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第430話 大空を飛んで帰ります

 宝物庫に繋がってもうひとつ大広間があり、そこはアルさんのリビングなのだそうだ。

 と言っても本来のアルさんサイズなので、ただのどでかい空間にしか思えない。

 俺たち一行はその所謂リビングでひと休みして、ファータの里へと戻ることにした。


 ティモさんがマジックバッグから椅子とテーブルを出し、ついでにエステルちゃんが作った果汁入りの甘露のチカラ水とお菓子も出して貰います。

 甘露のチカラ水については、アン母さんがグリフィニアにも持って帰りたいと言うので、あとで汲んでおく予定だ。


 姉ちゃんがいただいた衝撃の剣と母さんの魔法拡大のじょうは、ライナさんが肩から下げているもうひとつのマジックバッグに入れてある。

 俺が貰った直刀の大刀たちもそこに入れたふりをして、母さんに見られないように無限インベントリに収納しておきました。


 あと、うちのみんなが練習していた魔導手裏剣は、結局レイヴンで共有するということでいただくことになった。宝物庫を探したら、全部で50枚ほどはあったようだね。




「それじゃ、帰りますかね。アルさん、頼むね」

「心得申した」


 アルさんが元のブラックドラゴンの姿になった。

 いま俺たちがいるのは、巨大空間から真っ直ぐに伸びた横穴の入口だ。

 この横穴は地下に造られた滑走路のようだが、僅かずつ上方に傾斜しているので、遥か先にある出口から入り込む外光は見えない。


「では、乗せて貰うのだけど、いいかな」

「乗ってくだされや」

「みんなもいいかな?」

「は、は、はーい」


 あらためて実際のアルさんの姿を見て、いざ背中に乗る段になると、みんな大なり小なりビビってますよね。

 では、まずは俺が跳び乗ってと。


 アルさんが姿勢を低くしてくれているので、背中までの高さは3メートルほどだ。

 俺はトントンと跳び乗って首の直ぐ後ろに跨がり、手に持っていた縄梯子を降ろした。

 これって前にもどこかで使ったよね。王都の地下洞窟だったっけ。


 エステルちゃんも自分で跳び乗れるのだが、いちおう下にまだいてサポートをする。


「はい、乗りますよー。来た時に穴に飛び込んだ順ですよー。まずは姉ちゃんから」

「う、うん。行きます」


 境界の洞穴からここに滑り落ちる穴に入った順番で、縄梯子を登って来て貰う。俺とエステルちゃんだけが入れ替わっている順だね。

 姉ちゃんも自分の力で跳び乗れそうだけど、縄梯子を登って来た。

 次のティモさんなんかは楽勝の筈だが、やはり縄梯子を慎重に登って来る。


 それからジェルさん、オネルさん、ライナさん、ブルーノさんと登り、あとは母さんだ。


「母さん、大丈夫かな?」

「だ、大丈夫ですよ。エステル、下からちゃんと見ててね」

「見てますよ、お母さま」


 ゆっくりゆっくり、母さんもなんとか登って背中の上に辿り着いた。

 それを見て、エステルちゃんが慣れた感じでトンと跳び乗って、いちばん後ろに座った。



「それじゃみんな、しっかりとアルさんの背中にしがみつくんですよ。それほど長い時間じゃありませんからね」

「ふぁーい」


「シルフェ様、シフォニナさん、クロウちゃん、お願いしますね」

「大丈夫よ。万が一の時は任せて」


 空を飛べるこのふたりと1羽が、万が一にも誰かが落ちそうになった時には風を起こして防ぐ予定だ。

 もし落ちてしまったら、同じく風で落下速度を落として救助する。

 尤も先ほどアルさんと相談して、俺が強力な結界を張り、アルさんが空間魔法で補助することで、仮にしがみつく手を離してしまっても落ちないようにしておくけどね。


「では、よろしいですかな。出発しますぞ」

「いいよー。しゅっぱーつ」



 アルさんが滑るように動き出す。走るでもなく飛ぶのでもなく、滑走路を滑り進んで行く感じだ。

 徐々にそのスピードを上げ、やがてもの凄い速度になったと思った時に前方に眩しい光が差し込む出口が見えた。


