第397話 第二戦で学ぶこと
課外部剣術対抗戦の2日目、今日のうちの部は総合剣術部Aチームと第一試合で対戦する。
スタンドの応援席には昨日と同じく、大人数の俺の屋敷関係者を筆頭に多くの人たちが来ている。
今日はエディットちゃんとユディちゃんが来て、フォルくんがお留守番ですか。シモーネちゃんも勿論来てますよ。
ちなみにクロウちゃんは、ブルーノさんたちと一緒にナイアの森に行っている筈だ。剣術訓練場内でじっとしているより、あちらの方がいいだろう。屋内のここじゃ上空を飛べないしね。
「シモーネちゃん、剣術の観戦は面白いですか?」
「はい、ザックさま。見ててもワクワクして、とっても面白いです」
「そうですか。今日もたくさん応援しようね」
「はい、シモーネもたくさん応援します」
「なんだかザックくん、シモーネちゃんをすごく可愛がってますよね」
「あの人、意外と小さい子には優しいのよ。フォルくんとユディちゃんを引き取ったのもあの人だし。当時は、子どもが子どもを引き取った、とか言われてましたけどね。うふふふ」
「あの双子さんを引き取ったのって、いつのことなの?」
「ザックさまが8歳の時なのよ。ユディちゃんたちは6歳でね。まあ、ちょっと言えない事情があったのだけど」
「へぇー」
エステルちゃんとヴィオちゃんがそんな話をしている。
子どもが子どもを引き取った、って言われてたな。何だか懐かしいよね。
さて、試合が始まりました。
今日はソフィちゃんとペルちゃんの対戦からだね。
ソフィちゃんは、昨日に俺が言ったことを頭に入れていたのか真正面から向かって行き、ペルちゃんの胸を借りるように積極的に打ち込んだ。
打っては返され、打たれては凌ぎの攻防を続ける。なんだかふたりとも、とても楽しそうにも見えてしまう。
そしてその攻防はとうとう5分間の時間切れとなり、勝負無しで3分間の延長戦となった。
ソフィちゃんに若干の疲れが見える。一方でペルちゃんは、まだまだ体力が保たれていた。
延長戦でも激しい打ち合いが続いたが、ほんの僅かにソフィちゃんの体勢が崩れ足さばきが悪くなったところを、ペルちゃんがすかさず胴打ちに仕留めた。
2戦目はカシュくんと2年生男子。彼らも真正面から正攻法でぶつかる。
相手の男子は、昨日はアビー姉ちゃんの部のロルくんに負けているから、1年生相手の今日は負けられなかったのだろう。
激しい打ち込みを仕掛けて来て、カシュくんは防戦一方になってしまった。
さあカシュくん、自分からもタイミングを見つけて話さないと、話をただ聞いているばかりになっちゃうぞ。
彼は、ようやく間合いを外すことが出来て、あらためて少し後ろに距離を取った。
そして猛然と突っ込んで行く。おい、思い切ったな。当たって砕けてやりますよ、だよな。
でも僕は嫌いじゃないですよ。木剣を握っている今なら、多少の無茶ならどんどんしてください。
結局は、その無謀な突っ込みが間合いを外され、よろけるところに肩口を軽く打たれて終了した。
でもカシュくん、突っ込んで行く積極性は出て来たよな。
第3戦目、カロちゃんは3年生の男子と当たる。昨日に続いて上級生が相手だ。
昨日の勝利で気を良くしていたカロちゃんだが、相手は姉ちゃんの部のハンスさんに負けている。
彼も下級生に負けて二連敗など出来ない、という思いなのだろう、初手から猛攻を仕掛けて来た。
自分がペースを作れればなんとか闘えた筈のカロちゃんだが、如何せん地力がまだ随分と違っていた。
一合二合三合とかろうじて防いだが、がら空きとなった身体の真正面を突かれてしまう。
突きがお腹を少し強めに入ったようで、身体を折って尻餅を突いてしまった。
直ぐに試合が止められ、クロディーヌ先生とジュディス先生が駆け寄って来て診察と回復魔法の治療が行われた。
それでカロちゃんは立ち上がり、どうやら大丈夫なようだね。
まあ今日の負けは仕方がないな。こういった力任せの剣をどう躱して、相手のペースを乱すかが課題だね。
さて4戦目にはブルクくんが登場した。昨日の反省会での降格指示により、今日の彼は副将です。
相手の3年生女子は、ルアちゃんとの対戦だと思っていたようで、えっという表情をしている。
会場内も少しざわついていた。
「順番を変えたのだな、ザカリーさま」
「うん、昨日の試合の反省をして、勝って貰おうと思ってね」
「そうですな」
後ろにいたジェルさんが尋ねて来たので、そう答える。
彼女も俺の言葉を聞いて、昨日の危ない闘いを思い出したのだろう。それ以上は何も言わなかった。
これまでの3戦と異なり、この試合はブルクくんからの猛攻で始まった。
闘志剥き出しの激しい剣。気を抜くと、どうしても相手に合わせたり頭で考えた形に頼る闘い方になってしまいがちの彼が、今日は闘志だけを前面に出して剣を振る。
それは、うちの屋敷でジェルさんに我武者らに向かって行った、あの闘志だ。
元々、剣術の技術力は、年齢にしてはかなり高いブルクくんだ。
無茶苦茶に攻めている訳ではなく、相手の隙を突きながら厳しい剣を振るう。間合いを外そうとしても逃がさない。
