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第420話 高原の野営、そしてファータの里

 昼食を済ませてリガニア地方側へと下った。

 リガニア地方側は高原地帯が続くので、下りの傾斜はセルティア王国側よりもずっと緩やかだ。

 それでも無理をしないように、着実に下って行く。


 1時間ほど歩き続けて、それまでの獣道の間道から少し広めの山道へと出る。

 前回は、野営した池の側の草原まで細い間道を走り通した記憶があるが、どうやら途中でルートを変えて進んでいたようだ。


「この先です」とミルカさんが言い、ティモさんが走って行った。

 どうやらもう少し進むと、迎えの馬車と馬が用意されているらしい。


「この道は、一般に使われる峠越えの街道とは別の、裏の山道なんですよ」

「本街道は、ヴィリムルまで伸びているんだっけ?」


「そうです。ザカリー様は良くご承知で。この山道はヴィリムルまでは直接行かず、うちの里のある森の中を経由して、そのあと本街道に合流します」

「ああ、その森の中まで行くんだね」


 ヴィリムルは、リガニア都市同盟のいちばん南部にある都市だ。

 ファータの里に最も近い都市でもあり、里からは買い出しなどにも行く。


 ファータ人は隠れ里に住んではいるが決して孤立している訳ではなく、そのヴィリムルとも交易をするし、場合によってはリガニア都市同盟のどこかの商人に擬装して、セルティア王国との交易も行っている。

