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第361話 ライナさんの重力打撃

「それで、ザカリー様の今日と明日のご予定は?」


 朝食と俺の学院生活報告会が終わったところで、ジェルさんがそう聞いて来た。

 んー、何も考えていませんでした。


「えーと、特に予定は無いんだけど」

「そうですか。先ほどよりザカリー様のこの11日間のお話を聞いておりますと、どうやら魔法は少し使われたようですが、剣の方はあまりされていませんでしたな」


 あ、そうかもです。総合武術部はずっと新入部員勧誘活動だったし、剣術学の講義でもほぼ剣を振っていない。

 かろうじて、フィロメナ先生の打ち込みを受ける相手をしたぐらいだ。


「そうかも」

「ではご予定が無いのであれば、この休日は剣術の稽古でもしましょうかな」

「ジェル姉さん、それはいい考えですよ。そうしましょうザカリー様」

「ならば、本日と明日は、わが王都屋敷の集中剣術稽古ということで」


 それはジェルさんとオネルさんは、そう言いますよね。

 あとフォルくんとユディちゃんも毎日、彼女たちに稽古を見て貰っていたみたいで喜んでいるけど。


「そう言われてみれば、ザックさまはほとんど、身体を動かしていなかったみたいですよね」

「え、エステルちゃん、毎朝ちゃんと走ってたよ」

「それは朝起きて、顔を洗って、歯を磨いて、服を着替えて、走って、という日常の行為です」


 エステルちゃんの認識だと、ですよね。身体を動かすという範疇には入りませんよね。



「では、わたしも稽古しましょう。フォルくんと、ユディちゃんと、エディットちゃんもね」

「はい、エステルさま」


 あ、エディットちゃんも正式にうちの侍女さんになってから、竜人の双子と一緒に剣を振り、魔法を習っているんですね。

 そうですか、そうですね、うちのこの環境ですもんね。


「じゃあ、わたしも久し振りに剣でも振ろうかしらー」

「それでは自分も振りやすかね」

「それでは私も」


 ライナさんとブルーノさんは、冒険者時代から剣も含めていろいろな闘い方を訓練して来たらしいからね。

 ブルーノさんはナイフやダガー、ショートソードなんかを遣うし、ライナさんも接近戦ではダガーやショートソード、素手での格闘とその場に応じて闘える。


 彼女は特に打撃と格闘を好んでいるようで、アルさんから重力可変の手袋を進呈されてからはなおさらだ。

 あとティモさんは、エステルちゃんと同じように小さな頃からファータの里で剣術も含めた様々な戦闘術を訓練しているので、勿論だよな。

 アルポさんとエルノさんも言うまでもない。



 ということで、王都屋敷料理長のアデーレさんを除く屋敷の全員が訓練場に揃いました。


 門番の仕事があるアルポさんとエルノさんは、なかなかこういった訓練には参加し辛いのだが、今日の午前中はクロウちゃんが門番をしてくれると言う。カァ。

 カラスがポツンと門のところに止まって門番をしているなんて、どんな貴族屋敷かと思うが、まあ今日の来客はないでしょうからアルポさんとエルノさんへの安心材料だね。カァ。


 それで俺を含めて全部で12人か。今年11歳になる少年少女3人組から、年齢不詳のブルーノさん、更に何歳なのかまったく不明のファータのお爺ちゃんふたりまで、じつに様々な個性を持った12名だ。


