第388話 対戦と対策
2日休日を終えて学院に戻ったその日、第1回セルティア王立学院課外部剣術対抗戦の詳細の発表があった。
開催自体は既に学院及び学院生会、課外部会の連名で発表されていたのだが、今回の発表には参加チームと対戦スケジュールに加えて出場予定選手の名前もある。
うちの部の選手名も、対抗戦の実施事務局に先日提出しておいた。
事務局は学院の事務方と学院生会が引き受けてくれており、参加する3つの課外部の副部長が連絡調整役として事務局と連絡を取り合っている。
そこら辺のところはヴィオちゃんに任せておけば安心だ。
あと、俺が要望しておいた学院生以外の観戦についても、フィランダー先生が言っていた通りに学院生の関係者のみとすることで許可が下りた。
関係者の基準は、家族やその家屋敷の使用人など関係する者ということになっているが、シルフェ様はいちおう俺の義姉という扱いでOKだよね。
それで、他の3チームの出場予定選手なのだが、総合剣術部はAチームとBチームがあり、Aチームには部長のエックさん、Bチームには副部長のローゼマリーさんの名前がある。これは想定通りだ。
それからAチームにうちのクラスのペルちゃん、Bチームにバルくんの名前があった。
ふたりとも良く選手に入れたね。去年の総合戦技大会での特訓と経験が活きたかな。
そしてアビー姉ちゃんの強化剣術研究部の出場予定選手名簿に、なんとと言うか、やはりと言うか、姉ちゃんの名前が載っていなかった。
キャプテンが副部長のエイディさんで、ハンスさん、ジョジーさんの3年生に2年生のロルくん、それからもうひとりは1年生だ。
姉ちゃんも自分が出場するかどうかで悩んだのだろうけど、チームの勝敗云々ではなくてエイディさんたちに試合を任せたのだろうね。
あと姉ちゃん自身がもう、学院内で対戦する意義を見出してないのかも知れないな。
実力的に勝つのは当たり前だから。
その日の4時限目が終わり剣術訓練場に行くと、既に総合剣術部も姉ちゃんの部も練習を始めていた。
練習開始をブルクくんに任せて、俺はアビー姉ちゃんがいる方に行く。
彼女は自分の木剣の剣先をフィールドに突き、柄の頭に両手を添えて泰然と立ち、部員たちの練習を見ていた。
「姉ちゃん」
「あら、あんたの方からこっちに来るなんて、珍しいわね」
「いや、ほら、出場予定選手の名前が出たからさ」
「そうね。あんたのとこは、1年生をふたりも出すのね。分からないでもないけど、ちょっとびっくり」
「うちはそうなんだけどさ。それよりも姉ちゃんは出ないのか」
「ああ、そのことで来たのね」
アビー姉ちゃんはまるで人ごとのように、そう素っ気なく返事をした。
「もういいかなって。それより、部員たちに経験を積ませてあげたいし」
「そうか。去年、総合戦技大会で優勝したしな」
「あれで、学院ではひと区切りよね。でもさっきはローゼが来て、さんざん文句を言われちゃった」
ローゼマリーさんが文句を言いに来たんだね。総合剣術部副部長の彼女とすれば、姉ちゃんと闘いたかったのだろうな。
「うちでもルアちゃんとかが、凄くがっかりしてたよ。彼女、姉ちゃんと対戦したかったから」
「ゴメンねって言っておいて。まあそれよりも、エイディたちに勝たないとだけどね」
それから、お互いの部の1年生のことなどを少し話して、俺はその場を離れた。
姉ちゃんは出場するかどうかを随分と考えたのだろうけど、決断して発表された今はさっぱりとした表情でいる。
彼女の学院生活は今年の年末までまだ半年以上も残っているのだが、少なくとも剣術についてはもう学院から卒業して、その先を見ようとしているのだろう。
翌日は魔法の練習日だったが、その日の部活は休みにして対抗戦対策に充てることにした。
部員が全員、部室に集合している。
「グリフィンマカロンはいただけなかったけど、他のお菓子をたくさんエステルさまからいただいたから、みんな食べてね」
「グリフィンマカロンは貰えなかったよね。他のお菓子も美味しそうだけどさ」
「あのグリフィンマカロンの味が忘れられませんけど、でもエステルさまのところのお菓子は、どれも美味しそうです」
グリフィンマカロンを貰えなかったのが、そんなに残念でしたか。
ソフィちゃんはうちの屋敷に来て初めて食べて、えらく感激していた。
でもあのね、グリフィンマカロンは日持ちがしないんだよ。冷やしておかないといけないしさ。
昨年にトビーくんが父さんたちと一緒に王都に来たとき、いろいろなお菓子のレシピや作り方をアデーレさんに伝授していたので、王都屋敷のお菓子の種類も豊富になっている。
だから、いま広げられているのも美味しいからね。
「そこで皆さんに発表、です。な、なんと、トビアスさんから監修をいただいて、うちのソルディーニ商会で、グリフィンマカロンを作って販売することになりました、です。もちろん、アナスタシアさまとエステルさまのご許可も、いただいています、です」
いきなりカロちゃんがそう発表した。
へぇー、そうなんだ。王都でも作って売るのかな。って、俺は何も知らなかったのですけど。そもそも、あれの発案者で命名者は俺なんですけど。
前々世での微かな知識の記憶を引っ張り出して来て、トビー選手と共同で開発したのは俺なんですけど。その俺がなぜ何も知らない?
