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第375話 妖精の森候補地に行く

今回から第十章です。

 午前中に盗賊団の砦を始末した俺たちは、午後は妖精の森の候補地に行くことにする。

 その前に昼食をいただきたいところだけど、後始末を終えて更地になったここは地面の血の跡や臭いは消したものの気分転換をしたいので、ナイア湖まで出ることにした。


 それで、妖精の森候補地に行く起点となる湖畔、つまり森の外から湖への道が終わる場所とは湖のちょうど反対側まで行く。

 ここからだと道無き森の中を歩いて約1時間。走れば20分ぐらいで着くだろう。


 今日の闘いに参加した、アビー姉ちゃんと軍目付いくさめつけのミルカさんを含めた11人で、走れない者はいない。

 アルポさんとエルノさんやミルカさんはファータだし、野性のアビー姉ちゃんは嬉々として森を走るからね。

 また人外の方たちは、風のふたりは風になり、水のニュムペ様はアルさんに背負われて移動する。


 そんなことをエステルちゃんとジェルさん、人外メンバーと相談し、皆に伝えて出発した。




 今日も良い天気だ。ナイア湖の深い碧が陽光にキラキラと光る。

 その湖畔で皆が思い思いに座って、昼食のサンドイッチをいただく。


 料理長のアデーレさんに少年少女が手伝って頑張って用意してくれた15人分のサンドイッチなので、これがじつに大量だ。

 それが今どこから出現したのかは、ミルカさんも突っ込まずに黙っていてくれた。


「ミルカさんと姉ちゃん、これから行く場所は、うちのグリフィン家以外には黙っていて貰うということで」

「それは、もちろんですよ、ザカリー様」

「わかったわ」



 アビー姉ちゃんは初めての対人戦、そして相手は殺人強盗の連中とはいえ、生まれて初めて人をあやめるという経験をして、戦闘終了後はとても大人しくなっていた。

 いろいろ感じたり思ったりしたこともあったのだろう。


 俺が初めて人を斬り殺したのは、前世での朽木谷に近い山の中。

 度重なる争乱の中で近江に逃れた13歳の時で、今の俺と同じ年齢だった。

 あの時は、近侍の少年たちと山中を早駈けしていて、俺を狙った賊に襲われたのだよね。


 前世のあの少年の頃、人を斬ることしか自分は前に進めないと思っていた。

 もちろん、殺人や暗殺を稼業とする者になるとかではなく、剣を修練している時だけが自分の置かれているどうしようもない立場や身分から離れることができ、つまりその延長線上で、人を斬るという行為が自分の意思で自分自身を前進させると感じていたからだ。


 しかし、いくら乱世とはいえ、それがすべてではないことにやがて気づくけどね。



 姉ちゃんはどうだろう。


 いまのセルティア王国はいちおう平和が保たれていて、今日始末した極悪非道な盗賊団などがいるものの、子爵家令嬢という立場もあって自らが危険に身を投じなければ、安寧な生活が取りあえずは送れるだろう。

 ただし、いつどんなことが起きるか分からない、不安定でかつ思いもよらぬ危険が身近に潜んでいるのがこの世界だ。


 姉ちゃんはおそらく、自分から危険に飛び込んで行くタイプだからなぁ。

 ちょっと心配だよね。

 でも今日の経験が、前世の俺ではないけれど、何か一歩、アビー姉ちゃんを前に進めさせたのは間違いないだろう。


 少し離れたところで、エステルちゃんやジェルさんたち女子組と楽しそうに喋りながら、サンドイッチを食べている姉ちゃんを眺め、俺はそんなことを考える。



「ザカリー様、お静かですが、何か考えごとでも?」

「ん、いや。ねえミルカさん。今日、アビー姉ちゃんが参加したことは、やっぱり報告しますよね」


「そうですねえ……。やはり、報告せざるを得ないでしょうな。子爵様たちには黙っていた方がよろしいですかな?」

「いや、包み隠さず報告してください。責任は僕がぜんぶ引き受けます。たぶん父さんには酷く叱られるでしょうけど」


「ザックさん。アビーちゃんはあなたのお姉さんとして、きっとこの先もあなたを助けてくれるわ。だから、あなたが護れるときは、責任を持ってあなたがあの子を護る。その覚悟を持っているなら、アビーちゃんは自由にさせてあげなさい」


