第399話 剣術対抗戦、最終試合
翌日、課外部剣術対抗戦の最終日。
第一試合は、うちの部と姉ちゃんの部の対戦だ。
試合が始まる前に、悔いを残してもいいから今の全力で闘って来いと皆には言っておいた。
「それって矛盾してない?」と皆から突っ込まれたが、後悔なんて文字通り後から出て来て気付く残念な思いだ。
例え全力で闘ったと自分で思っても、後から反省することなんて山ほど出て来る。人間はデータで作られたキャラじゃないから、手元操作ひとつで全力なんて出ないし、そもそも闘いで全力を出すこと自体が難しい。
問題は今現在どう闘って、勝ったにしろ負けたにしろ、その経験と自分の中に生じた何かをその後にどう活かすのかだと俺は考えている。
そして第1戦目、ソフィちゃんとヴィヴィアちゃんが向き合った。
両者ともまだ1勝を上げられていないが、ふたりとも意気消沈の様子など微塵も感じられない。
特にヴィヴィちゃんはかなり気が強いタイプらしく、今日の相手が同じ1年生女子のソフィちゃんということで初手から火が付いているようだ。
「はじめ」の声が掛かると、ヴィヴィアちゃんが猛然と突っ込んで来て激しく木剣を打ち出す。
そうそう、そうやって一方的に自分のことを話す相手っているよね。まずは上手く話を聞いてあげて、それからちゃんと自分の意見もしっかり言うんだよ。
ソフィちゃんは、相手の剣を受けに受けた。
1本でも多く受けた方が得とでも言わんばかりに、躱すことも流すこともなく受け切った。
いったん離れたヴィヴィアちゃんが、打ち疲れたのかハァハァと荒い息を吐く。
そこにソフィちゃんが、もっとお話しようよと、するするっと間合いを詰めて行き、激烈な攻撃を掛け始めた。
数合は防いだヴィヴィアちゃんだが、もう限界だったのだろう。
腕の上がりが遅くなり、なんとか両腕を上げて胴ががら空きになったところに、ソフィちゃんの素早い胴打ちが入った。剣の鋭さや速さはソフィちゃんの方が数段上だ。
ヴィヴィアちゃんはそれで膝を突いてフィールドに崩れる。
軽く入った胴打ちだから、身体に問題はないね。
ソフィちゃんが手を差し伸べて立たせ、両手を握り合いながら、何かふたりで言葉を交わしていた。
2戦目はカシュくんとロルくんだ。
これまでのふたつの試合を見た限りでは、ロルくんは本当に強くなったよね。
昨年の夏頃はひ弱な感じもしたが、体格も随分とがっしりして来て分厚くなっている。
一方のカシュくんはまさに昨年のロルくんを見るようで、まだまだ線が細い。
それでも、これまでの2試合でだいぶ向かって行く気持ちが強くなって来たのか、果敢に挑んだ。
カシュくんが先手を取って連続して打ち込む。それをロルくんが余裕を持って受ける。
やはり速さもパワーも鋭さも足りないのは致し方ないだろう。
カシュくんの打ち込みが収まると、ドンとロルくんの重い攻撃が来る。
それをかろうじて防ぎながら、また打ち込んで行く。
そんな攻防が幾度か繰り返されたが、カシュくんが動けなくなって来た。
そしてまた、真っ向からの重い攻撃が来る。
焦って受けたのだが、もう体勢は崩れていた。そこに不意を衝いた突きが来て、カシュくんはフィールドに転倒した。
彼はこれで3戦全敗だが、3日間連続して闘いに挑んだこの経験を活かしてほしい。
それは、現在の彼が否定されたといった経験ではないのだ。
もちろんその表情は悔しさで溢れていたが、直ぐに起き上がってしっかりと顔を上げている。
3戦目に出て来たのはカロちゃん。対戦相手は3年生のハンスさんだ。
ここからハンスさん、ジョジーさん、そしてエイディさんと強敵が続く。
昨年に初めて彼らと会った時には、物腰が柔らか過ぎて性格の良いホストさんですか、とか思ってしまったのが申し訳ないほど、落ち着いていながら容赦のない闘いをする。
カロちゃんにはまだちょっと荷が重たいのだが、彼女は緩急を織り交ぜた攻撃を実戦で身体に覚え込ませるように良く動いた。
そのためには上位者である相手からの攻撃を、確実に受けたり躱したりしなければならないのだが、適度な緊張感を保ちながら頑張っていた。
