第374話 ナイアの森の砦の後始末
結局、この砦に籠っていた盗賊団26名のうち生き残った者は5名だけだった。
だがその5人もすべて重傷で虫の息になっていた。
このまま放置すればやがて生命を失ってしまうが、この5人には多少生きて貰って、自分たちが非道な武装強盗の一員であったことを世間に示したうえで償って貰うことにする。
「牢とかに入れられても、直ぐにあの世に行きそうですな。ここはひと思いに始末してしまったほうがよろしいのでは?」
「いやジェルさん。これらは王宮に拾って貰うよ。これらの為というより、王国や王都の為にね」
「それは、お互いに辛そうだ」
この世界では、一般の庶民の間での争いや犯罪が起きると、王家の直轄領内であれば王宮が、例えばグリフィン子爵領内であればグリフィン家が裁く。
ただし殺人に対する罪は重く、ほぼ死罪。強盗殺人なら尚更、問答無用で死罪となる。
ましてやこの武装強盗団のように盗みと殺人を生業としている者たちであれば、捕まれば特に裁きのプロセスも要せずに死罪とされる。
この世界において生命の重さはとても重く、そして一方でとても軽い。
細かな法の整備がなされてはいないのだが、例えばセルティア王国では民間人の間での殺人、奴隷売買、窃盗は固く禁止されており、戦争以外での理由を伴う殺害行為が許されるのは、治安の維持などのために武力をもって権力を執行する立場の者、つまり騎士団や警備兵またはそれに準じる立場や組織の者のみだ。
当然ながら領主貴族及びその家の一員は、領内において権力を執行する者とみなされる。
つまり今回のことで言えば、これがグリフィン子爵領内ならば、俺はヴィンス父さんの了解を取りさえすれば盗賊団を殲滅することが出来るという訳だ。
しかしここは王家の直轄領内。
領主貴族家長男という立場の俺で相手が盗賊団であれば、もしも俺たちの行為が知られることとなっても、以前にエステルちゃんが言っていたように罪に問われることはない。
だが、罪とは別の詮索や揉め事、政治利用などの渦中に必ず落とし込まれるだろう。
前世において多くの人を殺め過ぎた俺がその反動からか、今世でどんな相手であれ無闇に殺害する行為に多少のブレーキがかかるのとは別に、俺が考え迷っていた部分がこれだ。
なにせ相手が武装強盗団で死罪対象であるとはいえ、仮にも王家が治める場所において多人数と武力による闘争を行い、そしてほとんど殲滅したのだからね。
なので始末の選択肢として最善なのは、秘密裏に全員を殺害してしまいその痕跡を残さないことだろう。
だが俺が選んだ始末の方法は、盗賊団が壊滅させられたことを世間に知らせ、同時にその盗賊団の一部の者でも王宮に回収させて、自分たちの無策無能振りを自覚して貰うことだ。
もちろん、そんな自分たちを無策無能とも思わず、ああ誰かが殺したり捕らえたりしてくれた。懸案の盗賊団が壊滅して良かった良かった。これは儲けものだとか王宮や王家が考えるのなら、それはそれで仕方がない。
この王国で最も高い権威と権力を持つとされる者たちや組織が、そんなものでしかなかったというだけだ。
俺たちの主目的は、別に王宮や王家に反省を促すことじゃないからね。
ただ、殺人強盗集団が王都圏を跋扈し、平然と仕事をしてこんな砦などを構えているのを放置していたことが、ちょっとばかり許せないぐらいだ。
だから、人びとの目の触れるところに転がしておく。
さて、取りあえずまだ息のある5名は、俺とエステルちゃんで放置しても数日ぐらいでは死なないぐらいには回復させておいた。回復というより僅かばかりの延命措置かな。
部位欠損などは俺も復元できないので、その辺は血止めと腐敗を防ぐ処置をしてそのままだ。
あとは王都の誰かにこいつらを発見させるとして、問題は今回の俺たちとの戦闘や砦の場所などに関する記憶をどうするかということだな。
もちろん、俺たちがどこの誰かは分からないだろうが、どう見ても20歳にもならないガキの男子に率いられた、若いが滅多矢鱈に強い女性たちの一団にやられたと証言すれば、察しのいい連中のなかには気づく者もいるかも知れない。
