第362話 特殊掌底撃ち講習会
では、特殊掌底撃ち講習会を始めますよ。皆さん集まってくださいね。
「初めにみんなに言っておくけど、これは魔法ではないんだよね。だから魔法適性には関係ありません。ここにいるみんななら、全員使えるようになりますよー」
以前は攻撃魔法適性のなかったジェルさん、オネルさん、ブルーノさんは、シルフェ様の加護のお陰で風魔法を使えるようになっているし、キ素力循環動作の訓練もしているからまったく問題がない。
「撃つのはこの掌の底、手首の付け根の上の肉が厚くなっている部分だね」
全員に自分の掌を確かめさせる。この世界ではこの部分で撃つ打撃は無いから、皆は初めての経験となる。
「ねえ、エステルさまも習ってなかったのー」
「習ってませんでしたぁ。初めて見たのは随分と昔ですけど」
「あの伝説の冒険者ギルド事件ですよね」
「そうね、ザックさまが5歳のときだったかしら」
伝説の冒険者ギルド事件てなんですか、オネルさん。
あの時は、ニックさんを相手にして掌底で吹き飛ばしたんだよな。
どちらかというと、この出来事を口外したら首ちょんぱですよっていう、エステルちゃんの発言の方が冒険者連中に浸透したんですけどね。
「あのときは僕も随分と小さかったからね。身長のあるニックさんが相手で、かえって懐に入りやすかったんだよ」
「でも普通は、5歳の子がニックみたいな大男を吹き飛ばせないでやすな」
「それも見たかったわよねー」
まあまあ、その時の話は置いておいて、講習を続けますよ。
「この掌の底で相手を撃つんだけど、じつは拳で殴るより与える衝撃が強いとも言われてるんだ。拳は点で撃つけど、これは面で撃つ。だから衝撃の加わる面積が拳よりも広くなるんだよね」
「ザカリーさまのああいう知識って、どこから仕入れて来るんですかね」
「謎の情報源よねー」
「静かに聞いてろ、オネル、ライナ」
「ゴホン。それで撃ち方だけど、掌と指を伸ばしちゃいけないよ。手の全体を突っ張って拡げると威力が出ない。こんな感じで、指には力を入れず自然に少し曲がっている感じね。ただしあまり指を曲げ過ぎると、指も対象に当たってしまって痛めるからね。そうだな、掌の底の部分を突き出すようにして、手を少し後ろに反らすと、自然な感じになるよね」
皆はそれぞれ掌を上に向けて感じを掴んでいる。そうそう、いいですね。
「それで撃ち方だけど、こういう風に半身に構えて撃ち出す方の手を引き、身体の回転の力も加えて前に伸ばす。こうね」
まずは俺が基本の型をやって見せ、皆がそれを真似する。
ひとりひとり少しずつ俺が修正して廻ったが、全員が戦闘のプロなだけに直ぐに様になるね。
「よおし、止め。基本の型は大丈夫そうだ。今のが、何も特殊なことをしていない掌底撃ちのカタチだよ。これだけでも相手の顎先とかにクリーンヒットさせれば、かなりの打撃となる。それではちょっと見本をやってみせようかな。そうだなぁ」
俺は全員を見渡す。
「ティモさん、ちょっとお願いしていいかな」
「え、私ですか?」
「うん、やっぱりティモさんしかいないからさ」
「えー、ティモさんを殺しちゃダメよー」
「殺さないよ、ライナさん」
「いくらザックさまだって、そこまではしませんよ。それにファータ族は、そうそう死にませんから」
「でもさー、ザカリーさまって、普通の人間と威力が違うからぁ」
「大丈夫ですよライナさん。ザカリー様のために死ぬ覚悟は、いつでも出来ています。が、さすがに講習会で死ぬのは、ちょっと」
「そおー?」
もう死ぬとかどうとか、みんな大袈裟だから。見本ですよ、見本。
「それじゃティモさん、普通に殴り掛かって来てください。本当に思い切り殴る感じでいいよ」
「はい、行きますよ」