 俺とミルカさんのやり取りを聞いたシルフェ様がそう言ってくれた。

 姉ちゃんがこの先どんな人生を選び歩むかは分からないが、俺が護れる時は護るのが当然だ。

 自由な野性人だから、きっと自分の思う道に生きようとするのだろうけどね。



「ひとつだけザカリー様に申し上げておきますと、クレイグ騎士団長がアビゲイル様をご自身の後継者にしたいとお考えのようです」

「クレイグさんがか。姉ちゃんのお師匠さんだし、それはなんとなくわかるよな」


 クレイグさんの後継者ということは剣士、つまり騎士にしようということなのかな。

 領主貴族の子息子女が自家の騎士になるのは、特別に不思議なことではない。

 能力や強さにおいて男女差がほとんどないこの世界では、ジェルさんのように女性騎士は少しも珍しくないし、爵位継承順位の低い貴族のお姫様が騎士になるというのは充分に考えられる。


 俺の周りでも、アビー姉ちゃんのほか、例えばセリュジエ伯爵家三女のヴィオちゃん、アマディ準男爵家次女のルアちゃん、そしてグスマン伯爵家四女のソフィちゃんも、その可能性を持っている。

 なかでもルアちゃんなんかは、その素質と可能性が充分にあるよね。


 うちのヴァニー姉さんは、長女で爵位継承順位が第二位になっているけど、おそらく違うだろうな。辺境伯家からお見合い話も来ているし。

 その話はどうなったんだろ。ミルカさんに聞いてみると、4月に入ってからいちど辺境伯家に父さん母さんと3人で行くことになっていて、現在日程調整中だが、もうそろそろとのことだった。




