第380話 選手を選抜する
翌日の身体づくり練習はお休みにして、部室でミーティングを行うことにした。
議題はもちろん、第1回セルティア王立学院課外部剣術対抗戦の件である。
「お茶とお菓子の用意が出来たから、ミーティングを始めていいわよ」
学院生会から支給される課外部活動金は、うちの場合、ほとんどお菓子代に費やされてるんじゃないですか。
支給分を補う独自の部費も、それほど多い金額ではないが各部員に出して貰っているものの、その管理はすべて副部長のヴィオちゃんと経理担当のカロちゃんが行っているので、毎月どのぐらい支出し現在幾ら残っているのかを俺は知らない。
昨年、総合武術部を作った当初に、ふたりはエステルちゃんから「ザックさまは、ほとんどお金に触ったことがないし、余計なものに遣う可能性があるので、あなたたちで管理して」と言われたらしい。
まあ、言っていることはその通りなので、文句は無いんだけどさ。
「それでは、総合武術部の第……。えーと、第何回だっけ?」
「何回目でもいいから」
「回数は何回目か不明のミーティングを始めたいと思います。本日はお集りいただき、誠にありがとうございます。今回の議題は既にご承知の通り、先ごろ決定した剣術系課外部の対抗戦についてでありますが、まずは昨日行われました関係課外部による会合で決定した事項をご説明し、そのあとに議論に入りたいと考えております。それでは昨日決定した内容について、事務局のヴィオ副部長よりお話しさせていただきます。ヴィオ副部長、よろしくお願いいたします」
「あれって、ミーティングの度に始まるんですか?」
「そうなのよ、ソフィちゃん。暫く我慢してね。じきに飽きるから」
「事務局のヴィオ副部長って、ねえ事務局出来たの?」
「ルアちゃん、話に乗っかってはダメ、です」
「あ、しまった」
「ヴィオ副部長、事務局のヴィオ副部長、説明を」
「もう、煩いわね。いま説明します」
ヴィオちゃんが昨日の三者ミーティングで話し合われたこと、決定したことを要領よく簡潔にまとめて説明してくれた。
事務局のヴィオ副部長は優秀だよね。
「なるほど、4チーム参加の3日間開催で1日2試合だから、3日間毎日試合をする訳だね」
「おお、ブルク選手は理解が早いですな」
「ルールもだいたいわかったよ。要するに、5分以内で1本決めればいいんだよね」
「その通りです、ルア選手」
「部長の中では、ブルクくんとルアは選手に決定なのね」
「そりゃそうだろうよ。僕たちだって、そのつもりだし」
「問題は、あとの3人、です」
そこの2年生3人、隠れてコソコソ話してないで話し合いにちゃんと参加しなさい。
「それでですよ。今日はもう4月も半ば。5月20日から始まる試合までは、あと1ヶ月強な訳です。だから僕としては、1チーム5名の選手を誰にするか決めたい訳ですよ」
「もう決めるの?」
「直前でもいいんじゃないか?」
「もう少し、様子を見る、です」
「なーにを言ってるですか。1ヶ月やそこらしか無いのですぞ。この1ヶ月、選手となった者はその自覚のもとに鍛錬し、選手にならなかった者も、共に汗を流し出来得るサポートを行いながら、試合に臨むのです。出場選手は5名ですが、我が部員7名がすべて選手の心構えで同じチームの一員として、一丸となって勝利への道を歩むのであります」
「うちの部って、8人だよね。なんで、7名でチームなの?」
「僕は監督だからですよ、ルア選手。なので7名が選手の心構えでと申したのです」
「そうかぁ、なるほどね」
「ルアちゃん、乗ってはダメ。さっき言った、です」
「あ、しまった。また失敗した」
さて、俺としては出場選手を決めてしまいたいのだが、どうも選手の選抜に対する皆の意志がはっきりしない。
自分から名乗り出れば、その意欲を尊重するのだけどね。
2年生がコソコソ話していては埒があかないので、もう俺が決めちゃいますよ。
「そうだなぁ、それじゃ、対抗戦に出てみたいと思う人、手を挙げよう」
「はい、はいっ」
ルアちゃんが勢い良く手を挙げた。
そしてブルクくんが、それに続いて静かに手を挙げる。
そうだね、このふたりはハナっから決まりだよね。
俺はふたりに頷きながら、ほかの部員たちを順番に眺める。
ヴィオちゃん、カロちゃん、ライくんの2年生3人は、天井を見たり横を見たり、キョロキョロしたり。
1年生のカシュくんは、当然僕は違うよねとばかりに涼しい顔で俺を見ている。
そしてソフィちゃんは? ソフィちゃんは、自分の胸の前に小さく手を挙げてますよ。
「よしよし、ルアちゃんとブルクは決まりだな。それでと、ソフィちゃん」
「はい」
ソフィちゃんは、自信なさげな小さな声で返事をした。
「ソフィちゃんは、出てみたいんだね」
「えと、あの、わたしじゃ無理かもしれないけど、でも出てみたいです」
「よーし、ソフィちゃんに出て貰おう。これで3人決定!」
「えー、ソフィちゃん、大丈夫なの?」
「はい。どのぐらい自分が出来るのか分からないけど、せっかくの機会ですから。出られるものなら、出てみます」
「そう、ですか」
あと2名の選手を誰にするかですな。俺はもういちど部員たちの顔を見る。
