第424話 シルフェ様たちの到着
その日、朝食を早めにいただいた俺たちは、里長屋敷で待機する。
ティモさんとアルポさん、エルノさんも早くからやって来ている。
ティモさんにはせっかくの久し振りの実家なのに、ゆっくりさせてあげられなくてなんだか申し訳ないよね。
「いえ、大丈夫です。うちの爺さん婆さんも、ひとときでもお側にいろと言いますし」
「まあ、ザカリー様の配下であるわれらには、それが務めだでな」
「そうですぞ、ザカリー様よ。それにティモは側近だで、いつでもお側におらんといかん。のう、里長よ」
「だいたいおんしらは、ザック様のお側じゃから、わしらに先んじてシルフェ様にお会い出来ておるのじゃろう。なんとも羨ましい話じゃ」
「なんなら、里長も王都屋敷に来るか」
「そうよ。そしたら、もっと吃驚することもあるかも知れんぞ」
「アルポさん、エルノさん」
「おおっとティモ、そうじゃな。主が秘することは、迂闊に喋らんのがファータの掟よの」
「ふーむ、おんしらは。まあええて。ザック様はわしの孫じゃから、孫のところに遊びに行くのは、爺の楽しみにしておこうぞ」
なんだか危ない会話になっているが、エーリッキ爺ちゃんは里を離れて遠出するとか出来るのかな。
そうこうしているうちに、案の定、念話が飛び込んで来た。
「(ザックさん、エステル。ザックさん、エステル。聞こえますかー、聞こえてますかー)」
シルフェ様だ。まだちょっと遠いのかな。念話の出力が弱いが、いまどこにいるのだろう。
俺は、大囲炉裏の向うでカーリ婆ちゃんや母さんたちと話しているエステルちゃんの顔を見る。
エステルちゃんもこちらを見て頷いた。
「(聞こえますよ、シルフェ様)」
「(お姉ちゃん、聞こえてますよー。いまどこですかー?)」
「(通じたわねー。いま、霧の外側でいったん降りたところよ)」
いったん降りた? 風になって、じゃなくて降りたということは、やっぱり。
「(えーと、いらしてるのは、あとはシフォニナさんと)」
「(シフォニナと、アルに乗せて貰って来たのよ)」
ああ、やっぱりそうですね。
エステルちゃんも、大囲炉裏の向うから俺の顔を見て苦笑している。
「(そうしたら、ファータの里の入口ってわかりますか? 背の高い丸太が2本、道の両脇に立っているところですけど)」
「(里の入口? シフォニナさん、わかる?)」
「(ええ、なんとなくわかりますよ。霧を通り抜けて直ぐに、丸太が2本立っているところですよね)」
シフォニナさんがいてくれて本当に助かる。
「(僕らと、里長のご一家で迎えに行きますから、まずはそこまで来ていただけますか)」
「(わかりましたザックさま。それでは、そこに向かいますわ。では、おひいさま、アルさん、行きますよ)」
「(りょーかい)」
「(ザックさま、エステルちゃん、行きますぞー)」
シルフェ様とアルさんが上機嫌だ。
人外の方が上機嫌だと、逆に何を仕出かすか分かったものではないが、まあ大人の態度と行動を保っていてくれることを願うしかないな。
特にシルフェ様は、自分の子孫というか眷属というか、その一族の里に顕現する訳だし。
それからティモさんが直ぐに、別の家で待機している長老衆のところに走り、シルフェ様の到着を報せて里の人たちを広場に集めておいて貰う。
俺たちもそれでは、里の入口まで行きましょうか。
どうやらこちらの方が先に着いたようなので、暫し待つ。俺は念のため、探査と空間検知を発動させて、あの人たちが変な方向に行っていないかを見る。
精霊と上位ドラゴンなので、まずそんなことはないのだけどね。
すると、霧の中をゆっくりとこちらに進んで来るお三方が探知された。
ちなみに俺の探査は、体内のキ素と同時に存在そのものみたいなのを感知するので、この3人の場合は普通の人間とは違って探るとやたら眩しくて、直ぐに切りましたけどね。
それでこの場にいる皆を待たせておいて、エステルちゃんとクロウちゃんとで先に霧の中に迎えに行く。
風の精霊のドレス姿のシルフェ様とシフォニナさん、それからドラゴニュートの執事姿のアルさんが見えて来た。
