さんがいないときは、剣術の稽古もここでできるし。うん、そうしよう。
「剣術の稽古もここでやっていいわよ」
はい、俺の考えることなど母さんにはお見通しです。
「ザックはどのくらい剣術ができるようになったのかしら。そうだ、今度は剣術も見せて貰いましょう。母さん、騎士団での稽古をあまり見てないから」
「えー、それは別に良いけど」
「ヴィンスにお願いして、ザックの相手をして貰おうかしら。ええ、それがいいわ。アビーもクレイグさんに指導を受けてから、どのくらい強くなっているかも見たいわね」
母さんがどんどん思いついていくので、ちょっとヒヤヒヤする。
でも、ヴィンス父さんとちゃんと剣を合わせたことがないし、アビー姉ちゃんがどのぐらい成長しているのかも知りたいところだ。
騎士見習いの子たちとの稽古では、どうやらクレイグさんとのマンツーマン稽古時と違って、だいぶセーブしているようだし。
問題は自分自身だよね。どのぐらいの力を出すべきだろうか。
「それじゃ今日はこの辺で終わりにするわよー。ザックはエステルさんを手伝って、ちゃんと後片付けをしなさい」
「はい」
結局、俺の初めての公式の魔法稽古は、半分以上はお茶を飲みながらのお話で終わってしまった。
まぁ、ぜんぜん良いのだけど。
「カァ」
ところでクロウちゃんは母さんといると、いつもとてもいい子にしてるよね。
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エステルちゃんが主人公の短編「時空渡りクロニクル余話 〜エステルちゃんの冒険①境界の洞穴のドラゴン」を投稿しました。
彼女が隠れ里にいた、少女の時代の物語です。
ザックがザックになる前の1回目の過去転生のとき。その少年時代のひとコマを題材にした短編「時空渡りクロニクル外伝(1)〜定めは斬れないとしても、俺は斬る」もぜひお読みいただければ。
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