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第423話 ファータの里にも突風来訪の報せ

 エステルちゃんに送られて来た風の便り、つまり風に乗せられて来た手紙にはこのように書かれていた。


「この手紙を読んでいるということは、ファータの里にちゃんと届いてるわよね。あなたとザックさんも無事に帰省出来てるわね。

 それで明日、そちらに遊びに行こうと思うのだけれど、いいかしら。あなたのお爺さまにそう伝えておいてね。

 エステルへ。シルフェより」


 ふーむ。簡潔な内容だが、これはファータの里にとっては一大事と言って良いのではないだろうか。

 ファータ側の都合や反応に単に無頓着なのか、それとも起きるであろうことも踏まえた精霊様ならではの行動なのだろうか。



「これは……」

「どうしますぅ、ザックさまぁ」

「カァカァ」


 エステルちゃんの部屋で腕を組んで考えている俺に、エステルちゃんとクロウちゃんが不安そうに尋ねる。

 あ、ちなみにクロウちゃんは「どうするの? これは大騒ぎになるよ」と言っています。


「こちらからシルフェ様に何かを伝える手段は、いまのところクロウちゃんに飛んで貰うしかないし。と言って、来ちゃダメです、とも伝えられないしなぁ……」

「お姉ちゃんなら、なんでダメなの? そもそも、わたしの子孫の里でしょ。とか言いそうですぅ。騒ぎになるからダメと言っても、絶対に来ちゃいますぅ」


 暫し3人で考えたが結局は何も思い浮かばず、エーリッキ爺ちゃんに正直に話すことにした。

 だって、ちょっと知り合いが来るんですけど、と言っても、人間だとおいそれと入って来られる里ではないし、シルフェ様なら普通に風に乗って飛んで来ちゃうし。


 とは言え、どう話すかもあるので、エーリッキ爺ちゃんに話す前にミルカさんと相談しよう。

 それで、うちの母さんたちを案内して里の中を巡っている筈のミルカさんを、クロウちゃんに呼んで来て貰うことにした。



 俺とエステルちゃんは里長さとおさ屋敷の広い庭に出て、素朴に設えられた東屋あずまやでミルカさんを待つ。

 程なくしてクロウちゃんが空から舞い降り、ミルカさんが小走りでやって来た。


「どうされましたか? 何か問題でも?」

「あ、ミルカさん。すみません急に呼んじゃって。まあこちらに座ってください」

「叔父さん、ちょっと問題が」


「なんですか。何だか嫌な予感がするなぁ」

「ザックさま」

「あのですね。先ほど、エステルちゃんに手紙が来まして」

「手紙、ですか? グリフィニアから? いや、それならザカリー様か奥様に来るか。それに今日は、里の外からの荷物の便は来てないし」


「えーと、風に乗って来まして」

「風に乗って……。あっ」

「そうなんです」


 さすが勘の良いミルカさんは、思い当たったようだ。


「それでですね。明日、こちらに来られるそうなんです」

「…………。えっ、えぇー!」


「夏休みに入る時に、僕らが里に行くかも知れないと言ったら、どうも怪しい反応をしてたんですよね。具体的な日程はもちろん、グリフィニアに帰ってから決めたので知らない筈なんだけど。そこはほら、精霊様だから」

