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第400話 対抗戦が終わって

 最終試合は総合剣術部のAチーム対Bチームの同じ課外部の対戦だったが、結果だけ振り返っておこう。

 1戦目のペルちゃんとバルくんの2年A組対決は、ペルちゃんが勝った。うちのクラスはどんなことでも、基本的に女子の方が強いからね。

 バルくん、ペルちゃんに勝ちたかったら、また俺と特訓する? 嫌ですね、そうですね。


 Aチームの2年生とBチームの3年生の対戦は順当に3年生の勝ち。次の3年生同士は、Aチームが勝った。

 副将戦はBチームの巨漢4年生が勝利し、大将戦はエックさんとローゼマリーさんの対戦。

 しかし今日のローゼマリーさんは、昨日の敗戦と骨にひびの入る大怪我が影響したのか生彩がなかった。


 試合開始後、数合の打ち合いの後に早々とエックさんの剣が決まり、勝敗が決した。

 結果的に3勝2敗でAチームの勝ちとなりました。




「おおーい、いちおう閉会式で締めるぞ、選手はフィールドに下りて来い」


 フィランダー先生の会場内に響き渡る胴間声で、観客席にいたうちの部と姉ちゃんの部の選手が呼ばれる。


「ザック部長とアビー部長もついでに下りて来い」


 ついでですか。まあ開会式でも一緒にフィールドにいたからね。

 俺は隣の応援席にいるアビー姉ちゃんの方を見る。姉ちゃんも俺を見ていて、ニヤッと笑った。


 せーの、とお互いに声を出した訳ではないが、ふたりで同時にスタンドのフェンスを越えて、フィールドの先生や選手たちがいる方へと跳ぶ。

 そしてほぼ同時に、ストンと着地した。


「おまえらぁー。やると思ったが、なんていう姉弟だよ」


 会場内からは大きなどよめきと歓声、そして拍手だ。

「アビーさまー」「ザカリーさまー」「今からふたりで試合してー」などという声も観客席から掛かる。

 いや、試合まではしませんよ。対抗戦はもう終了です。



「この3日間、みんな良く闘った。お疲れさま、だ。そして、どれも良い試合だった。団体戦の結果は、まあいいだろう。これからも、講義でも課外部でも剣術に励んで、もっと先を目指してほしい。俺からは以上だ」

「ありがとうございましたっ」


 フィランダー先生の数少ない美点は、こういう場合の話が短いことだね。


「おい、そこでニヤニヤしているザックからも、ひと言だ」

「え? なんで僕が」

「おまえは、学院で何十年振りかの剣術特待生だろ。試合はさせられないが、せめて何か言え」


 ほんとムチャ振りだよなー。それでは、あまり大声は出したくないので、魔法で声を風に乗せてと。


「あー、あー、聞こえるかなー。大丈夫そうだね。コホン。あらためて、選手の皆さんお疲れさまでした。良い試合の連続で、僕もひとりの観戦者として、とても楽しませていただきました。この対抗戦は初めての試みでしたが、普段、一緒に練習をしていない相手と向き合い、精一杯闘うということの大切さとその意義を、みなさん感じられたのではないでしょうか。この成果を、是非とも来年の対抗戦開催へと繋げたいと思います。そして観戦に来ていただいた学院生、そして関係者のみなさん。3日間、温かい声援を送っていただき、本当にありがとうございました」