そういう意味ではハンスさんは良い対戦相手だったね。
彼は正統派の剣術も上手く、まるでカロちゃんを指導するように打ち込まれるとしっかり受けてくれて、隙が出そうになるとそこに攻撃を繰り出す。
カロちゃんの変化を意識したリズムにも、良く付き合ってくれた。
5分間を目一杯そうして闘い、最後は疲れが出て単調な動きになってしまったカロちゃんの強引な横薙ぎの攻撃をハンスさんがするりと躱し、横合いから彼女の肩に木剣をコツンと当てた。
カロちゃんは自分で工夫して動き続けたが、それはハンスさんに上手く動かされてしまったとも言える。
その辺のところを試合後に噛み締めて、今後に活かせるといいよね。
まあ、クラスメイトの魔法少年と魔法少女よりは、カロちゃんはいつの間にか剣術では上になっていて、おそらくペルちゃんあたりと良い勝負が出来るだろう。
4戦目は副将戦。ルアちゃんとジョジーさん。
ジョジーさんは初手から、ルアちゃんの速い動きを警戒しているようだった。
何故ならルアちゃんが、定められた開始線よりもかなり後ろに立っていたからだ。
これはフィールド上で自由に闘って良い今回の規則では、もちろん違反ではない。
ジョジーさんは彼女が開始と同時に高速で突っ込んで来るのを予想し、どっしりと構えて受けて立つ気だ。
主審のディルク先生の「はじめ」の声が響く。と同時に、ルアちゃんはいきなりトップギアで走り出した。
それも真っ直ぐ一直線ではなく、緩やかカーブを描いて回り込むような軌道だが、速い。
あっと言う間に構えて動かないジョジーさんに近づくと、擦り抜け様に中段から木剣を振った。
スピードに乗ったその剣を、ジョジーさんはガンと受ける。
しかしルアちゃんは、彼の後方に回り込んで急停止をかけると、素早く後方から間合いへと踏み込み、上段から鋭い剣を振るった。
それもジョジーさんは体を動かし、木剣を横にして掲げまたガンと受けた。
初手の奇襲を防がれたルアちゃんは、ぴょんと後方へ跳び、そこで体勢を低くして下段に構える。
あらためて思うけど、彼女って前世で鍛えれば忍びの者として通用するよね。
同じくエステルちゃんなら、ここで無数の小型ダガーを撃ちながら大きく跳ね上がるところだけど、さすがにダガー撃ちは許されないし、そもそも装備していない。
そこでルアちゃんは、うちの屋敷での試合稽古の時のように、一転してその姿勢からじわじわと間合いへと近づいて行った。
ジョジーさんも僅かずつ踏み出して行く。
そしてお互いの間合いに入った刹那、ルアちゃんが低い姿勢のまま相手の足を払うように木剣を横薙ぎに振るい、ジョジーさんが足を引くところに突っ込んで胴に突きを入れた。
これで学院生レベルなら大抵の者に剣が入ってしまうだろうが、ジョジーさんは体勢を崩しながらもその突きを避け、同時にその突き出された木剣を上から強烈に叩いた。
ルアちゃんの木剣の剣先がその衝撃でフィールドの地面を打つ。
ここでジョジーさんの二手目が来る、というところでルアちゃんは咄嗟に身体をフィールドに横に投げ出し、そのままゴロゴロと転がって間合いを外すと、すくっと立ち上がる。
そして同時に、また後方へと大きく跳んだ。
固唾を飲んでこの対戦を見ていた会場内から、大きな歓声が沸くが、ルアちゃんがまた低い姿勢で構え、ジョジーさんが木剣を右に高く構え直すと、会場内は静寂に戻る。
今度は先にジョジーさんが動いた。一歩二歩と踏み出して来る。
ルアちゃんもそれを見て、じわじわと前進する。
ここで間合い、という瞬間にジョジーさんが大きく木剣を上から打ち込んだ。しかし踏み込み不足だな。
ルアちゃんはそれを躱して横に跳び、トンと着地と同時に今度は高く上に跳んだ。
踏み込み不足で空振りしたジョジーさんがぐっと木剣を持ち上げようとしたその瞬間、上からルアちゃんの鋭い剣がジョジーさんの肩に向けて落ちて来た。
彼は慌てて躱そうと体を捻るが、剣先が伸びて装備の胸部分を斬り打つ。
「そこまでだ」と、ディルク先生の声が飛ぶ。
