第389話 霧の石を設置しに行く
対抗戦対策としての日替わり個別特訓を毎日続け、最後のブルクくんで終了した。
ただ、俺がひとりに付きっきりで相対したといっても、部活時間の僅か2時間ほどで各自が飛躍的に強くなる訳ではないので、どちらかというと個別特訓をやり切って対抗戦に向かって行く意識を高めて貰いたい、というところかな。
あとは皆の現在の力量を、直接に木剣を合わすことで知るという意味合いもある。
特に1年生のふたりだよね。
3月に入部してからこの2ヶ月。2年生と一緒に毎日欠かさず練習を行い、うちの屋敷での2回の特別訓練にも参加して、少しずつ伸びて来たように思える。
特に早々と、うちのレイヴンメンバーとの試合稽古をしたのが大きかったな。
絶対的に自分よりも強い相手に、緊張感や恐怖と闘いながら向かって行くというのは、12歳のふたりにとって何かを得る貴重な経験になった筈だ。
そうしてあっという間に日にちが経過し、また2日休日という前の晩に屋敷へと戻る。
「お帰りなさい、ザックさま」
「お帰りなさいませ」
「ザックさん、お帰りないさい」
「お疲れさまでした、ザックさま」
「おお、帰られましたな、ザックさま」
エステルちゃんと少年少女4人にシルフェ様とシフォニナさんが出迎えてくれ、その後ろに執事然とした爺さまが加わっていました。
「アルさん、来てたんだね」
「うむ。先日にニュムペさんたちを森に送っての」
アルさんは、まずアラストル大森林の奥地に行って、ニュムペ様とそれから予定通り配下の3人の水の精霊さんを乗せて、ナイアの妖精の森へと送り届けて来たのだそうだ。
大森林を守護する神獣フェンリルのルーさんとも会って来たのかな。会っても、また口喧嘩をするだけだろうけど。
「ルーノラスかいな。ニュムペさんと精霊たちは、丁寧にこれまでのお礼と挨拶をしておったがの、あのイヌッコロはあんな感じじゃて、素っ気ないものじゃったよ。わしは何かひと言と思ったのじゃが、今回は控えておいた」
ああ、珍しく自重して口喧嘩はしなかったんだね。何百年もお世話になったニュムペ様が挨拶している場面で口出しするのは、さすがに控えたのだろう。
ルーさんは、いつもクールでぶっきら棒な感じだからな。
翌早朝、レイヴンメンバーにアルポさんとエルノさんも加え、ドラゴンさんに精霊様とナイアの妖精の森へ霧の石を設置に行く。
門番はフォルくんとユディちゃんがしてくれるそうだ。
シモーネちゃんもしてくれるのですか? そうですか。悪そうな人が近寄って来たら直ぐに、お兄ちゃんかお姉ちゃんに言うんですよ。風で吹き飛ばすとかはダメですよ。
俺たちが乗る二頭立ての馬車に騎馬が6頭。現在のグリフィン子爵家王都屋敷の全戦力と言っていい。
まあ戦力だけで言えば、アルさんひとりで王都を壊滅させられると思うけどね。
今日のクロウちゃんは、馬車の中でシフォニナさんのお膝の上にいる。
この間、ブルーノさんをリーダーとした調査探索チームと共に、ナイアの妖精の森の調査にあたって貰っていたのだが、おじさんや爺さんたちとの行動だったからな。
久し振りに、柔らかいお膝の上での移動を満喫する訳ですか。カァ。
俺たち一行はナイアの森に入る手前で脇道へと逸れ、森の外周をぐるりと巡って行く。
ブルーノさんたちが見つけてあった、盗賊団が利用していた道だ。
いちおう馬車も通れる幅員はあるが、道路状態は悪く馬車がガタガタとかなり揺れる。
「酷い道よね。おしりが痛くなっちゃうわ」
「お姉ちゃん、我慢してください」
俺とライナさんで整備してしまう手もあるが、改良工事をしてしまって良いものかどうか考えどころだ。