 俺は観客席を見て、それから深々と頭を下げた。フィールドの選手たちも、そして先生たちも頭を下げている。

 観客席からは大きな拍手をいただいた。


「ありがとうございます。来年は、そーですねー、すべて勝利を収める選手が出たら、僕と試合をして貰おうかなー」


「おおー、それいいぞー」「是非やってくれー」「エイディ、来年は全勝するんだー」などと、観客席の学院生から無責任な声が掛かる。

「それは……。大変であります」と、エイディさんの声が聞こえた気がした。


「まあ、それはともかく。みなさん、お疲れさまでした。ありがとうございました」


 再び観客席から大きな拍手が起こり、選手たちも一緒に拍手をして対抗戦の閉会式も終了した。



 応援席に皆で戻り、まだ残ってくれている皆さんにも挨拶する。

 応援してくれた全員が、選手ひとりひとりに声を掛けてくれた。そして和やかに会場を後にするのを部員全員で見送った。


「あれ、カシュ、おまえ泣いてんの?」

「うー、泣いてなんかないですよー、ライ先輩」

「なんだ、今ごろ悔しくなったか」

「そうじゃなくて……」


 ソフィちゃんが自分のハンカチを出して、カシュくんに渡してあげている。優しい子だね。

 それで、こら、伯爵令嬢のハンカチの良い匂いを、こっそりクンクンするんじゃありません。


「そうじゃなくてって、どうしたんだ、カシュ」

「それが、ブルク先輩。あんなにたくさんの人に応援されたのが、初めてで。なんだか嬉しくて……」

「そう言えば、わたしも。家庭教師の先生以外の誰かに応援されるなんて、生まれて初めて」


 カシュくんの言葉で気が付いたように、ソフィちゃんもか細い声でそう言う。彼女の目も潤んでいるようだ。

 カシュくんにハンカチを返して貰ったが、それをバッグに仕舞って新しい別のハンカチを取り出していた。さすが伯爵令嬢です。

 それにしてもふたりとも、これまでの寂しい子ども時代の想い出はともかくとして、皆さんの応援が凄く嬉しかったんだね。


「さあ、打ち上げよ。学院生食堂に行くわよ」


 ヴィオちゃんが、ちょっとしんみりした空気を入れ替えるように大きな声を出した。




「それで、団体戦の結果って、どうだったんだっけ、副部長」

「もう、ザックくんは、そんなの見てればわかるでしょ」


 今日も、学院生食堂でテーブルを囲む俺たちのところに、たくさんの学院生たちが声を掛けに来てくれた。

 うちの2年A組の皆はもちろんのこと、ブルクくんのB組やルアちゃんのE組、それからソフィちゃんの1年A組とカシュくんの1年C組の子たちも来てくれる。

 ほらほら、ふたりはまた泣くんじゃありませんよ。


「えーとね、総合剣術部のAチームとBチーム、それに強化剣術研究部が揃って2勝1敗。うちが3敗ね」


「なるほどー」

「団体戦優勝チームは無かったって訳か」

「4チーム対抗ぐらいだと、むずかしいよなー」

「だな」


「そこの暢気な観客の男子ふたり。そういうことじゃないでしょ」

「え? 違うの?」

「だから、優勝チームは無しだろ」


「そーじゃなくてー。うちだけ、その、全敗ってことが……」


 個人単位の成績だと初日が2勝3敗、2日目が1勝4敗、そして今日の最終戦が2勝3敗だ。うん、全敗の試合は無かったし、良くやったよね。

 だいたいが2年生と1年生だけのチームで、団体戦で勝利しようなんてとても難しい。

 選手の5人は、しょぼんとしなくていいんだよ。



「ちなみに、ブルクが1勝、ルアちゃんが2勝、カロちゃんが1勝でソフィちゃんが1勝。カシュが無しか。うん、みんな良くやりました。部長として満足です」


「おい、満足なのか?」

「ザックくん」

「ザカリー部長、僕は全敗ですよ」


「君たちはなーに言ってるですか。君たちの対戦相手は、すべて上級生か、せいぜい同学年ですよね。それで1勝を挙げられれば上出来です。カシュはまず、3戦をしっかり闘えたことが大切なのです。2年生は、ひとりも勝てなかった去年の夏合宿を思い出しなさい」


「だな。1勝でも上げられたのは大進歩だし、カシュも頑張った」

「そ、そうね。わたしとライくんが出ても、たぶん結果は似たようなものだろうし」


 慌てて言葉を繋ぐ魔法少年と魔法少女は置いておいて、少なくとも2年生の3人は、現在の自分自身の実力がなんとなく分かったのではないかな。


「つまり、2年生の3人は、剣術一筋の上級生を相手に対等に闘えて、あわよくば勝てるぐらいのところまで来ていると、僕は見ている訳ですよ。それから1年生のふたりも、今回みたいな観客が見守る試合でしっかり闘えた。そこに自信を持ちましょう」


