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第390話 迷い森づくりと、新しい出会い

 起点に設置した霧の石が問題なく霧を発生させることが確認出来たので、早速二手に分かれて行動を開始することにした。

 組み分けだが、先ほどライナさんが行ったように土魔法で設置の仕上げをする必要があるので、俺とライナさんが別々の組になる。

 あとは設置予定場所を辿って行くので、事前準備を行った調査探索チームもふたつに分ける。


 それで、俺とエステルちゃん、ブルーノさんにアルポさん、そしてジェルさんが付くチームと、ライナさんにティモさんとエルノさん、オネルさんのチームになった。

 クロウちゃんは空に上がって、両チームの位置確認と連絡係だね。カァ。

 シルフェ様とシフォニナさん、アルさんは先に水源地へと行く。


「それじゃ行動開始。お昼までには半分終わらせるよ」

「はーい」


 ティモさんが持つマジックバッグに、予備も含めて30個ほどの霧の石を入れる。

 あと見取り図は、ティモさんが写しをちゃんと用意していた。

 ライナさんチームが北側、俺のチームが南側を廻るということで、それぞれが出発する。



「まずここでやすな」

「穴はこちらに開けてありますぞ」


 先ほどの起点で霧の石を設置した位置から2,700ポード弱。つまり800メートルほど進んだ場所だ。

 霧の石が霧を半径450メートルの範囲に霧を留まらせるということなので、念のために途中で途切れてしまわないように、少し間隔を短くしてある。


 いちいち無限インベントリから俺が取り出すのも面倒くさいので、こちらはシルフェ様が持って来たマジックバッグに同じく30個ほどの霧の石を入れて、エステルちゃんが肩から下げている。


