第398話 試合への俺の思い
姉ちゃんの部と総合剣術部Bチームとの試合は、こちらもなかなか激しい闘いになった。
初戦で3勝をあげたエイディさんたちは、姉ちゃんの方針と指示もあったのだろう、試合となると獰猛に挑む闘いをする。
普段はあんなに大人しくて、丁寧な物腰の人たちなのにね。
一方でローゼマリーさん率いるBチームも、勝ちたいという気持ちが前に出た試合をする。
特に初戦でうちの部の2年生に負けた3年生と4年生は、それこそ我武者らに闘った。
どちらのチームもオーダーは初戦と同じだった。まず、姉ちゃんの部の1年生のビビリちゃん、じゃなかったヴィヴィアちゃん対バルくんは、実力差からバルくんの勝ち。
ロルくんは惜しくも3年生男子に負けた。
ハンスさんは3年生女子との同学年同士の対戦で余裕を持って勝ち、ジョジーさんは初戦でうちのルアちゃんに負けている大柄の4年生男子に、際どい闘いながら惜敗した。
そしてエイディさん対ローゼマリーさんの大将戦。
エイディさんは総合剣術部の副部長相手に、かなり厳しい闘い方で臨んだ。
出だしから激しい互角の打ち合いに終始したものの、中盤でローゼマリーさんがいったん距離を取って、どうやらまた対ブルク戦で失敗した捨て身の斬り落としに挑もうとしたのだ。
だから危ないって。これはいちど、エックさんを通じてでもひと言、注意しておかないとかな。
しかしエイディさんは落ち着いていた。
彼は逆に、間合いが離れて動きが止まった瞬間を捉えて準備をしたのだ。
お互いがじりじりと接近し、間合いの手前というところで相手にタイミングを合わせず、どんと踏み出すと袈裟に木剣を振った。
剣が届かない? いや、届いている。かなり抑えたようだが、彼は強化剣術を使ったのだ。
剣先が僅かに伸びたように錯覚する。そして振られたスピードが速い。
その木剣は、まだ攻撃動作に入らないローゼマリーさんの肩口を捉え、彼女はフィールドに崩れた。
即座に試合が止められ、待機していたクロディーヌ先生とクリスティアン先生が駆け寄る。
ふたりの先生が診察と回復魔法の治療を施しながら、何か話している。
「ザカリー」と、クリスティアン先生が大声で観客席の最前列にいる俺を呼んだ。
俺は即座に観客席から跳んで、フィールドへと直接ストンと下りる。
「おい、あんなところから、おまえ。って、それよりも診てくれ」
「どうも、肩の骨までいっちゃっている気がするの。ザカリーくん、頼めるかしら」
俺は直ぐに探査と見鬼の両方の能力を発動させて、ローゼマリーさんの肩を診た。
彼女の顔には汗が浮かび、少し青ざめている。
ははぁ、これは肩関節から少し外れて上腕骨の上部に木剣が入りましたね。
確か、上腕骨近位端というところでしょうかね。この部位の骨折は、前々世ではスポーツ選手に起きやすい。
エイディさんの強化剣術にもっと威力が込められていたら、もしかしたら粉砕骨折とかになっていたのかも知れないが、僅かに罅が入ったに留まっている。このぐらいだと、クロディーヌ先生でもこの場の診察では判断出来ないよな。
おそらく経験的に、筋肉だけでなく骨に損傷が行っていると診たのだろう。
「肩の関節の下の、腕の骨のいちばん上部分に少し罅が入りましたね。修復しますので、寝かしたまま腕を伸ばさせて。はい、それでいいです」
フィールドに腕を伸ばして仰向けに寝た彼女に、まず安静と沈痛をもたらす回復魔法を施す。衝撃と痛みでどうしても動いてしまうからだ。
ローゼマリーさんの顔が少し穏やかになる。
すかさず俺は、罅が入った部分にピンポイントで、骨を修復する強めの回復魔法を施した。
その部位の周囲の筋肉や神経組織も損傷していたようだが、それはクリスティアン先生とクロディーヌ先生の回復魔法でだいたい治っている。
念のために重ねて治療しておきましょうかね。
それで更に、彼女の全身に自然治癒を促す緩めの回復魔法を施して終了した。
「もう痛みはないですか?」
「はい、あ、ザカリーくんが治してくれたの?」
「先生たちと3人でね。二の腕の骨のいちばん上の部分に罅が入っていたので、修復しました。もう痛みは出ないと思うけど、明日の朝一で必ずクロディーヌ先生の診察を受けてください。明日も試合に出たいでしょ? だったら重たいものとかは持ったりしないようにして、ひと晩は安静にしてくださいね」