 じっさいには、大きな成果を挙げたのはルアちゃんだよな。

 彼女は4年生の男子に勝ち、ジョジーさんにも勝ちを収めた。これは素晴らしい結果だ。

 アビー姉ちゃんと闘いたくて、対抗戦の前にそれなら姉ちゃんの部の誰かを倒しなさいと言われたのだが、見事にそれを実現したことになる。



 ともかくもこれで無事に、課外部剣術対抗戦を終えることが出来た。

 気が付いてみれば、春学期もあと20日ほど。対抗戦の熱気が初夏の訪れを呼んで来たみたいだ。


「春学期もあと少しなのね。学院にいると早いでしょ、ソフィちゃん」

「はい、あっと言う間の気がします。夏休みになっちゃうと、みなさんと会えないんですよね」


「やっぱり、夏休みは、地元に帰る、ですか?」

「ソフィちゃんとこって、遠いよね」

「ええ、うちは王国の南の端ですから。あまり帰りたくないけど、やっぱり帰らないと」


 対抗戦の話題もひとしきり話し終えて、女子たちがそんな話をしている。

 帰りたくない、か。でも、グスマン伯爵家の四女であるソフィちゃんは、初めての夏休みはやはり帰省しないといけないだろうね。


「ねえ、グスマン伯爵領の夏至祭ってどんなのかな」

「夏至祭ですね。うちのところは、王都よりたぶんずっと暑くて、夏の色とりどりのお花がいっぱいで。あ、それから、ミラジェス王国から、旅芸人の一座が毎年来るんです。獣人さんとかも混ざっていて、歌や踊りとか曲芸とか、すごく楽しいです」


「へぇー、それは楽しそうだね。ミラジェス王国の旅芸人か。うちの領都までは遠いから、来てくれないよなー」


 ミラジェス王国と南で国境を接するグスマン伯爵領とグリフィン子爵領は、おおよそで500キロメートルは離れている。

 前世の世界で言えば、イングランドのロンドンとスコットランドのエディンバラぐらいの距離がある。

 交通機関の発達していないこの世界では、俺から見るとソフィちゃんは、まさに遠い地のお姫さまって感じだよね。



「やっぱり、夏至祭は地元に帰らないとだね。ソフィちゃんは、いつもお祭りには行くのかな?」

「はい。小さい時から、侍女さんに手を引かれて。あとは護衛の騎士さんと。さすがにもう手は引かれないですけど、でも騎士さんに護られて侍女さんとですかね。そうか、夏至祭かー」


 ソフィちゃんはそう言いながら遠くを見るような表情になり、それから大粒の涙がポロポロと頬を伝わって流れる。


「ザックさま、ソフィちゃんを泣かしちゃ、ダメです」

「え、僕?」

「あー、ほらほら涙を拭いて」

「わたしも同じようなものだから。よしよし大丈夫よ、ソフィちゃん」


 カシュくんも隣にいたソフィちゃんが突然に涙をこぼしたものだから、慌てておろおろしている。

 兄弟姉妹にあまり構って貰えなかった伯爵家のお嬢様が、お祭りに行くとするとそうなるのかなぁ。

 伯爵家三女のヴィオちゃんが同じようなものだって言うのだから、そんな感じなんだろうな。



「こんどはさすがに無理だけど、その次の夏至祭か冬至祭には、ソフィちゃんをグリフィニアに招待しよう」


「えっ、ホントですか? ザカリー部長」

「ソフィちゃんが、グリフィニアに来たら、大歓迎、ですよ」

「わたし……。行ってみたいです、カロ先輩」


「あー、いいな。あたしもそのとき行くよ。ブルクくんも来るよね」

「お、そうだね。僕は隣だから遠くないし」


「ええー、それいいなー。わたしも行こうかしら。ねえライくん」

「おうよ。自分だけ仲間外れはゴメンだぜ。カシュは?」

「え、僕ですか? えーと、その、ルア先輩のお供で」


「カシュじゃ、ルアちゃんの護衛にならないからなぁ」

「ひ、酷いです、ライ先輩。だから、お供って言ったじゃないですかー」


 みんなが大笑いし、ソフィちゃんも嬉しそうに笑っている。

 これは本当に、皆をご招待せねばならんですなぁ。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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