第416話 裏街道の待ち伏せ
翌朝、野営を手早く片付けて出発する。
マジックバッグがふたつもあると、ほとんど馬車に荷物を積み込む必要もないし、運ぶ手間もいらないのでとても効率が良い。
「今日は、エイデン伯爵領に入ってケルボの町ね」
「どんな町ですかね」
「母さんも行ったことないの?」
朝一の行程で最初の休憩までは、アビー姉ちゃんに御者台に乗せてあげることにした。
ずっと馬車の中なのが不満らしく、仕方がないので渋るジェルさんから許可を貰った。
今日の御者役はブルーノさんだ。すみません、頼みます。
「わたしもエイデン伯爵領は、行ったことがないわ。ザックの課外部の部員さんが、ケルボ出身なんでしょ。どんなところだか聞いてないの?」
「あー、そう言えば、ほとんど聞いたことがなかった」
「あなたって、ホントに自分が関心のないことには疎いのよね」
「お母さま、それは今さらですから」
「そんなこと無いと思うんだけどなー」
「…………」
「あ、でも、騎士団が常駐していて、ときどき大森林にも入るって言ってたな。それでルアちゃんも、去年の夏休みに初めて入らせて貰ったって」
「そう話してましたね。今年も行くのかな」
「ルアちゃんて言うのね。女の子なんでしょ。大森林に入るなんて、随分と活発な子なのね」
「去年の総合戦技大会で、母さんも見てるよ。ほら、2回戦でカロちゃんと相打ちになった子」
「あの時は吃驚しましたよ。カロちゃんとルアちゃんだったし」
「ああ、あの子ね。覚えてるわ。随分と身の軽い子よね」
「ちょっと姉ちゃんに似てるところもあって、身体能力はとても優れてる」
「剣術も凄く上達して来ましたよ。この前の対抗戦でも2勝しましたし」
そう言えば、エステルちゃんが特別訓練の相手をしたんだよな。
ひとりだけ2勝を上げたし、ブルクくんとは仲が良くてライバルでもある。
「でも、ケルボでは会わないんでしょ?」
「うん、今回は事情が事情だから、会わないよ。彼女も準男爵家のお嬢さんだし、ミルカさんにも控えた方がいいって言われてるから」
「そうね。いくら仲が良い部員さんでも、どこから話が漏れるかわからないわね」
1時間半ほど進んで最初の休憩。
ジェルさんから、「この先は昼食前に領境を越えると思われますので、多少警戒を要します」という話があった。
貴族領と別の貴族領との領境は、双方の貴族家の目が行き届かない場合があり、ましてやこの道は往来の少ない裏街道なので、どんなやからが潜んでいるかも分からない。
尤もその分、盗賊が狙うような獲物も少ないので何とも言えないけどね。
ただ、これから行くエイデン伯爵領と比べて、現在通過中のデルクセン子爵領は領内統治にあまり積極性を感じられない。
昨日も今日も、この街道を巡回するような兵士や騎士には出会わなかったし、冒険者らしき姿も見かけなかった。
せいぜいが、近隣の村から来たような農民姿の男が操る荷馬車と擦れ違ったぐらいだ。
一方でエイデン伯爵領は、以前の経験では警戒が厳重だった。
リガニア地方の紛争の影響と、国境を守っている貴族領という立地環境が大きいと思われるけど、同じ領主貴族家の者からすると、やはりその家の考え方や普段からの努力の問題だよな。
休憩を終えて姉ちゃんと交替して御者台に座っている俺は、そんなことを考えながらわりと遠距離めの探査と空間検知を発動している。
「ブルーノさん。前方から騎馬らしきものが、こちらに走って来る。たぶん、3騎。クロウちゃん、飛んで」
「カァ」
「わかりやした、ザカリー様。ジェルさん」
ジェルさんが馬を寄せて来たので、ブルーノさんが俺の言ったことを伝える。
今まで俺の隣で丸くなっていたクロウちゃんは、かなりのスピードで空に舞い上がり、前方へと飛んで行く。
それと同時にジェルさんの合図で、こちらの4騎の騎馬が馬車を囲むように位置を取り直した。