「そう言えば、ニュムペ様。ネオラさんは?」

「あの子は向うに行っている筈です。いま湖には居ませんし」

「そうなんですね。では出発しましょうか。みんないいかな?」

「はーい」


 全部で15人もいるから、もうこれは遠足だよね。

 午前中が無慈悲な戦闘で午後が楽しく遠足とか、まあうちならではと言えばそうなんだけど、あまり気にせず元気に出発しますか。


「それでは、わしが先導しますぞ。歩いて1時間少々じゃな。走ると美しい景色が勿体ないので、歩いて行きますが良いですかの」

「はーい」


 いま俺たちがいる湖畔の直ぐ横に、ナイア湖に素晴らしく奇麗で清浄な水を注ぎ込む川が流れている。

 この川を辿って奥地へと進むのだ。

 アルさんの話では魔獣や魔物も見かけないそうなので、のんびりと行くことが出来る。

 と言うか、アルさんがいるので、例えそういうものがいても近寄って来ないのですけどね。



 女子組を中心に賑やかに進み、アルポさんやエルノさんも「ボアやエルクなんぞは、いないのかの」とか、少々不満そうながらものんびりと歩いている。


「いや、ファングボアは去年の夏に狩ったし、エルクはわかんないけどセルバスならいるんじゃないのかな。いまはほら、アルさんが一緒だからさ」

「おお、そうでしたの。確かにセルバスあたりはいそうですの」

「では、アル殿が居ない時に狩りでも」


「何の話をしておるんじゃ?」

「ん? 何でもないよアルさん。静かな森だなあって」

「そうですじゃろ。ホントに良い森じゃて」


 ファングボアは牙イノシシで、エルクはファータの里の森にもいる超大型のシカ。セルバスはそれよりも少し小型のシカだね。


 さっきは遠足とか思ったけど、見た目爺さんも3人いるし、なんだか大家族のハイキングって感じもするよね。

 俺たちは、それほど大きくはないけれどとても美しい川と、その周囲の森の景観を楽しみながら進んで行った。



 やがて滝の音が聞こえて来る。

 ネオラさんが、小さな滝があると言っていたけど、これがそうだよね。


 見えて来たその滝は、垂直に水が落下するものではなく、落差のそれほど大きく無い滝が三段続くものだった。

 森の木々に挟まれた岩場を、白く清らかなしぶきを迸せながら勢い良く水が落ちて流れる。

 最下段の下には小振りの滝壺が作られていた。


「わー、キレイなとこよね」


 姉ちゃんを先頭に、うちの女子組が滝壺にきゃーきゃー近寄って行く。


「ねえねえ、ここって深いの?」

「滝壺は深いですよぅ、アビー姉さま」

「わっ、この水すっごく冷たいわよー」

「ライナ姉さん、滑って落ちたらびしょ濡れになりますよ」


 お姉さん方が滝壺のへりで騒いでいると、その下段の滝の中から濃紺の長い髪を垂らした美しい女性が現れた。ネオラさんだね。


 水の精霊さんが水の中から現れるのを初めて見たアビー姉ちゃんが、「わっ!」とか驚いている。

 ミルカさんやアルポさん、エルノさんも吃驚して目を大きく開いているが、その精霊さんのかしらが直ぐ横に居るんですけど。

 ニュムペ様はずっと人の姿で歩いていたから、実感がなかったのだろうね。



「みなさん、こんな奥地まで、良くいらっしゃいました」

「ネオラさん、今日は大勢で来ちゃってすみません。あっちが片付いて、そのまま皆で来たものですから」

「ザックさま、片付けていただけたのですね。ご苦労さまでした。それに、ザックさまのお身内ならぜんぜん構いません」


「この上はどうですか、ネオラさん」

「はい、ニュムペさま。隈なく調べましたが、汚れは少しもありませんでした」

「それは良かった。それでは皆さん、この上に上がりましょうか」

「こっちに登れる道を作って置きましたからの、わしが案内しましょうぞ」


 ネオラさんは、この滝の上を行った水源地を調べていたのだそうだ。

 彼女も随分と行っていなかったので、湧水に汚れが出ていないか細部を確認していたと言う。


 ニュムペ様はネオラさんが立つ滝壺へと入り、ふたりで滝の中に溶け込むように消えて行った。

 あの人たちは水を辿れば、素早く移動出来るからね。ここまでは俺たちを案内する気持ちもあって、一緒に歩いていたけれど。



 それで、アルさんが作ったという登り道を辿って滝の上に皆で行く。

 岩場の横の木々の間の斜面を、滝が落ちる音を聞きながら登る。

 それほどの高さはないので、直ぐに頂上付近に辿り着いた。そして少し進むと樹木が開ける。


 そこには、湧水が湧き出る小さな池がいくつか点在する水源地があった。

 ニュムペ様が隠れ棲んでいたアラストル大森林の奥地に少し似ているが、規模はこちらの方が小さく湧水池の数も少ない。

 しかしそれでも、素晴らしく美しい場所だった。


 高台となった森の緑に周囲を囲まれ、鮮やかなパステルブルーの湧水池が点在し、草花が咲き茂る小さな草原広場になっているところもある。

 湧水池から溢れ出た豊潤な水はやがてひとつに集まり、先ほどの滝へと流れて行く。

 その湧水池のひとつからニュムペ様とネオラさんが姿を現し、こちらに向かってふたりで手を振っていた


「ここは素晴らしい」

「そうですね。なんて気持ちの良いところなんでしょう」


 隣でファータのミルカさんとエステルちゃんが、そう言葉にする。


 この場所が水の精霊の妖精の森の中心地になるんだね。

 そのまだ見ぬ姿を、なんとなく俺は頭に想い浮かべるのだった。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。


ーーーーーーーーー

2021年3月27日付記

別に投稿していました「時空渡りクロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を、いちおう完結としました。

物語はこれでお終いではなく、第一章が終了という感じです。

もしまだお読みでなく、ご興味がありましたらそちらもどうぞ。

第二章は、また時間を置いて投稿しようかと考えています。

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