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第428話 アルさんの宝物庫と姉ちゃん、母さんがいただいたもの

「ここですじゃ」


 甘露のチカラ水が湧き出しているところから暫く歩いた壁際に、大きな横穴が開いていた。

 アルさんは今もドラゴニュートの姿の人間サイズのままだが、本来の姿でも出入りが出来る穴の大きさですな。


 横穴の入口から中を覗いても、奥の方は暗くて良く見えない。そこでアルさんに断りを入れて、天井に灯りを打ち上げる。

 広い通路だ。奥の方は行き止まりになっていて、曲がり角になっているのかな。


「なんだか、ワクワクするわね」

「地下ダンジョンにあるお宝の部屋って、こんな感じかな」


 いや姉ちゃん、地下ダンジョンではなくてアルさんの家なんだけどね。

 母さんもワクワク感を隠しきれないようだ。


「しかし、ドラゴン殿の宝物庫に行くなどとは、冒険者の夢のまた夢でやすよ」

「そうよねー。そんな話って聞いたことないわ」


 元冒険者のブルーノさんとライナさんも興奮を抑えられない。



 曲がり角を曲がると、前方が眩く輝いているのが見えた。

 横穴を入って歩いて来たのは、幅も高さもかなりのアルさんサイズの通路だが、そこは更に天井が高く広さもかなりある大広間だった。

 そして壁からは淡い光が発しているのだが、その広間に置かれている様々な宝物に反射してキラキラと輝いている。


「永久発光の魔導具なんぞもいくつかありますで、そこからも光が出て明るいじゃろ」


 アルさんの言うように、自らが光を放出している物があちらこちらに置かれているようだ。

 しかし、それにしても何とも大量で、それに乱雑に置かれた宝物の数々。


「相変わらず雑に置いてあるわよね。少しぐらい整理整頓しなさい」

「そうは言ってもシルフェさん。わしのそもそもの大きさじゃと、整理するのがひと苦労なんじゃよ」


 なるほどね。長い長い年月を掛けて収集して来たものなのだろうけど、こんなに大量にあると整理するのも大変だろうね。


 それで、うちの皆さんはというと、あまりに大量の宝物が大広間を埋め尽くさんばかりに雑然と置かれている光景を目の当たりにして、呆然と立ち尽くしている。



「1個1個はそれぞれ凄いものなんだろうけど、これだけの量が山のようにあると、何だかガラクタ置き場にも見えるよなぁ」

「わしのコレクションを、酷い言い方ですなぁ、ザックさま」

「でもザックさんの感想は、理解出来るわよアル」


「何がどこにあるのかって、アルさんは把握してるの?」

「わりと印象的な魔導具を中心に、大方はちゃんと憶えておりますでな」

「それで、わたしたちが貰ったものを選べたのね」

「エステルちゃん用のは、直ぐに思い浮かびましたぞ」


 コレクターって、他人が見ても理解出来ない、自分だけの整理方法で記憶しているみたいなことかな。


「ザカリー様はこの光景を見て、なんで普通に話してるのですかな」

「あの子、普通と違うからさ。ねえ、母さん」

「そうね。ものに動じないと言うか、価値観が少し違うと言うか」


「エステルちゃんも、ちょっと似てるよね」

「そうじゃないと、長い間一緒にいられないんですね」

「うちだと、あとはライナだな。こら、ライナ。勝手にいじるんじゃない」


 ようやく我に返ったみんなが何だかヒソヒソ話してるけど、聞こえてますからね。

 ライナさんはひとり、手近にあるものを指で突いたり触ったりしている。



「そうじゃ、せっかくじゃから、アン殿とアビー嬢ちゃんにもお土産に何か差し上げましょうかの」

「えーっ、いいの? やったー」

「そんな、アルさん」


「いいなー、わたしたちはー?」

「わたしらは、もういただいているだろうが」

「そうですよ。奥さまとアビゲイルさまは、まだいただいていないんですから」


 えーとあの、俺も貰ってないんですけど。

 すっかり忘れられているんですけど。

 クロウちゃんだって貰ってるんですけど。カァ。



「よし、アン殿とアビー嬢ちゃんに相応しいものが思い浮かびましたぞ。ちょっと待っていてくだされ。それから、ザックさま」

「はいっ」


「ザックさま。なんで背筋と手を下に伸ばして、良いお返事なんですか」

「はいっ」


 エステルちゃんが俺を見てそんなことを言う。気をつけですよ、気をつけ。


「ザックさまには、わしが選んで何かを差し上げるなど、なかなか出来ん」

「はい?」


「じゃから、ご自分で選んでくだされ。それがどんなものでも、それはザックさまのものじゃて」

「はい」


 アルさんはそう言って、雑然と置かれている宝物の山の中に入って行ってしまった。

 俺に何も渡していないのを、ちゃんと覚えてくれていたんだな。

 だけど、アルさんが選ぶことが出来ないから、自分で選べか。この大量の魔導具の中からですか。


「ザックさん、気を研ぎすませて魔導具たちに語りかけてみたら? 一緒に来たいのは誰? って」


 腕を組んで考え込んでいる俺に、シルフェ様がそう言う。

 魔導具に語りかけるのか。でも魔導具って、それに応えるものなのかな。

 ふーむとまだ俺が考え込んでいるうちに、アルさんが両手に何かを持って出て来た。



「それではこれを、おふたりに差し上げましょうぞ。まず、アビー嬢ちゃんじゃ」


