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第395話 総合武術部、初戦に挑む

 課外部剣術対抗戦、初日の第二試合。総合剣術部Bチーム対総合武術部だ。

 選手たちがフィールドに出て来る。


 俺はヴィオちゃんとライくんと、観客席の最前列で見守る。

 部長で監督なのでフィールドに降りても良かったのだが、すべては選手たちに任せてここにいることにした。

 先ほどの試合でアビー姉ちゃんもそうしている。


 主審はディルク先生で副審はフィロメナ先生だね。ディルク先生から試合規則の注意があらためて選手に与えられ、直ぐに試合が始まる。



 対戦相手の総合剣術部Bチームの主将は、副部長のローゼマリーさん。彼女が率いるチームのメンバーには1年生はおらず、2年生がひとりに3年生がふたり、そして4年生がローゼマリーさんともうひとりという構成だ。

 Aチームが2年生と3年生がふたりずつであったのに対して、どちらかというとBチームの方が勝ちに来ているのかな。

 2年生のひとりとは、俺と同じクラスのバルくんという訳だ。


 そのバルくんが先鋒として開始線に立つ。一方でうちの部は1年生部員のカシュくんだ。

 先の第一試合での両チームもそうだったが、初戦ということもあってかきちんと学年の若い順に並べて来ていた。

 おそらくこのBチームもそうだろうね。俺もオーソドックスな並びにしましたよ。


 さて、ディルク先生の「始め」の声で試合が始まりました。


 バルくんは、Aチームに入っていたペルちゃんと並んでうちの2年A組ではもちろん、2年生の中でも剣術はかなり上位だ。

 本来なら俺やブルクくん、ルアちゃんと一緒に去年の剣術学中級、今年の上級の講義を一緒に受講していてもおかしくない。でも、ほら、入学早々に諦め組に入っちゃったからさ。