俺は直ぐにクロウちゃんの視覚に同期した。
前方からこちらに向かって来る騎馬はやはり3騎。速足程度の速度で3騎が1列に縦に並んで走って来る。
見た目は騎士や兵士などの制服姿ではないな。しかし武装はしているようだ。
一見して冒険者かそれとも……。だけど冒険者は通常、余程の急ぎでない限り馬に乗ることは少ない。
「見えて来やしたね。このまま進みやすか?」
「うん、このまま進もう。ジェルさん、こちらからは何もせずに」
「了解です」
これまでと同じ速度を保ったまま、ブルーノさんが馬車を少し左側に寄せて走らせる。
ジェルさんが合図を出し、馬車の前にオネルさんとティモさん、後ろにライナさんと自分と、2騎ずつで前後を挟む隊列にする。
通常を装い、かつ前方から来る騎馬をやり過ごすためだ。
「ああ、あれは冒険者ではありやせん。傭兵か、それとも盗賊の類いでやすな」
遠目が効くブルーノさんが視認し、そう言う。傭兵という線もあるか。
でも、ナイアの森を拠点にしていた盗賊団も傭兵くずれだったしな。
「(エステルちゃんエステルちゃん)」
「(何かありましたか? 隊列を変えましたけど)」
馬車内のエステルちゃんも、もう気が付いていた。
俺は状況を念話で手早く話し、やり過ごすことを知らせる。
前方から走って来たそいつらは、こちらに対して何もすることなく擦れ違う。
ただ、騎乗の3人ともが、鋭い目つきでこちらを値踏みするように見て行く。
そして、ダダッダダッという馬の足音が後方へと去って行った。
「いまのは?」
「威嚇偵察でやすな。簡単に言うと、こっちの戦力と、あとは金になりそうかを見に来たんでやす。それと、ビビるかどうかも」
「なるほど。でも、いつこっちを見つけたのかな」
「いま考えると、朝方に見かけた荷馬車の農民でやすかね」
うちの一行を外目から見ると、女性中心の傭兵部隊に護衛された馬車に見えるだろう。
この世界では、若い女性だからといって決して侮ることはない。仮に傭兵だとしたら、少人数での護衛を任されている女性たちだからこそ、戦闘力が高い可能性があるからだ。
「あれらは、ほど良いところで大森林に入って戻り、本隊に報告する筈でやす」
「よし、もっと先までクロウちゃんに飛んで貰おう」
クロウちゃんに思念を送り、裏街道の先で何が俺たちを待ち受けているかが見えるように飛んで貰う。
視点が先ほどよりも少し高度を上げ、街道の前方が遠くまで見えて来る。
更に道に沿って飛んで行くと、何やら見えて来ましたよ。
ああ、荷馬車が2台斜め横向きで前後になって、道を塞ぐように置かれているんですな。牽き馬は繋がれていない。
クロウちゃんはその上空で旋回待機だ。
「ザカリー様、なんだかニヤリとされたようでやすが」とブルーノさんが、暫く黙っていた俺にそんなことを言う。
え? 頬が緩んでましたかね。というか、手綱を操りながらのブルーノさんも、良く隣の俺の表情の変化に気が付きますよね。
「あと10分ほど走ると、馬の繋がれていない荷馬車が前後に2台重ねて、道を塞いでるよ。道の両脇に傭兵か盗賊らしき者の姿が、えーと、10人ぐらいかな」
「どうしやすか?」
「うん、いったん停めよう」
俺は後ろのジェルさんを呼び、隊列を停めて貰う。そして御者台から跳び降りた。
4人が馬を降りて引きながら俺の側に来たので、ジェルさんたちにも説明する。
「どうしますか?」
「まあ、あれじゃ通れないから、向うが馬車をどけないのなら、どうにかするしかないな」
「エステルさまに、竜巻で吹き飛ばして貰ったらー?」
「こんな寂れた街道に物騒ですから、先にその人たちを片付けるっていうのもありますよ」
いやいや、物騒なのはそんな発言をするお姉さん方ですから。でも、どうするかな。
「ライナさんと僕とで、ストーンジャベリンで破壊しようか」
「いいわよー。ちょっと大きめの荷馬車よねー」
