第401話 新しい馬が来ました
対抗戦が終わった翌日は部活を休みにして、その翌日から通常通りに戻した。
ここのところ剣術を中心にしていたから、魔法の練習も頑張らないとだね。
そして3日後はまた休日という朝、クロウちゃんがエステルちゃんからの伝言を朝食弁当と一緒に届けてくれた。
なになに、ああ今日は俺の誕生日だったっけ。お誕生日おめでとうございます、と書いてある。
それで、休日にお誕生日会をしますね、という伝言だった。
そう言えば昨年は、アルさんに誘われて風の精霊の妖精の森に連れて行って貰い、初めてシルフェ様とお会いしたんだよな。
そのシルフェ様もアルさんも、今は普通に王都屋敷に居るのだけど。
休日前日の夜、走って屋敷に帰ると、玄関ホールにうちの皆が集まって何かをやっていた。
と言うか、広い玄関ホールに様々な家具が所狭しと並べられている。
いつからうちは、家具売場になったですか。
「あ、ザカリーさま、お帰りなさい。エステル嬢さま、ザカリーさまがお戻りですよ」
「ティモさん、これって」
「今日、ソルディーニ商会から届きましてね。荷を解いて、中身や数量を確認しているところなんですよ」
これはつまり、ニュムペ様の精霊屋敷のために揃えた家具だった。
エステルちゃんがソルディーニ商会王都支店に注文して、早々と今日に届いたのだね。
それでうちの者が総出で確認作業をしている訳だ。
「ザックさま、お帰りなさい。ちょっと大騒ぎになっちゃって」
「ぜんぶ届いたの? それにしても凄い量だよね」
「はいー。ぜんぶ届いてる筈です。広間でとも思ったのですが、奥に運ぶのも大変なので」
騎士団分隊本部の方にはあまり広い部屋がないし、屋敷の広間はここの奥なので、次に広いこの玄関ホールに荷を運び入れたということらしい。
ちなみにベッドや収納家具などの大型で重いものは、重力可変の手袋を着けたライナさんとアルさんを中心に運んだみたいだね。
主な家具では、水の精霊さんたちが地上で眠る時に使うベッドが7台。
現在の精霊の人数は5名だが、今後増えることも考えられるので予備を2台加えたそうだ。
あとは屋敷の奥に3つある部屋に置く大型の収納家具や椅子、テーブル。そして広いホールに敷くカーペットと、そこに据える大きなテーブルにたくさんの椅子。それとは別にソファのセットなどもある。
そのほかに、それぞれの精霊さんたちのためのドレッサーのような家具など、小型のものも結構な数がある。
精霊さんて、お化粧とかしないよね、たぶん。
「なーにを言ってるですか。お化粧はしませんけど、精霊さまだって女の子なんですよ。鏡を見たり、アクセサリーを仕舞っておいたり、ひとり1台は必要じゃないですか」
「はい、そうでありますね」
精霊を女の子と言い切るエステルちゃんも凄いが、確かにシルフェ様とかシフォニナさんとか、アクセサリーを買うのが好きだよな。
そのうち水の精霊たちを引き連れて、商業街に買い物ツアーに行くことになるのだろうか。
結局、夜遅くまで確認を行い、すべての家具をふたつのマジックバッグに収納して作業を終えた。
アルさんとシルフェ様からそれぞれいただいているマジックバッグだが、どのぐらいの物量が入るのでしょうかね。
ちなみに俺の無限インベントリは神サマからいただいた謎能力なので、名称通り無限に収納が出来ます。
「それは、わしもようわからんのじゃ。入れてみて入らなくなったら、そこが限界じゃの。試したことはないがの」
「わたしは、このお部屋ぐらいの大きさの岩を入れてみたことがあるけど、入ったわよ」
「え? 何のためにですか?」
「目的や意味なんて無いんですよ、ザックさま。大昔にした、おひいさまのただのお戯れです」
「さいですか」
この人たちに聞いても無駄なようだ。ただ、この玄関ホールに目一杯詰め込んだぐらいの量が、余裕で入ることだけは理解しました。