俺はティモさんがパンチを繰り出すところを、すっと間合いに入って、彼の顎に軽めに掌底を当てる。あ、クリーンヒットしましたね。
彼の拳もなかなかのスピードだったので、逆にうまく入ってしまった。
俺の掌底が顎を捉えて衝撃を加えた瞬間、ティモさんはストンと腰から崩れた。
「あー、死んでないー?」
ライナさんが慌てて駆け寄り、他の皆も続く。ライナさんは直ぐさま回復魔法を施していた。
「ダイジョウブダイジョウブ、脳が揺れて腰が砕けただけだから」
「ほんと? 後遺症とか残らないー?」
「ああ、大丈夫です。腰から落ちたんで、自分でも吃驚しましたけど」
ティモさんも直ぐに立ち上がって、そう口を開いた。
俺は彼の眼球を見て、それから見鬼の力で脳を含めた状態を確かめたが、問題は無さそうだ。
「もうー、吃驚したわよー」
ライナさんの回復魔法に加えて、エステルちゃんも重ねがけをしてあげていたから、大丈夫ですよ。
「どうかな。ただの掌底撃ちだけでも、結構威力があったでしょ」
「そうだな。これほどとは思わなかった」
「やっぱり顎とかを狙うのがいいんですか?」
「うん、掌底撃ちは撃ち降ろすよりも、少し撃ち上げ気味に出す方が、威力が増すのでね。女性が背の高い男性なんかと対するときは、顎がちょうどいい狙い目だよね。急所だし。今みたいに腰を砕いて、それから蹴りでも入れれば、それで終了でしょ」
「なるほどです」
「では基本の掌底撃ちが分かって貰ったところで、本題の特殊掌底撃ちに移ります。ライナさん、人の実物大の土人形を人数分作ってくれるかな。硬く丈夫にしてね」
「はいはーい。ちょっと待っててー」
それからライナさんは、暫し空中に目をやり何かをイメージしていたみたいだが、訓練場のフィールドに視線を移すと、両手を横に拡げた。
すると地面から、ニョキニョキと7体の土人形がいっぺんに生えて来る。
彼女のこういう土魔法って、ホント凄いよね。
「あれっ、この土人形って女性ですよね」
「なんだか、ジェルさんにそっくりですよぅ」
「あはは、わかっちゃったー?」
その土人形の顔は、髪を後ろでポニーテールにして、正面を真っ直ぐ精悍に見据える、まさにジェルさんそのものだ。
身長も女性にしては背の高いジェルさんと同じ高さで、体型や全身の装備のシルエットも良く似ている。
そのジェルさん土人形が7体、身体を半身にして構えるように並んで立っていた。
「こらぁ、ライナぁ、なんで私なんだ」
「えへへ、だってザカリーさまやエステルさまにする訳いかないし、強そうなのはジェルちゃんだからさぁ」
「それにしても、ジェルさんが7人も並ぶと壮観でやすなぁ」
「これから、ジェル姉さんを相手に、掌底の訓練をするってことですね」
「もう、ブルーノさんもオネルもぉ」
「いいじゃないジェルちゃん。ただの土人形なんだし」
「私だけ、自分を相手にするんだぞ」
「まあまあ、ジェル姉さん、落ち着いて」
俺は1体のジェルさん土人形に近づいて、その出来を触って確かめてみる。
叩いたり蹴ったりもしてみたが、なかなか丈夫そうで、地面に固定されてピクリともしない。
「あの、ザカリー様。あまり叩いたり、蹴ったり、それから触ったりしないで貰えると。なんだか自分が、そうされているようで……」
「あ、ゴメン。ちょっと頑丈さを確かめておりまして」
ジェルさんは、どうして顔を真っ赤にしてるんでしょうかね。
「コホン。それじゃ、これからキ素力を込めたやつをやって見せますよ。そうだな、昔を思い出して、腹部を突き上げるように撃ってみます。ポイントは、掌底を狙った場所にヒットさせるとき、キ素力をそれに合わせて掌の打撃面から放出する。まあイメージとしては身体に循環させたキ素力を、掌底を撃つ動きの流れのままに、腕から掌、そして打撃面へと一気に流して放出、って感じかな。まあやってみよう」
