第378話 始末作業が終わり、学院生活に戻る
もう少しすれば夜も明けようかという時刻に屋敷の俺の部屋に帰ったら、エステルちゃんが俺のベッドの上にちょこんと座り、居眠りをしていた。
クロウちゃんは自分の寝床でクヮーカァー寝ています。
それにしても、ベッドの上に女の子座りで座ったまま眠るなんて器用だよね。
座るなら椅子で、ベッドなら横になればいいのに。
彼女を起こさないように横に寝かせようとしていると、ぱちんと大きな目を開けた。
「あれぇ? ザックさま、お帰りなさいですぅ」
「うん、ただいま。まだ夜も明けてないから、もうちょっと寝てなさい」
「ザックさまは?」
「いま寝たら起きられないから、このまま起きてるよ」
「ふへぇー、そうですかぁ」
エステルちゃんの目蓋は再び閉じられようとしている。
だが、またぼんやりと開けた。
「少しでも寝ないと、いけませんよぅ」
「今日、学院をお休みにしちゃえば、寝るんだけどさ」
「ふぁー、お休みにですかぁー。……それはダメです」
今度ははっきりと目を開いていた。
エステルちゃんの場合、そういうのに厳しいよね。休んじゃダメですか? ダメですよね。
結局、仮眠を取るのはやめて、徹夜のままシャワーを浴びてからエステルちゃんに首尾を報告し、朝食の席に着く。
するとミルカさんが帰って来た。ティモさんはいちど騎士団分隊宿舎の自分の部屋に戻ったようだね。
あれからミルカさんとティモさんはナイアの森から王都外へと走り、アルさんが転がしておいた盗賊どもがまだ置かれたままだったので、身を潜めて暫く様子を伺っていたのだそうだ。
やがて夜が明け、早朝に王都に到着した者が縛られた盗賊どもを見つけ、フォルス大門を警備する警備兵に報告。
直ぐに警備兵たちがやって来て、俺が書いた看板と眠ったままの5名を確認し、荷馬車を呼んで来て乗せ王都内へと運んで行ったのだとか。
その一部始終を確認していただいたミルカさんたちも、ご苦労さまでした。
と言うことで、俺が学院に行っている間にそれぞれ屋敷を出立する予定のシルフェ様とシフォニナさん、ニュムペ様とアルさんに挨拶し、かなり眠かったのだが学院へと戻った。
学院の中にいると、意外と王都での事件などを知ることが出来ない。なので、学院休日明けの早朝に起こった、縛られ眠ったままの盗賊発見のことは噂にもならなかった。
マスコミやネットなど勿論ないこの世界では、ニュースや情報は誰かがもたらすしかないんだよね。
前にいた世界において印刷された新聞が不定期に発行されたのは16世紀のことで、世界初の週刊新聞が創刊されたのは17世紀初頭だ。
この世界でもそろそろ、新聞のようなものが出されるようになるのだろうか。
特に学院生が世間の情報に触れるのは、休日に学院外に出たり俺のように屋敷や家に帰って誰かと接した場合のみがほとんどなので、寮生活を基本とするセルティア王立学院生は、世間の煩わしさから隔離されて勉学に勤しんでいるとも言える。
それが良いかどうかは別にしてだけどね。
俺の場合には、毎朝エステルちゃん朝食弁当を届けてくれるクロウちゃんが、彼自身の口やエステルちゃんの手紙で報せてくれるので、学院生の中では情報取得が早い方ではないだろうか。
もちろん情報内容がほぼ当家に関わるものなので、一般の人たちが関心のあるようなことは逆に分からないのだけど。
3日ほど経過して、あの5名の盗賊連中が王宮騎士団によって処断されることが決まったという話を、クロウちゃんが届けてくれた。
朝食弁当に添えられていたのはエステルちゃんからの手紙と、珍しくブルーノさんが書いたメモだった。
エステルちゃんの手紙には、シルフェ様たちがそれぞれ屋敷を出立したことと、ミルカさんもグリフィニアに帰ったことが書かれていた。
