第384話 報告と、反省と
総合武術部の我が王都屋敷での特別訓練は、主任指導教官であるジェルさんから訓練後に各部員への評価や課題の話があって終了した。
部員だけの反省会は、休日明けに部室で行うことにする。
着替えてからいったんラウンジで休憩となり、訓練のお疲れさまご褒美にエステルちゃんから出されたグリフィンマカロンを味わって疲れを癒し、部員たちは帰って行った。
翌日はブルーノさんとティモさんから、ナイアの森改めナイアの妖精の森の調査探索の中間報告を受ける。
このふたりにアルポさんとエルノさんも同行し、この間に1泊2日を2回、計4日間の調査を行い、昨日の午前は現地に残していた野営道具などを回収に行っていたそうだ。
「どこで野営したの?」
「それはあの砦跡でやすよ。馬を繋いで置ける小屋も見つけやしてね」
「盗賊団が使っていた、森の北側から入る入口を初日に発見しましたので、そこから入りました」
ナイア湖畔に通じる道の途中に森の北側に回る脇道があって、それを辿ると砦跡に通じる入口が隠されていたのだそうだ。
そこから森に入り、暫く進むと盗賊団の馬小屋があった。
馬小屋に繋がれていた盗賊の馬は2頭だけで、おそらく荷馬車用と親玉が乗馬に使用していた馬ではないかと思われる。
あまり良い馬ではなかったのと、引いて帰るにしても売ってしまうにしても何らかの痕跡を残してしまうので、小屋から出して逃がしてしまったとのこと。
そしてその馬小屋にブルーノさんたちが乗って来た馬を繋ぎ、砦跡へと行ったそうだ。
「馬小屋は残してありやす。取りあえずは、馬を繋ぐ場所で使えやすのでね」
「うん、わかった。まだ暫くは残しておこう」
それから、先日に俺が書いたナイアの妖精の森の略図に、ブルーノさんたちが調査結果を書き足したものをテーブルに広げて見ながら、ふたりから報告を受けた。
それによると、この森はナイア湖からニュムペ様たちの拠点となる水源地のある東方向にかなり奥深く続いており、森がある王都中央圏からその外へと広がっているのだそうだ。
ブルーノさんたち4人は、ふたりひと組で北側と南側のルートに分かれて東方向へと進んで調査探索を行った。
だが4日間の調査では、水源地を離れて更に東の奥までは行けなかったのだと言う。
「それで、水源地の東側はまだ未調査のエリアもありやすが、霧で隠すとしたら、だいたいこのぐらいの範囲でやすかね」
ブルーノさんが略図に示したエリアは、水源地を中心にしてだいたい半径3キロメートルから4キロメートルぐらいだろうか。
「(ねえクロウちゃん、広さ的にそのぐらいだよね)」
「(カァカァ)」
「(ザックさま、3キロとか4キロとか、何ですか?)」
「(あ、距離を測る単位ね。ほら、僕が前にいた)」
「(ああー。それって、どのくらい?)」
「(うーんと、1万ポードから1万3千ポードぐらいかな)」
「(へぇー)」
前世の世界でメートル法が提唱されたのは18世紀末のことだ。
それ以前は、世界の各地域で異なる単位が使われていた訳だが、基本は人間の身体が基準になっている。尺貫法の尺もそうだよね。
この世界では、フィートとほぼ同じ足の大きさを起源とするポードという単位が使われている。
長さは30センチよりも少し短い感じだ。またポードという言葉の語源がどこから来たのかは、俺には良く分からない。
声に出して皆の前でクロウちゃんに確かめると、突っ込まれて面倒くさいので念話で聞いたのだが、エステルちゃんから突っ込まれた。
「すると、人が来る可能性のある湖畔から見ると、対岸が霧に包まれる感じかな」
「そうでやすね」
「ねえティモさん。霧の石ってどのぐらいの範囲を霧で隠すの?」
「ひとつの石で、だいたい置いた石から1,500ポードぐらい行った範囲ですね」
1,500ポードというと、半径450メートルぐらいの範囲かな。
仮に半径が3キロのエリアで考えると、円周の長さが約18.8キロ。だいたい2,800ヘクタールの面積となる。
東京ドーム595個分? 余計分かりにくい。王都が4つ分ぐらいですよ。
「そうすると、このエリアをぐるりと霧で隠すとすると、霧の石が43個以上は必要という訳か」
18.8キロの円周上に霧の石を置いて行くとすると、65,000ポード弱を1,500ポードで割ってそのぐらいの数量だよね。
2,800ヘクタールのエリアを、厚さ900メートルぐらいのドーナッツ状に霧が囲むことになる。
「あ、出たー。ザカリーさまの謎知識と謎計算」
「そうなるのか? ティモさん」
「あー、えー、そうなりますかね」
そうなるんですよね、ティモさん。
尤も、完全に円の形でエリアを決められないだろうから、シルフェ様には少し多めに用意して貰わないといけないな。
それで俺はシルフェ様に手紙を書き、クロウちゃんに届けて貰うことにした。
シルフェ様の妖精の森の正確な場所を把握しているのは、今のところクロウちゃんしかいないしね。頼むねクロウちゃん。カァ。
休日明けの講義終わり、総合武術部で先日の特別訓練の反省会を行う。
部室に集まった部員の皆は少し浮かない表情だ。