そんな猛攻が続き、相手の木剣の位置が落ちたところをブルクくんが見逃さず、強烈な一撃を上からその剣に叩き込んだ。
ガランと3年生女子の手の木剣がフィールドに落ちる。そして慌てる彼女の肩に、ブルクくんが落ち着いて剣を置いた。
「よしっ」と後ろからジェルさんの声が聞こえる。
もうこのぐらいの相手なら、闘志を前面に出して闘えば彼なら充分に勝てる。ブルクくんは確実に強くなっているのだ。
勝ちを宣せられた彼が応援席の最前列に俺の方を見て、木剣を持つ片手を高々と伸ばした。俺も握り拳を掲げて振り、それに応える。
そして第5戦目、大将戦。エックさんが静かに、しかし堂々と登場する。
対してうちの今日の大将であるルアちゃんが、ぴょんぴょんと垂直跳びを繰り返しながら、軽やかに現れる。
小柄な彼女の並外れた跳躍力を見て、会場内がどっと湧く。
しかしルアちゃんは、大柄の4年生男子相手に昨日仕掛けたような、開始早々の高速戦闘には出なかった。
今日の対戦相手のエックさんも体格は良いが、しかしそれ以上に剣術は巧者だ。
そして、パワーもスタミナも速さもかなりある。バランスの良い剣士タイプなのだ。
ルアちゃんは一定の距離までじりじりと前進し、そこから素早く間合いに踏み込んで一撃を放ち、そして直ぐに離れて再び間合いの外に距離を取る。
ヒットアンドアウェイ戦法だな。離れたと同時に身軽なステップを踏んで、エックさんの周りを廻るように動く。
こんなボクシングみたいな戦法を、彼女が教わる機会は無かったと思うけど。
アウトボクシングの場合は、手足の長いボクサーの方が有利に闘えるが、小柄な彼女は速さとバネと木剣の動きでカバーするのだろうか。
暫しその攻防が続いたが、エックさんはやはり巧者だった
ルアちゃんが間合いに入って素早い剣を振るところを、彼が剣先を思いっきり伸ばしてするりとルアちゃんの握り手を的確に突いた。
それに驚いた彼女は、さすがに木剣を落とすことはなかったが、アウェイの動きが遅れた。
それを見逃さないエックさんの、速く小さな振りの胴薙ぎが来る。
したたかに打たれたという訳ではないが、明らかに握り手への突きから胴へと連続して入った。
「やめっ。エックハルトの勝ち」
この試合の主審を務めるフィロメナ先生の鋭い声が掛かった。
ルアちゃんはぴょんと後方に跳んで止まり、がっくりと肩を落とした。
闘い方としてはいいアイデアだったけど、まだ訓練不足だよな。と言うか、ルアちゃんならではの思い付いたらまず実行、ということだったのだろうけど。
速い動きにバネ、そしてエステルちゃんから指摘された間合いや剣の鋭さ、それらをしっかりと訓練して組み合わせ、自分の闘い方を創って行かないとだよね。
結果的には、今日勝利できたのはブルクくんだけだった。
彼は昨日の何も出来なかった無惨な敗戦と、そして今日の勝利とをしっかりと噛み締めただろう。
1年生のふたりは経験を重ね、カロちゃんとルアちゃんは上位者との対戦で、また新たなことを学んだ筈だ。
そういう意味では良い2日目だったよね。
「ザックくん、なんだか嬉しそうね」
「昨日は2勝したのに今日は1勝だけで、何で嬉しそうなんだ?」
「それは、こういう経験や訓練が出来たのが、ザカリーさまの思った通りだったからですよね」
「そうだなオネル。そういう意味で、それぞれ良い対戦相手だったということだな」
ヴィオちゃんとライくんの言葉に、剣術のお姉さんのオネルさんとジェルさんそう答えてくれる。
「そうなんですね。勝敗はあまり関係がないってこと?」
「いやいや、勝ち負けは大いに関係ありますぞ。本気で闘えば、勝つか負ける。勝負がつけば、生き続けるか、そこで死ぬ。その境目の中で、何かを学ぶのであります。ただし、こういった試合の場合、負けても生き続けられる。勝って学び、負けて次に活かせるのでありますぞ」
「ザックさま、面倒くさくて難しいこと言ってないで、みなさんがこちらに来ますよ。ちゃんと労ってあげないとダメですよ」
「はい」
エステルちゃんに言われた通り、試合を終えた5人が応援席にやって来た。
ひとり晴れ晴れとした表情のブルクくん。一方で沈み込んでいる感じの他の4名。
「みんな良く闘った。今日も良い試合だった。お疲れさまでした」
応援席にいる皆さんからも、口々に労いの温かい言葉が掛けられる。
特にジェルさんとオネルさんは、ひとりひとりに何かを言ってくれている。皆もその言葉に、「はい」と元気を取り戻して返事をする。
美人のお姉さんふたりから言葉を掛けられて、顔がだらしなく崩れている1年生男子がひとりいるけどね。
「さあ、前を向いて、明日の対戦相手の試合を見るよ」
「そうだな」「うん、ちゃんと見なきゃ」「しっかり見る、です」「はいっ」「ふぁい」
次は総合剣術部Bチームとエイディさんたちの試合だ。これもなかなか楽しみですよ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




