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第35話 魔物と闘ってみる

 よし、やってみようか。


 俺はブルーノさんが充分離れたのを空間検知で確認すると、腰の剣帯をショートソードごと外してエステルちゃんに無言で渡す。


「ザックさま、どうしたんですか?」

「これ、ちょっと持っててね」

「はい? 剣帯を外してどーするんです?」

「ちょっと、やってみるねー」


 俺は無限インベントリから久方ぶりに、前世で愛用の刀を出す。

 童子切安綱どうじきりやすつな2尺6寸5分。刀長80センチメートルの太刀だ。

 かつて鬼の首を落とした業物という、これがいいだろう。

 鯉口を切って刀を抜き、鞘はインベントリに戻しておく。

 やはり5歳の身体には長くて重いし、バランスを取るのが難しい。

 だがまぁ、大丈夫だ。


「そ、それは、どこから出したんですかぁ? マジックバッグ? て、そーじゃなくて、なんでそんな剣を持ってるんですかー。それも、なんだか見たことのない。シャムシール? でもちょっと違うような……」

 エステルちゃんがなんか小声でいろいろ言ってるが、とりあえず無視しよう。


「じゃ行くから、エステルちゃんはここにいてねー」

「行くって、あー」



 俺は抜き身の童子切を手に、瞬時に今出せるトップスピードにギアを上げて地を駈けると、巨大な牙イノシシの魔物カプロスに横合いから迫る。

 今の俺じゃ、一、二合がせいぜい。まず、足を止めるか。


 カプロスの左前足の横にトップスピードのまま飛び込み、脚部の後ろから横薙ぎ一閃。

「つっ、固いーっ」

 多少の傷はつけたが、弾かれたように刀が戻る。

「こりゃー、まだまだだなぁ」

 前世の刀を振るうには、今の俺じゃまだ早かったか。

 俺は、そのまま後ろに飛んで距離をとる。



「ブォーッ」

 あー、怒らせちゃったのね。いきなり足斬られたんだものね。

 カプロスは大きく怒声のような吠え声を上げると、距離を取った俺に向かって姿勢を低くした。

 こりゃ、突進が来るな。小型トラックのようなあいつに突進されたら、俺は29歳どころかわずか5歳で今世が終わるぞ。

 俺は童子切を顔の前、かすみに構えて、やつの動き出しの呼吸を伺う。


 発動していた俺の見鬼の眼に、カプロスが全身にキ素の流れを色濃く循環させ始めたのが見えた。

 これが、この世界の魔物っていうものか。

 普通の動物なら、いくら興奮したところで身体にキ素を巡らすことなどない。それをするから魔物なのだ。


 なにかやるつもりだな。

 すると、カプロスは俺に向かって口を大きく開け、口の中にキ素力を集中させた。

 なにをするのか分からないけど、ヤバいっ!

 俺が咄嗟に、移動準備なしの現状可能な縮地モドキで瞬時に5メートル横移動を行った直後、やつがキ素力を混ぜ込んだ威嚇の咆哮を放った。

 うーん、これが直撃すると、吹っ飛んでたぶん気絶するね。



 カプロスは咆哮が当たらなかったと見るや、移動した俺に向き直り突進の力を溜めているようだ。

 来るっ!

 カプロスが動き出したまさにその時、やつの長大な頭を、四方から何か光るものが何本も襲った。

 小型の飛び苦無クナイか?

 前世で、俺の配下の忍びがよく投擲していた飛び苦無クナイに似ているが、カプロスの顔に刺さっているものは少し形状が違う。つばのない小型のダガーか。

 それも何人かが同時に続けて投げたように、四方から角度をつけて襲っていた。


「ザックさまぁ。逃げてくださいー」


 エステルちゃんだな。この技の件は、あとで白状させよう。


 俺はその隙を利用して、カプロスから更に距離を取り、近くのオークの大木の枝に飛び上がる。

 すると、エステルちゃんがいきなり俺を後ろから抱きかかえるようにして、その枝の上にストンと降り立った。


「もう、ザックさまは無茶ですよぅ。ムチャムチャですぅ。まだちっちゃいんですからー」

 エステルちゃんが囁くように耳元で俺を叱る。

 はい、たしかにまだぜんぜん力が足りなかったようです。ムチャムチャってなんだ。


 カプロスは不意の投擲攻撃と俺の移動に相手を見失い、辺りを用心深く伺っている。



 不意に俺の頭の中に再び響くアラート。

 これは? 単純な敵意のアラートではない。何かが存在感を放つような、しかし探ってもいるようなアラートの感覚。


 それと同時に、カプロスが全身を硬直させているようだ。身を縮こまらせ、まるでひと回り小さくなったようにも見える。

 そして「ギィ、ギィ」と何かに怯えているような変な鳴き声を出すと、我慢できなくなったかのように大森林の奥の方角へと一目散に走り去って行った。


 なんだったんだ? だが、まだ先ほどから続く不思議なアラートは消えていない。


「ひぇっ」

 俺を後ろから抱きかかえていたエステルちゃんが、小さく抑えた悲鳴を耳元で上げた。



 そのとき遠くの樹木の陰から、とてつもなく大きく、そしてとてつもなく恐ろしい存在と直感させるものがゆっくりと現れた。


 それは、巨大なオオカミだ。

 獰猛そうな口、銀色に輝くフサフサとした毛に覆われた強靭そうな四肢、そして長い尾。尻尾を含まなくても体長は10メートル以上はあるだろうか。


「フェ、フェンリル……」


 エステルちゃんの小さく震えた声が聞こえる。

 こいつが来たから、カプロスは逃げて行ったというのか。

 それにしてもアラートが鳴るまで、近づいて来るのがまるで分からなかった。


 このフェンリルとかいう巨大なオオカミは、先ほどまでカプロスがいた辺りを見やり、そしてゆっくりと俺たちが潜むオークの木の方に顔を向けた。

 それから俺たちを見つけたかのように眼を細め、見開く。青く透き通った、まるで宝石のように輝き何かを見透かす眼だ。

 俺を見てるの? なんで? 俺たちをどうするの?


 どのぐらい眼を合わせていただろうか。ほんの僅かな時間だったかも知れない。

 巨大オオカミは、不意に踵を返すと、悠然と大森林の奥へと去って行った。

 はぁーっと、俺は思わず深い息を吐く。


 この世界に転生して味わった、初めての大きな緊張感。俺の小さな全身を圧するような感覚だった。

 エステルちゃんは、俺に抱きつきながら後ろでお漏らししてないよね?



 巨大オオカミからの圧するような感覚が消え去ったとき、空から式神のクロウちゃんが、カァカァと鳴きながら舞い下りて来た。

 そういえばキミはお空で何してたのかな? カァカァ……。そうかそうか、怖かったのね。そうだよね。


「おーい、ザカリーさまぁ。エステルさーん。どこですかー。大丈夫ですかぁー」

 遠くから聞こえるあの声はメルヴィンさんだな。

 おそらくみんなを逃がして、俺たちを探しに来たのだろう。


「あっ、やばいですぅ」

 とエステルちゃんが慌ててオークの木の枝から飛び降り、カプロスがいた辺りの地面や周辺で何かを拾っている。

 あー、さっき投擲した小型のダガーを回収してるのね。メルヴィンさんとかに見つかるのも面倒だし、それに消耗品じゃなくてリユース品だよね。

 前世で俺の配下の忍びも、闘いのあとでこっそり回収してたんだろうかね。


 俺もまだ手にしていた童子切安綱の刃を見やると、音も無く鞘に納め、そっとインベントリに収納したのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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