「どうしたどうした、表情が冴えないですよー。元気ないですよー」
「それは部長、元気も出なくなるってものよね」
「ひとつもいいとこ、なかった、です」
「もうちょっと出来るって、思ったのに」
特にルアちゃんは、エステルちゃんに何もさせて貰えず完敗だったからね。
まあ他の皆も、似たり寄ったりだけどさ。
「ルア先輩があんな風に負けるなんて、吃驚しました」
「それはソフィちゃん、ジェルさんが言うには、エステルさまはザックくんの次に強いんだって」
「そうなんですか。それって、ジェルさんやオネルさんより強いってことですよね」
「まあ、魔法も込みの場合だけどね。純粋な剣術だけだったら、ジェルさんの方が上かな」
「でもエステルさまって、ザック部長と真剣で訓練してたときの動きが、尋常じゃなかったですよ」
「そうなんだよ、ソフィちゃん。でも、あたしと試合稽古をしたときって、エステルさま、わざとぜんぜん動かなかった。それがショック」
ルアちゃんは一昨日の対戦が、かなりショックだったようだ。
本来、動き回る相手との自分の素早さを活かした対戦が好きで、アビー姉ちゃんを尊敬している。
エステルちゃんも動きが速く、また飛び抜けた跳躍力を持つのを知っているから、そんなフィールド中を使った闘いをイメージしていたのだろう。
「エステルちゃんから、ルアちゃんに伝言を貰って来てるよ。ミーティングで伝えてくれだって」
「え、エステルさまから? ホント?」
「うん。それじゃ言うね。どっしり構えた相手は逆に攻略しにくい。真っ向勝負も、しっかり練習してね。だって」
「どっしりした相手は逆に攻略しにくい。真っ向勝負もしっかり練習しろ、かぁ」
これって、前にフィロメナ先生に俺が言ったことと似てるよね。
いくら速く動いたり、トリッキーな攻めをしたりしても、間合いの測り方や剣の鋭さがなければ、どっしり構えた強い相手には勝てないってことだよね。
トリッキーの塊のようなエステルちゃんだから、却って説得力がある。
「そうか。いくら動けても、ただ闇雲に攻めるだけじゃダメなんだ。ぜんぶ躱されて、動き疲れて、結局は自滅だもん。あたしは肝心の剣自体の攻めが、まだまだダメなんだね」
「そこが理解出来れば、この先もっと強くなれると思うよ」
エステルちゃんは、並外れた身体能力と鍛錬による縦横無尽の動きが信条だが、天性の間合いや見切りの能力と、実戦で培った鋭い斬撃力を持っている。
パワーこそ小さいが、そこはショートソード二刀流の素早さと手数でカバーしているんだよね。
一方でアビー姉ちゃんは、野性の動物的な勘と動きを備えているが、一発の爆発力もある。
なにしろ、彼女が日々鍛錬しているのは、クレイグ騎士団長直伝の強化剣術だからね。
なので姉ちゃんも、自ら動かずどっしり構えて向かって来る相手を、遠い間合いでもひと振りで斬撃するのが奥の手の闘い方だ。
姉ちゃんのそれは、たぶんエイディさんたち部員以外は誰も知らないだろうけど。
ルアちゃんも、そういう部分はじつは把握してはいないんだよな。
「ちょっとわかった気がする。エステルさまに、ありがとうございました、って伝えて、部長」
「次の特訓の時に、自分で言えばいいさ」
「そうか。そうだね」
「あと、ブルクだな」
「僕か。見事にやられたよ。本当にボロボロにされた」
「そうだな。まあ、あの試合稽古で、少なくとも4、5本は負けてたな」
「わかってる。でも、止めてくれなくて良かった。1本負けて止められてたら、いま以上に悔しかったよ」
あのときジェルさんは、首を振ってなかなか終わりにしようとはしなかった。
どれだけ心を折らないで向かって来られるのか、それを見ていたのだ。
「そういう意味では、ブルクは良く闘ったよ」
「え、そうなのか」
「闘わなくてはならない時は、剣を振る得る限り闘う。その前に心が折れたら、負けて死ぬだけだ」
「そんな風なことを教えてくれていたのは、なんとなくわかったよ」
「その点では、ブルクも強くなったよな」
「そうか。でも、剣自体は、まだまだだ」
俺とブルクくんの会話を、ルアちゃんやカロちゃん、そして1年生のソフィちゃん、カシュくんは黙って真面目に聞いていた。
「なあ、剣術の鍛錬って、怖いよな」
「わたしたち、剣術が下手クソってのが、悪かったのか良かったのか、よね」
「どんなに斬られても向かって行って、心が折れたら負けて死ぬ、とかさ、恐ろしいぜ」
「まずは接近戦で、直ぐにやられちゃわないぐらいには、ならないとだわ」
歳下の少年少女に軽く捻られた、そこの魔法少年と魔法少女のおふたりさん。
本当の闘いでは剣術も魔法も同じだからね。ヒソヒソ話してないで、ちゃんと話を聞いてなさいよ。
一方で1年生のふたりは何か言いたそうな、でも言えなさそうな変な表情で俺の方を見ている。
このふたりとは改めて話をしないとかな。
でも今日は時刻も遅くなったて来たし、お腹も減ったから、そろそろ学院生食堂にでも行きましょうか。
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