「やあ、いらっしゃい。と言うか、僕がいらっしゃいと言うのも何ですけど」
「いらっしゃい、お姉ちゃん、シフォニナさん、アルさん」
「ふふふ、来ちゃったわ。あなたたちも無事に里に来られて良かったわね」
「僕らの到着を、アルさんが知らせたんでしょ」
「おお、ザックさまは良くご存知よの。ねぐらにおったら、ザックさまたちが近づいて来たのがわかったので、シルフェ様のところに知らせに行ったのじゃて」
「それでおひいさまが、直ぐに行くと言うものですから、せめて1日は間を置きましょうって止めたんですよ」
「だってシフォニナさん、ザックさんたちが里に到着した時に、わたしたちも一緒だったら面白いじゃない」
「お姉ちゃんたら」
ほらね。それは面白いというよりも、いきなり大混乱を引き起こすでしょうが。
シフォニナさんがいてくれてホントに助かりますよ。側近て大切だよね。
「それでです。いちおう、これからの段取りを話しておきますよ。あまり、霧の中で話している訳には行きませんから、簡単に」
簡潔にこれからの予定を説明する。お三方は大人しく、ふんふんと聞いてくれた。
「でもちょっと、面倒くさいわよね」
「ダメですよ、おひいさま。ザックさまとエステルさまが、せっかく段取りをしていただいたのですから。それにおひいさまは、何百年もおおやけにこの里に姿を現していないのですし」
「時たまこっそり、見に来たけどね」
やっぱり、こっそりと見に来てはいるんだ。ユリアナさんの夢に現れたというのも、ぜったいに本人が姿を現してるよな。
「まあ、わかったわ。行きましょエステル」とシルフェ様は、エステルちゃんと手を繋いでスタスタ歩き始める。クロウちゃんはシフォニナさんに抱いて貰ってるのね。カァ。
霧の中を少し歩いて行くと、向うに待っている人たちが見えて来た。
特にエーリッキ爺ちゃんたちは落ち着かない様子でこちらの方向を見ていたが、霧の中から俺たちが姿を現すと慌てて走り出そうとして躊躇い、そしてその場で片膝を突いて頭を下げて畏まった。
母さんたちもうちの皆を促して、いちおうそれに倣っている。こういう時に、その場の雰囲気に合わせるのはさすが母さんだ。
「シ、シルフェ様であらせられますでしょうか。こ、この度は、里にお出ましを賜りまして、誠に恐悦至極、も、勿体ない限りでございます」
「あら、堅苦しい挨拶はいいのよ。顔をお上げなさい。皆さんもね。わたしがシルフェ。皆にこうしてお会い出来て、とても嬉しいわ」
シルフェ様の言葉に、特に初めてお会いするエーリッキ爺ちゃんたちが恐る恐る顔を上げる。
そして、まだエステルちゃんと手を繋いで並んで目の前に立っているシルフェ様の姿を見て、一様に「おぉー」と声を上げた。
エステルちゃんは凄く困った様子だけど、シルフェ様が一向に手を離さないんだよね。
それでふたりが並ぶと、本当に双子のように皆には見えている筈だ。
俺はもう慣れているから直ぐに見分けがつくけど、この薄く霧が漂う中だと、服装や髪型以外はまったく違いが分からないんじゃないかな。
「あなたがエーリッキさんね。里長のお役目、ご苦労さま。それで隣はカーリさん。それからエルメルさんとユリアナさんね。あらミルカさん、いろいろお疲れさま」
「ああ、わしらの名前をご承知で……。なんとも畏れ多いことで」
種を明かせば、ときたまこの里を覗きに来ているらしいですから、それで知ってるんですよ、とは言えない。
あとはたぶん、シフォニナさんが里長一家のことをちゃんと把握していて、事前レクチャーとかしたんじゃないかな。
偉い人に付いている側近次第で、こういうところに違いが出るものです。
「アンさん、お久し振り。アビーちゃんも良く来たわね。それから、ジェルちゃんたちもご苦労さま」
うちの母さんたちにも、ちゃんと声を掛ける。俺がこれまでに会った人外の方たちの中でも、こういったそつのなさがシルフェ様らしい。
「そろそろ里の中に行きましょうか。さあ皆さん、まずはお立ちください」