「それで、あの家具はいつ持って行くの?」
「明日か明後日か、ザックさまとご相談しようと思って。でも明日の夕飯は、ザックさまのお誕生日会ですしね」
作業も終わって解散し、俺はエステルちゃんと自分の部屋で落ち着いている。
クロウちゃんはもうウトウトしてますね。
「それから、あっちも今日、一緒に来ましたよ」
「え、来たの? そうかぁ、楽しみだなー」
じつは少し以前から、屋敷の馬を増やす注文をソルディーニ商会にしてあったのだ。
現在、王都屋敷で飼っている馬は、ジェルさんたち騎士団の騎馬が6頭に馬車用の馬が2頭の計8頭だ。
俺も数年前からグリフィニアでは乗馬の訓練をしていて、王都でも時間の空いた時に屋敷の敷地内で騎士団の馬を軽く走らせているが、遠出をする時には馬車が基本だ。
これは今後も変わらないというか、護衛の都合上、馬車の移動でないとジェルさんが許してくれない。
しかし、何かの時に乗れる馬を増やしておこうということで、先の冬休み中に父さんやウォルターさん、クレイグ騎士団長の許可を貰い、王都で購入することにした。
それが今日、家具の搬入と一緒に来たのだそうだ。
ちなみに新しく購入した馬は3頭。これで王都屋敷の馬は、合計で11頭になったことになる。
それじゃ、明日は新しい馬を試してみて、ナイアの妖精の森に家具を運ぶのは明後日にしましょうかね。
翌朝、アビー姉ちゃんが屋敷に帰って来た。
「エステルちゃん、朝ご飯残ってる?」
「あら、アビー姉さま、お帰りなさい。エディットちゃん、アデーレさんにお願いして来て」
「お帰りなさいませ、アビーさま。ただいま直ぐに」
帰って来た早々に朝ご飯とか、姉ちゃんは朝帰りのサラリーマンかよ。
「今日はザックのお誕生日会なんでしょ。晩ご飯が楽しみ」
「それで帰って来たのか」
「カァカァ」
「ああ、クロウちゃんが報せておいたんだ」
「ま、そういうこと」
朝ご飯を要求して、直ぐに晩ご飯が楽しみと発言するのも姉ちゃんらしいけどさ。
それで姉ちゃんに朝食を与えたあと、皆で新しく来た馬を見に行くことにした。
少年少女4名に、精霊さんとドラゴンさんも一緒に行きます。
特にアルさんは重要なんだよね。何故かって、それは行けばわかる。
厩舎は屋敷の裏手、訓練場を挟んで騎士団分隊本部の建物とは反対側に、馬車倉庫などとともに並んでいる。
俺たちが屋敷の裏に回る小径に入ると、昨日来た馬のものと思われる高い嘶きがもう聞こえて来た。
「わたし、先に行きますね」と言ってエステルちゃんが走って行く。
やがて、嘶きが聞こえなくなった。
「さすが、エステルちゃんじゃの。どうやら大人しくなりおったわい」
アルさんがそんなことを言うが、だいたいあなたのせいですからね。
このブラックドラゴンには自覚があまりないようだが、馬が騒ぐのはアルさんが近づいて来たので怯えたからだ。この世界のあらゆる動物はドラゴンを怖がりますよ。
うちにいる他の馬たちも、アルさんが来た当初は同じく大騒ぎをした。
今ではアルさんが馬車に乗っても大丈夫だけどね。
それでエステルちゃんが先行して、新しく来た3頭の馬を落ち着かせ精神の安定をはかる回復魔法を施したという訳だ。
そのうえでアルさんが近寄って行って、慣らすようにする。
今回は昨日来たばかりの馬なので、まだうちの者たちにも充分に慣れていないだろうから、魔法の力がより必要になるということだね。
厩舎では、ジェルさんたちお姉さん方が馬の世話をしていた。
ブルーノさんとティモさんは明日に家具の搬入と一緒に、水の精霊屋敷の工事もしてしまうために、その準備にナイアの森の砦跡に行っている。
「この3頭が新しく来た子たちね。なかなか良さそうな馬じゃない」
アビー姉ちゃんも、グリフィニアでは随分前から乗馬の訓練をしている。
彼女は子どもの時から騎士団に入り浸りなので、馬の扱いは慣れたものだね。
