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第431話 ユルヨ爺の昔語り

 ジェルさんとオネルさんが剣術、ブルーノさんが弓矢、そしてティモさんがダガー撃ちの指導を子供たちにしている。

 こちらではアビー姉ちゃんとエステルちゃんにハンナちゃん、それから俺も加わって、暫くの間、素振りを行った。

 そして、姉ちゃんとハンナちゃんの試合稽古だね。


 アン母さんやシルフェ様たちは、ティモさんに出して貰った椅子に座って、優雅にお茶を飲みながら見学している。クロウちゃんはシフォニナさんに抱っこされてます。

 訓練場には、お茶を淹れられる設備もあったんだ。ユルヨ爺に淹れていただいたんですか。それは申し訳ありませんでした。



「アビゲイル様も、なかなかおやりになるようですな」

「王立学院で、いちばん強いと思いますよ」

「それは、ザカリー様を除いてということですな」

「まあ、僕は員数外ですからね」

「はっはっは。そうですか、そうでしょうな」


 ユルヨ爺は俺と並んで、姉ちゃんとハンナちゃんが向き合う姿を見ている。

 エステルちゃんの「はじめっ」の声で、試合稽古が始まりました。

 お互いに初めて手合わせする相手の力量を探ろうと、相談した訳ではないだろうけど、打ち込みと受けを交替するように続けているね。


「ユルヨ爺は、昔にシルフェ様とお会いされていたそうですね」

「ああ、そのことですか。もう大昔の話ですよ。わしが現役の若手のときですな」


 姉ちゃんとハンナちゃんは打ち合いを楽しむように、直ぐに決着をつけようとはせずに少しずつ立ち位置を動かしながら打ち込みと受けを続けている。

 そんな様子を見ながら、俺はユルヨ爺の話を聞いていた。


「あるとき、わしが探りを入れていた相手方に、まんまと捕まってしまったことがありましてな。いえ、若気の至りと申すか、お恥ずかしいことで」


 それって、相当に大昔の話ですよね。300歳近くにもなるのではと聞いているユルヨ爺なので、二百何十年とか昔の話なのだろうか。

 それにしても若手時代とはいえ、このユルヨ爺を捕まえるなんて、相手も相当の手練だったのかな。


「本来、単独での潜入探索はせぬものですが、自分の力量を奢っていたのでしょうな。そのときはわしひとりの潜入で、依頼されていた調べも終えていざ引揚げようとしたときです。突然に背中がぞくっとしました。これはわしの潜みが見抜かれたと」


 ファータの探索者は皆、普段から姿をはっきり見せぬすべに長けている。

 姿隠しの魔法みたいにまったく見えなくするということではないが、気配や存在感を感じ取らせにくくするものだ。


「それでわしは、直ぐに逃げられるよう体勢を取りながら、ゆっくりと振り返ったのですな。少し離れて、いつの間にか若い男が立っておった。それを見取った瞬間、身体がまったく動けなくなり、声も出んようになり申した」


「魔法か何かですか?」

「そのようなものでしょうな。ほんに咄嗟のことでした」



 俺が前世にいた世界には、竦みの術というものがあった。

 熟達した忍びの中にはこの竦みの術を遣う者がいて、また二階堂流という剣術の流派にも秘術として伝わっていると聞いたことがある。

 俺が存命していた頃かその後かは分からないが、確かその道統から平法という流派を確立する者が生まれて、前々世で読んだ何かでは、心の一方という名の術だった気がする。


「それはそれは、じつに見事に捕らえられてしまい申した。後にも先にも、探索中に捕まったのはこのときだけですがな。はっはっは」


 ユルヨ爺は、とても楽しい想い出のようにそう語った。

 密かに探索している者が相手に捕らえられれば死罪は間違いないのだが、ユルヨ爺は長い年月を経てもいまここにいて、楽しそうに笑っている。


「それでわしは、牢に入れられたのですがな、翌日の明け方、牢の中に甘い香りの風が流れて来まして。わしがその風でふと目を醒すと、シルフェ様が牢の中におられましたのですよ」