あと一歩で間合いに入る位置に俺は立ち、姿勢を低くして左足を一歩踏み出し、半身に構えると同時に身体を回転させながら、右手の掌底をジェルさん土人形の腹部に撃って突き上げた。
その掌底撃ちによって、地面にしっかり固定されていたジェルさん土人形が7、8メートルほど後方に吹っ飛ぶ。
「ああーっ」
「ひょぉー、凄く吹っ飛びましたぁ」
「ジェルちゃんがー、足からもげたー」
「ジェル姉さん、大丈夫ですかー」
「おい、私ではないんだが」
「へへへ、つい」
「でも、良く飛んだわよねー」
「じゃ、もうひとつ、別のタイプの撃ち方を見せるね。今のはキ素力を一気に放出して、そのインパクトで相手を吹き飛ばすものだけど、今度のは。まずは見て貰おうか」
それで先ほど造ってあった、全長3メートルばかりのファングボアの石像の前に立つ。
1体はライナさんが粉々にしちゃったけど、あと2体あるよ。
俺が正面に見据えたファングボア像は、まさにこれから牙で何かを突き上げようと、頭から鼻先を地面近くに下げている体勢の姿だ。
先ほどとは違い、掌底撃ちの間合いに半身になって立つと、これまでではいちばん遅い速度でファングボアの頭部、眉間の辺りに狙いを付けて撃つ。
このとき、膨大なキ素力を一気に放出するのではなく、じわっと胴体後部まで相手の体内に流して到達させるイメージで放出させる。
だがキ素力量は先ほどの吹き飛ばし系よりも遥かに多くて、かつ強力だ。
俺は撃った後、暫しそのままの体勢で殘心する。
この掌底撃ちによって、ファングボア像が吹き飛ぶことも転がることもなかった。
しかしやがて、ピキ、ピキ、ピキピキピキと眉間から罅が入って行き。それが全身、四肢に行き渡る。
そしてバリバリバリっとその罅から割れ出し、いくつかの欠片となって崩れ落ちた。
「…………」
見学していた皆の口からは言葉が出ない。
どうです? 少々地味だけど、威力はなかなかでしょ。
「す、少し遅れて、威力が伝わるのか」
「頭から徐々に罅が入って行きましたよね」
「ティモさんがあれ撃たれてたら、全身に罅が入ったわよー」
「いくらザカリー様でも、私にそんなことしませんよ。たぶん」
いや、絶対にしませんから安心してください。
「まあ、簡単に説明すると、掌底を撃つと同時にキ素力を放出するのは同じなんだけど、今度はゆっくりとファングボアの体内を伝わって行く感じで、放出したんだ。今はかなりの量と強さを放ったので、罅割れて崩れたけど、生身の獣や人間相手だと、かなり抑え気味にするかな。そうすると相手の身体の表面に変化は無いけど、脳とか内蔵とか体内器官を破壊したり痛めたりするんだよな。まあ、こっちの技は、ちょっと難しいけどね」
「そ、そうですか。なるほど。しかし恐ろしい技だ」
「習熟するのは、かなり難しそうです。でも、凄い」
「うーん、キ素力の放出量とか強さとか当てる位置とかで、威力や効果が随分と変わりそうね。でも応用はこっちの方が利きそうだから、吹き飛ばす方とこれと、両方使い分けられるといいわよねー」
そうそう、ライナさんはやはり理解が早いな。
例えばごく少ない放出量で足とかを撃てば、足の筋肉だけを破壊するとかね。いろいろ応用が利く。
それではまず、ジェルさん土人形を相手にして貰って、吹き飛ばすタイプを訓練してみましょうか。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を短期連載予定で投稿しています。
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