第368話 ナイアの森の探索
まるでピクニックにでも来たかのように、皆でお昼のサンドイッチをいただく。
湖畔の春のそよ風とうららかな日差しが気持ち良く、思わず寛いでしまう。
「ああ、美味しかった。人間のお食事をいただいたなんて、いつ振りなのか、もしかして初めてなのか、もう記憶も曖昧です」
ネオラさんが満足そうにして、それからそんなことを言っていた。
「ネオラさんは、800年前のあの時、えーと、人族の王が地下墓所を造った時ですけど、それには?」
「わたしはここにいましたから……」
「ネオラさんは、下級の精霊ではないのです。なんと言ったらいいのでしょうか。人間ですと、家族とか親戚とか、それとも幹部でしたっけ? そんな感覚が近いのでしょうか」
「幹部?」
「わかりやすく言うと、わたしにとってのシフォニナさんみたいなものよ、ザックさん」
「ああ、なるほど。なんとなくわかりました。でも、シフォニナさんがシルフェ様のお側にいるみたいに、ネオラさんはニュムペ様のお側にはいなかったのですよね」
「ええ。随分と前から、ここを任せていましたから。もちろん時々は、妖精の森に帰って来させてましたけど」
どうやら要するに、親戚の者に支店長をさせていたみたいなことのようだね。
ネオラさんは、上級の精霊さんという感じだろうか。
「わたし、あのとき、妖精の森に帰っていたんです。それで、ネーレが下級精霊たちを連れて妖精の森を出てしまって、それからここにいた下級精霊たちにも声を掛けて。わたしはニュムペ様のご指示で直ぐにここに戻ったのですけど、もう誰もいなかったんです。この森と湖を護る者がここに居ないといけないから、それからずっとここを離れていません。地下のことは、あとから戻った下級精霊に聞きましたけど、その子たちは既に穢れていたので、ここには置いておけなくて……」
ネオラさんはその時のことを思い出したのか、また目を潤ませた。
「ネーレさんさんというのは」
「ええ、ザックさんがご想像されている通りです。人族との子を為した者です。あの者の子は8歳になるまでは妖精の森で育てましたけど、それから森を出しました。ネーレはそのことで、ずっとわたしを怨んでいたのだと思います。その子どもは、他の何名かの下級精霊たちも母のように育てていましたし。それで」
その子、つまり後のフォルサイス初代王になるワイアットの要請で、母であるネーレさんという下級精霊と、同じくワイアットくんを育てていた他の下級精霊たちを中心に、それ以外の下級精霊も連れて行ったということか。それって反乱に近いよね。
もしかしたら地下墓所の造営だけでなく、マルカルサス王との戦争にもそのネーレさんたち下級精霊が関与したのかも知れないな。なんとなくの想像だけど。
「そのお話はまたあらためて聞くとして、今日はお時間も余りないから、そろそろ調査に行きましょ。大丈夫よね? ネオラさん」
「あ、はい、シルフェ様。大丈夫です」
「そうですね、シルフェ様。それでは手筈通り出発しましょう。4時間ほどを目安に、またここに集合と言うことで。こちらで何かあったら、クロウちゃんを飛ばします」
「カァ」
「わかったわ。それでは行動開始ね。では行きましょう、ニュムペさん。アルもね」
「はい」
「わかりましたぞ」
ニュムペ様とネオラさんは湖に入り、シルフェ様とシフォニナさんは風になる。アルさんはもう滑るように音も無く走り出して森の中に消えていた。
どの組がいちばん早いのかな? やはり風だろうか。まあ競争をしている訳じゃないんだけど。
「それじゃ僕たちも行動開始だ」
「はーい」
皆で昼食の後片付けをし、椅子とテーブルや食器類なんかをティモさんが持たされているマジックバッグに手早く収納する。
ちなみに、バッグの口よりも大きな椅子やテーブルを、どういう風に入れるのかと思って見ていたら、ほんの少しの部分でも口の中に入れば、吸い込まれるように収納されるんだね。
傭兵くずれの盗賊団が根城にしているというアジトを見つけるために、俺たちレイヴンはナイア湖の北側の森へと入った。
ブルーノさんとティモさんがそれぞれ離れて先行し、お姉さん方と俺とエステルちゃんの5人は適度に間隔を保ちながら、やや横に広がって進む。
クロウちゃんは既に空に上がってやはり先行し、上空から広範囲に探索する。
俺は探査・空間検知・空間把握を常時発動させて、一緒に移動する4人の位置を含めた周囲の状況を捉えながら進んで行った。
動くものは、4人以外だと僅かに小動物がいるぐらいだね。
ブルーノさんとティモさんは既に俺の検知範囲から外れているが、彼らふたりは探索と森のプロだから何の心配もない。
30分ほども進んだだろうか、上空のクロウちゃんから何か発見の通信が来た。
やがて彼からの念話が飛んで来る。
「(カァ、カァ)」
「(なになに、煙? 大きいの?)」
「(カァ、カァカァ)」
「(細く立ち昇っているのか。煮炊きの煙みたいなんだね)」
「(遅めのお昼の用意ですよ、きっと)」
「(ああ、そうかも。距離は?)