「それじゃエステルちゃん、設置して」

「はーい」


 彼女が準備してあった穴に霧の石をひとつ据え、俺はライナさんがやったのと同じように穴の内側や周囲の地面を硬化して固める。


「エステルちゃん、起動をお願い。キ素力はほんのちょっとだよ」

「はーい」


 キ素力をたくさん流し込むと爆発するって、シルフェ様が言ってたからな。

 ライナさんもエステルちゃんも、キ素力を循環させる力が普通の人間より遥かに強いので、慎重にほんの少しだけにして貰う。


 彼女が「はいっ」と言ってキ素力を流すと、霧の石は薄ぼんやりと青く光り出して霧を発生させ始めた。


「起動完了。ザックさま、蓋をして」

「へーい」


 これも先ほどと同様に軽石風の石をいくつか作り出して穴を埋め、上から土を被せて覆い、ライナさんが造ったのと同じ高さ50センチほどの口が広い煙突を造り出す。



「これで、満遍なく霧が覆うかまずは確認だね」

「そうでやすな」

「あちら側とうまく霧が繋がるか、わしが確認して来ますぞ」

「そうだね。お願いします、アルポさん」


 みるみる俺たち5人を霧が包んで行き、アルポさんが先ほど来た方向へ引き返して行った。

 こういう霧の中の行動は、ファータの里では日常なので彼らは慣れている。

 一方で俺は、上空にいるクロウちゃんと視覚を同期させた。ライナさんチームも霧を発生させたか見るためだ。

 うん、向うも無事に霧が出ているね。こちらもあちらも霧がじわじわと広がり、やがて起点の霧と融合するように繋がって行った。


「ライナさんの方も霧が出て、繋がったようだね」

「そうでやすか。まずは順調でやすな」

「あとは、ライナがティモさんとかを困らせていなければいいがな」

「オネルさんとエルノさんがいるから大丈夫よ、ジェルさん」


 やがてアルポさんが引き返して来て、無事に途切れもなく霧が繋がったのを確認したと報告してくれた。

 さあそれでは、次に行きましょうか。



 こうして10個ほどの霧の石を設置して行く。位置関係的には水源地の南方向というところだ。

 霧で半径3から4キロメートルぐらい、厚さ900メートルのドーナツ状の円を描いているので、半円がもう出来ている筈だ。

 俺はクロウちゃんの視覚を通じてそれを上空から確認する。

 ではそろそろお昼にしましょうか。クロウちゃん、ライナさんに連絡して来て。カァ。


 それで、ブルーノさんの先導で森の中を水源地に向けて進む。

 時折、赤セルバスつまりシカを見かけるが、今は狩りはしませんよアルポさん。


 アルポさんとそれからライナさんチームに分かれているエルノさんも、何故か弓を背負ってますけどね。

 そう言えば、ブルーノさんとティモさんも背負ってるよな。

「いえ、森の探索の心得ってものでやすよ」と、ブルーノさんは言っていたけどね。



 ブルーノさんたちがどこまでこのナイアの森を把握し終えたのかは分からないが、彼とアルポさんは何の躊躇いも無くひょいひょいと森の中を進んで行く。

 そして40分ほどで水源地へと到着した。

 あ、シルフェ様たちがいるね。それからニュムペ様とネオラさんに、まだ会ったことがなかった水の精霊さん3名が揃っている。


 それほどの間を置かずに北方向からライナさんたちが現れ、空からクロウちゃんも下りて来たので、揃って挨拶をしましょうか。


「ザックさん、エステルさん、皆さん、ご苦労さまです。お陰さまで引っ越して参りました」

「はい、お引っ越しおめでとうございます。ここが良い妖精の森になることを、心からお祈りしています」


「ほら、そっちに引っ込んでいないで、ザックさんたちにご挨拶なさい」

「はい」


 水の下級精霊の3名はおずおずと俺たちの近くに来て、皆と挨拶を交わした。

 3人とも同じように薄い青の長い髪を垂らし、水色のドレスのような服装で、とても華奢な感じだ。もちろんその姿はそれぞれに美しい。


 水の精霊さんて、風の精霊と比べると大人しくて人見知りな感じなんだよね。

 精霊が人見知りという表現が正しいのか、これまでおそらく人間とは接触したことが無かっただろうしね。


「この子たち、アラストル大森林生まれなんですよ。だから、この地は初めてなのです」


 へぇー、大森林生まれなんだね。それじゃ人間とは会ったこともないよね。

 どうやらニュムペ様は、元の妖精の森から一緒に大森林に行った精霊さん2名をそのままあちらに置き、新しく向うで生まれたこの3人を連れて来たのだね。

 王都圏のこの地をまったく知らない者を敢えて選んだのは、過去を断ち切るという意味合いもあったのだろうか。


 3人の下級精霊さんは丁寧に俺たちに挨拶をし、とりわけエステルちゃんには上位者に対するような挨拶をした。

 シルフェ様の妹という扱いを事前に聞かされていたのかな。



「それでは、お昼にしましょうね。人間のお食事は大丈夫ですよね」

「もちろん、この子たちも大丈夫です、エステルさま」


 すっかり人間の食事が好きになってしまったネオラさんが、直ぐにそう応えた。

 なんでも先日にブルーノさんたちがここで野営をさせて貰った時にも、一緒に食事をしたそうだ。

 まあそのうち、うちの屋敷にも招いてアデーレさんの美味しいご飯をご馳走しましょうかね。


「それじゃ出して、ザックさま」

「へーい」


 食料運搬係は、当然ながら俺ですね。今日は精霊さんたちも食べることを想定して、アデーレさんにエディットちゃんたち少年少女が総動員で大量のサンドイッチを作って、持って来ております。

