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第403話 水の精霊屋敷の仕上げに行く

 砦跡に着くと、そこはちょっとした大工仕事の作業場のようになっていた。

 ニュムペ様の精霊屋敷の仕上げをする部材を作るために、ある程度の道具を揃えたようだ。


「いえ、あの盗賊どもが、砦を造る際に使った大工道具がありやしてね」

「ああ、そうなんだね」


 それでも、ブルーノさんたちうちの屋敷の男衆が作業を出来るように整備し直し、学院での対抗戦が終わってからはティモさんとアルさんも加わり、お姉さん方も手伝ってくれたらしい。


「ライナは毎日ここに来て、わたしとオネルは、交替で屋敷の門番をしておりましたがな」


 そうなんだね。みんなご苦労さまでした。


 馬を繋ぐ柵もこちらに整備されており、馬と馬車をここに残してあとは徒歩で妖精の森へと行く。

 部材はほぼ出来ているそうで、それらもマジックバッグに収納する。家具が大量に入っているのだけど、まだ入りますか。

 うちの玄関ホールと同じぐらいの容積の岩が、すっぽり入ったというニュムペ様の言葉通りなら余裕はある筈だ。



 それらの収納作業と、馬への飼葉や水の準備を終え、念のために俺がここに結界を張ってから森の奥へと皆で向かう。


「来たのはあれ以来だけど、あそこって、まるでうちの領地みたいになってたわね」

「ザックさまは、秘密の中継地点として、もっと手を入れるおつもりなんですよ」

「へぇー、それは面白そう」


 アビー姉ちゃんとエステルちゃんがそんなことを話している。

 ライナさんのアイデアで地下拠点化が有力だが、造るかどうかはグリフィニアに帰って父さんたちと相談してからだよ。


 やがて霧が立ちこめる迷い森のエリアに入り、ブルーノさんとティモさんが先導する。


「今日は霧が出てるのね。って、こんなに濃い霧って出るんだっけ」

「それは」

「これはシルフェ様のお力なんだ、姉ちゃん」


 もちろんファータの里を知らないアビー姉ちゃんは、霧を巡らせて隠していることが分からなかった。

「シルフェ様のお力なの。へぇー、凄いね」としきりに感心しながら、視界の妨げられた森を歩く。


「まあ、わたしの力って言うか、わたしの抜け毛の力ね、アビーちゃん」

「抜け毛の力ですか??」

「それじゃわかりませんよ、おひいさま」

「あら、例えが悪かったかしら。それじゃ、切った爪の欠片の力とか?」

「同じくらいわかりません」


 ところで比喩とかじゃなくて、精霊様は抜け毛だったり、爪が伸びて切ったりとかがあるのだろうか。

 この世界でも人間の場合、爪を切るには小型のハサミを使うけど、そんな物を持っていたりするのかな。

 姉ちゃんには、エステルちゃんが霧の石のことを簡単に説明していた。


 霧のエリアを抜け、小川を辿って三段滝を過ぎるとようやく水源地、つまり水の精霊の妖精の森の中心に到着した。

 今日はここまでの行程を走り抜けるのではなく、小走りに近い速歩で移動したから、多少は時間がかかったかな。


 ニュムペ様やネオラさんたち水の精霊が現れ、出迎えてくれる。

 姉ちゃんは盗賊団の討伐の時に会っているけど、新しく来た3人は初めてだよね。

 さあて、ひと息入れたら家具の搬入と施工作業をしましょうか。



 まずは男衆が中心になってドアや窓の設置だ。

 砦跡の作業場で製作しておいたものを、現場で合わせながら手際良く設置して行く。

 砦にあった建物の廃材を利用して加工したものだが、ファータの里の家屋のものに似て素朴だが雰囲気がある。


 窓枠には、これもアルさんが作っておいた窓ガラスを嵌め込んでいく。

 ジェルさんによると、アルさんがライナさんに作り方を教えながら、ふたりで製作した物なのだそうだ。

 脇道の整備に窓ガラスの製作と、なかなか大変だったんだね。


 ガラスの製造には珪砂けいしゃを高温で溶かすのが基本だが、問題はそれを溶かすために相当高温にしなければならないということだ。

 これを、燃料を燃やす炉を用いずに製造するためには、もちろん火魔法の出番となる。

 アルさんとライナさんは、不用意な火事を防ぐために簡易の炉を土魔法で造って、その中で高温の火魔法を用いたそうだ。


 あとは板ガラスにするために薄く伸ばして冷やす必要がある。

 板ガラスの製法としては、溶かしたガラスを垂直に引き上げて板状にするものや、溶けた錫の上に浮かべて板状に伸ばすその後の製法が開発される以前は、吹き筒による吹きガラスの技法を応用して、遠心力で円盤状の板ガラスを作る製法が長く利用され、やがて円筒を切り開いて板にする製法へと至る。


