第404話 ユニコーンのアッタロスさんと会う
ユニコーンたちが棲むナイアの森の東奥に来てくれというアルケタスくんの願いに対して、どうするかエステルちゃんやジェルさんたちと相談し、先方の願い通りふたりだけ供を連れて行くことにした。
当然ながらジェルさんは自分が行くと強く言ったが、俺としてはまずはお姉さん方を同行させるつもりはない。
何かあるということはないだろうし、何かあってもお姉さんたちは対処出来るのだが、どうもユニコーンが乙女好きというのがね。
もちろんアビー姉ちゃんもダメだ。
いつもなら絶対に自分がというエステルちゃんも、今回はそれほど同行を主張しなかった。
念話によるアルケタスくんと俺の会話はすべて把握しているのもあるが、どうやらユニコーンが自分のことを風の精霊と勘違いしていることが引っ掛かっているようだ。
「それでザックさまは、誰を連れて行くんですか?」
「今回はまず、ブルーノさんとティモさんにお願いしようかな。いいよね、ブルーノさん」
「ええ、もちろんでやすよ」
それを聞いてエステルちゃんは頷き、ジェルさんもしぶしぶ了解した。
いつもなら何か発言するライナさんも黙っているので、彼女もここは男たちで行った方がいいと感じているようだ。
妖精の森の迷い霧を抜けて、森を東へと走る。
アルケタスくんは出発時に、「(えー、男だけっすか)」と不満を口にしたが、シルフェ様に睨まれて「ブヒョ」と口を、ではなく念話を噤んだ。
それで彼の背中にはクロウちゃんが乗り、軽快に森を駈けるその後ろ姿を追って俺たち3人が走って行く。
クロウちゃんは人間の供には数が入らないし、既に1回、ユニコーンの棲み処に行っているからね。
霧を出てから15分ほど、「(そろそろっす)」とアルケタスくんが言った。
それほど密度は濃くないが、森の木々の背が高くなっている。
アルケタスくんが速度を緩め、俺たちも歩きながらその高い木を見上げる。
その木々の間を抜けると、開けた小さな牧草地のような場所に出た。
先ほどからたくさんのユニコーンが樹木の幹に隠れて、歩いて行くオレたちを伺っているのは知っていたが、その牧草地のような場所に出るとバラバラと走り出て来た。5頭ぐらいかな。
「(この人間らが、おまえの言っていた者かや、アルケタス)」
「(なるほど、強そうな感じ、するっぞ)」
「(でもや、アルケタスが言っておった、カワイイ娘さんってどれぞ)」
「(なんなん、3人とも男っしょ)」
「ブヒュルル」
なんだか話し方が、それぞれに妙なイントネーションで聞こえるが、念話で受取るニュアンスがそんな感じなのだ。
念話だからどうやら統一されてないんだね。カァカァ。
ふーん、ここのみんなはそんな感じなんだ。
「(娘さん、いないってか。つまんね)」
「(どうも良い匂いがせんかったで、おかしいと思うたわ)」
「(つまらんで、解散か)」
「(解散ぞ)」
「(ああ、アルケタス。おやっさん、待っとるよ)」
ユニコーンたちはひとしきり口々に勝手なことを言ったあと、またバラバラと四方に散って行った。
聞こえて来た念話の感じからすると、どうやら若い男連中といったところだ。
まあ要するに、アルケタスくんがうちのお姉さんたちを連れて来ると吹聴して、それを期待していた訳ですな。
「(頭のとこに行くっすよ)」
少々不機嫌そうにアルケタスくんはそう言って、スタスタ、いやパカパカ歩き出した。
いきなりユニコーンたちに遠巻きに囲まれて、俺を間に挟みながら警戒していたブルーノさんとティモさんは、なんだか急に囲んでいたユニコーンたちが去ったので呆気に取られている。
「今のは、なんでやすか?」
「隠れていたのに急に姿を現して、また一斉にいなくなりましたが」
「そうだね、あははは」
ひと際太い幹の何本かの樹木の間を抜けると、木漏れ日の差す空間に1頭のユニコーンが四肢を折り草の上に座っていた。
「(おやじさま、お連れしたっす)」
