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第396話 初戦反省会

 剣術対抗戦初日のふたつの団体戦、計10戦が終了した。

 闘い終えた我が部の選手たち5名も、応援席へとやって来た。

 そして部員全員で、応援してくれた皆さんに「ありがとうございました」と挨拶する。

 周囲からは健闘を讃える温かい拍手が送られた。


 うちの屋敷の皆も、選手ひとりひとりに声を掛け、「明日も来るわよー」と言って帰って行った。

 その後ろ姿を見送り、さあ今日の反省会でもしましょうか。



 学院生食堂で席を確保した俺たちのところには、観戦しに来てくれていたらしい学院生たち、特に2年生と1年生がやって来て声を掛けてくれた。

 2年A組のクラスメイトはたぶん全員が観戦したらしく、カロちゃんのところに来てその勝利を讃える。

 そのあとはどうやら、俺たちとは離れて向うにいる総合剣術部の面々のところに行くようだ。バルくんとペルちゃんがいるからね。


「みんな、今日はお疲れさまでした」


 俺はそう言って拍手をする。ヴィオちゃんとライくんもそれに合わせて拍手を送った。


「さあて、夕飯を食べながらでいいから、反省会でもしましょうかね」

「ご飯、食べてからじゃダメ、です?」

「まずは食べようよ」


 ああ、そうだね。2勝を上げたカロちゃんとルアちゃんは、俺の返事も待たず美味しそうに食べ始めている。

 一方でブルクくんと1年生のふたりは、静かにテーブルの上の料理を見ていた。


「まあそうだな。食べ終わってからにしようか」

「そ、それがいいわよね。さあ食べましょ」

「そうだな。まずは食べよう」


 俺がそう言い、ヴィオちゃんとライくんがそう続ける。

 しっかり食べて栄養とエネルギーを補充してくださいな。



「じつは、俺からそれぞれに言うことはあまり無いんだ。カシュとソフィちゃんは良く闘った。なにせ相手は、剣術一筋の総合剣術部の2年生と3年生だからね。特に、バルは僕らのクラスメイトで良く知っているけど、剣術だけは強い。な、ライ」


「ああ、僕より遥かに強いぜ」

「それは、当たり前でしょ」

「それに、去年の総合戦技大会で、ザックさまに特訓、されてます」


「え、それを先に何で言ってくれないんですか。ザカリー部長が鍛えた相手だったなんて」

「いやいやカシュくんよ。それを事前に言っても仕方ないでしょ。そんな相手に、君は良く挑んで闘ったということですよ。それが大切です」


「はあ、ありがとうございます」


「それからソフィちゃん。痛くなかったかな?」

「はい。あの、正直、すっごく痛かったです。肩が壊れたと思いました」

「そうだろうね。3年生の男子の一撃だから、それは痛かったよね」


 俺はこっそり探査で彼女を診察済みだが、骨や筋肉には特に異常はなかった。ただ、痛みの記憶だけが残っているだろう。


「後遺症とかも残らないと思うけど、念のために回復魔法を施しておきましょうね。3年生相手にとても頑張ったご褒美ですよ」


 俺は素早く、緩めだが効果が持続する回復魔法をこの場で掛けてあげた。筋肉痛とかの緩和なんかにいいんですよ、これ。


「あ、気持ちいいです。なんだか穏やかな心持ちになります」


「ザカリー部長、僕も胴を打たれたんですけど」

「ダイジョウブダイジョウブ。脇腹なんて撫でとけば治ります」

「それじゃ治りませんよ。なんだかソフィちゃんと、待遇が違う気がするんだよな。でもジュディス先生に回復魔法を掛けて貰ってるから、いいです」


 すっかり歳上女性好きになったと思われる君は、ジュディス先生の方がいいでしょ。



「カロちゃんとルアちゃんは、僕が想定した以上の見事な闘いだったと思います。あらためて良く頑張りました」

「ありがとう、です、ザックさま」

「えへへへ」


「さて、最後はブルクです」

「すまない」


「いや、謝る必要なんか何もないよ。良く挑んだのは確かだ。しかし」

「しかし、だよな」

「ああ、しかしだ。あの闘い方は、まだ無謀だ。一撃で生死を分ける闘いをするには、まだ修練が足らない。それは相手のローゼマリーさんも同じだけどな」


「そうか、そうだよな」

「え、ローゼマリーさんも同じなんですか?」


 こういうとこにちゃんと食いつくのは、ソフィちゃんだよね。


「あれは、表現してみれば、斬り落としと言う」

「斬り落とし……」


「それはどういうことか分かるかな? ソフィちゃん」

「斬り落としって、つまり剣を上から落とすように速く振って、斬るってことですよね」

「そうだね。それも相対しているふたりが同時に」


「えーと、えーと、あっ。ということは、あの、受けが無い。そういうことで合ってます?」

「そう、そういうことです」


 そっちで「へぇー」とか「なるほどー」とか言っている2年生の君たちも、ちゃんと話を聞くんですよ。



「真剣で闘えば、どちらか、あるいはもしかしたら両方が傷つき、まあ死にます。で、それを回避して勝つには、どうしたら良いかわかりますか?」

「相手の剣を避ける? いえ、それじゃ、自分がしっかりと斬れないか。合わせたら意味がないし。えーと、あの、どうしても相打ちになってしまうんじゃ?」


「いいえ、見切りです」

「見切り?」

「少なくとも三寸の見切り、あ、いや3分の1ポード弱の見切り。つまりその、ほんの僅かの距離で相手の剣が躱せるのを前提に、しっかりと斬り下ろすということだね」


「3分の1ポード弱ですか。こんなものですよね」


 ソフィちゃんは親指と人差し指を広げて10センチほどの間隔を開け、それを目の前に掲げて見ている。


「そのぐらいで躱せていることを瞬間に判断して、しかもしっかりと狙いを定めて、踏み込んで剣を振らないとダメっていうことですか。そんなの無理ですよ。人間業じゃないです」