「はい、わかりました。ありがとう、ザカリーくん」
エイディさんが心配そうに先生たちの後ろに立ち、ローゼマリーさんのチームの選手たちも近くに来ていた。
「エイディさん、素晴らしい一撃でした。良くあそこで思い切って打てましたね」
「あ、ザカリーさん。ローゼマリーさんは大丈夫でありますか?」
「ええ、たいしたことはないですよ。ちょっと骨に罅が入っただけです」
「それは……」
「木剣でも、まともに入れば大怪我をする。そういうことです。全力を出してお互いが闘った結果ですからね。そして、エイディさんの一撃は、しっかりと加減もされた良い攻撃だった。僕はそう見ました」
「ありがとうございます、ザカリーさん」
フィールド上だけでなく、静まり返っている会場全体に聞こえるぐらいの声で俺はそう話した。
結局この試合は、エイディさんたちのチームの2勝3敗で終了した。
俺はうちの部の応援席に戻る。
「ザックさま、ご苦労さまでした。回復魔法は3種類掛けました?」
「うん、そうだよ。沈痛安静と骨の修復と全身回復ね」
「骨の罅を治すって難しいわよね。さすがはザックさんね」
「いっそのこと折れたのを繋ぐ方が、わしには簡単じゃな」
「アルさん、それアルさんだけだから。それから、大きな声で言わない」
「おお、そうじゃな。すまんかった」
ここで人外トークは控えましょうね。試合が終わって観客席もザワザワしてるから、余所に聞こえなかったと思うけどさ。
「さて、明日は最終戦だから、今日は反省会はなしで、みんなゆっくり休養を取ってくださいな。あ、あと闘う順番は、ソフィちゃん、カシュ、カロちゃん、ルアちゃん、ブルクの順にする。いいかな」
「はいっ」
ブルクくんを主将に戻し、エイディさんに当たって貰いましょう。
それからカシュくんは、明日はロルくんの胸を借りなさい。ヴィヴィアちゃんの胸はあげないよ。
ソフィちゃんはヴィヴィアちゃんに勝って、1勝をあげて貰おう。
うちの屋敷の皆をはじめ応援席の人たちも引揚げ、それを見送って俺たちも帰ろうとすると、エックさんがやって来た。
「ザカリーくん、ありがとうございます。あらためてローゼからもお礼の挨拶をさせるけど、僕からもお礼を言わせてください」
「いえいえ、いちおう僕も救護要員ですから。するべきことをしただけですよ」
「いや、君が治療をしてくれなかったら、おそらくローゼは明日の試合には出られなかっただろうと思う」
明日の最終戦は、総合剣術部Aチーム対Bチームの同じ部同士の対決だからね。
ここでローゼマリーさんが欠場になってしまったら、彼女自身も悔しいだろうし、エックさんも残念な思いになるところだったのだろう。
「明日はおそらく、エックさんとローゼマリーさんが当たることになりますよね」
「たぶんそうだね」
「試合前には言いにくいでしょうし、ローゼマリーさん自身も先ほど痛みとともにわかったと思いますけど、敢えて言っておきますね」
「ああ、ローゼの闘い方か」
「ええ、昨日ブルクと、そして先ほどもやろうとしたあの捨て身の戦法は、大変申し訳ないですけど、厳しいことを言うと、ローゼマリーさんにはまだ無理です。あんな戦法をいつも出していたら、いつか大事故が起こります」
「そうか、そうだな。ザカリーくんに言われると、何も言い返せないよ。僕も昨日の試合を見ていて、正直なところ危ないなと思った。あいつは、アビーちゃんと対等に闘いたくてね。でもそれは今回、適わなかった。だからその分、絶対に負けたくなくて、あんな戦法を出そうとしてしまうのだろうな」
思った以上に、アビー姉ちゃんへのライバル心が強かったんだな。
だから、誰にも負けたくなかったという気持ちは、分からないでもないけどね。
「そうですか。しかし、捨て身と言えど、技量が伴っての捨て身です。それにうちの姉ちゃんが昨日のブルクみたいに、あれでまともにやり合ったら、ローゼマリーさんは死ぬか良くて重傷です。姉ちゃんは手加減が下手ですからね。まあそこまでは、ローゼマリーさんには言う必要はないですけど。あと、回復魔法を誰かがしてくれるから、という考えが剣術にとってダメなのは、エックさんもわかるでしょ」
