第392話 水の精霊屋敷
アルさんが建てた屋敷の中を見せて貰うことにした。
「中は広めに造ってあるので、皆で入って大丈夫ですぞ」と言うので、全員で中に入る。
アルケタスくんも入りますか。蹄に付いた土は入る前に落とすんですよ。ヒヒン。
内部は、うん、アルさんの言う通り広いですが、ガランとしてます。天井も高いです。
「アルったら、自分の本体の大きさの感覚があるから、どうしても大きめに造っちゃったみたいなのよね」
「いやいや、シルフェさん。ちゃんとこの姿の感覚でイメージしておりますぞ。何も置いてないから広く感じるのじゃて」
屋敷内部の間取りは、このメインホールとその奥に部屋が3つある。
そちらも見せて貰ったが、それぞれの部屋もかなり広めで、当たり前だが家具が何も無くやはりガランとしていた。
「ニュムペ様たちって、眠る時はどこで寝るんですか?」
「わたしたちは奇麗なお水があれば、そこに溶け込んで眠ることが出来ますよ」
「でも、うちの屋敷に滞在していた時は、ベッドでお休みになっていましたよね」
「ああ、ザックさんのお屋敷のベッドは気持ちよかったです。そうですね、水の外に出ていれば、普通に横になって眠ることも出来ますね」
「ザックさま」
「そうだね、エステルちゃん。そうしようか」
「そうしましょう」
エステルちゃんが言いたいことは、言葉に出さなくても理解出来る。
「ニュムペ様。この屋敷に入れる家具を少し買いましょう。ほら、例の盗賊団の砦にあったお金を、妖精の森の再建資金に充てる予定でしたからね」
「取りあえず皆さんのベッドと、あとは椅子やテーブルとタンスとか、大きなカーペットも揃えましょう」
「ザックさん、エステル。それは良い考えだわ。そうしてあげなさい」
「ええー。ザックさん、エステルさん、そんな勿体ない」
「どうせ出どころは盗賊団ですから、勿体なく無いですよ。言ってみれば泡銭です」
「あぶくぜに??」
「泡のお金ってなんだ」
「水の精霊様だから、泡に掛けたのよー、きっと」
「水の泡ですか? それってあまり良く無い意味のような」
いやいやお姉さん方、別に水だから泡ってことの意味ではないですから。
「ところでアルさん。この屋敷って、どんな魔法で造ったの?」
「あ、それ、わたしも知りたいわー」
「まあ、それほど複雑なことはしておらんぞ。材料の基本は土魔法じゃし」
「硬化して石のようにしてるのよねー。でも床や中の壁はそんな感じだけど、外の壁はなんだか煉瓦みたいよー」
「おお、良いところに気が付いたな、ライナ嬢ちゃん。壁は二重にしての、外壁部分は焼いてあるのじゃよ。まあ二重にして壁の強さを保つのと、あとは外観の見栄えじゃな」
なるほどね。土魔法で固めて硬化させた土のブロックを、高温で焼いた状態にしているのか。まさしく煉瓦モドキですね。
ということは、火魔法も組み合せているってことだよね。
「まあそうじゃの。同時発動させて、一気に生成しておるがな。あとは組み上げに、主に空間魔法じゃな。特に屋根を被せるには必要じゃからの。
基本は土魔法で作った石のパーツを組み上げて固め、その壁を立てることで構造体を造っているようだけど、屋根もいわば石材製で重量がそれなりにありそうだ。
なので、天井部に石の梁を渡して強度を高め、その梁と柱を組み合せて屋根部分を支えているってところだろうか。
確かに土魔法でパーツは作れても、それを組み上げて行くには空間魔法が必要なんだろうな。
「土魔法だけじゃなくて、火魔法と空間魔法かー。煉瓦みたいな外壁は別としても、こういう建物を建てるのには、空間魔法がいるのねー」
「まあ、そうじゃな。ライナ嬢ちゃんは土魔法の達人じゃから、あとは空間魔法を覚えればの」
「それって、わたしでも出来るかなぁ」
「出来るぞ。空間魔法は、四元素魔法よりキ素力を遥かに使うがの。ライナ嬢ちゃんなら大丈夫じゃて」
「ねえ、わたしに空間魔法を教えて教えて、アルさん」
「良いともよ」
「やったー」
「(あの、ザカリー様ザカリー様)」
「ん? なにかな、アルケタスくん」
「(ザカリー様のとこのお姉さんたちは、ドラゴン様が怖く無いんすか)」
「ああ、わりと仲がいいからね。アルさんには良くして貰ってるよ」
皆にはこのユニコーンと心の中で言うことが解ると話したので、俺はもう普通に声を出している。
アルさんが森に入ると、森に棲む住人たちは畏れて近寄らないみたいだから、ライナさんとかが何ごともなく会話をするばかりか、魔法を教えて貰うおねだりまでするのが不思議なんだろうね。