なので、ちょっとシルフェ様と相談します。
「ということで、生き残ったこいつらは、王都の門の外にでも転がしておこうと思うのですけど、何か僕たちのことを忘れさせるようなのって、出来ませんかね」
「ザックさんの意図はわかったわ。そうねぇ、記憶を少々ぼやけさせたり変えたりするのよね」
「髭面ムキムキの大男に率いられた厳つい何十人もの集団に、いきなり山の中で襲撃されたとかがいいですよ、お姉ちゃん」
そんな具体的な記憶の改変ですか、エステルちゃん。それって、そんなやつらに襲撃されたら俺も嫌だな。
「そうね、相手が男だか女だか、どんな相手でいったい何人にどこでやられたのか、その辺の記憶が曖昧って感じかしら。どこを根城にしていたのかもよね。ついでにアルに、記憶の中の時間も混乱させて貰おうかしら」
「そうですの。やられたのがいつのことなのか、その辺を分からなくさせましょうかの」
時間魔法ですよね。そんなことが出来るんですね。
時間に対する記憶は、本人の主観的なものが作用するのだとアルさんは言う。だから5名の記憶を特定の同じ時間に揃えるよりも、バラバラの記憶に混乱させてしまう方が簡単なのだそうだ。
うーん、良く分からない。
シルフェ様の方は精霊の力で、記憶を思い起こす時に想起するイメージを、凄く漠然としたものにしてしまうのだそうだ。それによって個々の証言が変わる。
例えば襲撃して来た首謀者の姿を想起する時に、ガキの男子じゃなくて、ひとりはムキムキの髭面、別のひとりは怪しい老人、また別のひとりは妖艶な美女をイメージして思い浮かべてしまうとかだね。
これって記憶に対して別の暗示を与えて、改変をもたらすのに近いのだろうか。
どうやら言葉を用いずに行う念話を、もの凄く強い作用で働かせる力らしい。
「じゃあ、まずわたしからね。わたしが向いている方向に誰も立っちゃだめよ。みんなわたしの後ろに廻って離れて」
それで、この場にいる全員はシルフェ様の後ろに行く。ファータの3人とブルーノさんも小屋の探索を終えて来ているよね。
「まずは眠らせて、と」
シルフェ様から捕らえられている5人の盗賊に弱い春風が流れ、彼らは直ぐに眠りに落ちた。
「それじゃ行くわよ。そうそう、この5人に向けて絞って当てるけど、念話が出来る人は拾っちゃうかもだから、ちょっと注意して」
その言葉に、エステルちゃんが慌ててクロウちゃんを呼んで胸に抱き、俺は念のために皆を集めて結界を張った。
「ああ、それなら大丈夫ね。ありがとうザックさん。では行きますよ」
今度は別の種類の風を吹かせたようで、その風が眠っている5名の周りを渦巻く。
おそらくあの風になんらかの精霊の思念の力が働いているのだろう。
「こんなところかしら。あとはアル、お願いね」
「心得た」
今度はアルさんが、ふわっと黒くて小さな雲を空中に出現させて、それを男たちに投げるようにぶつける。
黒い雲が男たちを飲み込み、やがて晴れて行った。
「これでええじゃろ」
「目を覚ましてからわたしたちの誰かを見たら、それが記憶に残っちゃうから、このまま眠らせておかないとよね。ザックさん、どのぐらいで起きるようにする?」
「そうですね、2、3日ぐらいで」
「わかったわ」
どんな記憶になって、記憶の中の時間がどう混乱したのかを今ここで確かめることが出来ないが、精霊様とドラゴンさんの力を信じることにしましょう。
ブルーノさんとティモさんたちファータ組からは、5つの小屋の中の探索報告が来る。
それぞれ居住小屋だったが、どうやらそのうちひとつは親玉の場違いさんのものだったようだ。
それぞれの小屋には盗賊たち各自の金品があり、場違いさん小屋には大量の金銭が置かれていた。
おそらく先日の強盗働きで得たものだろう。
あと物置小屋には、いくらかの盗品が収納されていたようだ。
「金品はどうしやすか?」
通常、盗賊の討伐を依頼された冒険者や偶々討伐してしまった者たちは、冒険者ギルドや内政官経由などで金品を発見した当該地の領主に報告がされたうえで、大半は自分のものに出来るそうだ。