そのユニコーンは、頑強そうな白い肉体に長いたてがみが流れ、そして大きく尖ったツノを額に生やした顔をこちらに向けて、刺すような目で俺を見た。
「(そなたが、ザカリー殿か)」
「ええ、お招きいただきましたので、こうしてやって来ました」
「(そうかそうか。よくお越しになられた。まあ、その辺りにでも座ってくだされ)」
この場所は芝生のような草が生え、ふかふかしている。
それではと俺は胡座をかいて座り、ブルーノさんとティモさんも後ろに控えて座った。
クロウちゃんは、アルケタスくんの背中から飛んで来て俺の膝の上に納まる。
そのアルケタスくんは、ユニコーンの頭の少し後ろに同じように座った。
「(てまえは、このナイアの森のユニコーンを統べるアッタロスと申す。あちらのアルケタスの父でござるよ。この度は、当方の願いを聞き入れ、森のこのような奥までご足労いただき、誠にかたじけのうござった)」
正しくそう言葉で言っているのではないのだが、念話で伝わって来るニュアンスとしてそのように聞こえる。
なにやら、前世で交わす会話の記憶が蘇って来るようでもあった。
「これはご丁寧に。痛み入ります。あらためまして、僕はザカリー・グリフィンです。ザックと呼んでください。後ろに控えるのはブルーノとティモです。どうぞよしなに」
中途半端だが、なんだか俺もそんな口調になってしまった。
「(それでは、ザック殿と呼ばせていただきましょうぞ。アルケタスからは、ザック殿のご家来衆は若い女子殿ばかりと聞いておったのでござるが、どうやら男衆もおられたのでござるな)」
「ブヒヒン」
「あははは。まあ、女子もおりますけど。この者たちは、見知らぬ森を歩く巧者ですので、今回をこのふたりを連れて来た次第です」
「(ほう、見知らぬ森を歩く巧者、ですかな。ひとりは、ふむ、物見に長けた人族と見える。もうひとりはなるほど、ファータでござるな)」
「まあ、そういうことです」
このアッタロスさん、さすがに頭をしているだけあって、なかなかに眼力がありそうだ。
「(この地に真性の水の精霊様がお戻りになり、加えて真性の風の精霊様や上位のドラゴン殿もお越しになったと聞きました。その方々と一緒におられたのがザック殿、其方様でござる。ここはてまえ自ら伺候して、ご挨拶をせねばならぬところでござるが、いえ、じつはこのように足腰が弱っておりましてな)」
「(おやじさまは、数年前に崖で足を踏み外して落ちたっすよ。それで前足を痛めて、それ以来、長歩きに苦労するようになったっす)」
「(これ、余計なことを言うでないわ。いや、なんともお恥ずかしい限りで)」
俺は探査と見鬼の力を両方発動させて、軽くアッタロスさんの身体を診てみた。
なるほど、両方の前足を以前に骨折しているね。相当に高い所から落ちたのだろうか。現在は繋がっているが、正常に繋がらなかったようで歩くと痛みが走るのだろう。
そのせいで後ろ足や腰に負担がかかり、そちらも痛むようになっている感じだな。
「(話を戻しますと、真性の水の精霊様がお戻りになったと聞き、このアルケタスをてまえの代りにご挨拶の使者として伺わせたのでござるが、そこで偶然にもザック殿にお会いすることが出来申した。精霊様やドラゴン殿と親しげで、屈強な武人と見え、強そうなご家来衆を従え、そればかりか精霊様を奥様にされておるとか。これは是非にもお目に掛からねばと、こうしてお招きした次第でござるよ)」
だから、エステルちゃんは精霊じゃなくてファータだって、アルケタスくんに言ったよね。
それに俺の奥さんには、まだなってないんですけど。
「そうですか。少々誤解のある部分もありますが、まあいいでしょう。それで、アッタロスさんは僕に何かお願いがあるのだとか。いったい何でしょうか?」
「(おお、そのことでござる)」
アッタロスさんはそう言うと、よっこらしょという感じでゆっくりと立ち上がった。
そして「(むむむう)」と痛みを堪えながら、前足だけを折り畳んで頭を下げようとした。