「シルフェ様が助けてくれたんですね」

「はい。いまでもよう憶えております。いまとまったくお変わりのないお姿で、牢の中にお座りになってお茶を飲んでおられました。ほれ、あのお姿と同じように」


 その女性がシルフェ様だと、ユルヨ爺は直ぐに感じ取ったそうだ。

 この話に、にこやかに母さんたちと談笑しながらお茶を飲んでいるシルフェ様の姿を振り返って見る。

 ああ、シルフェ様らしいよね。それにしても、そのときのお茶はマジックバッグにでも入れて来ていたのかな。


「それで、牢の中でわしもお茶をいただいて、シルフェ様と少しお話をさせていただきました。なんでも、本当にたまたまなのですが、シルフェ様はこの地に流転人るてんびとがいるという噂を聞いて、見に来られていたのだそうですな」


 流転人るてんびと、つまり俺と同じ転生者か転移者だ。

 ファータの伝承に言い伝えられるほど、シルフェ様やファータ人はこの流転人るてんびとと関わりが多くあるらしい。


「もしかして、ユルヨ爺を一瞬で竦ませて捕らえた人が?」

「どうもそうらしいですの。それでシルフェ様は、ファータの者が捕まって牢に入れられているのを知って、助けに来てくだされたということでした」


 ユルヨ爺が大昔にシルフェ様とお会いしたというのは、そういうことだったんだ。

 牢を出して貰うと、牢番やら何やらはみんな眠りこけていて、牢部屋の外にはシフォニナさんが待っていたそうだ。

 牢番たちを眠らせたのは、きっとシフォニナさんの仕事だよね。


 それからその探索先の都市の外まで送って貰って、ユルヨ爺はシルフェ様たちと別れた。

 彼がシルフェ様に会ってかつ救出して貰ったことは、当時の里長さとおさ、現在のエーリッキ爺ちゃんの先代しか知らなかったのだという。


「その流転人るてんびとは、それからどうなったのかな」

「はて。どうしたでしょうかな。忘れてしまい申した。はっはっは」


 いや、そんなに捕まった時のことを明確に記憶していて、自分を捕まえた当人であるその男のことは忘れてしまい申したとか、ないでしょ。

 何か話してはいけないことでもあるのだろうか。俺はそれ以上聞くのを、止めておくことにした。

 シルフェ様にその流転人るてんびとのことを聞いても、「あら、忘れちゃったわね」と彼女も言うような気がなんとなくする。



 姉ちゃんとハンナちゃんの試合稽古は、かなりの長時間となっていた。

 王立学院での課外部対抗戦の試合時間は5分間だったけど、このふたりの対戦はもうかれこれ20分ぐらい続いている。


 やがて、「しまったぁ」という姉ちゃんの声がして、審判役を務めるエステルちゃんの「やめっ」の声がした。

 どうやら姉ちゃんの僅かの隙を突いて、ハンナちゃんの木剣が姉ちゃんの胴を少し掠めたようだった。


「ハンナちゃんは、ずいぶんと強くなりましたね」

「そうですな。どうやら、かなり実戦を重ねたようで」


 もしかしたら、オネルさんあたりとも良い勝負が出来るかも知れない。

 ただし姉ちゃんは、どうやらハンナちゃんの間合いでの闘いに付き合ったようで、もっと自由自在に動いていたら姉ちゃんの方が優位に立った気がするね。


 試合稽古を終えてエステルちゃんとハンナちゃんは、ティモさんが子供たちのダガー撃ちを指導している方に行くようだった。

 ファータと言えばやはりダガー撃ちだ。


 一方で姉ちゃんは、少し疲れた様子でこちらに歩いて来た。

 やはり、午前のアルさんち行きの疲れが残っていたようだな。


「なんだ姉ちゃん、もう疲れたのか。それに負けてるし」

「いやぁ、旅先で環境の変化疲れかな、へへへ」


 なにを尤もらしいこと言ってるですかね。俺の隣にユルヨ爺がいるので、疲れの真相は口に出せないけどさ。


「いやいや、ハンナもこの里の若手では、一二を争う剣術の使い手になっておりますからな。アビゲイル様はおそらく、普段はもっと動かれるのでしょう。そうしたらハンナもそう易々とは勝てませんでしょうが」