 尤も里の収益源は探索の請負がほとんどなので、主に物資の調達が主になるそうだ。



 暫く歩いて行くと、馬車と馬が数頭見えて来た。人の姿も見えて、こちらに手を振っている。

 あれれ、アルポさんとエルノさんじゃない。迎えに来てくれてたんだ。


「ザカリー様、お待ちしておりましたぞ」

「エステル嬢さまも無事のお着きで、安心しましたわい」


 ミルカさんたちと里から馬車と馬を運んで来て、このふたりがここで待機していてくれていたようだ。

 2頭立ての馬車に加えて、騎乗用の馬が6頭もいる。


「奥様とアビゲイル様も、ようこそいらっしゃいました」

「お疲れでしょうが、ここまで来ればもう我らの縄張りの内ですぞ」


「アルポさん、エルノさん、お迎えいただいてありがとう。よろしくお願いしますね」

「来ちゃったよ。よろしくね」


 この爺さんふたりは昨年の夏にはグリフィニアで滞在していたし、王都屋敷でも会っているから母さんも良く知っている。


 それで俺たちは用意して貰った馬車に乗り、ジェルさんたちも馬に跨がった。

 御者役は、アルポさんとエルノさんが務めてくれるみたいだね。



 途中で休憩を入れながら暫く走り、ある場所で山道を少し逸れて林の中を通り抜けて行った。


「さあ、本日の野営地に着きましたぞ」と御者台から声が掛かる。

 馬車を降りてみると、3年前にも野営した高原の草地だった。うん懐かしいね。

 もう16時を過ぎているがこの世界の夏の太陽はまだ高く、でも周囲の林から通り抜けて来る風が心地良くて、優しく俺たちを迎えてくれていた。


「あら、いいところねー。それほど暑くないし、風が爽やかでとっても気持ちがいいわ」

「なんだか静かで、優しい感じだよね」

「本当に良い場所ですね。こういうところを、高原って言うんですよね」

「ずっと大森林の側を旅して来たから、何て言うの、ようやく初めて違うところに来たって気がするよ」


 初めてここに来た母さんと姉ちゃん、それにオネルさんが背中を伸ばしながらそんな話をしている。

 姉ちゃんの言うように、確かに昨日までは見慣れたアラストル大森林沿いを移動していたので、大森林とは雰囲気の違うここの自然が新鮮に感じるよね。


「おーいオネル、馬の世話と野営の準備をするぞ」とジェルさんが呼び、オネルさんとそれから姉ちゃんも走って行った。

 ティモさんはいつものように野営場所に椅子とテーブルを出していて、エステルちゃんとライナさんも炊飯場所の設営を始めている。


 今日はミルカさんに爺さんふたりも加わっているから、準備作業が手早い。

 野営テントは4張を設営するんですね。



 テントが張り終わったところでミルカさんとブルーノさんが、俺と母さんが座っているところにやって来た。


「ザカリー様、行きますか」と、ミルカさんが釣りの手真似をする。


「そろそろ良さそうだね」

「釣りに行くのね。わたしも行きたいわ」

「奥様の分の釣り竿もありやすよ」

「姉ちゃんもやるかな。おーい、姉ちゃん。釣りに行くけど、どうするー」


「わたしも行くー」と言って、姉ちゃんが走って来た。

 結局、釣りに行くメンバーは、男が全員に母さんと姉ちゃんを加えた8人と大所帯になった。

 クロウちゃんも行くけど、残念ながらキミは出来ないよね。カァ。


 釣り竿は人数分あるんですか? ああ、ブルーノさんが用意していたのと、ファータの里から持って来た両方があるから余裕なんですね。

「最低でも、人数分のお魚は釣ってくださいよー」と、エステルちゃんから声が掛かる。

 これだけの人数がいれば楽勝でしょ。



「へー、池ってザックたちが言うから、もっと小さいと思ってたら、ずいぶんと大きいんだね」

「ホントね。池と言うより、ちょっとした湖よね」


 ここは水温は低いが栄養分の多い水を湛えていて、魚影が濃い。それに釣りをするような人間も滅多に来ないのだろう。

 なので、わりと楽に釣ることが出来るんだよね。

 釣れる魚はこの世界でブラウントゥルータと呼ばれる、つまりはトラウトに似た魚だね。


 釣り餌は、ファータの人たちが池の近くでせっせと調達して来てくれた。

 母さんと姉ちゃんは、教えて貰いながらちゃんと自分で針に餌を付けている。

 さあそれでは、トゥルータ釣りの開始だ。最低限人数分だから、クロウちゃんの分も入れて13尾以上ですよ。


 そうして、のんびりと糸を垂らしていると、3年前にも感じたけど、なんだかここって落ち着くんだよね。

 前回はミルカさんとブルーノさんとの3人で、親戚のおじさんふたりに連れられて来た子どもみたいだって思ったけど、ミルカさんは本当に親戚の叔父さんになるんだな。



「ザック、ザック、なんだかわたし、釣れたみたいよー。糸が引っ張られてる」


 ひとり物思いに浸っていると、近くで糸を垂らす母さんが騒いでいた。

 皆の中で最初のアタリが母さんに来たんだ。はいはい、いま行きますよ。ほら、慎重にタイミングを計って。

 母さんを少し手伝って竿を上げさせる。上手く釣り上げられたと見たら、なかなかの大物だった。


「ザック、わたしが一番よね。なんだかビックリ」


 まさか母さんが最初にと周りも驚いているが、釣った本人がいちばん驚いていた。


 それからは姉ちゃんにもアタリが来て、もちろんおじさんや爺さんたちはみんなベテランなので次々に釣って行く。俺も3尾ほど釣りましたよ。