「きっとアルさんですよ。アルさんなら、わたしとザックさまの気配がわかりますぅ」


「え? どうして、アル殿が?」

「いやー、これは誰にも言ってない秘密なんだけど、ミルカさんならいいか。いいですか、まだ誰にも話してはいけませんよ」

「はい、それは」


「アルさんの棲む場所って、この里から近いというか遠いというか、直ぐに行けるところなんですよ」

「えぇーっ!」


 実際には、里の直ぐ側にある境界の洞穴から時空が歪んで繋がっていて、行くのはもの凄く近いが実際の距離は遠い。

 しかし、その時空の歪みを通じて、アルさんには里に到着した俺とエステルちゃんの気配が分かった筈だ。


 おそらく昨日に到着したのを知って、直ぐにシルフェ様の妖精の森に行ったのじゃないかな。

 とすれば、当然ながら明日はアルさんも一緒に来るということだ。



「で、で、どうするんですか、ザカリー様」

「それをミルカさんと相談しようと思って」

「はあ」


 ミルカさんは、いきなり降って湧いたこの難問を聞いて、暫く考え込んでいた。

 おそらく、シルフェ様の正体を隠すことはこの里では不可能で、当然に起こる大騒ぎを予想しているのだろう。


 と言うのも、風の精霊の末裔である精霊族のファータは、言われなくても真性の風の精霊様が近くに現れたら、理屈は度外視でその存在を理解しちゃうからね。

 昨年に、王都屋敷で初めてシルフェ様と会った時のミルカさんたちの様子を、俺は思い出した。


「これは、もうお迎えするしか無いですね」

「まあ、そうだよね」

「お姉ちゃんなら、こっちが何をしても普通に来ちゃいますぅ」


「まずは里長さとおさに話をして、それから里を挙げてお迎えする準備をいたしましょう」

「やっぱり、そうなっちゃうよね」

「どう考えても、そうなりますね」


 王都屋敷でみたいに、「来たわよ」「それじゃごゆっくり」という感じにはなりませんよね。

 それでミルカさんを伴って、エーリッキ爺ちゃんに話をしに行くことにした。



 どこから話をして良いのか、とても難しかったが、ともかくもエステルちゃんと俺がシルフェ様とお会いして、それから王都屋敷にも来られてうちの連中と、ミルカさんはじめティモさん、アルポさんとエルノさんは既にお会いしていること。

 アン母さんたちグリフィニアの主立った者もお会いしているが、騒ぎになるのを鑑みてファータには当面は内緒にするとしていたことなどを、正直に話した。


 エーリッキ爺ちゃんとカーリ婆ちゃんを前にして、そんなあらましを話す。

 爺ちゃんは驚きのあまり、椅子から転げ落ちそうになっていた。


「お、お前らは、シ、シルフェ様にお会いしておったのか。それを、いまの今まで、黙っておってからにぃ」

「まあまあ、里長さとおさ、落ち着いて」


「エルメルとユリアナは知っておるのか」

「いや、兄さんたちにもまだ内緒で。ことは、グリフィン子爵家最大級の秘匿事項でもあるので」

「そ、そうか。確かにこれは、グリフィン子爵家が最大級に秘匿すべきことと言える」


 ミルカさんは、わざと大袈裟に言っているんだな。まあでも、そう言われるとそうなのか。


「エーリッキ爺ちゃん。これまで秘密にしていたのは、本当に申し訳ありませんでした。しかし、シルフェ様も当面は里には内緒にせよとの仰せでしたし、しかるべき時にはお話しようと思っていたのですけど」

「そうか」


「それで今回、シルフェ様から里に来られるとのご意向があったということは、そろそろ里の皆さんにも、明かして良いということではないかと」

「そうか、そうか」


 ようやくエーリッキ爺ちゃんも落ち着いて来た。一方で、一緒に話を聞いているカーリ婆ちゃんの方が幾分は冷静なようだ。


「それで、ザックさん。その、畏れながらシルフェ様は、明日にはこちらに来られという話ですよね。いつ頃とかは分かるのかい? お迎えもせねばならんでしょ」

「ああ、そうですね」

「お姉ちゃんなら、きっと早くに来ます。たぶん午前中に、風に乗って現れますぅ」


「お姉ちゃん??」

「あ、えーとですね、エステルちゃんは、シルフェ様から妹に認定されてまして。それで僕が義弟おとうとで……」


「エステルが、シルフェ様の妹じゃとぉー」

「はい。明日お姿を見れば直ぐにわかります。まあ、姉妹と言うか、双子と言うか」

「ふーむ」



 それからはちょっと大変だった。

 エルメルさんとユリアナさんにも話をしなければならないということで、母さんたちも含めて呼び戻され、このおふたりにも改めて話をする。

 当然にふたりともひっくり返るように驚き、いろいろ話をしてなんとか理解が出来たようだった。


 そして次に、里の長老衆が屋敷に招集された。

 こちらでも大騒ぎになったのは予想通りだ。集まった全員がようやく事態を腹に収めることが出来たのはもう夕方で、そこから明日のお出迎えに向けた議論になる。


 長老衆との話し合いには俺とエステルちゃんがもちろん加わり、母さんやアビー姉ちゃん、ティモさんを加えたジェルさんたちレイヴンや、アルポさんとエルノさんの王都屋敷メンバーも後ろで傍聴した。