妖精の森ということだけで言えば、出来る限り人工的なものは無くしてしまった方が良い気がする。
と言って、一般の人間が利用する可能性の高いナイア湖畔への道とは別に、森へ入れる動線を確保しておくのも必要かも知れない。
この脇道に入る部分を擬装して隠し、そこから先を整備するとかがいいかな。
俺はガタガタ揺れる馬車の中で、そんなことを考えていた。
「ここから森へ入ります。少し行くと馬小屋がありますので、そこまでは我慢してください」
御者台からティモさんがそう伝えてくれる。
これまで辿って来た脇道は、道の両側にまばらに木々のある森と平原との境界内だったが、ここから森の内部へと入る訳だ。
ティモさんが慎重に馬車を進め、数分ほど走って行くと停車した。
ブルーノさんの報告にあった通り、粗末な造りの馬小屋と言うかバラック小屋がある。
小屋の前はいちおう小さな広場的な空間が開かれており、近くに水場もあるようだ。
ただし小屋自体は小さく、馬が2頭ほどしか入れられないので、これまでの調査探索活動の中でブルーノさんたちが、馬を繋ぐ簡易の馬柵を設えておいてくれていた。
「8頭も繋ぐとちょっと窮屈よねー」
「2頭は小屋に入れやしょう」
「そうだな。馬車の馬は小屋に入れて、6頭は横木に繋ぐ。飼葉はあるのだな。あとは水場から水だ」
ジェルさんの指揮で、テキパキと馬を置いていく準備をする。
レイヴンメンバーもアルポさんエルノさんも手慣れたものなので、俺たちはそれを眺めながら一時休息を取るだけだ。
「わたしもお手伝い」とエステルちゃんが手を出そうとしたが、ジェルさんに「エステルさまは休んでいてください」と言われていた。
俺も小さい時からそう窘められて来たからね。エステルちゃんも慣れないとだよ。
「働かないと、身体が腐りますぅ」と、彼女はちょっと不満顔だった。
あらかた準備が終わったので、集合して今日の作戦行動を確認する。
ティモさんにマジックバッグからテーブルを出して貰って、その上にブルーノさんが森の見取り図を広げた。
「まず、水源地に行く起点の湖畔に行きやす。そこに霧の石をひとつ設置して、霧の出具合を確認でやすな。それから二手に別れて、それぞれこのルートを辿って行きやす。霧の石の設置場所でやすが、近くの木の何本かに目印の縄を縛ってありやすので、その位置を確認して設置してください。あと、距離は測ってありやすが、念のために霧が途中で途切れないかの確認をお願いしやす」
「了解だ、ブルーノさん。よろしいですかな、ザカリーさま」
「いいよ。それでは行動を開始しようか」
「ねえねえ、お昼ご飯はどうするのー?」
「お、そうか」
「ライナ姉さんは、肝心なことを気が付きました」
「でしょー」
「上空からクロウちゃんに、それぞれの現在位置を逐一確かめて連絡して貰うから、ほど良いところで水源地に集合だね。お昼までに半分は終わらせたい」
「わかりました。あと、シルフェさまたちはどうされますか?」
「わたしたちとアルは、先に水源地に行って、ニュムペさんたちの様子を見て来るわ。それでいいでしょ? ザックさん」
「そうですね。では、初めのひとつの設置と霧の出具合を確認していただいて、水源地にお願いします」
「わかったわ」「了解じゃ」
それから、盗賊団が使っていた森の中の小径を走り、起点の湖畔へと向かう。
途中、砦跡へと入った。
「ここって、うちの拠点とかにしちゃダメですかねぇ」
エステルちゃんがそんなことを言う。
拠点かぁ。確かにそういうのがあっても良いかもだな。何かあった時のために、森の比較的浅いこの場所に中継点を造っておくのは悪くない。
拠点機能を持った、どちらかと言うと別荘って感じ?