 結果的に全員で30尾以上。大漁だね。直ぐにブルーノさんたちが締めて血抜きをして、これから料理に使う分以外は俺が氷魔法で冷凍してしまう。

 冷凍した分は、ファータの里へのお土産にしましょう。



 夕食には塩焼きにしたトゥルータと野菜のスープをいただき、焚き火を囲んで高原の夏の夜を過ごす。

 俺たち一行がこれまで辿って来た旅の話、特にデルクセン子爵領で盗賊団に待ち伏せを受けた話には、ミルカさんとアルポさん、エルノさんも興味津々だった。


「しかし、結果はあっけないものですなぁ」

「ザカリー様とライナさんの魔法だけで、片付いてしまい申したのか」

「つまり、ひとりも殺さずに終えた訳ですね」


 爺さんふたりは、自分がその場にいなかったのをとても残念がっていた。

 盗賊たちの血を流すこと無く終えてしまったのが物足りなそうだったが、まあそれは結果論ですから。


「裏街道で我が物顔の盗賊どもも、この世には恐ろしい出来事が起きるのだということを理解する、良い機会でしたね」


 そんな解釈もありますか、ミルカさん。まあ11人もの腕に覚えのある盗賊が、一気に気絶した訳だからね。




 翌朝は気持ちよく目覚め、久方ぶりにエステルちゃんと少し周辺を走った。

 旅の間はこれまで、日課の朝の早駈けが出来なかったこともあって、早朝の清々しい空気の高原で走るのがとても爽快だ。


 野営地に戻ると朝食の準備が始まっていて、エステルちゃんも直ぐにそれに加わった。

「あなたたちは、何処でも走るのね」と、起き出して来た母さんは少し呆れた声を出す。

 まあいつも言っているように、朝起きて、顔を洗い歯を磨き、用を足して、それから走る、というのが日常ですから。カァ。



 朝食後、野営の片付けを終えてファータの里へと出発する。

 7時に出れば、午後一番ぐらいには里に到着する予定だ。


 そして高原の緩やかな下りの山道を、途中休憩を挟みながら順調に進んで行く。

 やがて俺たちが辿る道は、いつしか深い森の中に入っていた。


「森の奥へと入りますぞ」と、御者台からアルポさんが教えてくれる。


「もう直ぐに霧の中ですよ」

「話に聞いていた、隠し里を囲む霧なのね」

「あ、霧が出て来た。ほんとナイアの森と同じだ」


 馬車の窓から外を見ていた姉ちゃんが、そう声を上げる。

 姉ちゃんはナイアの水の妖精の森に行っているから、この霧は経験済みだ。

 母さんも興味深そうに、霧でほとんど見通すことが出来なくなった森を見ている。


 馬車の速度が徒歩よりも遅い速さに落ち、霧の中をゆっくりと進んで行く。

 ナイアの森はここを参考にして霧の石を設置したので、およそ900メートルの厚みで霧がぐるりと里を囲んでいる筈だ。

 そうして20分ほど進み、ようやく霧が薄くなったところで馬車は停止し、「着きましたぞー」という声が聞こえた。



 馬車を降りると、そこにはたくさんの人たちが出迎えてくれていた。

 エーリッキ爺ちゃんにカーリ婆ちゃん、そしてエルメルさんとユリアナさんも顔を揃えている。

 あとはユルヨ爺たち里の皆さんや子供たち。エステルちゃんの幼馴染のハンナちゃんも帰省していたんだね。


「お爺ちゃん、お婆ちゃん、お父さんとお母さんも、ただいま。帰りました」


 エステルちゃんが走って行った。

 俺と母さん、姉ちゃんもその後を追って近づいて行く。レイヴンの皆も後ろに従っている。


「お帰りエステル。おお、ザック様、お待ちしておりましたぞ」

「エーリッキ爺ちゃん、また来ましたよ。よろしくお願いします」

「何を言うとる。ここはもう、ザック様の里じゃろうが。つまり、お前様にとっても里帰りじゃて。ファッハッハ」


 爺ちゃんは上機嫌だ。その後ろにいる大勢の里の人たちも、みんなニコニコしている。


「さあさ、皆さんこちらにこちらに。アナスタシア様とアビゲイル様じゃな。こんなに遠いところまで、ようこそお出でなさった。おお、ジェルさん、ライナさん、ブルーノさんも久し振りじゃ。そちらは初めてか。ああオネルヴァさんじゃったな。聞いておりますぞ。クロウちゃんも先日振りじゃの」


「初めてお目に掛かります、エーリッキ様。アナスタシア・グリフィンでございます。こちらは二女のアビゲイルです。このたびは、エステルさんとザックとの婚約をお許しいただき、また、わたくしどもの来訪を受入れてくださり、誠にありがとうございます」


「堅苦しい挨拶はいらんですぞ。里に一歩足を踏み入れたならざっくばらんに、それが我らの流儀じゃ。なのでまずは、里の中に行きましょうぞ」



 そうして爺ちゃんたちに案内されて里の中へと向かう。

 入口を示す2本の背の高い丸太が道の両側に立ち、これだけが内と外との境界の役割を果たしている。

 でもこの2本の丸太を通り抜けると、爺ちゃんが言ったように里の人たちは隔意無く俺たちを受入れて接してくれるのだ。


 それにここは、爺ちゃんの言葉からすればもう、俺にとっても自分の里なんだね。だから俺はその丸太の横で立ち止まって、頭を下げて挨拶をする。

 ただいま。3年振りに戻って来ましたよ、ファータの里。迎え入れてくれてありがとう。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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