まあアルさんは、うちのお姉さんたちには甘いからな。
「(なんだか、ザカリー様のとこって凄いっすよね。ザカリー様ご自身がとても強そうだし)」
「ザックさんは強いわよ。ザックさんのご家中じゃ、この方がいちばんだし。人族の中でも飛び抜けてると思うわよ」
側で聞いていたシルフェ様がそんなことを言う。
シルフェ様たち人外チームも、昨年には一緒に地下洞窟で闘った仲だしね。
ただ、人族全体で俺の実力がどのくらいなのか、他の種族とはどうなのか、魔獣や人外の方とはどのぐらいの差があるのか、そんなことを俺自身は良く把握していない。
「(そうすか。真性の風の精霊のシルフェ様がそうおっしゃるなら、そうなんすね……)」
アルケタスくんはそう念話で言ったあと、何かを考えているようだった。
念話は自分以外の誰かに伝えようという意志が無い限り伝わらないから、考えていることまでは分からない。
「ところでアルさん。この屋敷には、玄関口のドアや窓の硝子とかはないけど、やっぱりそういうのを作るのは難しいの?」
「おお、そこですじゃ。窓の硝子は、なんとか作れないこともないですがの。石の窓枠だと、割れないように填めるのが難しそうなのじゃ。やはり窓枠は、木で加工せねばなるまいの。ドアも同じじゃ。蝶番の問題もあるし、石のドアでは重過ぎるしの」
なるほどね。さすがに長生きしていることもあって、人間が作るような物のことも良く知っている。
あと木材は、無闇に森の木を伐り出す訳にも行かなかったのかな。加工も難しいしね。
「ザカリー様、砦跡に解体した木材が山積みになってやすよ。確か、ドアに使っていた蝶番もありやした」
「ああそうか。ブルーノさんそれだよ」
「木材の加工なら、わしらが出来ますぞ。なあエルノ」
「里では自分たちで家を建てたり、修理したりしておりましたからな」
「私たちで窓枠やドアは作れますよ。窓硝子はアル殿に作っていただければ」
ファータの男衆の3人がそう言ってくれた。
この3人とブルーノさんに任せるなら大丈夫だろう。
「どうかな、アルさん」
「おお、なるほどの。新しく木を伐り出しても、加工はどうするかと考えておったのじゃが、あの砦の廃材を利用するのは良いな。窓の硝子は、わしが作りましょうぞ」
「はいはいはい、はーい」
この話を聞いて、ライナさんが勢い良く手を挙げた。
「はい、ライナさん、どうぞ」
「わたしも、硝子が作れるようになりたーい。アルさんに弟子入りしまーす」
「ライナはまた」
「でも、ライナ姉さんなら食いつくと思いました」
「いいんじゃないですかね。ねえ、アルさん」
「エステルさまの了解、いただきましたー。アルさん、いい?」
「ライナ嬢ちゃんには敵わんの。いいですぞ。硝子作りも土魔法と火魔法を使うのじゃが、空間魔法も合わせて教えますかの」
「えー、やったー」
硝子を作るのに、土魔法に火魔法を複合させるのは何となく分かるな。
それにしても、空間魔法も教えて貰うのか。それ、いいなぁ。
「ザックさまは学院でお勉強ですからね。それに明後日から対抗戦ですよね」
「そうであります」
そうでした。どうせシルフェ様たちとアルさんも観戦に来るだろうから、この屋敷の作業は対抗戦が終わったあとになるだろうね。
「それでは、お茶を飲んでひと息ついたら、王都に戻りますよ。ティモさん、椅子とテーブルをお願いしますね。ザックさまはお茶とお菓子を出して」
「わかりました、エステル嬢さま」
「へーい」
ティモさんがマジックバッグから椅子とテーブルを出し、俺は無限インベントリからお茶とお菓子を出す。
この椅子とテーブルは、仮使いでこの屋敷に置いて行くか。
現状は家具が何もなくてだだっ広い部屋だから、簡易な椅子とテーブルでも取りあえずは役に立つよね。
「(ザカリー様ザカリー様)」
「ん? なんでしょうか、アルケタスくん」
「(さっき、ザカリー様がいちばんお強いって、シルフェ様がおっしゃられたっすが、いちばん強いのって、エステル様じゃないんすか?)」
「ああ、君はいいところに気が付いたね」
強いっていう意味が若干違うところもあるけど、うちの屋敷でいちばん強くて偉いのはエステルちゃんで間違い無いのであります。
まあ君もうちの特製のお菓子でも、クロウちゃんと一緒に食べて行きなさい。美味しいよ。カァ。ヒヒン。
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