アルさんが姿を現したのでまた少し怯えたようだが、エステルちゃんの魔法が効いているのと、シルフェ様が優しい気持ちになる風を送ってくれた。
それで3頭とも落ち着いたが、しきりにアルさんを気にしている。
馬の毛色は、栗毛に黒鹿毛に青鹿毛かな。
青鹿毛と言っても別に青色の馬ということではなく、通常は黒味がかった色なのだが、この馬は黒の中に青味が光っているようにも見える。
「やあみんな、うちに良く来たね。これから君たちはうちの一員だ。仲良くしようね。このお爺ちゃんも怖くないから、大丈夫だからね」
そう話しかけると、3頭はじっと俺を見つめて来た。
俺がニコッと笑いかけると、馬たちは俺を見て、それからエステルちゃんを見たりシルフェ様とシフォニナさんを見たり、怖々とアルさんを見ていたりする。
「どうかな? 怖くないよね。ここにいるのはみんな、僕の家族みたいな人たちで、君たちも今日から、ほかの先輩の馬たちと一緒に家族だよ」
俺のその言葉を理解したのかどうかは分からないが、ヒヒンと短く嘶いた3頭の馬は俺に頭を下げ、シルフェ様やエステルちゃんたちに頭を下げたような気がした。
「そうかそうか。もう大丈夫だね。よろしく頼むね」
馬たちはまた揃ってヒヒンと声を出す。厩舎にいる他の馬たちも、ブルルルとかブシューとか声を出していた。
「ザカリーさまは馬の言葉もわかるのかな、ライナ」
「今まで、そんなことはなかった気がするけどー」
「この子たちが賢いだけじゃないですか?」
クロウちゃんやユニコーンのアルケタスくんとは違うんだから、さすがに馬の言葉は分かりませんよ。
でもオネルさんが言う通り、今回新しく来た3頭はなかなか賢いようだ。
それからうちの者たちもそれぞれに3頭の馬に触れ、徐々に馬たちも慣れていく。
尤もアルさんが近づくと後ずさりはまだするけどね。
「ザックさま、シモーネもお馬さんに乗れますか?」
「あー、どうかなー」
俺はそっと、側にいたシフォニナさんの顔を見る。
だいたい風の精霊さんが馬に乗るとか、ありなのだろうか。
「ああ、シモーネも乗れますよ。でも、ちゃんと乗る練習をしないといけませんね」
「シモーネも乗れますか? シフォニナさま。シモーネは練習したい」
「いいんですか?」
「おひいさまもわたしも、乗せて貰うことはありますよ。ユニコーンにもね。ただ、あまり乗馬をする必要がないので」
「ああ、そうなんですね」
風の精霊さんは風に同化して飛んだ方が、遥かに移動速度が速いからね。
しかしユニコーンにも乗るのか。アルケタスくんは俺とか乗せてくれるのかな。
「ザック、そろそろ乗っても良い頃じゃない?」
「そうだな。ジェルさん、どうかな?」
「だいぶ落ち着いて慣れて来ましたから、大丈夫でしょう。この3頭は、人を乗せる訓練は済ませてあるそうですから。いま馬具をつけますのでお待ちを」
ジェルさんたちが馬具を装備してくれ、俺とアビー姉ちゃんとエステルちゃんがまず乗ることになった。
俺が黒鹿毛、姉ちゃんが栗毛、そしてエステルちゃんが青鹿毛に跨がる。
よしよし、落ち着いて大人しくなっているね。君は黒影って名前にしようか。
「カァカァ」
「え、工夫がないし、なんだか忍者かヒーローキャラみたいな名前だって?」
「カァ、カァ」
「本人もあまり気に入ってなさそう、って、クロウちゃんはわかるの? いいですよ、撤回してもう少し考えますよ」
俺はいいと思うんだけどな。まあ、もう少し考えよう。
逞しい馬体に俺を乗せたその黒鹿毛の馬は、それでも上機嫌で屋敷の小径を軽快に走って行くのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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