「ザックは、今ならどのぐらいの見切りが出来るんだ?」


 この理が解っている筈のブルクくんが、噤んでいた口を開いてそう聞いて来た。


「今か。そうだな。一寸余り、じゃなくて10分の1から2ポードぐらいかな」

「ひえっ」


 俺が目指しているのは五分の境だ。前世の修練では一寸の境まで行き、そして今世でようやくそれ近くまでは取り戻して来たと思う。

 だが求めているのは、まだまだその先だ。



「そうか……」

「僕が知っている限りだと、3分の1ポードぐらいの見切りが出来るのは、うちのジェルさんとエステルちゃんぐらいだね」


 それはあくまで、体感的な感覚でしかない。

 ましてや、瞬間を写真や映像で撮影して見ることなど出来ない世界では、自分がそうと把握して確信を持つしかないのだ。

 それが誤っていれば、ただ斬られて死ぬのみだ。


「要するにだ、その見切りがあやふやな相手同士が、こういった試合であんな風に斬り落としで闘うと、取り返しのつかない事故になりかねない。今日の結果は、だから未熟さ故の幸運と言っていい」


「そうだな。僕自身もそう思う」

「そうですか。そうなんですね。奥が深いです」


「だから、今日のブルクとローゼマリーさんの勝敗の分かれ目は、その幸運の後にどちらが早く体勢を立て直せたか、その僅かな差、それだけだ」


 俺の言葉を聞いて、ブルクくんは黙って考えていた。


「まあ、僕が見るところ、勝敗はそれだけ際どい差だったということだよ。仮に最終的にああいう勝負になったとしても、その前にブルクがもっと我武者らに闘って彼女を追い込んでいたら、ローゼマリーさんよりも先に立て直せていたかも知れないよな。だけど、初手からあんな勝負に付き合ってはダメだ。向うはどうしても勝ちたくて、捨て身に早い勝負に来たのかも知れないけどね」


 ブルクの2年生らしからぬ強さは多少知っていたとはいえ、侮っていたというのもあるだろう。だから初手で一撃で倒そうとした。


「もっと我武者らに……。確かに、自分の闘いが出来なかった」



「そこで、ブルクに自分の闘いを取り戻してもらうために、明日は降格です」

「降格って」


「明日はルアちゃんが大将で、ブルクは副将な」

「いや、それは構わない。構わないけど、エックさんには僕が」

「これは監督としての決定です。ルアちゃんもいいね」


「そうか……。わかった」

「あたしは大丈夫だよ」


 明日は総合剣術部Aチームとの対戦だ。

 生真面目なエックさんなら、おそらく選手の順番を変えることはないだろう。だから大将はエックさん。彼にはルアちゃんに当たって貰うことにする。


 ついでに、こちらの先鋒と次鋒も入れ替えようかな。

 相手はどちらも2年生で、今日と同じく先鋒にペルちゃんが出て来るのなら、ソフィちゃんとの試合が楽しみだ。

 順番の入れ替えを1年生に告げ、うんうん楽しみだねとひとり悦に行っていると、部員の皆が訝しげに俺を見ている。



「ザカリー部長、明日はわたしが先鋒だと、えーと、2年生女子のあの方ですよね。何かわたしにアドバイスはありますか?」

「あ、僕にもアドバイスください」


 ソフィちゃんとカシュくんがそう、明日のアドバイスを求めて来た。


「2年生女子は、僕らのクラスのペルちゃんね。剣術侍女さんです。侍女じゃないけど」

「剣術侍女??」

「それはまた、そのうち説明してあげるわ。聞き流していいわよ、ソフィちゃん」


 ヴィオちゃん、フォローありがとうございます。フォローじゃない?


「ペルちゃんは、わりと素直な剣です。でも強いよ」

「そうなんですね」

「だからソフィちゃんも、剣術侍女さんの胸を借りるつもりで真っ直ぐぶつかって行って、剣で会話をして来なさい」


「剣で会話、ですか?」

「そう、話しかけたり相手の言うことをちゃんと聞いたり。でも聞きっぱなしは、もちろんダメだよ。一方的にこちらから話しっぱなしもダメだ。ちゃんと会話をしないとだね。あ、カシュも相手は2年生の男子だけど、同じくね。可愛いお姉さんじゃないのは我慢しなさい」


「はい。すごく何となくですけど、わかりました」

「あの、今日と同じで僕が先鋒じゃ」

「ダメです」


 お姉さん好きの君に、うちのクラスの剣術侍女さんの小ぶりの胸は貸しませんよ。ムサいお兄さんの胸を借りなさい。

 さて、明日の試合も楽しみだよね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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