 先日にアルポさんたちが狩った赤セルバスの肉がハムにされていて、その赤セルバスハムのサンドイッチがメインですよ。


「このパンに挟まれたお肉、ただの焼いたお肉とは違うのね。とっても美味しいわ」

「これはハムというものです、おひいさま」


「アルポさんたちが狩りをした赤セルバスのお肉を、うちでハムに加工したんですよ」

「わしらが狩った赤セルバスですぞ。たんと召し上がってくだされ、シルフェ様」


 うちは休日に俺が大量の氷を作らされて保管してあるので、肉の冷蔵熟成が出来る。

 赤セルバスの肉が手に入ったので、エステルちゃんが岩塩を買って来てアデーレさんとハム作りをしたのだ。


 熟成日数がまだ少し足らないことから、今日のは温燻を行って加工したものを薄く切り、少し焼いて野菜と共にパンに挟んでいる。

 これはこれで、とても美味しいであります。

 初めて人間の食べ物をいただく水の精霊さんたちも、美味しそうに食べていた。



「それでは午後の作業に行ってきます」

「お願いします、ザックさん」


「アルさんたちはどうしてるの?」

「ちょっとわしが、精霊たちのために小屋を作ろうと思っての」

「ほら、ニュムペさんたちは水の中でもいいんだけど、こうやって地上に出ることもあるでしょ。だからアルに作って貰おうと思ってね」


「わたしはいいって言ったんですけど、アルが作ってくれるって言うものですから」

「まあ、わしに任せておきなされ、ニュムペさんよ」


 アルさんが魔法で造るんだね。何の魔法でどんな小屋を造るのか、それも見てみたいところだが、俺たちは霧の石を設置する作業を済ませてしまいましょう。

 ライナさんも見たそうにしていたけど、オネルさんにお尻を叩かれて出発して行った。




 午後の作業も順調にこなして行った。このひとつを設置すれば、見取り図からすると次の場所でライナさんチームと出会うことになる。

 クロウちゃんの視覚で空から確認すると、うん、奇麗な円を描いて霧のドーナッツが出来ていますね。

 あと800メートルばかりの隙間を空けて、その輪が閉じようとしている。お互いのチームが霧の中を進んでいるので、姿は見えないんだけどね。


「向うからライナさんたちが来やすな」

「そうだね。あれ?」


「どうしました? ザックさま」

「何か異変でもありますか?」

「何だか、えーと、変な気配がする」

「変な気配?」


 ライナさんたち4人が近づいて来る気配は確かに感じるんだけど、その4人以外の何かが一緒にいる。

 俺は探査・空間検知の力を発動させて霧の向うを探った。確かに何か、四つ足で進んで来るものが探知される。

 もうすぐこちら側の霧の端を出て、向うも出て来るだろうから視認出来る筈だ。



 霧の端を出た。そして最終の設置予定地点へと少し緊張しながら森の中を進む。

 この東側最奥エリアは湖畔近辺よりも木々の密度が多少濃く、視界が遠くまで届かない。

 まさか、何かが近くにいるのに、ティモさんやエルノさんが気付かない訳がないよな。

 俺はそんなことを考えながら、少々緊張して歩みを進める。ほかの4人も同様だ。


 やがてティモさんの姿が見え、直ぐ後ろにライナさんがいて手を振っている。

 緊張感の欠片もない様子ですけど。

 そのとき空からクロウちゃんが下りて来て、俺の頭の上に止まった。


「カァカァ、カァ」

「え、なに? 白いのがライナさんたちと一緒にいるみたいだって。白いの?」

「なんでやすかね」


 ライナさんに続いてエルノさんが姿を現し、その後ろにオネルさん。そしてその直ぐ後ろに、白いの……。


「あ、あれって、小型の白いお馬さんみたいですよ、ザックさま」

「馬でのうて、頭にツノがありますぞ、エステル嬢さま」

「白くて、頭にツノのある馬……。もしかして、ユニコーンでやすか」



「うまく出会えたわねー」

「ちょうど良いタイミングでしたね」


「それはそうなのだが、おい、オネルの後ろにいるそれは、どうした」

「あー、ユニコーンさんに出会っちゃったのよ。なんだかオネルちゃんに懐いちゃってねー」


 オネルさんが、まるでそのユニコーンを従えるようにやって来た。

 おお、これがユニコーンですか。この世界の馬よりも確かに少し小型だ。前世に俺がいた世界の馬と同じぐらいの体格だな。

 前々世の競走馬よりはずっと小さいが、ポニーほどは小さくない。


 全身は真っ白で長いたてがみにふさふさとした尾、顔には顎髭があり、そして何と言っても長い1本のツノを額から生やしている。

 生まれて初めて見ますよ。尤もこの世界では初めて見るものが多いのだけど。


「オネル、それ、そのユニコーンか、いったいどうしたんだ」

「それが、ジェル姉さん。途中で霧の中から現れたんですけど、わたしたちが吃驚して眺めていると近づいて来て、そしたらなんだか、わたしの後を付いて来るんですよ」


 伝説ではユニコーンは乙女が好きで、えーとつまり、処女の娘に惹かれるのだとされている。

 オネルさんがそうなのかどうかを俺は知らないが、彼女を気に入ったということなのかな。



 俺は慎重にそのユニコーンに近づいて行った。敵意や怖れは感じられない。そればかりか、オネルさんの横に立って濃い青色の瞳でじっと俺を見ている。


「えーと、ユニコーンさん、ですか?」


 言葉は話せないのだろうけど、いちおうそう声を掛けてみた。


「ヒン」


 そう声を出しましたよね。なんだか、そうだよと言った気がした。


「カァカァ」

「ヒヒン。ブフフフ」

「カァ、カァ」


 え? クロウちゃんて、会話が交わせてるの? ということは、俺も何を言っているか分かったりするの?


「(あのぉー、こんなんで言うことわかるっすかね)」

「(え?)」

「(あれ?)」

「(カァ)」


「(わかるみたいっすね)」

「(あ、ああ、わかる。君って、念話が出来るんだね)」

「(出来るっす。そっちのカラスさんに、あなた様も出来るって聞いたっすから)」

「(カァカァ)」

「(ああ、カラスさんじゃなくて、クロウちゃんて言うんすね)」


 このユニコーン、念話で会話が出来るんだ。さすがはこの世界のユニコーンだな。

 いや、前世での伝説のユニコーンがどうなのかは知らないんだけどさ。


 それにしても君って、なんだか話し方がグリフィニアの屋敷のトビーくんに似てるよね。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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