 まあ、もちろんヴィオちゃんやライくんよりは、剣術なら遥かに強いですよ。カロちゃんとだとどうかな。


 カシュくんは、そんなバルくんに果敢に挑んで行く。

 先のうちの屋敷での特訓でライナさんに相手をして貰ったとき以上に、自分のひとつひとつの動きに注意を払っているようだ。

 しかし、まだ相手を倒す動きにまではなっていないんだよね。それはこれから先の課題だ。


 まずは、上位者に挑む意思を身体の動きで表現出来るようになったことだけでも、彼としてはかなりの進歩じゃないかな。

 試合としてはバルくんに奇麗に決められて終わったけど、カシュくん、良く闘った。



 2戦目のうちはソフィちゃん。そして相手は3年生の男子。

 このぐらいの年齢だと、1歳の差つまり1年間の練習の差はとても大きいのに、それが2学年も上だ。

 事前に出場予定選手が発表になった時から、うちの1年生のどちらかが3年生に当たるのが分かっていたので、まあ現状ではソフィちゃんだと俺は判断した訳です。


 結果から言うと残念ながら負けてしまったのだが、それでもソフィちゃんの天稟てんぴんは垣間見えた。

 彼女も3年生に臆することなく挑み、オネルさんと対したように先手を取ろうと向かって行った。

 そして、12歳の女の子としては考えられないほどの鋭い剣を猛然と振るう。


 おそらく相手の3年生の男子は多少舐めていたのだろう。

 それがソフィちゃんの初手からの猛攻を受け、かなり慌てて防戦する。

 そして、彼女の木剣が相手の腕を掠めた。しかし、浅い。

「まだまだっ」と主審のディルク先生の声が掛かる。


 この一撃で目覚めたのか一転して3年生が攻勢に転じ、そこからは体力も技も訓練量も勝る彼の攻撃にソフィちゃんは防戦一方となり、ついには肩先に一撃を受けてしまった。



 直ぐにディルク先生が試合を止め、フィロメナ先生が慌てて近寄って様子を見ると救急担当のクロディーヌ先生を呼ぶ。

 ジュディス先生も一緒に走って来て、クロディーヌ先生の診察と同時に回復魔法を施す。

 どうやら肩の骨までは痛めていないようだ。


 ソフィちゃんは気丈にも痛みを堪えていたが、やがて穏やかな顔になり、そしてそれは悔しげな表情へと変化した。


「ソフィちゃん、大丈夫かな」

「うん、もう大丈夫。打たれたときはかなり痛かっただろうけどね」

「そう、良かったわ」


 俺の隣でヴィオちゃんが心配そうな声を出した。昨年の総合戦技大会で木剣に打たれた痛みを、彼女も思い出したのだろう。

 試合にも負けてあのとき、ポロポロ涙を流したよね。


「ソフィちゃんは、誰かと違って涙を流してないよな」

「う、煩いわね、ライくん。あの子は芯の強い子なのよ」


 確かにソフィちゃんは心の奥底に、表に出さない強さを秘めている。

 同じような強さを持つカロちゃんとは、また少し違う強さ。そして第3戦にはそのカロちゃんが出て来る。



 相手は3年生の女子。それなりの実力者と言っていいだろう。

 そしてそういう強い相手を前にして、これまでなら後先も考えずに突っ込んで行ってしまいそうなカロちゃんは、試合が始まると開始線から落ち着いてゆっくりと足を踏み出して行った。

 まずは緩急の緩だね。おそらく彼女は、急速なギアチェンジを考えている筈だ。


 彼女が大好きなエステルちゃんの、いきなりトップギアを飛び越えてしまうような変化にはほど遠いが、それでもここのところルアちゃんを相手に、速い攻防の打ち込み練習をして来ている。