「フヒュヒュー」という辛そうな声が漏れる。
「(おやじさまっ)」
「無理をしないでください、アッタロスさん。いいから、まず普通に立って」
さすがに痛みが酷かったのだろう。アッタロスさんはなんとか立ち上がった。立っているだけでも辛そうな感じだ。
何ごとが起きているのかと、後ろに控えながら心配そうにしているブルーノさんとティモさんに、俺は今までのアッタロスさんとのやりとりを簡潔に話した。
それから、「少し我慢して、そのままでいてください」と、よろよろと立っているアッタロスさんに向かって言う。
もういちど探査と見鬼を発動して彼の身体を診察する。
筋肉が衰え気味なのは直ぐには仕方がないが、まずは前足の骨が神経を圧迫している部分と後ろ足や腰、そして背骨などへの負担を軽減する必要があるな。
そこで俺は、まず全身に痛みを緩和する回復魔法を強めに掛ける。
「(ザックさまっ、それって)」
「(おお、なんと心地よい。痛さが溶けて無くなって行きますぞ)」
「取りあえず痛みは取りました。でも治った訳ではありませんよ。アッタロスさん、そのままそこに横になってください」
「(しかし、ザック殿)」
「いまは黙って」
それで彼は、柔らかい草の上に横たわった。前足をなるべく真っ直ぐに投げ出すようにさせる。
そしてもういちど、前足の古傷にかなり強い回復魔法を施す。
折れた後、変なかたちに繋がってしまっている前足の骨を元のカタチに完全に戻すことは出来ないが、神経を圧迫して痛まないように矯正するぐらいは出来そうだ。
「フフゥー、ヒーン」
「(おやじさま、どんな具合っすか)」
「(なにやら、ずっとあったわだかまりが、前足からのうなったようだ。心地よい)」
「両方の前足の骨がいちど折れて、それから繋がりはしたのですが、元のようには繋がらず、変なカタチになっていたんですね。それが原因で、立ったり動かしたりすると強い痛みが走ったんです。それで前足を庇うから、今度は後ろ足や腰が痛くなった」
「(まさにその通りのようでござる。そうでござるか。折れた骨が変な風になっておりましたか)」
「(ザックさまが治したんすか?)」
「いや、もう繋がってしまっているので、完全には元には戻せないから、痛まないぐらいには矯正しておいたよ。でも、無理をすると痛みますからね。普段歩いたり、軽く走る程度なら大丈夫だと思います」
「(おお、そうでござるか。いや、これはなんとも凄いことだ。てまえらも癒し程度は出来申すが、ここまでの回復魔法は誰も出来ませぬ。ザック殿は、武人であるばかりか、聖者殿でござったか。それを不躾にこんなところまでお呼びして、おまけにてまえの患いまで治していただいて。なんとお礼を申せば良いのか)」
彼がまた立ち上がろうとしたので、それは止めさせた。
「僕は聖者なんかじゃないですよ。少々魔法が得意なだけです。僕の母も回復魔法が得意でしてね。まあ、その母から教わったものですよ」
興奮気味になっていたアッタロスさん落ち着かせ、横になったままでいて貰う。
それで話を戻しましょうね。
「先ほどの続きなのですけど」
「(そうでござった。このままで失礼するが、あらためてお願いを申させてくだされ。じつはでござる)」
そこでアッタロスさんは「フヒュー」と大きく息を吐き出した。
「(ザック殿に、我らナイアの森のユニコーンのお味方になっていただき、宿敵のテウメーを討伐していただきたいのでござる)」
「テウメー?」
俺はそう声を出して、思わず後ろを振り返りブルーノさんとティモさんの顔を見る。
「テウメーがどうしやしたか?」と、ふたりはその単語だけ聞いて尋ねて来た。
いや、俺も事情を聞かないと良く分からないよ。
宿敵と呼ぶテウメーがどうしたんですか?
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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