あと、ナイアの森の調査探索チームも活動を開始しているそうだ。
詳細は今度の休日に報告を受ければいいだろう。
ブルーノさんのメモは、彼宛に王都の商業ギルド長からもたらされた情報だった。
5名の盗賊が警備兵を経由して王宮騎士団の預りとなったこと。
眠っていた男たちがその日の午後に目を覚まし、直ぐに取り調べが行われたが、それぞれの証言が曖昧で食い違っていたこと。
ただ、彼らが盗賊団の一員であり、何者かに襲撃を受け、親玉のバジャルド以下団員が5名を残して全員殺害されたことは共通して証言されたこと。
そして、それ以上のまともな情報が得られないことから、斬首刑が決まったということだ。
商業ギルドは、王宮内もしくは王宮騎士団内にかなりの情報源を持っているのだろうな。
あと一般の王都民の間でも、王宮騎士団や警備兵といった王宮関係ではない誰かによって壊滅させられたことが、噂として広く流布しているそうだ。
役立たずの王宮や王宮騎士団に代って誰かが、ということも含めて。
フォルス大門外で発見された時の目撃情報が発信源というのもあるのだろうけど、なんだか商業ギルドあたりが情報をわざと流している気もするよね。
そうだとして、その意図は良く分からないけど。
10日間講義の前半が過ぎた、6日目の課外部活動の時間。
いつも通り部室から部員たちの早駈けを引っ張って、今日の練習場所である剣術訓練場へと行く。
ソフィちゃんとカシュくんの1年生部員も、だいぶ身体が慣れて来たようで、他の2年生たちに遅れず付いて来られるようになって来た。
だが何よりも増して、カシュくんあたりから退部願いが出されていないのがとても嬉しい。
それで剣術訓練場に到着して、うちの部の練習エリアでストレッチなどを始めていると、総合剣術部の部長のエックさんと、それからアビー姉ちゃんが連れ立って俺のところにやって来た。
何でしょうかね。取りあえず練習はブルクくんに任せて、素振りを始めさせる。
「ザック、待ってたんだよ」
「なんだ姉ちゃん。エックさんとふたりで。デートか?」
「あんた、剣術訓練場でデートな訳ないでしょうが。エックが困ってるじゃない」
「いやぁ、ザカリー君、相変わらずですね」
「いえいえ、これは失礼をば。それで僕に何かご用でも?」
エックさんは真面目で優しい先輩なのだが、あまり変な冗談を言うと怒られそうだ。
「決まったのよ」
「何が決まったんだ? ふたりのデートが決まったのなら、僕に遠慮をしなくていいんだよ、姉ちゃん」
「あんた、いつまでもそれ続けるようなら怒るよ。エステルちゃんに報告だからね」
「あ、すみませんであります」
「えーと、もういいかな。前に話していた剣術の課外部対抗戦が決まったんだ。それでザカリー君にも話そうと思ってね、待っていたんだよ」
「ザック、あんたの部も参加しなさい」
ああ、3月当初からそんな話が出ていたな。アビー姉ちゃんの発案で、エックさんと相談していた件だね。
「フィランダー先生や学院生会、課外部会とも相談をしてね。それで、学院生会と課外部会が了承して、先生が学院長に話を通していただいて、学院公認のものとしてようやくOKが出たんだ」
「なるほど。大変でしたね。ご苦労さまです」
「いや、課外部会でマティが魔法もって主張してね。ちょっと揉めたのだけど、今回は、まずは剣術からということで決着した」
総合魔導研究部の部長で、課外部会の会長でもあるマティルダさんならそう言うよな。
ただ魔法で課外部対抗戦となると、実質的に総合魔導研究部とうちの部の一騎打ちになる可能性が高い。
だが向うの部の方が3年生4年生の層も厚いので、うちがもし剣術の方と両方出場となると、かなり厳しい戦いになってしまいそうだ。
だいたい俺は出場出来ないだろうし。