「そうねザックさん。さあさ、お立ちなさい」
それで全員が立ち上がる。うちの連中は普通にすくっと立ったが、やはりエーリッキ爺ちゃんたちは恐る恐るという感じだ。
「そうそう、ご紹介しておくわね。このひとがシフォニナさんで、こっちはアルね」
シフォニナさんが同じ風の精霊さんというは直ぐに分かっただろうけど、初めてアルさんと会う人たちは、みんな頭の上に?を浮かべているようだ。
「ああ、シフォニナさんは、シルフェ様の最もお側にいる方です。それからアルさんは、えーと」
「わしは、シルフェさんの友人で、ザックさまの配下で、エステルちゃんの執事じゃ」
もう、初対面の人を混乱させるような自己紹介は、しないでください。
「あの、それは……。ザック様、どういうお方なのじゃ。見た感じは、竜人族のようじゃが」と、エーリッキ爺ちゃんが聞いて来る。
「あはは。えーと、竜人族の姿ですが、これは仮の姿で。まあ、シルフェ様と同じような立場なんですけど、僕とエステルちゃんの友人でして」
「まあ、アンさんたちも知ってるから、いいじゃない。アルはドラゴン族、上位のブラックドラゴンで、これでもお偉いさんよ。今は竜人の姿に変化しているの。でも、本人が言っていることはホントよね」
それで、エーリッキ爺ちゃんたちは揃って腰を抜かしそうになった。
それを辛うじて押し止めたのは、さすがにファータの里長一家だと言っていい。
ミルカさんは苦笑し、アビー姉ちゃんやライナさんなどは笑いを堪えている。
取りあえずアルさんの正体は、この場だけで留めておきませんか。
それからようやく、俺たちはシルフェ様たちを案内して広場へと向かった。
里の全員が今日も広場に集まっているので、途中、里の中は人っ子ひとりいない。
広場が近づいて、ティモさんとアルポさん、エルノさんが先触れで走って行った。
やがて広場の入口に着く。
中央に通り道が空けられ、その左右に里の人たち全員が片膝を突き頭を下げている。
エーリッキ爺ちゃんとエルメルさんがシルフェ様たちお三方を先導し、俺たちはその後ろを付いて行く。
しかし、シルフェ様は広場に近づいた時からまたエステルちゃんと手を繋いでいるので、このふたりは並んで歩いている。
何かシルフェ様に考えがあるのかな。それとも何も考えていないのか。精霊様の場合は人間的な思惑などとは無縁なので、そこのところは良く分からない。
広場には急遽、ステージのようなものが設えてあった。
おそらく皆にシルフェ様が良く見えるように、早朝から頑張って用意したんだね。
ステージ上には最長老のユルヨ爺がひとり立っていて、到着した皆を壇上に上げる。
そのユルヨ爺は、お三方とエステルちゃんを見て一瞬はっとした表情になったが、直ぐに冷静さを取り戻してそれぞれが立って貰う場所を示し、ステージ上の下手の隅に移動した。
「皆の者、頭を上げよ」
ユルヨ爺の大音声が広場に響く。
「ははっ」と全員が一斉に顔を上げる。そしてステージ中央に立つシルフェ様、そしてまだ手を繋いで並んで立つエステルちゃんを、畏れと驚愕の表情で見る。
シルフェ様の脇にはシフォニナさんとアルさんが立ち、エステルちゃんの隣には俺が立たされていた。
「おおーっ」と、広場にいる200人ほどの里の人たちから声が上がる。
すると、双子のように同じ姿で手を繋ぐシルフェ様とエステルちゃんが淡く光り出した。そして甘く優しい香りの風が、ゆるやかに流れ出して広場の中に広がって行く。
これって、初めてシルフェ様の妖精の森に行った時と同じ光景だよね。
広場の全員はそれを見て、そして心地よい風に包まれながら自然と静かに頭を垂れた。
こういう演出か。いや、演出ではないのだろうな。
それは真性の風の精霊と、その末裔の一族たる精霊族ファータをあらためて結びつける、言ってみれば精霊様の御業なのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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