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第422話 宴会から一夜明け、のんびり出来るのでしょうか

 ファータの里に到着したその日の宴会は、午後遅くから始まり夜遅くまで続いた。

 俺たちが座る大テーブルには、里の皆さんが次々に来る。


 この宴会には、いま現在里にいる人たちが全員参加しているから、子供たちも合わせると200人ぐらいになるんじゃないかな。

 もちろん、ほとんどは仕事をリタイアした爺さん婆さんなのだけど、ごく僅かに里帰りしている現役の人たちも混ざっている。


 エステルちゃんの幼馴染で同い歳のハンナちゃんもそのひとりで、3年前にも会っていて俺と剣の試合稽古をしたりしたよね。

 もちろん見た目は、ファータ人なのでまったく変わっていない。


「へぇー、ザックさま、ずいぶんと大人びて来ましたよね」

「そうですよ。もうすぐわたしに追いついて、追い越しますぅ」

「エステルちゃん、それちょっと違う気がするんだけど」

「ぜんぜん違わないよ」


 まあ、見た感じの話だよね。魂年齢的には初めっから追い越してますから。


「アビー姉さま、ハンナちゃんは魔法はいまいちだけど、剣が凄く強いのよ。前回来た時には、ザックさまと試合稽古をしたよね」

「そうなんだね。これはお手合わせを願いたいかな」


「魔法はいまいちって何よ。でも、ザックさまには手も足も出なかったわ。アビゲイルさまは、王立学院では有名でいらっしゃるわよね」

「ハンナちゃんは、さすがに良く知ってるね。そうそう、姉ちゃんも魔法はぜんぜんだけど、剣一筋の女ですよ」

「剣一筋の女って、なによザック」


 これはまた、試合稽古をしたいって願い出てくるのかな。

 姉ちゃんは、剣術の話をしようってハンナちゃんに連れて行かれた。



 あと、ティモさんのお爺さんとお婆さんもティモさんを伴ってやって来た。

 うちの調査探索部員としてグリフィン子爵家の仕事を受けている一員な訳だけど、ティモさんの場合は俺とエステルちゃんの専属担当だからね。


「ザカリーさま、エステル嬢さま、いつもティモに目をかけていただいて、ほんにありがたいことで」

「いえいえ、世話になってるのはこっちですよ。いつも助けて貰っています」

「ティモは里ん中じゃ、いちばんの弱虫で大人しい子だで、ビシビシ鍛えてくだされ」

「爺ちゃん」


 決して弱虫とかじゃなくて、とても勇敢だと思うんだけどな。あ、でもうちのお姉さん方といる時は、確かに大人しい子というのは分かるよね。

 3人はジェルさんたちの方にも行って、ひとりひとりに声を掛けている。

 その様子を見ていると、そのうちにライナさんがティモさん一家と一緒に彼らの席に行っちゃいましたね。


 それからは、アルポさんとエルノさんが来て、ジェルさんとオネルさん、ブルーノさんを引っ張って、爺さん婆さんたちが集まって盛り上がっている方に連れて行ってしまった。

 前回の時もしたたか飲まされていたけど、大丈夫だろうか。



 およそ200人もの里の人たちと少しずつだけど話をして、夜もだいぶ更けて来た。

 アン母さんは仲の良いユリアナさんとエルメルさん、そしてエーリッキ爺ちゃんやカーリ婆ちゃん、ミルカさんと楽しそうに話しながら飲んでいる。


 最後に俺とエステルちゃんのところに来たのは、ユルヨ爺だった。


「ユルヨ爺、久し振りですぅ」

「エステル、いやエステル嬢様、良かったな。幸せそうだ」

「うん。とっても幸せだよ」


「ザカリー様、お前様はますます強くなられたようだ」