 それはひと振りの両手剣だった。長さはそれ程長いものではない。

 姉ちゃんがそれを両手で受取る。


「これはの、衝撃の剣じゃ」

「衝撃の剣?」

「まあ鞘から抜いてみなされ」


 姉ちゃんが鞘から剣を抜くと、ブレイドははがねよりもやや黒く鈍く光っている。


「どうじゃ、重くはないかの」

「うん、大丈夫みたいだよ」


 姉ちゃんがひと振りふた振り、宙を鋭く斬り裂くように剣を振った。


「アビー嬢ちゃんは、強化剣術の修練をしておるじゃろ」

「うん」

「この剣はの、強化剣術を使う時と同じ要領で剣にキ素力を込めて振ると、斬ると同時にもの凄い衝撃力をその相手に対して解き放つのじゃ」


「と言うことは?」

「大岩でも一撃で断ち、どんなに硬いはがねの盾でも真っ二つじゃ。生き物なんぞは両断じゃな。なにせ、アダマントを鍛えたものじゃからの」


「アダマントですって」

「ひぇー」

「初めて見ましたー」


 母さんやジェルさんたちが驚いているが、アダマントとはミスリルと並んで有名な幻の金属ですな。

 ミスリルほど魔導度合いは高くないが、ミスリルよりも遥かに硬いそうだ。

 なので、火焔を出したり氷を出したりとかは難しいが、膨大な衝撃力をつくり出すらしい。

 まさに、強化剣術を鍛錬しているアビー姉ちゃんに相応しい剣だよね。


 姉ちゃんは思わず片膝を突いて両手に剣を捧げ、感謝の意を表した。


「わたしなどに、勿体ないわ」

「勿体なくはないですぞ。アビー嬢ちゃんはこれから、ザックさまと共に闘うことも増えるじゃろ。その時のためじゃて」

「はい。ありがたくいただきます」



「さて、アン殿じゃな」

「わたしにもいただけるのですね」

「もちろんじゃて。アン殿には、これじゃ」


 それは一見シンプルな木製のじょうに思えた。長さは先端を地に付けると、ちょうど母さんの胸の下ぐらいだ。

 母さんは身長がだいたい170センチぐらいあるので、120から130センチぐらいの長さかな。


 ちなみにこの世界の女性として、母さんは平均よりやや背が高いぐらいだ。

 ここにいる中ではジェルさんがいちばん高く、175センチ以上はある。オネルさんが母さんより少し高いぐらい。ライナさんは母さんとほぼ同じで、エステルちゃんと姉ちゃんはそのふたりより少し低い感じだね。


「これは?」

「これはの、魔法拡大のじょうじゃな」

「魔法拡大のじょう、ですか」

「あら、それは凄いものよ。いいものをいただいたわね、アンさん」


「魔法拡大というと、つまり広い範囲に魔法が広がるという意味ですか?」

「そうじゃそうじゃ。アン殿は回復魔法が得意じゃろ」

「はい」


「この魔法拡大のじょうを持って、回復魔法を広がるイメージで発動させると、アン殿のキ素力の強さならそうじゃな、グリフィニアの街の中ぐらいの広さで全員を治療出来るの」

「な、なんですって」


 母さんは手に持っていたそのじょうを思わず落としそうになって、慌ててしっかりと握りしめた。


「それって、回復魔法だけじゃないのよ。広範囲に広げられる魔法なら何でも有効よね。例えば竜巻に火焔を組み合せれば」

「グリフィニア中に火焔が渦巻くということだよね」

「そうよ、ザックさん」


 これは凄い。広い範囲で効果を及ぼす魔法を発動出来る者がこの魔法拡大のじょうを使えば、世界最高の大魔導士になってしまう。



「それだけじゃないわ。このじょうが何から作られているのか。わたしは、ドリュアさんのとこの樹が出どころと見たわよ。違うかしら、アル」

「おお、シルフェさんならやはり、わかりますかの」


「ドリュアさんのとこの樹?」


 母さんをはじめこの会話を聞いている全員が、直ぐに思い当たらなくて何のことだろうと首を傾げている。

 俺はそれ知ってますよ。


「世界樹ですか」

「そうじゃ、その通りじゃて。さすがはザックさまじゃ」


 ドリュアさんとは真性の樹の精霊。精霊族のエルフが始祖と崇める精霊で、天と地を繋ぐという世界樹を守護されているお方だ。

 その世界樹の枝から、この魔法拡大のじょうが作られたのだという。

 なんとも凄い魔導具をいただきましたね、母さん。


 その母さんはじょうを両手で強く握り締めたまま、わなわなと震えている。

 エステルちゃんが慌てて母さんに駆け寄り、固く握られた手に自分の手を添えて、気分を落ち着かせる優しい回復魔法を掛けてあげていた。



「こんなとんでもないものを、わたしがいただいて良いのでしょうか」

「良いて良いて。アン殿はザックさまの母上であるばかりか、現在の人間界で最高の回復魔法使いじゃからな。このじょうで多くの生命いのちが救えるなら、ここに眠らせて置くよりもよっぽど良いと、わしは思ったのじゃ」


 アルさんの言葉を聞いて、母さんの両目からは涙が溢れていた。

 その涙がひと滴、ぽとりと両手で持つ魔法拡大のじょうに落ちると、なんだかじょうの全体が微かに光を帯びたように感じた。


 そして、その基になっている世界樹が母さんに、これからあなたとたくさんの生命いのちを救いましょうね、と言っているように俺には思えるのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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