ヴィオちゃんとライくんのふたりは良く似ている。学院生として魔法は素晴らしいが、剣術ははっきり言って下手なのだ。
動けて接近戦もこなせる魔法使いという線で、まずは自分の身を護るための剣術訓練を頑張っている。だいぶ進歩はしているんだけどね。
カロちゃんはどうかな。
魔法はヴィオちゃんとライくんには劣り、剣術はブルクくんとルアちゃんには劣るのは仕方がない。
だが、昨年の夏合宿でのロルくんとの対戦や、秋の総合戦技大会での自爆じみた闘いなど、多少無理をするきらいはあるものの、いざっていうときの闘う意志がなかなか強いんだよね。
そして、カシュくんか。
「もう手を挙げる人はいないかな? どうかな? あと2名の選手は、僕が決めちゃっていいかな?」
俺はもういちど、残った4人の顔を順番に見る。皆は黙っている。もう俺に決めてくれと、そう理解していいよね。
「よーし、決めます」
4人が息を詰める。
カシュくんはまだ分からないが、2年生の3人は簡単に逃げるタイプではないのを、この1年間の付き合いで俺は良く知っている。
「ひとり目は、カロちゃん、です」
「えっ!」
カロちゃんが目をまん丸にして俺を見た。
「わたし、です、か? えとえと、わたし、弱い、ですよ」
「僕はカロちゃんなら、しっかり闘えると思ってるよ。カロちゃんにお願いしたい」
「あの、えと、ザックさまがそう言うなら……」
「決まりでいいよね?」
「あ、はい、です」
決まってしまえば燃えて来るのがカロちゃんだ。
「それで、5人目だけど。カシュくんに出て貰います」
「えーっ」
本人はもちろんのこと、全員が酷く驚いた。誰もが、まさか彼を指名するとは思っていなかったのだろう。
「カシュくん。君に選手になって貰いたいんだけど、引き受けてくれるかな」
「あのー、部長。僕は1年生で、まだ入ったばかりで」
「ソフィちゃんも出るから大丈夫だよ」
「剣術は下手だし、強くないし」
「たぶん頑張れば、ライよりは上手いし、剣術だけだったらライより強くなれるよ」
「おいっ、僕を引き合いに出すな。そうかも、だけど」
「カシュくん、一緒に出ましょう」
「だって、ソフィちゃん」
「わたしも、弱い。でも、一緒に頑張る、です」
「ですけど、カロ先輩」
「学院の中で、試合をする機会なんてとても少ないんだから、これも大切な経験だと思ってどうかな。僕は監督として、全敗は覚悟しています。当たって見事に砕けましょう」
「おいザック、全敗なんてしないよ」
「そうよ、あたし、勝つよ」
「出るからには、全勝が目標、です」
「わたしだって、勝つつもりで闘います」
「そうだよザック部長。負ける前提で、当たって砕けるなんて、そんなのダメだ」
「そうだよね、カシュくん。負ける前提で闘っちゃダメだよね。だからこの5人で、全勝を目指しましょう」
「わ、わかりました」
「おい、ザックのやつ、この5人で決めちゃったぞ」
「なに考えてるのか分かんないけど、カシュくんを上手く巻き込んだわよね」
「こういうのは、相変わらず思い通りに話を進めるよな、あの先生」
「1年生がちょっと心配だけど、取りあえず自分が選手じゃなくて、ホッとしたわ」
「だな」
そこの魔法少年と魔法少女、ふたりでヒソヒソ話していても聞こえてるからね。
それから、出場選手じゃなくてもさっき話したよね。7名が選手の心構えでって。
「それでは、出場選手も決定したということで、続いては対抗戦に向けた特訓について相談しましょうか」
「特訓ですか?」
「なんだか、嫌な響きの言葉だけど」
「あ、次に特訓て言い出すの、忘れてたよ」
「です。去年を、思い出します」
「絶対そうなるよね」
「そうですよ。特訓しましょうね。対抗戦までのあと1ヶ月余り、7人で特訓を頑張りましょうね」
「えーと、部長。7人でって、わたしたちも特訓をするの?」
「選手の5人だけじゃないのか? 副部長と僕はサポートということで」
「なーにを言っているんですか君たちは。先ほどお話ししましたよね。繰り返しましょうか? 我が部員7名がすべて選手の心構えで同じチームの一員として、一丸となって勝利への道を歩むのであります」
「やられたぜ」
「やられたわね。早く選手を決めて1ヶ月間鍛錬とか言ってたくせに、初めっから全員で特訓するつもりだったのよ」
このやりとりを、ソフィちゃんとカシュくんはキョトンとして聞いていた。
ともかくも、またみんなの大好きな短期特訓がやって来ましたよ。
昨年の総合戦技大会前の特訓では、走り込みと剣術は集中打ち込み訓練をした訳だけど、今回はどうしましょうかね。
対戦相手チームであるアビー姉ちゃんを特別講師に呼ぶ訳にはいかないし、剣術学の先生たちに頼むのはルール違反になるだろうから、そうするとあれしかないよな。
ソフィちゃんとカシュくんが2年生たちに昨年秋の特訓の様子を聞いているのを横目に、俺は特訓メニューを考え始めるのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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