 この吹き筒によるガラスの製法は、前世でも4世紀から7世紀頃には確立されていたそうだが、この世界でもその技法を用いて製造されている。

 そこをアルさんは、空間魔法を使って高温で溶けているガラスを一挙に板状へと変化させたらしい。



「カァ、カァカァ」

「ふーん、そういうことですか。て、キミのその知識は、どこから仕入れて来るのかな。コルバーン法とかフロート法とかって、俺が前にいた世界での20世紀以降の製法の名称なんでしょ?」


 コルバーン法は溶かしたガラスを引き上げる製法、フロート法は溶けた錫に浮かべる製法のことらしい。

 ガラスの作り方やアルさんのやり方は、すべてクロウちゃんが教えてくれた。


「カァカァカァ」

「え? アルさんのは見ていたからだけど、基本の知識はキミが僕の知識と繋がっていて、そこから引っ張って来たの? そんなこと知っていたかなぁ。ぜんぜん覚えてないけど」


 人間が知覚したすべての記憶や知識は、脳内の膨大なデータベースに保管されているが、人はそれを蓄積し保管していても、有効に引き出せないだけだとクロウちゃんは言う。

 今のガラスの作り方についても、どこかでいちど読んだことがあるのかなぁ。


「キミもだてに、10年も僕と一緒にいる訳じゃないよなー」

「カァ」


 そんなことを作業を見ながらクロウちゃんと話しているうちに、みるみるうちに完成し、屋敷の中ではエステルちゃんの指揮のもと、家具の搬入と据え付けが始まっていた。




「さあこれで終わりですね。お昼ご飯にしましょうかね」

「ザックさん、エステルさん、皆さん、ご苦労さまでした。屋敷の中が見違えるようになって、本当にありがとうございます」


「ニュムペさん、良かったわね」

「うまく出来たようじゃの」

「はい、シルフェさん。アルもありがとう。なんだかこの何百年で、昨年からそしていま、思い切って人と関わって本当に良かったって思います」


 ニュムペ様が引き籠りのお姉さんみたいなことを言っているが、まあじっさいにアラストル大森林に引き蘢っていた訳だしね。


「誰でもいいってことじゃないのよ。ザックさんたちだからよ」

「はい。それは充分にわかっています」


 屋敷のメインホールに据えられた大きなテーブルに、俺が無限インベントリから昼食の料理を次々に出す。


「今日のお昼ご飯は、いろいろな料理がたくさんなんですね。凄いです」

「ネオラったら。でもほんとね」


 ネオラさんはすっかり人間の食べ物に魅了されているから、美味しいものをエサに手なずければ簡単そうだが、人族の男に魅了されるよりはまだマシかな。

 さすがに800年前の轍はもう、ニュムペ様が踏ませないだろうけど。


「昨日の晩にザックさまのお誕生日会をして、お料理をたくさん作ったものですから。でもザックさまが保管してたから、温かくて新鮮なんですよ。新築のお祝いでと思って」


 まあそういうことですな。パンだけは今朝に収納しておいたけど、料理は昨晩に用意されたものをエステルちゃんが、水の精霊さんたちと食べる分に分けておいたものだ。


「まあ、ザックさんのお誕生日会のお裾分けなんですね。だからこんなに豪華な」

「ザックさまのお誕生日会? ですか?」


 シモーネちゃんと一緒で、ニュムペ様以外の人間の誕生日のお祝いとかが良く分からない精霊さんたちは首を傾げていたが、まあそんなことは置いておいていただきましょう。



「(いい匂いがすると思ったら、お昼っすか。なんだか豪勢っすよね)」


 賑やかに昼食をいただいていると、器用にドアを自分で開けてユニコーンのアルケタスくんが顔を覗かせ、それからメインホールに入って来た。


「お、アルケタスくんじゃないか。ちゃんと足を拭ったか? そこのカーペットはさっき新品を敷いたばかりだからね」

「(もう、ザックさまは、小姑っすか。ちゃんとあっちの水場で洗ったっすよ。ほらキレイなもんす)」


 そう念話で言って、前足を上げて見せる。なるほど、キレイに洗ってありますな。

 こっちでは、生まれて初めてユニコーンを見たアビー姉ちゃんが騒いでいる。


「なになに、この白い馬、じゃなくてツノが生えてて、もしかしてユニコーンなの。ねえエステルちゃん、ジェルさん。それにあのユニコーン、ザックの言ってることがわかってるの?」