 大きく口を開けたその光の向うに飛び出た瞬間にアルさんは翼を広げ、何とも言えぬ浮遊感を感じる。

 ドラゴンは大気の揚力だけに乗って飛ぶのではなく、空間魔法を使って空中を浮かぶと以前に本人から聞いているので、その浮遊感は独特だ。


 背中に乗っている自分も、まるで一緒に重力の影響を受けていないかのように思える。

 つまりアルさんに触れて、その空間魔法の力が行使されている範囲内にいれば、地上に引っ張られて落ちることもない。

 また、強風に曝されないようにもしてくれている。今回は俺の結界も張られているから更にそうだよね。


 アルさんは大空高く急角度で舞い上がった。

 この辺りは雲ひとつなく、快晴の夏の太陽が眩しい。


 前回来た時には、エイデン伯爵領とリガニア地方とを繋ぐ峠よりも北方向、高い峰が連なる中のどこかの峡谷と推測したが、今回あらためて地上を見渡してみるとその推測は正しいみたいだ。

 後方にある峰の向うに広大なアラストル大森林が望める。その左後方には北方帝国があるのだろうか。


 俺はアルさんの首の付け根付近を片手で掴まって、後ろを振り返って見ているのだが、背中部分には母さんや姉ちゃん、レイヴンの皆がへばりついていた。

 いちばん後ろでエステルちゃんだけが身体を起こしていて、俺が振り返ったのに気が付いてニコニコしながら手を振っている。


「(みんな大丈夫かな)」

「(しがみついてるから、大丈夫じゃないですかぁ)」

「(せっかく大空を飛んでるのに、景色を眺める余裕は無さそうだね)」

「(それは無理ですよぅ)」



 水平飛行に移っていたアルさんが、おそらく南南東方向に進み、やがて徐々に高度を下げて行く。


「(少し目隠ししますぞ)」

「(了解。もう直ぐ着地だね)」


 アルさんの周囲を黒い雲が覆い始める。近くに人間のいない森林の上から急角度で下降する筈なので、見られる心配は無いと思うがファータの里が近いので念のためだ。


 やがて、音も衝撃も無くアルさんは森の中に着陸した。

 ともかくも全員無事に地上まで運んで貰えました。まだみんなしがみついているので、たぶんだけど。


「着きましたよー。地上ですよー。降りますよー」

「ふむむ、ふぁーい」


 エステルちゃんが先に跳び降りて、俺の方は縄梯子を垂らし、ともかくも全員を地上に降ろす。

 降りられる人から、どんどん降りてくださいよ。



「初めての空の旅は、楽しめたかな」

「そんな訳ないと思いますよ、ザックさま」

「今日は幾分ゆっくりめに飛びましたがの」


「天気も良かったし、お陰で地上の景色が良く見れたよ」

「ほうほう、それは良かったのじゃ」

「ザックさまだけですよぅ」


 アルさんは既にドラゴニュートの執事姿に戻り、シルフェ様とシフォニナさん、それからクロウちゃんも到着している。

 うちのみんなは大丈夫かな。足がふらふらしてますかね。


「ちょっと休憩した方がいいみたいですよ、ザックさま」

「そんな感じですなぁ」


 それで、ティモさんが肩から下げるマジックバッグを受取り、中から椅子を取り出してエステルちゃんと並べた。

 さあさ、取りあえず座って休憩してくださいな。




 皆がなんとか歩く元気ぐらいは取り戻したので、朝に辿ったルートを里の入口まで行き、それからも言葉少なに里長さとおさ屋敷まで帰り着いた。


「おお、お戻りか。早かったですの」

「なんだか皆さん、お疲れ顔ですよ。何かありましたのか」

「いや、何も無いですよ。どうやら遅れて旅の疲れが出て来たのかなぁ」

「そうですか? それならお昼までゆっくりしてなさいな」


「そうですね。母さんたち、そうさせて貰ったら?」

「なにやら、ザック様とエステルは元気そうじゃな。ティモ、おまえも疲れとるのか。そんなでは、お役目は務まらんぞ」

「いえっ、大丈夫ですっ」


 エーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃんが、疲れた顔で帰って来た俺たちを見て心配してくれる。