「(カァカァ)」
「(ちょっと遠いのか。よし、クロウちゃん、ブルーノさんのところに行って、いったん俺のところに集合って伝えて。それから、その煙が上がっている近くに接近して、位置を確認してくれるかな)」
「(カァ)」
「(エステルちゃん、ジェルさんたちに集合の合図をお願い)」
「(了解です)」
直ぐに、エステルちゃんのいる方向から「ピーッ」という指笛が、抑え気味の音で聞こえた。
俺を中央に、それぞれが間隔を取って横に広がり進んでいるので、直ぐに左右からお姉さん方とエステルちゃんが集まって来る。
「どうしました?」
「クロウちゃんが、煙が立ち昇っているのを見つけた。まだ距離はあるようだ。おそらく煮炊きの煙ではないかと思う」
「やはりいましたか。それで、どうしますか」
「ブルーノさんに伝言して貰いに、クロウちゃんを行かせた。いったん集合する。そうだね……」
俺は進行方向を探査する。
「この少し先に、小さく開けた場所がある。そこでいったん待機しよう」
「了解しました」
それから俺を先頭に歩みを進める。数分行くと、探査で見た空間に出た。
ここでブルーノさんとティモさんを待ちましょう。
暫くして遠くから「ピー、ピピピッ」という鳥の鳴き声のような音が聞こえた。
ティモさんだね。ファータの指笛の合図だ。
すかさずエステルちゃんが、「ピピピッ」と指笛を鳴らして合図を返す。
待つこと数分、まるで近所に遊びに行っていて今帰ったみたいに、ふらっと静かにブルーノさんが姿を現し、続けて近くの木の上からストンとティモさんが降りて来た。
「どうやら、見つけたようでやすな」
「クロウちゃんは?」
「位置を確認に行きやした。少し遠いとクロウちゃんは言っておりやしたが」
ブルーノさんはクロウちゃんと、かなり意思疎通が出来る。
こっちにはエステルちゃんのほかにライナさんもいるし、こういう作戦行動の時は便利だよね。
「では、クロウちゃんが戻るまで、少しここで待機しよう。それほど時間はかからないと思うよ」
「そうでやすな」
無限インベントリから甘露のチカラ水が入った水袋とコップを出して、皆が喉を潤していると、クロウちゃんが上空から下りて来た。
「カァ」
「お、お帰り。ご苦労さま。ほら、これを飲んで」
「カァ」
クロウちゃんは俺が差し出したコップに頭を突っ込んで、美味しそうに甘露のチカラ水を飲んでいた。
「それでどうだった?」
「カァ、カァカァ、カァ」
「おいライナ、クロウちゃんは何て言ってるんだ」
「小さな砦みたいなのがあるんだってー。でも、人影は少なかったみたいよ」
「砦ですか。盗賊団のアジトで間違いないですよね。でも人が少ないのかぁ」
「距離はどのぐらいでやすかね。自分らが今いるのが此所として、さっき自分とクロウちゃんが会ったのが此所、湖がこっちにこんな感じで」
ブルーノさんが地面に木の枝で簡単な地図を手早く描く。
「私が行ったのは、この辺りですね」
その地図に、ティモさんが先ほどまで自分が行っていた地点を記す。
そうするとクロウちゃんは地面に下りて地図に近づき、嘴である地点を指した。
「そこでやすか。ちょっと距離がありやすね。此所からだと、歩いて40分強ってところでやすかね」
クロウちゃんが示した場所は、現在俺たちがいる地点から北北東方向におよそ3キロメートルの位置のようだ。
出発したナイア湖畔からだと、5キロメートルほど入った所になる。