 その12名が木剣をそれぞれに持って、素振りから打ち込み稽古と剣術訓練をして行く。指導教官は勿論ジェルさんだ。

 本職である彼女の指導は厳しいので、学院での剣術学の講義や課外部の練習のほぼ倍は続けて行わせる。

 まあアマチュアとプロの違いみたいなものだね。


 打ち込みではそれぞれの技量の違いを見ながら、相手を次々に交替させて続けさせる。

 少年少女3人組は俺が学院に行っている間は、ジェルさんとオネルさんから直接指導を受けていたようだから、慣れている感じだね。


 これまで長く剣術を学んで来ているフォルくんとユディちゃんには比べられないが、エディットちゃんも剣を握ったばかりとは思えないぐらい、様になっている。

 俺はそんな様子を目に入れながらも、久し振りに無心で剣を振り、身体を動かすことだけに集中した。


 学院の総合武術部の皆が仲間だとすれば、こちらは王都での家族だ。けっこう大家族になって来たね。

 家族が一緒になって剣を振り、汗を流すのは良いものだ。俺も、何も余計なことを考えなくていいから、とても気持ちがいい。

 そうして途中に休憩を挟みながら打ち込み稽古を続け、お昼近くになったところでいったん終了とした。




 お昼ご飯をいただいて、アルポさんとエルノさんは門番の仕事に戻り、少年少女3人組は屋敷の仕事があるのでそちらをさせる。

 クロウちゃんは、午後は俺と一緒にいるんだね。カァ。


 と言うことで、午後はレイヴンメンバーだけだ。


「ジェルちゃん、ジェルちゃん」

「ん、なんだライナ」

「午後はさー、素手の格闘と言うか、ザカリーさまにあれを教えてほしいんだよねー」

「あれ?」

「平手で相手を吹き飛ばすやつ」


 ああ、それですか。前に教えると言って、まだちゃんと教えてなかったかな。

 ここにいるメンバーは全員、素手での格闘術、体術を身につけているが、特に唯一の専門魔導士であるライナさんは、意外だが格闘術が強い。

 去年の暮れの地下洞窟での戦闘では、レヴァナントを殴っていたしなぁ。


「アル殿からいただいた手袋があるだろ」

「あれでキ素力を込めて殴ると、相手が砕けちゃうじゃない。そうじゃなくて、相手を殺さずに吹き飛ばしたり無力化させるようなのも、必要でしょー」

「ライナ姉さんがあれを着けて岩を殴ったら、粉々になりましたものね」


 ほうほう、それはちょっと見てみたいなぁ。

 それで、まずはライナさんにあの重力可変の手袋での打撃を実演して貰い、そのあとに俺がキ素力を使った掌底撃ちを教えることにした。



 まずは俺が土魔法でまとになるものを作る。

 何がいいかなぁ。俺はふと思い付いて、頭の中でイメージしながら土魔法を発動させる。

 ライナさんみたいに、瞬間で何かのカタチを造形するとかは出来ないが、少し考え考えしながら土魔法を発動させ続け、俺はファングボアの姿をした土の造形を作り出した。

 それから硬化だね。カチンカチンに硬化させて石のように固める。


「あら、ファングボア。おっきいですぅ」

「ライナさんみたいには上手に出来ないけど、どう? けっこういいでしょ」

「ザカリーさまは何でも出来ちゃうから、専門職としては困っちゃうわよねー」


 大きさは全長3メートルぐらいか。まあ中ぐらいのサイズのファングボアってところだな。

 あとふたつぐらい作っておこう。


「これ、凄く硬いですよね。石みたいですよ」

「ザカリーさまが固めるだけじゃなくて、たぶん土の性質も変化させて硬化したのよ。石みたいというか、まさに硬い石よねー。ストーンジャベリンとかと同じよ」


「ああ、そうなんですね」

「これはファングボアの石像だな」

「多人数の敵が来たとき、こういうのをボコボコ出しちゃうのも面白いかもねー」


 それは敵も驚くだろうな。この世界ではこういった土魔法をじっさいに見た人が少ないから、敵を動揺させたり障害物を造ったりには、確かに面白いかも知れない。

 ライナさんは、そういう直感的なイメージの広がりに優れてるよね。



「じゃあ、やるわよー」


 ライナさんが重力可変の手袋を両手に装着し、ファングボアの石像を前にして構える。

 キ素力が一気に彼女の身体に循環し、それが両腕へと流れ、黒ミスリルが打たれている手袋の甲部分に、怪しく何かの文様がオレンジ色に光りながら浮かび上がった。


 ちょっとキ素力が多くないですか? 大丈夫ですか?