少し浅かったが、胸を斬られたと判断したのだろう。
真剣でなら、ジョージーさんは装備を斬られて身体にも入っていたかも知れない。彼はその自分の胸の辺りを見ていた。
ルアちゃんはスっと着地すると、ジョジーさんに近づいて行く。
それに気付いて、ジョジーさんの方から彼女に声を掛けていた。
「やられたであります」とか言っている感じかな。ルアちゃんも、えへへという感じでニコッとしている。いい笑顔だ。
これで団体戦としては2勝2敗になった。決着は大将戦だが、ブルクくんの相手はエイディさんだ。
エイディさんは3年生では抜きん出て強いからね。
対戦するふたりがフィールドに出て来る。そしてお互いが静かに開始線に向かい合って立ち、相手を見つめた。
「はじめ」の声が掛かり、ふたりが同時に動き出し間合いを測りながらゆっくりと接近する。
そしていきなり、激しい打ち合いが始まった。
双方とも普段は落ち着いたタイプの人柄だが、木剣を持つと獰猛になる。いや、ブルクくんはこの1年半でようやく、獰猛に闘う気持ちを前に出せるようになって来たのだ。
その、お互いの強い意志がぶつかり合う攻防が続く。
ボクシングなら、間合いに入ったり出たりを繰り返しながらの殴り合い、という感じだろうか。
しかしこの剣術の試合では、打たれたら負けだ。
言うまでもなく、打たれるとは斬られるということ。
今回の試合の場合、先ほどのルアちゃんとジョジーさんとの結果でもそうだったように、多少浅めに入って致命傷と判断されなくても、審判を務める先生たちは試合を止めている。
なので、ブルクくんとエイディさんは激烈な打ち合いの中で、繊細な攻防が求められていた。
特にブルクくんは、自信を持って躱せる見切りに心掛け、なんとか僅かの隙を見つけ出そうと必死に闘っていた。
そしてそろそろ、試合時間の5分間になろうかとしたそのとき、不意にエイディさんが間合いを大きく外して少し距離を取ろうとした。
強化剣術の準備? いや違うだろう。俺はそう感じる。
しかし一緒に昨日のエイディさんの試合を見ていたブルクくんは、そうはさせじと追いかけるように距離を詰めた。
そこに、多少の恐怖と焦りが生じる。強化剣術を使われたら一発で負けると。
だがエイディさんは、間合いを大きく外すことによってそれを誘っていたのだ。
慌てて間合いを詰めて来るブルクくんに向かって逆に素早く踏み出すと、まるでワンツーのコンビネーションのように袈裟から高速の剣を振り、直ぐに下段から斬り上げた。
ブルクくんはこれを躱すことも合わせることも出来ず、下から斜め横に胴を打たれた。
試合が終わり、クロディーヌ先生が近寄って来てブルクくんの診察をし回復魔法を施しているが、たいした負傷にはなっていないようだ。
これでうちの部の試合はすべて終了した。
今日の戦績は2勝3敗。団体戦の結果で言えば敗戦だが、2勝を挙げられたことは成果と言えるだろう。
昨年の夏合宿での対抗戦形式の試合稽古では、ひとつも勝てなかったのだからね。
インターバルの休憩時間となり、闘い終えた選手たちがスタンドの応援席へとやって来た。
うちの部の関係者をはじめ、応援席の周りにいる他の学院生などからも大きな拍手が起きて彼らを迎える。
「お疲れさまでした。さあ、これを飲んでね。疲れが取れるわよ」
エステルちゃんがマジックバッグからこっそり出しておいた人数分のカップに、水筒から何かのドリンクを注いで渡してあげている。
あれって、甘露のチカラ水だよね。奇麗な色が付いているから、果物の果汁を絞り入れたもののようだ。
あの、俺には? ああ、今日は何も働いてないからダメなんですね。
「エステルさま、ありがとうございます、です」
「これ、甘くて美味しいよ。疲れが取れるみたい」
「本当です。不思議なジュース」
エステルちゃんがくれた素朴なご褒美に、選手たちはほっと表情を和ませる。
みんな良く闘ったね。君たちの日頃の頑張りが、充分に表現されていたよ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