「そうですか。それでいつ開催予定なんですか?」
「春学期中、夏休み直前は難しいので、5月の20日頃を予定している。日程は出場チームが決まってからだね。まあ今の想定ではうちと、アビーちゃんの部と君の部というところだね」
「対戦方式とかは決まってます?」
「1チーム5人の団体戦で、それぞれ1対1の5戦よ。3戦勝てば勝利だけど、いちおう必ず5戦はやるわ。チームの勝ち負けだけじゃないからね。それで、各チーム総当たりね」
「1対1で何本勝負?」
「うーん、そこまではまだ決めてないの。あんたの意見も聞こうかと思って」
前々世の剣道の試合は、確か3本勝負が基本だった気がするが、その時は剣道にまったく縁が無かったから良く憶えていない。
前世では、そもそも数を合わせたスポーツライクな団体戦での試合発想がなかったので、試合稽古だと1本勝負だ。
一刀が入ってしまえば木刀の場合、寸止めでもない限りあとが無いし、ほとんど防具も着け無かったからね。
この世界だと装備も回復魔法もあるので、試合中の怪我や骨折ぐらいは治せる。
なので3本勝負をするのも可能な気がするが、学院生だし消耗が激しいかな。
「まあ、1本勝負だろうな。僕もちょっと考えるよ。それで、僕の参加は……」
「そんなのダメに決まってるでしょうが」
「さいですか」
「君のところも参加でいいよね」
「皆とも相談しますけど、僕としては参加ということでお願いします、エックさん」
「わかった。こちらこそよろしく」
それで、練習が終わったあと夕食を食べながら部員の皆に報告して意見を聞いた。
俺が話をすると、みんなの目が輝いて来る。ソフィちゃんなんか、フォークで突き刺した肉を振り回しながら喋っているけど、伯爵令嬢なんだからやめなさいね。
「うちの部も参加で話しておいたけど、いいよね」
「もちろんいいわ。全員賛成よね」
「はーい」「おう」
「だけど問題があるわ」
「なんだよ問題ってさ、ヴィオちゃん」
「ライくん、そんなの考えなくたって直ぐにわかるでしょうが」
「なんだ?」
「誰が出場するか、です。問題、です」
「あー、そうか。でもよ、ブルクとルアちゃんは決まりだよな」
「ザック部長は出ないんですか?」
「ひとつ目の問題は、そこ、ですよソフィちゃん」
「ザックは、まず出られないよな。この先生が出るなら、ひとりで充分だ」
「それじゃ団体戦じゃないよ」
「でも、出られないんだろ、ザック」
「まあ、そのようですな。わたくしめは監督に徹せざるを得ないかと」
「要するに、出ちゃダメって言われたのよね」
「それで、ブルクとルアちゃんは決まりだとして、選手は1チーム5人なんだろ。1対1で5戦して3勝すれば勝ちなんだろ……」
そこでブルクくんとルアちゃん以外の、3人の2年生たちはお互いの顔を見合わせた。
「うちの部の負けが決定したな」
「です」
「そうね。冷静に考えて、そうね。勢い良く考えても、そうね」
「そんなぁ、先輩方。そんなのやってみなきゃ、わからないじゃないですか」
「それが、わかるのよ、ソフィちゃん」
「わかる、です」
「去年の夏合宿の想い出、だな」
「夏合宿の想い出?」
昨年の夏休みの終わりに、俺たちはアビー姉ちゃんの部と合同で、ナイア湖畔での2泊3日の合同合宿を行った。
そして初日の剣術合同訓練で、俺抜きで対抗戦形式の試合稽古をしたのだ。結果は5戦して5敗。当たって見事に砕けたのであった。
その時の話を、2年生がソフィちゃんとカシュくんに話して聞かせる。
みんな、なに暗くなってるの。せっかくの対抗戦なんだから、我が総合武術部の意地とプライドをかけて頑張ろうよ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