「へぇー、ユルヨ爺ちゃんて、そんなことがわかっちゃうんだね。でもハンナちゃんは凄く強かったよ」


 姉ちゃん、あんた、ユルヨ爺は三百年近くも剣を振っているお方ですぞ。

 そんなユルヨ爺から見れば、俺たちなんかは卵の殻をつついて外に出て、ようやく歩き始めたぐらいですよ。

 あと、剣の純粋な実力は別として、実戦の勘の部分はハンナちゃんの方がかなり上だよね。



 結局俺は素振りをしただけで、あとはユルヨ爺と話をして午後を過ごした。

 うちの皆は元気そうに振る舞っていたが、今日は朝起きてから身体的には実質15時間以上が経過している筈なので、そろそろお暇することにした。

 子供たちの午後の訓練も終わる頃合いのようだしね。


 最後に子供たちから魔法をせがまれたので、光輝くアイスジャベリンを見せてあげましたよ。

 今年の学期初めに1年生の中等魔法学の講義でやった、光魔法と融合させたあれね。

 シルフェ様たちも見に来たので、アイスジャベリンの内部から輝く光に何色かの色を混ぜて、的に当たって氷の粒が飛び散る時に赤、青、黄色とキラキラ広がります。


「あなた、こんな魔法も練習してるの?」

「いやあ母さん。これは学院で下級生に見せたもので、魔法というのはじつは繊細で美しいのですよと」

「ふーん」


「なんだかまた、ザカリー様が尤もらしいこと言ってるわよー」

「魔法が繊細なものというのはそうなのじゃが、そこに美しいという考えを入れるのは、ザックさまならではじゃぞ」

「なるほど、そうなのですな」


「そしたらこんど、わたしがそれに面白いも加えるわー」

「面白い? それはなんじゃろか」

「ああ、ライナ姉さんて、前に土魔法で即興の人形劇とか、ダレルさんとやってましたよね」

「おお、それは面白そうじゃの」




 里長さとおさ屋敷に戻ると、ヴィリルムに行っていたエルメルさんたちが揃って戻って来ていた。

 エーリッキ爺ちゃんと談笑しているので、特に異常事態や大きな変化とかはなかったようだ。


「ヴィリルムはどうでしたか?」

「あの町自体は、特に変わったことはなかったですね。ただやはり、中央部から北部はかなり厳しくなって来ているようです」


 エルメルさんたち3人は、ヴィリルムの都市評議員でエルメルさんの友人のサムエルさんと面談したとのこと。

 それで、ヴィリルム自体の状況というより、都市同盟全体や北部と中央部の各都市の現状を聞き出して来た。

 その概要は、先日エーリッキ爺ちゃんから聞いたようなことだ。


「各都市の保有資金が相当に減って来ていて、それに従って直接的な戦力も落ちて来ているようです」

「ボドツ公国は攻勢に出ますかね」

「サムエルが言うには、それでもまだ都市同盟側の戦意は落ちていないそうです。だから、どこまで頑張れるか。ボドツ公国もそれを測っていますね」


 やはり、エーリッキ爺ちゃんが言っていたように、あと2、3年というところだろうか。



 エルメルさんとユリアナさんは、明朝にはこの調査報告もあってそれぞれの任地へ戻るそうだ。

「ザック様をお見送りしてからとも思ったのですが、そう長くも離れておれなくて」とエルメルさんは申し訳無さそうな顔をした。


「また王都に顔を出させて貰うわよ。それにわたしは、ザックさんたちが王都に戻るときに会えるしね」


 ユリアナさんは、ブライアント男爵お爺ちゃんのところにいるからね。


「それでザカリー様。このあとのご予定なのですが」と、ミルカさんが聞いて来た。

 そうだね。今日でグリフィニアを出立してから9日目。ファータの里での滞在は、前回と同じく5日間ぐらいが目安だが、明日で5日目か。


「明後日ぐらいに出発ですかね」

「そうですね。そのぐらいがよろしいかと」


 明日はアビー姉ちゃんが、アルポさんとエルノさんにエルク狩りに誘われている。

 母さんはどうするのかな。シルフェ様とシフォニナさんは精霊さんなので狩りには行かないし、アルさんが行くとエルクが周辺からいなくなってしまうので、彼も行けない。


 俺は明日どうするかまだ決めてないけど、エステルちゃんと相談しましょうか。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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