「いや、それほどでもないですよ。まだまだです」

「それでまだまだだったら、お前様はどこまで行かれてしまうのか。エステル嬢様は、しっかり付いていかんとだな」


「大丈夫だよ、ユルヨ爺。ザックさまとは一緒に歩いて行くって、ふたりで決めてるから」

「はっはっは。これは爺がいらんことを言ってしもうたわい。まあ、エステルと、それからファータのことを頼みますよ、ザカリー様」


 ファータの里の最長老で最高の武人とされるユルヨ爺から、ファータのことも頼まれてしまった。

 ここが自分の里だと思うのなら、支えてくれるファータの人たちに行動でちゃんと返さないとだよね。


 ミルカさんがいつの間にか側に来ていて、「そろそろ、屋敷にお戻りいただいても大丈夫ですよ。私どもも帰りますので」と言いに来てくれた。


「姉ちゃんはどこだろ。あと、うちの連中はあそこだな」

「アビゲイル様にも声を掛けて来ます。ジェルさんたちはティモに送らせますよ」


 それで姉ちゃんも戻って来たので、広場の皆さんに手を振って里長さとおさ屋敷に引揚げることにした。

 宴会はまだまだ続くのだろうね。まあ明日は特に予定が無いので、ジェルさんたちもほど良いところで引揚げて来ればいいですよ。




 翌日、昨晩は遅くまで宴会が続いていたので、今日の午前中は屋敷でゆっくりして午後から母さんと姉ちゃんは、ユリアナさんとエルメルさんに里の中を案内して貰うそうだ。

 ジェルさんたちもそれに付いて行く。

 このファータの里では護衛の必要が無いので、母さんたちと同じく里が初めてのオネルさんに付き合うって感じですかね。


 それで、俺とエステルちゃんはどうしようか。

 今日はまあ、1日この屋敷で過ごしていてもいいよね。エステルちゃんも3年振りの実家だし。

 そんな話を彼女として、午後もこの里長さとおさ屋敷にいることにした。

 クロウちゃんは昨晩食べ過ぎたとかで、ごろごろしている。消化のために少し飛んだ方がいいんじゃないの? 別に太る訳じゃないから、ごろごろでいいんですか。カァ。


「ザック様は、出かけんで良いのか?」

「居心地の良いこの屋敷を、堪能しています」


「この人、予定が何も無くなると、クロウちゃんとふたりで、いつもこんな感じなのよ、お爺ちゃん。別に怠け者という訳じゃないのだけど」


「オンとオフを、はっきりさせたい方でして」

「ん、なんじゃ? おんとおふ?」

「あ、いえ、たいしたことじゃないです」



「ところで、近頃のリガニア地方の様子はどうですか?」

「おお、リガニア紛争か。そうじゃの、近年は膠着状態が続いているというのは、ザック様も聞いておるかな」


「はい、時折、ミルカさんからは聞いています。長期戦になっているようですね」

「まあ、そういうことじゃな。目立った戦いは起こってはおらん。ただ、都市同盟とボドツ公国との交易は、ほとんど途絶えた。なので、北部の都市は大変じゃな」


 この春にエルメルさんとユリアナさんが王都に来た折りに、ミルカさんも交えてその話は聞いていた。

 従来、リガニア都市同盟の各都市は、ボドツ公国を経由した北方帝国と、そしてセルティア王国の貴族領との両方を相手にした交易で、バランスを取りながら経済が廻っていたんだよね。


 それが、都市同盟の都市を無理矢理併合しようとしたボドツ公国との紛争のお陰で、北との交易が途絶えて現在はセルティア側との交易に頼っている。

 この里にも近い南部都市ヴィリルムは、セルティア側との交易拠点だからまだ良いのだが、中心都市のタリニアなど北部の都市や小規模都市は、徐々に疲弊して来ているとも聞いている。