「また、これは大騒ぎになりそうですな」

「そうね。なにしろファータの始祖のご来訪だから」

「明日もきっと宴会よねー」

「冗談で口を挟む雰囲気じゃないですよ、ライナ姉さん」


 母さんやうちのお姉さん方もひそひそ話をしているが、ファータの皆さんにすれば、これは里が始まって以来の大ごとですよね。



 まずは誰がどこでどうお迎えするかで、話し合いが沸騰した。

 そもそも俺たち以外、シルフェ様がどんなかたちで現れるのか分からないということもある。


 霧の外まで出て出迎えるべきだという意見があったり、いや、精霊様なら霧は越えて来るだろうから、里の入口で里の者全員が出迎えようという意見が出たり。

 しかし、いついらっしゃるのか分からない状態で、里の入口に全員が待機しているというのもどうなのだろうとかね。

 あと、風の精霊様なのだから、いきなり里の中に現れるのではないかという意見もあった。


 シルフェ様は意外と律儀でシフォニナさんも一緒だろうから、おそらくちゃんと里の入口に現れると思うんだよね。王都屋敷でも初めはちゃんと門前に現れたし。

 それにたぶん、事前に念話で連絡があるんじゃないかな。念話のことはこの場で具体的に言えないけど。


「我らであーだこーだ話していても、一向に埒が明き申さん。ここは、ザカリー様の下知に従うべきである。どうかな、里長さとおさ


 長老衆の皆が口々に意見を述べているのを聞いていた最長老のユルヨ爺が、大音声だいおんじょうでそう一喝した。

 それでさすがに全員が口を噤み、俺とエステルちゃんの方を見る。


「そうじゃな。ユルヨ爺の申す通りじゃ。今回の、畏れながらシルフェ様のご来訪は、エステルに届いた報せであり、ザック様とエステルがシルフェ様のことをいちばん良く知っておる。いかがですかな、ザック様」



「そうですね。まず、シルフェ様はおそらく、シフォニナさんという側近の方といらっしゃると思います。あと、もしかしたらもうひとり」


「あ、アルさん来るよね、きっと」

「そうよねー。来ない訳ないわよー」


 姉ちゃんとライナさんは、静かにしていてくださいね。


「それから、お話ししておきますが、シルフェ様は朝が早く、その代わりに夜には大変弱いお方です。ですので、来られるのはおそらく午前中のわりと早い時刻。それで、何故かは言えませんが、近くに来られたら僕とエステルちゃんにはわかりますので」


「おお、そうなのですな」

「さすがはザカリー様とエステル嬢様じゃて」


「なので、シルフェ様たちには里の入口にいらしていただきます。里を囲む霧は、そもそもシルフェ様が元なので問題ありません。それでお出迎えですが、そうですねぇ」


 少し考えたが、まずは俺が会っておかないとだよな。


「まずは、僕とエステルちゃん、それから里長さとおさのご一家と、既にお会いしたことのある面々でお出迎えすることにします。それで広場にご案内します。里の皆さんは全員、広場で待機していてください。そこでご挨拶をしましょう。これでよろしいですか?」


 あとの段取りは、その後、いったん里長さとおさ屋敷でお休みいただいて、昼食を兼ねての宴席を広場に設けるということで決まった。

 1日置いてまた宴会ですね。ただし、今回は長引くことはないだろう。



 そういうことで明日は何が起きるのか。

 いや、シルフェ様がファータの里に来るだけで充分に吃驚なので、それ以上は何も起きなくていいんだけど、とにかく無事にお迎えすることにしましょうね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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