「厳しい意見だな。しかし、君の言う通りなのだろう。良くわかったよ。僕らが学院で訓練している剣術は、あくまで技量と己を高めるためのものであって、何かに頼って無理や無茶をするためのものではないからな」
エックさんは、再び「ありがとう」と言って戻って行った。
うちの部員たちも、俺とエックさんが話し込んでいたので既にいなくなっている。たぶん学院生食堂に行ったのだろうね。
俺は誰もいなくなった剣術訓練場の観客席のベンチに座って、無人のフィールドを独り眺める。
エステルちゃんじゃないけど、なんだか面倒くさいことを言葉に出しているばかりで、俺自身はちっとも誰かと真剣に相対したりしてないよな。
剣術も魔法も、学院生相手に試合とかするのはほぼ全面的に禁止されちゃっているから、現実的には仕方がないんだけどさ。
でも、これでいいのかなぁ。学院生生活を満喫したい自分として、どうなのだろうか。
「ザック、なにひとりで寂しく座ってるのよ」
「あ、姉ちゃんか。どうした。部員たちと一緒じゃなくていいの?」
「どうした、じゃないわよ。あんたがエックと何やら話してたからさ。部員たちと学院生食堂に行こうとしてたんだけど、あいつらは先に行かせて、話が終わるのを向うで見てたのよ」
「そうなんだ。それは何だか悪かった」
「話してたのって、ローゼとエイディの試合のことでしょ?」
「試合の話って言うか、エックさんが治療のお礼でって来たのでね」
「ああ、そうなんだ。わたしからもお礼を言うね。ローゼは骨に罅が入っちゃったのよね。治してくれてありがとう」
姉ちゃんは総合剣術部の元部員だし、同じ学年のローゼマリーさんとは仲がいい。
ただ向うが、凄いライバル心を抱いているのを知っているのだろうか。
「まあそれで、ちょっとあの人の闘い方についてね」
「ああ、あれか。昨日はあんたのとこの子で、今日はエイディに仕掛けようとしてたわね。あれは、お互いに受けを考えない斬り合いに誘うものだから、凄く危ないし、まあローゼじゃまだ無理よね」
「そうなんだよね」と、先ほどエックさんと話した内容を姉ちゃんに伝えた。
「あんたの言う通りね。と言うか、あんたじゃないとそこまで言えないか。エックがローゼに何をどう話すかはわかんないけど、少なくとも今日、凄く痛い思いをしたから、自分でも多少は反省するわよ」
姉ちゃんは俺の隣に座ってそう言った。
「まあ、そうやって痛い思いをして学んで、また訓練に向き合えればいいんじゃない。あの子ももう4年生で、どうしても勝ちたいって焦っちゃってたとこもあったのよ」
「おお、姉ちゃんのちゃんとした発言。成長したんですなぁ」
「う、煩いわね。わたしだって、伊達に4年生になった訳じゃないからね。それよりあんた、なにひとりで黄昏れてたのよ」
エックさんが去ったあと、俺がひとりでぽつんとベンチに座ってフィールドを見ていたので、それで姉ちゃんは暫く近づいて来なかった訳か。
「いや、黄昏れてたって訳じゃないけどさ。まあ、試合が出来ない寂しさってやつですかね」
「ああ、それは……。そうよね、ザック。あんたはやっぱり、少しぐらいは他の子たちと同じようにしたいのね」
そう言って、姉ちゃんは少し考え込む。
「わたしが出場して、あんたを無理矢理出させて、わたしが負ける覚悟で試合をするなら……。って、それじゃちょっと違うか。うーん、わかんないわ。もう、諦めなさい」
姉ちゃんも無理なのは分かっていて、一生懸命に頭を捻っていた。
「まあ姉ちゃんは、難しいこと考えなくていいからさ。でも、考えてくれてありがとう、姉ちゃん。もうとっくに諦めてはいるんだよ。でもさ、こうして試合を観客席から見てるとね」
「ザック……」
姉ちゃんは隣からそっと俺の手を握ってくれた。
幼い頃からいつも木剣ばかり振っている姉ちゃんのその手は、小さくて柔らかでとても温かい手だった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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