第37話 俺の秘密とエステルちゃんの秘密
屋敷に戻った俺は、とりあえずシャワーを浴びに行く。
エステルちゃんは俺の着替えの支度などをしてから、自分も使用人用の浴室に行ったようだ。
クロウちゃんも俺と一緒にシャワーを浴びる。カラスの行水じゃなくて、クロウちゃんはこう見えてもとてもキレイ好きなんだよ。クンクン。
今日の朝からの出来事を思い返しながら、ゆっくりとシャワーを浴び、用意されていた普段着に着替えて食堂へ行く。
なにせお腹がとても空いているからね。
姉さんたちはもう昼食を済ませたのか、アン母さんだけが食堂にいた。
「今日は大変だったわね。さあ、お茶でも飲みなさい」
と紅茶を淹れてくれる。
「ザックも疲れてるでしょうから、詳しい話はあとでヴィンスから聞くわ。すぐにお昼ご飯も来るでしょうし」
母さんと静かにお茶を飲んでいると、家令のウォルターさんがエステルちゃんを伴って俺の昼食を運んで来た。
そして手際よく、テーブルに食事を並べる。
「ザカリー様、本日はお疲れさまでした。さあお食べください」
「エステルさんは大変だったでしょう。お昼はもういただいたのかしら」
母さんがそうエステルちゃんに声をかける。
「はい、シャワーを浴びてお昼もいただきました。奥さま、あの、わたし……」
「いいのよエステルさん。あなたは何も悪くないんですよ」
そうです。エステルちゃんは何も悪くはないですよ。モグモグ。
クロウちゃんもご飯を貰って、静かにお食事中だ。
俺が食べ終わる頃、ヴィンス父さんが食堂に顔を出した。どうやら騎士団との打合せが終わったようだ。
「ヴィンス、もういいの? それじゃ詳しい話を聞かせてくださいな。ウォルターさんも一緒に。それからザックは、お食事が済んだのならお庭でも散歩してきなさい。お外の風で頭を冷やして、少し反省するのがお薦めよ。エステルさんお願いね」
母さんは怒ってないかと思ったけど、やっぱりちょっと怒ってました。
「はい、お散歩してきます」
「ザックさま、お散歩に行きますか?」
「うん」
「では、お片付けしてきますから、ちょっと待っててくださいね」
「うん」
食器の片付けを終えたエステルちゃんと、俺は屋敷前の広い庭園に出た。
クロウちゃんは、空に飛び上がって上空を旋回し、また俺の頭の上に戻って来るのを何回か繰返す。俺と見えない力で繋がっているので、なんだか落ち着かないのだろう。
やがて庭園の中にあるテラスに着く。
「エステルちゃん、ごめんね」
「ザックさまは何を謝ってるんですか。何か謝ることでもあるんですか?」
「だって、迷惑かけたから」
「迷惑なんてかかってませんよ。ただわたしは、今日はいろんなことがあって、いろいろびっくりして……」
アストラル大森林に特別訓練に行き、ファングボアを討伐、そして魔獣カプロスに俺が立ち向かおうとして、さらにはフェンリルというらしい恐ろしいモノと遭遇して。
「カプロスが逃げ出した巨大で銀色のオオカミは、なんだったんだろうね。エステルちゃんはたしか、フェンリルとか言ってたみたいだけど」
「あのとても大きなオオカミさんですか? たぶんフェンリルという名のものじゃないかと咄嗟に思ったんです」
「それはどんな魔獣なの?」
「魔獣というより神獣? 滅多に人と出会うことのない、神様からの使いと言う人もいるようです」
そういえば、この世界の神様はあまり人の前に現れることがないと、女神のサクヤが言ってたな。それにしても神獣か。
「そんなことより、ザックさまはあのカプロスとなんで闘おうとしたんですか。それにあの剣はなんですか」
「あ、そこは見なかったことに……」
「そんなことできるわけないじゃないですか。誰にも言わないのは同意しましたけど、ちゃんと教えてもらわないと、ぜったいに納得できません」
そうですよねー。どうしようかな。
「エステルちゃん。僕はね、この世界と違う世界から生まれ変わった存在なんだ。もちろん母さんから生まれて、正真正銘、父さんと母さんの子だけど。別の世界の魂と記憶なんかを引き継いで生まれたんだよ」
「え、は? 生まれ変わった? それは……ザックさまは流転人なんですか?」
「流転人? その言葉は知らないけど。信じられないかもだけど、そうなんだ」
「流転人というのは、わたしの一族の言い伝えにあって。だからわたし、信じます」
「エステルちゃんの一族って?」
「あ、あの、わたし、じつは人族じゃなくて精霊族のファータ人なんです。見た目は人族と変わらないんですけど。……それでファータ人に昔から伝わっている伝承のなかに、この世界と異なる理の世界から、魂だけが流れて来て転生することがあるのだって。だからそういう人のことを、流転人と呼ぶんだそうです」
異なる理の世界から魂だけ流れて来て、転生した、か。まぁその通りだね。
あとで聞いたり調べたりしたところでは、エステルちゃんの一族だという精霊族のファータ人は、自分たちが運命の女神ファルティナ様と繋がりのある精霊を祖先に持つと言い伝えている。
それで、世界の理と運命、魂の流転などについての伝承もあるそうなのだ。
「そうですか、ザックさまは流転人なのですね。だからときどき変なことをしでかすんですね」
ときどきしでかすって、しても少しだよ。
「だからザックさまがそう言うのなら、それは信じますけど……て、どうしてあんな恐ろしい魔物に立ち向かったんですか。あそこで死んじゃってもおかしくなかったんですよ。それなのに、あんな不思議な剣をいきなり手に持って」
そうだよね。エステルちゃんの言う通り、あそこで殺されちゃってもおかしくなかった。
あんな魔物を相手にするのは、まだまだ早かったよ。逃げる隙をつくってくれたのはエステルちゃんだった。
「あぁ、あれは剣というより、僕が前いた世界の刀だよ。まーあれは太刀だけど」
「そのカタナ? ですか、なんだかいきなりザックさまの手に握られていて。それをどうやって出したんですか? どこから出したんですか? どこに持ってたんですか? ザックさまはマジックバッグ持ってるんですか?」
あー、ようやくいつものエステルちゃんが戻って来た。ところでマジックバッグってなに?
「うーんとね。それは僕が神サマからいただいた能力? だね」
転生特典で貰ったものだからウソではない。特典とか言うと混乱するから、まぁ能力だよね。
「神様からいただいた能力……」
この世界の人に理解できないものは、だいたい神サマのせいにすればいいだろう。
エステルちゃんは納得したような、してないような顔をしていた。
2回目の転生なんて言うと更に混乱するだろうけど、さてどこまで話をしようかな。
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