第36話 撤退と報告
今日の特別訓練指導騎士のメルヴィンさんが、従士のブルーノさんと一緒に、俺とエステルちゃんを探しにやって来た。
「ザカリー様、あぁ良かった。エステルさんも無事ですね」
俺たちとともに大型魔獣のヘルボア=カプロスを目撃したブルーノさんが、メルヴィンさんのもとへ報告に走り、その報告を受けてメルヴィンさんは即座に、騎士見習いの子たちと姉さんたち特別訓練生をアストラル大森林の外へと避難させた。
ブルーノさんが第1地点に戻ったときには、すでにファングボア5頭は倒され終わっていた。
これをそのままにしておくと他の獣に食い荒らされてしまうので、特別訓練生の避難誘導を従士のマシューさんにまかせ、メルヴィンさんはブルーノさんとライナさんとの3人でなんとか5頭のファングボアの死骸を片付けた。
なんでもライナさんが簡単な土魔法で大きな穴を掘り、そこに死骸を放り込んで簡易的に埋めたそうだ。中型とはいえ1頭で100キロ以上はありそうだったから、大変だったろうな。
メルヴィンさんたちは警戒しつつこの作業をしながら、俺たちが戻るのを待っていた。
しかし始末を終えても戻らないので探しに来たというわけだ。
「もうカプロスはいないんですね。さあ、私たちも戻りましょう」
メルヴィンさんはそう言うと、それ以上は何も問わず、俺たちを促して大森林の外へ急ぎ足で戻るのだった。
俺とエステルちゃんは騎士団本部の建物内に案内され、応接室で待機しているように言われる。
メルヴィンさんたちは、訓練場で待機させている騎士見習いたちのもとに行き、本日の特別訓練の終了解散の指示をするそうだ。
そしてその後は俺たちからの報告、つまり事情聴取を行うことにするという。
というわけで俺は、とりあえずエステルちゃんとクロウちゃんのふたりと1羽になったので、小声で口裏合わせをする。
簡単に言うと、俺たちが身を潜めているうちに、カプロスは大森林の奥に戻って行ったということ。
俺たちはカプロスには見つからなかったが、あいつが去るまで動くに動けずじっとしていて、去ったのを確認するためにメルヴィンさんが来たあの場所へ移動した、ということ。
あの巨大な銀色のオオカミ=フェンリル? の出現は誰にも言わないということ。これはなぜだかかそうした方が良いと、俺は考えていた。
この口裏合わせには、エステルちゃんも同意してくれた。直接の上司のウォルターさんにもそう報告すると言う。
エステルちゃんは、大森林から戻る途中も戻ってからも何かいろいろと考え事をしているらしく、言葉は少なめだった。
やがて俺たちのいる騎士団本部の応接室に、メルヴィンさんがやって来た。
会議室に移動するというので付いて行くと、クレイグ騎士団長とネイサン副騎士団長、それにヴィンス父さんが待っていた。メルヴィン騎士と、それから直接カプロスを目撃したブルーノ従士も同席する。
「さて、いろいろ大変でしたな。まずはご無事で戻られ、ほっとしております」
クレイグ騎士団長が口を開く。
「だいたいのところはメルヴィン騎士とブルーノ従士から報告を受けましたが、あらためてザカリー様からお話を伺いたく」
ヴィンス父さんもあらましは聞いているようで、静かに頷く。
俺は、さっきエステルちゃんとした口裏合わせの内容に沿って話をした。
俺が話す内容については、クレイグさんがその都度、エステルちゃんやブルーノさんにも確認したが、齟齬はなかったと思う。
「話は概ね把握したが、ひとつわからないのは、なんでザックがファングボアを討伐している真っ最中の第1地点の草地から、いきなり飛び出したということだな」
父さんがそう口を開いた。
そうですよねー。そこは不思議ですよねー。
「えーと、小休止のときクロウちゃんが遠くから何か来るって言ってたから、なんだかとても気になって。あんなに大きな魔物だって思わなかったし」
「カァ」
「クロウちゃんがなぁ……」
父さんが何か言いかけようとして口を噤む。
「ザカリー様、あなたはメルヴィン騎士から待機の指示を受けていたのですから、それに反してひとりで飛び出したのは、間違った行為ですぞ」
クレイグさんの言葉に俺は素直に「はい、僕が間違っていました」と謝った。エステルちゃんも頭を下げている。
エステルちゃんは悪くないよ。あと、クロウちゃんが言ってた、という部分への突っ込みは誰にもないのね。
「まぁ良い。それで騎士団見習いたちに大きな被害が出るのが防げたとしても、ザックは反省だな。それで、今後の対処だが」
「それについてですが、まず、騎士団見習いたちが討伐したファングボア5頭については、現在、騎士小隊1隊を第1地点に向かわせ、メルヴィン騎士たちが簡易的に片付けた死骸の処理を行わせ、同時に周辺の偵察にあたらせています」
そう、ネイサン副騎士団長が報告する。
「また冒険者ギルドには、大森林の浅いエリアにカプロスが現れたことを連絡し、注意を促しました。ギルド長にはこのあと、詳細を伝える予定です」
「そうか、わかった。カプロスがまだ近辺にいるかについては、騎士小隊の偵察結果を待つとして……なぜ、そんな浅いエリアに現れたのか、ということだな」
「直接目撃しているブルーノ従士は、その点について何か考えはあるかね?」
騎士団長に促されて、ブルーノさんが遠慮がちに口を開く。
「これは自分の考えなんでやすが……。5頭のファングボアを、あのカプロスが追っかけて来たというか、もしかしたらカプロスが親玉で、ファングボアはあいつの眷属ってやつじゃなかったかと思うんでやすよ」
ブルーノさんの言葉に、みんなが黙って思考を巡らせる。
「そのファングボアがカプロスの眷属だった、か。あり得ないことではないな」
「へい、自分は以前、ハイウルフが何頭かの森オオカミを率いて、大森林の中を移動しているのを見たことがありやす」
ハイウルフは、普通の森オオカミよりもひと回り大きい魔獣らしい。とても獰猛で頭も良いということだ。
「それで、なぜだか理由はわかりやせんが、先行させていたファングボアが闘っているので、あいつはこちらに向かって来て、それですべてが倒されたのを察知して森の奥に去ったのではないかと。こいつはすべて自分の推測でやすが」
ブルーノさんがそう続けた。
なかなか良い解釈だ。俺もそう思うことにしておこう。
「なるほどな。魔獣とその眷属は眼に見えないつながりができるという説もあるから、そういうこともあり得るだろうな。ただそうだとして、カプロスがファングボアを先行させて、なぜ大森林の浅いエリアに現れたのかはまだ分からない。よし、それも踏まえて、厳重に警戒をしつつ今後の状況を注視しよう。頼むぞ、騎士団長。あとザックは、うちに帰って食事を摂りなさい。お昼を食べてないんだろ」
ヴィンス父さんがいったん、そう区切った。あとは詳細な打合せをするようだ。
こうして俺はエステルちゃんにお供されて、ようやく領主屋敷に戻ることができた。
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