「それでこっちに攻めて来たら、一気に殲滅。逃げたら放っておこう。それでいいかな、ジェルさん」
「よろしいかと。相手との距離はどのぐらいで?」
「150ポードくらいでいい? ライナさん」
「了解よー」
150ポードは約45メートルだ。そこでいったん停止し、道を塞ぐ馬車をストーンジャベリンで破壊。
それを見て逃げ出すのならそれまで。もし向かって来たら殲滅だね。
俺は馬車の車内に入って、現在の状況と戦術方針を母さんたちに話した。
「あらあら、さっき擦れ違ったのがその一味なのね。まあぜんぶ、ザックに任せるわ」
「わたしたちはどうします?」
「馬車の中にいるのがいいと思うけど、降りて見学でもいいよ」
「ザック、あたしも闘っちゃダメ?」
「姉ちゃん、スカートじゃん」
「いま着替えるからさ」
そう言ってアビー姉ちゃんは服を脱ぎ始めている。もう姉ちゃんは。いくら姉弟とは言え、この狭い車内に俺もいるんだからさ。
俺は母さんの顔を見た。仕方ないわねぇ、という顔をしているが、ダメとも言わなかった。
「しょうがないなぁ。姉ちゃん、剣は?」
「もちろん、ここにあるわよ」
「わかったわかった。でも向うが攻撃して来たらだよ」
「りょーかい」
「殲滅の場合は、ひとりも逃がさない。ウワサが漏れると嫌だからね。なので、闘いの途中で逃げるやつがいたら、エステルちゃん頼むね」
「わかりましたぁ」
俺は御者台に戻ってジェルさんに合図を送る。彼女は出発の号令を掛けた。
再びクロウちゃんの視覚に同期させると、ちょうど大森林から3騎が出て来るところだった。
さっきの威嚇偵察のやつらだね。
こちらもあと5分ほどでそこに到着しますよ。
そしてそいつらは林の中に馬を隠して繋ぎ、姿勢を低くして道端に潜んでいる者たちのところに行った。
なにか報告してるな。これで引揚げれば何ごとも無いんだけど。
しかし、やつらは動こうとせず、偵察の3人は少し離れた林の中で弓矢の準備を始めた。
やる気ですか。それじゃこっちもやりますよ。
「道を塞ぐ馬車を確認。150ポード手前で停止しやす」
「了解。道の左脇に5名、右脇に6名。あとさっきの偵察のやつら3人が戻って、林の中で弓矢の準備をしている」
「では、そいつらは自分が殺りやしょう」
風魔法が使えるようになったブルーノさんの弓矢は、ほとんど必殺だよ。
有効射程も100メートルを軽く越えている筈だ。
それから暫く進み、馬車を停止させた。ほぼ150ポード、つまり45メートルほど手前だね。
ジェルさんたちも馬から降りて、馬車の後ろに馬を繋いだ。
母さんたちも降りて来たので、俺は小声で敵の人数と潜んでいる位置を皆に伝える。
それから、ライナさんとふたりで馬車の前に歩いて行く。
その後ろにはジェルさんとオネルさん、ティモさんにアビー姉ちゃんの4人だ。
ブルーノさんは御者台に乗ったまま。母さんとエステルちゃんは馬車の横で見学だね。
「あー、なんだか荷馬車が道を塞いでいるぞー」
「そーよねー。あれがあると邪魔で通れないわよねー」
「どーしようかー」
「どーしましょー」
「今のって、お芝居のつもりですかね」
「大きな声を出してはいるが、ほとんど棒読みだな」
「あのふたり、ホント台詞が下手クソって言うか」
後ろで煩いですよ。
「誰かどけてくれないかなー」
「誰もいないのかしらー」
「邪魔だからどけようかー」
「邪魔だからどけましょー」
ライナさんの言い方って、面白がって絶対にわざとだよな。俺もそうだけど。
それじゃ、いつまで続けていても仕方ないので、まずは荷馬車を排除しましょうかね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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