「どこかのタイミングで、ボドツ公国が武力で攻勢に出る危険性はないですか」

「そうさな。あと2年か3年か。それぞれの都市で雇っておる傭兵なんぞが、雇えなくなって来たら危ないの」


 ああ、傭兵か。リガニアの各都市は言ってみれば共和制の都市で、だいたいが評議員の合議で運営されている。

 それでどこも、通常は都市の治安を維持する警備兵程度が常備兵力で、あと武力を持つのは冒険者ぐらいのものだ。

 それがこの紛争によって、どこの都市も傭兵を雇わざるを得ない状況が続いているんだね。


 しかし、傭兵を一定数雇い続けるにはお金がいる。それに、得てして治安も悪くなる。

 ナイアの森で砦を構え、慈悲無き狼とかいう名前を名乗って王都圏を荒らしていた盗賊団も傭兵崩れで、リガニアのどこかの都市に雇われていたんだよな。

 それで素行が悪く、盗みや殺人を働いたことから追い出されて、王都圏に流れ着いたという訳だ。


 すべてがそうでは無いだろうけど、そんな傭兵どももいるし、そもそもいつ戦いがあるか分からない状況で何年も雇い続けているのも大変だ。

 都市が経済的に疲弊し、戦いが無くて鬱憤が溜まった傭兵を雇い続けている訳にもいかなくなり、契約が切れて手放す状況が出て来る頃が危ないということか。


 俺はエーリッキ爺ちゃんに、この春、ナイアの森でそんな傭兵崩れの盗賊団を始末した話をしようとも思ったが、結局は止めておいた。

 どうしてそういう顛末になったのか、精霊さん絡みのことも話さざるを得なくなっちゃうからね。



「あと、2、3年か。その時点で都市同盟が疲弊していて、戦力が相当落ちているとすると、下手したらぜんぶ、飲み込まれちゃいそうですよね」

「そうじゃな。その危険性は充分にあり得る」


「そうすると、ここもボドツ公国というか、後ろにいる北方帝国の勢力圏の直ぐ近くになっちゃいますよね」

「そうなのじゃ。我らはそれをいちばん危惧しておる。もしも仮に、この隠れ里まで北方帝国の手が及ぶようなことがあったら」


「どうするんですか?」

「そのときは、闘うか、逃げるかじゃの。ファッハッハ」


 エーリッキ爺ちゃんは可笑しそうに笑っているが、もし闘うことになったら、それは壮絶なものになるだろう。

 もちろん俺は黙ってはいないし、長年の友誼を持ち親戚にまでなったグリフィン子爵家だって見過ごしている訳にはいかない。


「里ごと逃げるっていう手もあるんですか?」

「まあ、まったく無い訳ではないの。ユリアナの実家の里もあるしの」


 あ、そうか。ユリアナさんと、それからカート爺ちゃんに付いて貰っているセリヤさんの姉妹は、別のファータの里が実家なんだよね。


「しかし、里ごと逃げると言うのは、誰も賛成せんじゃろうな」

「でしょうね」

「つまり、そうなったら、ファータを挙げての全面戦争じゃ」

「もちろん僕と、それからグリフィン子爵家も闘いますよ」


「おお、それは心強い。と言うか、ザック様が参戦したら、勝利は確定じゃ。ファッハッハ」

「そんな。ひとつの国相手になんか、闘ったこと無いんですよ、僕は」


「じゃが、そうならんように動かんといかんな。そのためには、セルティア王国の存在が鍵にはなると思うがの」


 要するに、北方帝国がかつての15年戦争のようにセルティア王国と直接対峙してまで、リガニア都市同盟を潰しに来るのかということだ。

 あちらの帝国も15年戦争ではだいぶ疲弊したと聞いているが、現在の皇帝の誰だかの野心に掛かっているということだろうか。

 あとは王国側に、対峙する勇気があるかどうかだよね。



「なにをふたりで、物騒な話で盛り上がってるんです?」

「いやなに、軽い世間話じゃよ。のう、ザック様」


 カーリ婆ちゃんがお茶とお菓子を持って来てくれた。


「エステルちゃんは何してます?」

「エステル? そう言えばさっきまで一緒にいたんだけど、なんだか慌てて自分の部屋に行ったわね」


 そうなんだ。どうしたんだろう。何かあったのかな?

 そのとき、エステルちゃんから慌てた声というか、慌てた念話が飛び込んで来た。

 居眠りしていたクロウちゃんも、その念話でビクンと目を覚ましている。


「(大変ですぅ、ザックさまぁ)」

「(大変て、何かあったの?)」

「(お手紙、お手紙、風の便りが、お姉ちゃんからぁ)」

「(シルフェ様から?)」

「(すぐすぐ、来てくださいー)」


 どうしたんだろ。シルフェ様から風便りとは、なんだか危ない香りがして来る。


「ちょっと、部屋に様子を見に行って来ます」

「あなたたちは本当に仲がいいのね。行ってあげてくださいな」

「自分の嫁の部屋じゃて、遠慮することはないぞ」


 今回はうちから来訪した人数が多いから、俺とクロウちゃんはエステルちゃんの部屋に泊まっておる訳ですよ。でもまだ、正式には嫁じゃないですよ。

 田舎のお年寄りとかって、直ぐに一緒にお風呂に入りなさいとか、そんなこと言ったりするよね。


 て言うか、そんなことを考えてる場合じゃないような予感がしますよ。

 わざわざファータの里まで飛ばして来たシルフェ様の風の便りって、なんかヤバいよなぁ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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