 ジェルさんが所持している時計を見せて貰ったら、散歩に屋敷を出掛けてから40分ほど経過したぐらいだった。

 アルさんが言っていた通り10倍の時間を過ごしていたとすれば、7時間弱は出掛けていたことになるのか。


 おまけにこの世界の人間ではまず考えられない、大空の高速飛行を体験したのだ。

 お昼まではだいぶ時間があるので、これは休ませた方がいいですな。

 ティモさんはエーリッキ爺ちゃんの目が届くところにいると休めないだろうから、ブルーノさんが泊まっている部屋にでも行っていてくださいよ。



 今日は午後からユルヨ爺の訓練場に行く予定なのだが、皆は行けるのかな。

 そう心配していたら、お昼にはみんな元気を取り戻していたようだった。

 まあ肉体的疲労ではなく、ちょっとした精神的疲労だからね。


 それで俺たち一行にシルフェ様たちも加わって、里の訓練場へと子供たちの訓練を見に行った。

 レイヴンの皆は見学というより、一緒に訓練をしようと子供たちにせがまれるだろう。

 それを予測し、姉ちゃんを含めて訓練の出来る装備姿だ。


 訓練場に行くと子供たちが午後の訓練を行っている。20人ほどはいるだろうか。

 ここでは5歳から11歳ぐらいまでの間、剣術や体術、弓矢やダガー撃ち、魔法などの戦闘訓練を行う。


 師匠はユルヨ爺だが、現役を引退した里の爺婆や一時里帰りしている現役も指導を行う。

 あと、ティモさんも言っていたように読み書きやその他、この世界のことを学ぶ様々な勉強も里の衆が交替で教えているんだよね。

 訓練場では、ユルヨ爺と里帰り中のハンナちゃんが子供たちの訓練を見ていた。


「いらっしゃい、ザカリー様、エステル嬢様。おお、シルフェ様もようこそお出でなされました」


 俺たちの後ろにいたシルフェ様たちにも気がついて、子供たちも訓練を中断して駆け寄って来る。そして全員が片膝を突いた。


「あらあら、皆さんこんにちは。見学させていただくだけですからね。さあさ、訓練をお続けなさい」

「はいっ」


「ユルヨ爺、見学と、それから一緒に身体を動かしに来ましたよ」

「大歓迎ですぞ、ザカリー様。また、指導してやってくだされ」


 オネルさんは初めてだけど、ジェルさんたちは3年前も経験しているので、それぞれに思い思いの訓練グループのところに行った。

 特にブルーノさんは前回、斥候術などを教え、子供たちに人気があるんだよね。



 エステルちゃんと姉ちゃんは、ハンナちゃんと何やら話している。

 どうやら一昨日の宴会時の続きで、剣術の訓練を一緒にしようということみたいだね。


「ザック、ハンナちゃんとちょっとやっていいかな?」

「ザカリー様、アビゲイル様と試合稽古をしたいんですけど、いいですか?」

「わたしが審判役で見てますから」


 そういう相談だったんだね。


「いいんじゃない。でも、ユルヨ爺にもちゃんと許可を貰ってからだ。あと姉ちゃんは、木剣を借りて、素振りをして身体をほぐすこと」


「わかってるわ。エステルちゃん、一緒にしましょ」

「木剣を借りて来ますよ」

「じゃあ、わたしはユルヨ爺に話してくるわね」


 午前に実質7時間も出掛け、大空を飛行した経験で帰りはへろへろだったのは微塵も見せず、姉ちゃんはいつもの通り元気だった。

 ハンナちゃんもあれから3年経って、見た目はまったく変わらないが中身はずいぶんと大人になったみたいだ。

 この3人なら、剣術のことは大丈夫でしょ。俺はのんびり見学していますかね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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