 相手もそれを見て動き出す。そして、あと数歩でお互いの間合いという位置でカロちゃんは、ぐんと斜め前方に素早く踏み出すと木剣を振るった。


 それはガンと受けられるが、受けに続いて相手が突きに来るところをカロちゃんは素早く距離を取り、そこで静止して木剣を掲げて構える。


 それを見て攻勢に転じて優位を取ってしまおうと、3年生はズンズンと踏み出て来た。

 しかしカロちゃんは間合いに入る前に、また少し後ろに下がりながら距離を取ると、一転して回り込むように走り出し、横合いから先に猛攻を仕掛けた。


 そんな攻防が数度繰り返される。

 相手は、先手を取ろうとして取れないことに少しイライラして来たようで、力任せの打ち合いに転じようとした。

 打ち合いの勝負なら、当然ながらにカロちゃんの方が打ち負けるだろう。


 だが、3年生女子の剣は雑になり始めていた。

 それを受けながら、一瞬の隙を見てカロちゃんが横薙ぎにブンと木剣を振るう。

 胴を狙ったその一撃は、しかしかろうじて防がれるが、相手の握り手にガツンと入った。強烈な小手打ちですね。本物の剣だったら手の甲が割れている。


 今回は重装備の甲冑篭手やガントレットなどは着けておらず、せいぜいが革手袋ぐらいなので、その衝撃に相手は思わず木剣をガランと落としてしまった。

 そこにカロちゃんはすかさず突きを入れる。もちろん寸止めだ。


「やめっ。カロリーナの勝ち」


 主審のディルク先生がそう宣言し、剣術訓練場の会場内からうわぁーっという大きな歓声が上がる。

 なにせ、それほど強いとの前評判のなかった2年生女子のカロちゃんが、3年生を打破ったのだ。相手は呆然として肩を落とした。

 もちろん、うちの部の応援席は大騒ぎだ。


 なにやら爽やかな風が、後方から少し流れているのは取りあえず無視するとして、俺はその風の出元の隣にいるエステルちゃんを振り返る。

 彼女は満面の笑顔で両手を突き上げて、ぴょんぴょんと跳びはねていた。




 会場内の興奮がようやく収まり、副将のルアちゃんが出て来る。

 彼女の性格からするとカロちゃんの勝利に気が高ぶっただろうが、フィールドに現れたその姿は意外にも落ち着いているように見える。

 対戦相手は、しかし4年生の男子。それも身長がかなり高く体格も良い。


 ルアちゃんはうちの部でもいちばん小柄なので、それぞれが開始線に離れて立っていても、その身長差が際立って見える。

 先日のエステルちゃんとの試合稽古では、静の動きでの立ち上がりを見せたが、さてさて、今日はどういう風に闘おうと思っているのだろう。

 もちろん相手チームの副将である彼のことは、普段の練習時から良く見ているし彼女も分かっている。体格を活かした重量感のある剣を振る男だ。


「はじめっ」のディルク先生の声が掛かると同時に、ルアちゃんは一気に走り出し高速戦闘に突入した。

 素早い前後左右の動きと、次々に繰り出す縦横無尽の剣。彼女が本来得意とする闘い方だ。


 対して相手の4年生男子は、四方から降り注ぐようなルアちゃんの剣を上手く合わせて防ぎながら、ブンと重そうな一撃を振り下ろす。

 あれを喰らえば、ルアちゃんなら一発でやられてしまうだろう。

 しかし彼女の動きが速く、なかなか狙いが定まらない。


 そしてルアちゃんは、相手が剣を下段に構え直す僅かのタイミングに、動きを一瞬止めて姿勢を低くした。

 跳ぶな、と思った瞬間、彼女はビュンと跳ね上がり、背の高い4年生の上方から鋭い斬撃を振るう。


 下段から振り上げる受けは僅かに合わせることが出来ず、ルアちゃんの高速の剣がせんを制して4年生の肩口に入った。

 ルアちゃんは跳んだ勢いのまま姿勢を崩す彼の後方に着地し、続けざまに相手の腰辺りへと緩く木剣を打つ。



「決まったー」

「決まったわよー」


 先ほどのカロちゃんに続いて、うちの部の応援席は再び大騒ぎになった。

 爽やかな風ばかりか鼻をくすぐる甘い香りも流れて来ますが、取りあえず無視しましょう。


 2年生のふたりの女子が、3年生、4年生と続けざまに破り、会場全体も大盛り上がりだ。

 エステルちゃんは満足げに微笑んでいる。うちのお姉さん方は、握り拳を突き上げたり拍手をしたり、よろけるほどにティモさんの肩を叩いたり、騒がしい。


 さあこれで2勝2敗になりましたよ。次は本日の最後の闘い、大将戦だ。


 ゆっくりとうちの大将のブルクくんが、開始線まで歩いて行く。

 そして向うの大将はローゼマリーさんだ。彼女もゆるゆると歩いて開始線に立ち、そして顔を上に向け、何ごとかを祈るように剣術訓練場の高い天井を見上げる。


「双方、いいか」

「はい」


 主審のディルク先生の問いかけに応えたブルクくんは相手を鋭く見つめ、ローゼマリーさんも視線をブルクくんへと向ける。



「はじめ」の声に、ふたりはお互いに相手の出方を伺いながら、ゆっくりと前進し始めた。

 そして示し合わせたかのように、間合いの一歩手前の位置で止まる。

 ふたりともに身体の右手側に高く木剣を掲げている。これは一撃で決める斬り落としの距離と構えだ。

 つまり、相手が斬ると同時に見切って斬り落とし、せんまたは後のせんでどちらかが勝つ。


 ブルクくんも俺の指導で見切りを随分と鍛錬しているが、これは頭で考え想像する以上にとても難しい。

 生死の間境まざかいでの勇気と冷静な判断、思い切りと的確な剣技が試される。

 会場内がしんと静まり返った。


 俺が見るところ、まだあのふたりがこの闘いに挑むには未熟に過ぎる。

 誤って首から上を打ってしまう可能性もあるし、それを受けずに同時に剣を振ってしまうかも知れない。

 寸止めなど尚更出来ない斬り合いになる。


「ザカリー様っ」


 後ろからジェルさんの小さく鋭い声が来た。彼女もそれを感じたのだろう。

「いざという時は、僕が行くよ」と、努めて落ち着いた声で直ぐに返す。



 その刹那、ローゼマリーさんが一歩踏み込んで鋭く剣を振り下ろし、同時にブルクくんも振るった。

 だが、お互いの踏み込みも斬り落としも甘かった。

 肩口に落ちたかも知れない双方の木剣は剣先同士がぶつかり、ゴツっと音を立てるとふたりともに体勢を崩す。


 いち早く体勢を立て直したのはローゼマリーさんだった。

 その辺がやはり、2年間の経験と訓練の差だったのかも知れない。

 ブルクくんが体勢を直しながら木剣を振り上げる隙を見て、下から身体全体を伸ばすようにして空いた彼の胸板に木剣を突き刺す。


 それでブルクくんは転倒しなかったものの、後ろによろけた。

 そこにローゼマリーさんが猛然と襲い掛かり、胴をしたたかに打つ。


「勝負ありっ」


 ローゼマリーさんはその声を聞いて後方に下がり、立ち止まると「ふぅーっ」を大きく息を吐いた。

 ブルクくんの側にはフィロメナ先生が駆け寄って、打たれた胴の具合を見ていたが、どうやら問題はなさそうだ。

 クロディーヌ先生が来て診察し、軽く回復魔法を施してくれていた。



 いやぁ、ブルクくん。まだまだ鍛える要素は多そうだな。でも君は良く勇気を持って挑戦したよ。

 今日でいちばんの緊張感から解き放たれた会場からは、静かに拍手が鳴り始めていた。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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