 俺を除けばこのメンバーの中で、エステルちゃんと並んでライナさんのキ素力の循環量は圧倒的に多いのだ。

 また純粋の魔導士でもあることから、人族としてはその質もかなり高い。


 同様の質や美しさを持っているのは、俺がこれまで見た中ではあとはアン母さんとダレルさんだよな。

 ちなみにファータ族のエステルちゃんは昨年以来、おそらく精霊化が進んでいるので、あまり同列に勘定に入れることが出来なくなっているけどね。

 キ素力の質が、シルフェ様やシフォニナさん側の方に行っちゃっているというかさ。



 それはともかく、打撃を撃つ構えでキ素力を高めたライナさんは、身体を斜にして右腕を引く。


 この重力可変の手袋を装着して打撃を行う場合、難しいのはキ素力を放出して重力可変を行うタイミングなのだそうだ。

 早過ぎると正確に狙った場所を撃てないし、遅過ぎると打撃対象に重力衝撃効果が得られない。


 この手袋の能力は、手袋や装着者の拳自体が重くなるとかではなくて、打撃の場合は瞬間的に重力魔法を発動させてエネルギーを放出し、対象に莫大な重力加速度をもたらす。

 放出される重力魔法エネルギーの量は装着者やそのキ素力によって違うが、この星の重力の何百倍もの衝撃値が加わるということらしい。


 例えば前々世の世界では、ボクサーのパンチは500キログラム以上あると記憶している。

 ライナさんのパンチが仮にその3分の2ぐらいとすると、普通に殴れば330キログラムの力が相手を襲う訳ですね。


 しかしこの重力可変の手袋により重力魔法のエネルギーを受けた場合、石造りのファングボアの重さが500キログラムだとして、その対象物重量の200倍の衝撃値、つまり200Gがかかると、瞬間的に100トンの力がファングボアを襲うことになる。これは恐ろしいですな。



「えいっ」


 ライナさんの可愛らしい掛け声とは裏腹に、ファングボアの石像の胴体に彼女の右手から繰り出された打撃が当たると、それは一瞬にして粉々に砕けた。


「ほぉー」「これはなかなか」「スゴいですぅ」


 これってもう打撃戦闘だと無敵なんじゃない。殴るだけで何でも粉砕してしまいそうだ。

 アルさんからいただいた魔道具のおかげとはいえ、あれを誰でも使いこなせるものではない。

 うちのメンバーの戦闘力も人外化が進行しているのですが、大丈夫でしょうかね。


「ほらねー、何でも砕けちゃうのよー。これで人間を殴ったら、とっても悲惨でしょ」

「ま、まあそうだな」

「ライナさん、出力の調節って出来ないんですかぁ?」


「それがエステルさまぁ、なかなか難しいのよねー。いまはけっこうキ素力を込めたけど、なるべく少しだけにしても、たぶん相手は死んじゃうわよねー」

「まあ、粉々に飛び散らなければ、いいんじゃないか」

「ジェル姉さん、殺しちゃいけない場合もあるでしょ」

「それはそうか」


 これって、20歳前後の女子たちの会話じゃないんですけど。まあここには、それで引くような者はいないけどさ。



「それでわたしとしては、ザカリーさまのあの打撃なのよー」

「ああ、掌底撃ちね。でも、なかなかのものを見せて貰ったよ」

「ホントですぅ。職種変更してもいいぐらいですよ、ライナさん」

「わたしは生涯、土魔法使いなんだけどなー」


 あなた、そうは言っていても殴るの好きでしょうが。

 この世界ではあまり見当たらないけど、ゲームのジョブだとモンクとかでしょうかね。

 修道士の衣装を身に纏ったライナさんを思わず想像する。彼女はそんな俺の視線に、首を傾げて頭に?を浮かべてますけど。


 それはともかく、ではキ素力を使った特殊掌底撃ち講習会を始めましょうか。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。

よろしかったら、この物語にお付き合いいただき、応援してやってください。

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本編余話の新作、「時空クロニクル余話 〜魔法少女のライナ」を短期連載予定で投稿しています。

リンクはこの下の方にありますので、そこからお飛びください。

ライナさんを密かに応援してくれている人も、そうでない人も、どうかお読みいただけますと幸いです。

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