まあ、エステルちゃんが許可したのならいいけどさ。
女子たちはカロちゃんのその発表に、「王都でも売るのよね」「ねえ、いつから販売?」とか盛り上がっていますけど、今日は対抗戦の対策でミーティングをするのですよ。
「えーと、そろそろ本題に入ってもいいかな」
「いいわよ。そのために今日はミーティングにしたんだから。対抗戦対策よね。対戦日程も各チームの出場予定選手名簿も出たんだし。それじゃ、まず日程から確認ね」
「はい、お願いします副部長」
それでヴィオちゃんが、紙に書かれた対戦日程表を皆に配布した。選手名も記されている。
ちゃんと用意をしておいてくれたんだな。さすがはヴィオ副部長だ。
まず開催初日の5月20日の対戦だが、第1試合が総合剣術部Aチーム対強化剣術研究部。
第2試合が総合剣術部Bチーム対うちの部だ。まずこれが初戦。
そして翌21日は総合剣術部Aチーム対うちの部、総合剣術部Bチーム対強化剣術研究部.
最終日の22日が強化剣術研究部対うちの部、総合剣術部Aチーム対総合剣術部Bチームとなる。
「いずれにしろ総当たりだから、3チームとすべて当たる訳だし、第1試合か第2試合かの違いなので、対戦日程は問題ないわよね」
初日が第2試合で、あとの2日は第1試合になるが、ヴィオちゃんの言う通りこれについては特に問題はない。
あるとすれば、初戦がローゼマリーさんの総合剣術部Bチームで、Aチームとの実力差があるのか無いのか不明ということだ。
しかしおそらく、最初の対戦としては良い相手だろう。
「次に対戦相手の選手だけど」
「アビーさまが出ないよ。なんで?」
「ちょっと、ビックリ、です」
「昨日何かお話されてましたよね、ザック部長」
やはりそれが注目されるよね。無視する訳にはいかないので、いちおうは皆にも話すけど、姉ちゃんの本意として想像出来るものは話せないかな。
「姉ちゃんとしては、エイディさんたち下級生部員に経験を積む機会を少しでも多く作りたいというのが、今回の対抗戦の発案に繋がっているみたいだから。それで選手からも、自分は引いたようなんだよね」
「そうなのね。でも、やっぱりアビーさまが出ないのは残念だわ」
「あたし、アビーさまと闘いたかった。かなりがっかりだよ」
「姉ちゃんから、うちの皆へ。まずはエイディたちに勝て、だって」
「そうおっしゃったのね、アビーさま」
「アビーさまのことは、うちの部員に勝ってから言いなさい、ですか」
「あたし、誰と当たってもぜったいに勝つ。それからだよね」
ルアちゃんは姉ちゃんが出ないというのを聞いて、少なからず意気消沈していた。
しかし姉ちゃんの言葉を聞いてあらためて、よしっと拳を握りしめる。
「それにしても、学院で事実上、剣術1位と2位のグリフィン姉弟が出場しないのか。それもどうなのかな」
「姉弟対決というのも、見てみたいのにね」
ライくんとブルクくんの言うことも分かるんだけどね。
おそらく俺はこの先も、こういった試合に出させて貰えなさそうだし、姉ちゃんとの本気の対決とかだと、それは学院の枠の中では無くなっちゃうからなぁ。
「まあ、姉ちゃんとやるとしたら夏合宿でかな」
「お、そうか。それはありだよな」
「それって楽しみだよね」
「あたしも」
「それで、対抗戦の対策だけど」
「そうよね。それが本題だったわ。部長の作戦はなに?」
「作戦発表、ですか?」
「作戦は……」
「作戦は?」
「作戦は……、ありません」
「おいっ」「ええーっ」「こらっ」「なんで」「なんか、なんとなく予想してたわ」