もちろん届出や報告をしなければ、すべて自分たちのものになる。
特に盗まれた当事者に返す必要はない。盗まれた時点でその金品の所有権は、罪は別として違法ながら盗賊のものとなっており、討伐者発見者はそれを得ただけだからだ。
この世界での考え方は、おおよそそんなところになっている。
さて今回はどうしようか。
「場違いさんのところには、どのぐらいあったの?」
「バシャバシャさんですよ、ザックさま」
「エステルさま、バジャルドです」
「そうでやすな。ざっと700万エルといったところでやすか。まあそれなりの金額で」
7千万円ぐらいな感じか。特段に莫大な金額でもなく、しかし決して少なくもない。
「それはうちが預かって、妖精の森再建資金に使わせて貰おうかな」
「まあ、なんて素敵なお考え。良かったですわね、ニュムペさん」
「はい、ありがとうございます。人の金銭がどう必要か、わたしには皆目わかりませんが、ザックさんのお心遣いに深く感謝します」
「それで、この5人と砦はどういたしますか?」
「ああ、こいつらはアルさんに運んで貰おうと思うんだけど、どうかなアルさん」
「王都の門の外に転がすんでしたの。お安いご用じゃて。今から運びますかの」
「いやいや、明日、いや明後日の早朝、夜の明けないうちぐらいがいいな。それまで縛ってどこかで寝ていて貰おう」
「そしたら、念のためにわたしが穴を掘って、そこに放り込んでおくわよー」
「うん、お願い、ライナさん」
あとはこの砦だが、まあ更地にしておくか。
それで、ブルーノさんとファータの3人が手慣れた作業で5人の盗賊の手足を縛り直し、更にアルさんがまとめて運びやすいように、5人を背中合わせでぐるぐる巻きに縛り付けた。
そして砦の外にライナさんが穴を空けて、彼女が重力可変の手袋でひょいと運んで放り込む。
それから死体に関してはこれとは別の場所に大穴を空け、そこにまとめて埋葬した。
死体を運び埋葬する作業は大変だが全員で行う。それが葬った者の義務だ。アビー姉ちゃんもしっかりとその作業を行っていた。
そして俺が聖なる光魔法で浄化を行い、最後にライナさんが土を被せて塞ぐ。
「肉体は土に還ってください。魂はヨムヘル様にお任せいたしますよ」と俺はそう心の中で念じ、両の手を合わせた。皆も同じように手を合わせていた。
それで砦の更地化作業は、これもライナさんと俺の仕事だね。
ふたりで土魔法を使いながら小屋や砦の塀なんかをどんどん解体し、あとは大量に出た丸太や木材をライナさんとそれにアルさんが手伝って運び、一ヶ所に集めた。
アルさんは空間魔法だか重力魔法だかを使っていたようだ。
俺はその間に地面を均し、今後自然に樹木や植物が生えるように適度に掘り返して耕しておく。
「いやー、ライナさん、お疲れさま。大活躍だったね」
「ご苦労さま、ライナさん。ほとんど見ていただけですみません」
「ライナは、土魔法に加えてその手袋のおかげで、ホントに便利で役に立つ女になったな」
「まったくですよライナ姉さん。これならどこにお嫁に行っても役立ちます」
「そうかなー、って、わたしばっかり働いてるじゃないよー。便利で役に立つ女ってなによー、ジェルちゃん。オネルちゃんもー」
「ミルカ叔父さん、ライナさんの活躍を騎士団長にしっかり報告しておいてくださいね」
「そうだな。わたしもいささか驚いたよ。ファータにもこんな女性はいない」
「えっえっ、ミルカさん。でしょでしょ。そこのとこよろしく。ファータの方にもよろしく」
「あーっと、そうですな、ライナさん」
ともかくもこれで盗賊団の砦の掃除と始末は、ほぼほぼ完了だ。
これでいよいよ、水の精霊の妖精の森の再建活動に入れますね。
ニュムペ様の方に振り向くと、彼女はとても美しい微笑みを俺に向けてくれていたのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今回で第九章は終了、次回から第十章になる予定です。
まだまだ続きますので、引き続きこの物語にお付き合いいただき、応援してやってください。