「(そこで騒いでる娘さんって、とてもカワイイお嬢さんっすけど、初めましてっすよね)」


 あ、こいつ、そう言えば乙女に魅かれるやつだった。オネルさんばかりか、姉ちゃんにまで目を付けたか。


「彼女は僕の姉だからね」

「(え? ザックさまのお姉さんなんすか。それって、ちょっとヤバいっすね。それに、良く見ればこの方も強そうだし。ザックさまのとこって、カワイくて強いお姉さんばかりだなー)ヒヒン」


「こら、アルケタス。いまは食事中なのですから、少し静かになさい」

「ブヒュ」


 シルフェ様に怒られました。俺とエステルちゃん以外の人族を除いて、人外の皆は念話が分かるからね。

 姉ちゃんは、シルフェ様がなぜ叱ったのかは理解出来ていない。念話が分からない状況としては無音で静かだからだ。他の皆はなんとなく察している。

 一方のアルケタスくんは真性の風の精霊様のひと言で、身体を低くして恐縮していた。


「いいですよ、アルケタスくん。あなたもお腹が空いてるのなら、こちらで一緒に食べましょうね」

「(え、いいんすか、エステルさま。ホント、お優しい精霊様っす)」

「(だから、エステルちゃんは精霊じゃないから)」



 それでエステルちゃんがアルケタスくんにも食べられるように、料理を大きな深皿に分け入れて床に置いてあげた。


「床にこぼすんじゃないよ。こぼしたら自分で掃除だからね」

「ブヒヒン」


「ねえ、あのユニコーンて、ザックはクロウちゃんと同じ扱いなの?」

「なんだか仲がいいみたいで。ザックさまが言うには、グリフィニアの屋敷のトビーさんに似てるんですって」


「ふーん、トビーくんとどこが似てるんだろ。でもザックの言ってることを聞いてると、確かにトビーくんと同じ扱いっていう方が正しそうね。でも、ユニコーンの言うことが、ザックにはわかるのかな」


「ザカリーさまとエステルさまには、わかるらしいですよ。なんでも、頭の中に言ってることが伝わってくるそうなんです」

「え、そうなの? エステルちゃん」

「ええ、なんとなく。あと、精霊のみなさんやアルさんはわかるそうで」


 エステルちゃんは言葉を濁してるけど、なんとなくじゃなくて明確に理解出来てるからね。



「それで、今日は随分といいタイミングで現れたけど、どうしたのかな?」

「(それなんすよ。今日あたりザックさまたちがいらっしゃるって、先日、ネオラさんから聞いてましてね)」

「この前、いちど来たんですよ。ザックさまは今度いついらっしゃるのかって」


「そういうことか。それで、僕に何か用があるの?」

「(前回お会いしたときに、ちょっとお願いがあるって言ったじゃないっすか)」

「ああ、確かに。それでどんなお願いなのかな、アルケタスくん」


「(それは、うちのかしらからお話しするっすよ。それで申し訳ないっすけど、ちょっとうちまでご足労いただけないかと)」

「君たちのかしらっていうと、君のお父さんか」


 ナイアの森のユニコーンたちが棲む東奥に来てくれということか。


「クロウちゃんは前にいちど行ってるよね。どのぐらいの距離?」

「カァカァ」

「走れば30分はかからないのか」


 どうやらここから10キロも離れていないようだ。行って帰って来るのは、それほどの手間ではないだろう。



「じゃあ、ちょこっと行くか」


「(それなんすけど、うちのかしらからのお願いで、ザックさまのお付きはひとりか、せめてふたりぐらいにしていただけないかと。ほら、うちの連中って基本、人間と接触したがらないっすから)」

「えー、そうなの。僕とあとふたりか」


「ザックさま、どうします?」

「わたしも行こうかしら。人間ではないし」

「なら、わしもじゃな」


「(いやいやいや。真性の風の精霊様とか上位ドラゴン殿とか、余計に無理っすよ。みんな驚いて倒れて漏らすっす)」


 さすがに、バタバタ倒れて漏らしはしないでしょうが。畏れて恐縮ぐらいはするだろうけど。

 これはどうやら俺ひとりと、まずは会って話したいということじゃないかな。


 それから、お付きはせめてふたりぐらいでと言いながら、オネルさんの方を見てもダメですよ。

 そんな乙女大好き連中の根城に、お姉さんたちは連れて行きませんからね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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