尤も、ブルーノさんや猿飛の術で樹木の枝を跳んで行ける俺やエステルちゃん、ティモさんなら、ここから10分ほどで行けるだろう。
それにしても、人影が少ないというのが気になるな。
「よし、だいたい把握した。ジェルさん、オネルさん、ライナさんは、ブルーノさんが先導して早駈けで目的地近辺に向かってくれ」
「ザカリーさまたちは、どうされます?」
「僕とエステルちゃんとティモさんは、猿飛で先行する」
「はい」「承知」
「クロウちゃんは、空から確認と誘導を頼むね」
「カァ」
「よし、行くよ。その砦に人影が少ないってことだから、周辺に人が出ているのに注意。今日は個別戦闘は無しだよ。全体を把握してからだ」
「了解しました」
クロウちゃんが空に舞い上がり、俺とエステルちゃん、ティモさんは頷き合うと、声を出さずに一斉に目的方向の樹木の上に跳び上がった。
そしてすかさず、お互いに間隔を取りながら、枝から枝へと跳び移って高速で移動し始めた。
ティモさんがほぼ正確に目的地への最短距離を進み、俺とエステルちゃんがその後ろを追いかけるように進んで行く。
そのようにして10分近く移動すると、上空のクロウちゃんからもう直ぐという通信が来た。
「(エステルちゃん、直ぐ近くみたいだ)」
彼女はその念話に答える代りに、枝に跳び移りながら「ピッ」と指笛を鳴らした。
その音に反応して少し前を行っていたティモさんが枝の上で停止し、俺の位置を確認して側に跳んで来た。
エステルちゃんも跳んで近づいて来て、俺の隣にスッと止まる。
「直ぐ近くだそうだ」
「私が確認して来ます。ザカリーさまとエステル嬢さまはここに」
「わかった」
ティモさんがひとり、音も立てずに樹上を跳んで先行する。
木々の枝の向うに彼が消えて行って暫くした後、「ピピッ」という指笛の音がした。
「ティモさんが発見しました。行きましょう、ザックさま」
「うん、行こう」
かなり高い位置の枝の上で身を屈め、太い幹に隠れて前方を伺うティモさんの側に、俺とエステルちゃんが無言で近づく。
ティモさんは片手を拡げて顔の横に挙げ、それから前方の地上方向を指差した。
俺とエステルちゃんはそれぞれ少し位置を変えて、その指差された方向を見る。
すると木々の向うに、クロウちゃんの報告の通り砦のような建造物が見えた。
随分と樹木を伐り倒したようで、かなりの広さの開けた空間を作っている。
その空間の中央部に、丸太を組んだ塀で四角く囲って砦が築かれていた。
4つの角には見張り台。それを結んで塀の上を移動出来るよう通路が組んである。
塀に囲われた内部は広場のようになっていて、やはり丸太で組んだ小屋が5つほど造られていた。これはそれなりの規模ですよ。
あと、作業場のようなものや煮炊きをする炊事場のようなものもある。
煙を上げていたのはあそこだな。しかし今は煙は出ていない。
その代わりに、その炊事場の近くに大きな木のテーブルがあり、そこで3人の男が何かを食べていた。
「(けっこうな砦ですよぅ。でも、3人しかいないですねぇ)」
「(ほかに人影は見当たらないな。小屋の中にいるのかな)」
「(それとも、お出掛けしてるかですよ)」
お出掛けって、エステルちゃん。これは、どこかに盗賊稼ぎにでも行ってるんじゃないの?
さてどうしようかと、俺は高い木の上で考えるのだった。
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