ヴィオちゃんも1年以上の付き合いだと、だいぶ俺のことが分かって来たようですな。
「でも、本当に何もないの?」
「本当にないのであります。主将がブルク、副将がルアちゃん。以上であります」
「それはだいたい分かってるわよ」
「じゃ、今日の対策ミーティングの意味、ない、です」
「そうでもないのですよ、カロちゃん。作戦は無いと言ったけど、対策と僕は言いました」
「なんだか、いつものが始まった、です」
「今日はそれが無かったから、おかしいと思ったよ」
「部長お得意の、へ理屈タイムね」
「へ理屈タイムですか?」
煩いですよ。ちゃんと話を聞きましょうね。
「明日からの練習8日間のうち魔法はお休みにして、身体づくりを2日挟みながら、6日間は剣術の訓練に充てます」
「まあ対抗戦直前だからな。魔法を休みにするのはいいけどよ」
「それはいいとして、身体づくりはお休みにしないのね」
「身体づくりは、間を空け過ぎてはいけませんからね。それで、6日間の剣術訓練ですが、特訓の仕上げとして、毎日ひとりずつ、僕が相手をします」
「えっ」
「あの、部長。毎日ひとりずつと言うと、その日は誰って、部長が付きっきりで訓練するってこと?」
「そうですな」
「そしたら、選手は5人だから、5日間でいいってことよね」
「なーにを言ってるですか、ヴィオ副部長。明日だけはヴィオ副部長とライのふたりになりますが、そこから始めますぞ」
「えっ」「ちょっ」
「次の日がカシュ、翌日はソフィちゃん、それから、カロちゃん、ルアちゃん、ブルクの順で。これで6日間ですな」
「ああー」「うまいこと、日にちを合わせたよ」「だね」
直前の残り8日をそういう風に使って2日休日を挟み、休日明けの20日から対抗戦だ。
まあ対策と言うほどの対策ではないのだけど、こういう時ぐらい毎日ひとりに絞って特訓をするのも良いのではないかな。
今日のミーティングで皆に伝えたかったことは、じつはこれだけだ。
俺からの話を受けて、部員たちはザワザワ何かを話している。
「あの、ザック部長。ひとつ質問してもいいですか?」
「ん? なにかな、ソフィちゃん」
「対抗戦とは直接関係はないんですけど。先日のザック部長のお屋敷での訓練で、訓練終わりにエステルさまのお姉さまに、何か魔法みたいなのをみんなに掛けていただきましたよね」
「え、そうだったっけ?」
あー、やっぱり魔法関係のことなので、ソフィちゃんは妙に勘がいいんだよね。学年首席だから頭の回転も早いし。
「お姉さまは、確か回復の風っておっしゃったように、わたしには聞こえました。回復魔法とかじゃなくて。それに、甘い香りの爽やかな風が流れて来て。あれって、風魔法なんですか? 風魔法にも回復させるものがあるんですか?」
「あー、えーと、そうだったかな。ちょっと僕もわからなかったから、今度聞いておくね」
「ザック部長にもわからないことがあるんですか? ホントですか? 何か言えないこととか……」
「ちょっとちょっと、ソフィちゃん」
「ヴィオさん、なんでしょう」
「ザックくんとこは、いろいろあるのよ」
「いろいろ?」
「そう、たぶんいろいろ」
取りあえずヴィオちゃん、ありがとう。おそらく彼女も気が付いていたのだろうけど、敢えて黙っていてくれたのだね。
それにしてもソフィちゃんは好奇心が旺盛だから、今後もいろいろ尋ねられそうだよなぁ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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