ただし、王国や王宮に見つからないようにしないとだ。ここはいちおう王都中央圏の中で、法的には王宮が所轄する場所だからね。
そんなことを話しながら湖畔の起点まで森の中を一気に走り抜け、あっという間に到着した。
さて、ここにブルーノさんが言った通り、霧の石をひとつ設置する。
「設置って、ただ置けばいい訳じゃないよね。ファータの森ではどうしてるの?」
「ああ、それはですの。地中に埋めてしまうのですわな。ほれ、ここ。簡単な準備はもうしておいてありますので」
アルポさんがそう説明して、湖畔から少し森に入った場所に皆を導き、その場所の地面を指し示した。
そこには穴が浅く掘られ、霧の石を置く空間を空けて穴の中の周囲を石や砂利で補強してある。
霧の石は土や地面に染み込む水には影響を受けないが、土砂と一緒に流れてしまうと困る。
「出来れば、ライナさんかザカリー様に、少し穴の周囲の土を固めて貰いたいのですがな」
「ああ、なるほどね」
「それじゃ、わたしがするわー。少し広めに固めておくわねー」
ライナさんが掌を地面に差し出すと、みるみる穴の中の壁とその周囲の地面が硬化した。
前々世で言えば、崩れやすい崖や軟弱な地面をコンクリートで固める補強工事みたいなものだね。
「おい、ライナ。硬いのはいいが、ちょっと広過ぎやしないか」
「そうでもないわよ。ほら、少し柔らかい土を上に盛っておけば、直ぐに雑草が生えるわよー」
ライナさんがそう言うと、周囲の地面から土が動いて来て、硬化させた部分の上を覆った。
雑草も一緒に運ばれて来たので、彼女の言う通りやがて定着して、見分けがつかなくなるだろう。
「おお、ライナ嬢ちゃんの土魔法は、相変わらず見事じゃな」
「ほんと、あなたを人族に置いておくのは、勿体ないわよね」
「ええー、そうですかー」
人族に置いておかないとすると、ライナさんは何になっちゃうんですかね、シルフェ様。
まあそれはともかくも、ドラゴンさんや精霊様にそう言わせるほど、ライナさんの土魔法が見事なのは確かだ。
「さて、それでは霧の石を置くわよ。ザックさん、ひとつ出していただけるかしら」
「はいな」
シルフェ様からいただいた霧の石200個は、無限インベントリにすべて収納してある。
俺はそこから1個を取り出した。
大きさとしては、直径15センチほどの何の変哲もない石だが、微かに青味を帯びている。
シルフェ様は今回、200個もの大量の石をマジックバッグに入れて持って来てくれた。
これをマジックバッグごといただいたのだ。
俺の周りで稀少な古代魔導具のマジックバッグが複数、普通に存在するのもどうかと思うが、どちらも元は人外の方々の所有物だから仕方ないか。
「ありがと、ザックさん。それでこれをこの穴の中に置いて。はいこれでお終い。あとはライナちゃん、ちょっとキ素力をこの石に注入して起動させて」
「流し込めばいいんですかー?」
「たくさんぶつけると爆発するから、ちょっとだけでいいのよ」
爆発するですか。それって、キ素力で起爆する地雷みたいなものですか。
それを聞いて、ライナさんは珍しく慎重に僅かな量のキ素力を流し込んだ。
すると、元々青味がかっていた霧の石が薄ぼんやりと青く光り出す。そして、石から微細な霧が湧き出して来た。
「ほぉー」「これは」「どんどん出て来やす」
ファータの者たち以外は、霧が湧き出しているところを見たことがない。
それはみるみる湧き出させる量を増して行った。
「大丈夫そうね。それじゃライナちゃん、上に土を被せちゃっていいわよ。霧の石が雨で露出したり流れないように、上の土も軽く硬化させといた方がいいわね」
「上を固めても、霧って出て来ます?」
「ええ、少しスカスカな感じだったら、石みたいに硬くしても大丈夫よ」
ああ、スカスカな感じということは、多孔質の浮石つまり軽石か岩滓みたいなものだよね。
でもこれは、火山や火山から吹き出した物とかを見たことがないと、なかなかイメージしにくいよな。
俺はなんとなくの軽石を思い出して、そのイメージで石を作り出した。それで、どうしようか頭を捻っているライナさんにそれを見せる。
「ライナさん、こんな感じじゃないかな。これで霧が出ますかね、シルフェ様」
「ああ、いいわね。こういうのなら、霧が石を抜けて出やすいわ。これで埋めて、その上から土を被せれば大丈夫よ」
「なるほどぉ。ザカリーさま、ちょっと見せてー」
ライナさんはそれを持って、いろいろな角度から見ていたが、「こんな感じよねー」ともうひとつ同じような軽石を作り出した。
そして、俺が作ったものと比べて同じであるのを確認すると、更にたくさん作って霧を出し続けている穴を埋め、その上に土を被せる。
霧の石が納められた穴はすっかり埋められたが、その地面から霧が無事に湧き出ている。
「少し囲いを作っておくわねー」とライナさんはその穴が埋められた場所に、広めの口を開けた高さ50センチほどの背の低い煙突みたなものも作り出した。
小動物避けみたいなものだろうね。
これは、地上50センチの高さから霧をもうもうと吐き出す煙突ですな。なんだか不思議な造形物だ。
その霧がどんどん広がって行き、俺たちはいつしか視界を遮る深い霧の中に立っていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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